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『妖精騎士の物語 』 少女は世界を変える  作者: ペルスネージュ
第一幕『ワスティンの修練場』
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第504話 彼女は洞窟の奥へと進む

第504話 彼女は洞窟の奥へと進む


 ゴブリン達の巣として、代を変えながら何年も使用されてきた洞窟。何度か焼き払ったものの、中の空気は淀み、異臭が漂う。とはいえ、ある程度魔装布で口と鼻を覆うように顔に巻き付け、我慢して進むしかない。


「人の気配も、ゴブリンの気配もなし」

「最近、ゴブリンに攫われたり失踪した話もめっきり聞きませんから、最近、仕掛けられたばかりなのかもしれません」


 ここ一年ばかり、帝国やネデルに出かける事が多かったが、エンリと一度ワスティンのこの周辺は討伐を行い、その時はオークの群れを撃退した。その後のことであるから、三ケ月から半年程度だろうか。


「良く集めた」

「そうね。ゴブリン自体、王都周辺では群れるほどみられないようになったわね」


 王都周辺の治安が改善し、冒険者はロマンデやレンヌなどに移動してしまい、王都に残っているのは駈出し未満か、顧客を持つベテラン護衛組くらいになりつつある。リリアルが頑張り過ぎたのが裏目になったのか、騎士団の強化の結果なのかは不明であるが。




 それほど複雑な構造の洞窟ではない。廃鉱山なのだろうか、自然洞窟を戦乱の際の避難場所の為に昔の近隣住人が深く掘り直したのかはわからない。が、さほど奥まで行かないところに、それらしき場所が見つかる。


「死体」

「地面が掘り起こされています。それに……」

「地面に生きたまま固定されて、そのまま血を沢山流すように殺されているわね」


 地面で殺されていたのは、魔物でもなく人間でもなく羊であった。恐らく、数日前に切り殺されたのだろう。本来、ゴブリンなら宴が始まるような御馳走なのだが、『赤頭巾』を召喚した媒体なのでそのまま残されているのだろう。


 赤頭巾を封印した魔水晶を地面に埋め、その上で羊を殺し、生き血を掛けて召喚したというところだろう。


「精霊術師?」

「どちらかというと、死霊術師か呪術師ではないかしら。もうここには用はないわね。急いで出ましょう」


 いい加減、呼吸も困難になって来たので、三人は急いで外に出る事にした。洞窟の中は、汚物や動物の死骸などが散乱しており、長居したい場所ではなかったからである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 残念ながら、死霊術や精霊術に関して詳しく知る人間の心当たりは、僅か二人だけである。『伯爵』とオリヴィ=ラウス。前者は、エルダー=リッチに自ら変化し、また、不幸な女性が望むならば、同様にリッチ化させている王都の暇人。後者は、特殊な出自と思われる帝国の年齢不詳の高名な冒険者で、複数の精霊の加護持ちである。


 悪霊と思われる『赤頭巾』を、どのように魔水晶に封じ込め、召喚したのかを確認するには、その辺りに教えを乞うか自身の手で調べるしかないだろうと今の段階では考えている。


「とにかく、暫くは様子見ね」

「いつもと同じじゃない。でも、その赤頭巾って、連合王国の悪い精霊なんでしょ?」

「またです」

「まただね」


 ルーンでのアンデット騒動、ロマンデにおける様々な討伐、そして、ミアンに現れたアンデッドの大軍は、連合王国なのか神国・帝国なのか。おそらく、王国から追放された『修道騎士団』につらなる恨みの果ての行為だとは推測されるのだが。


『確か、処刑された総長の甥が六十人の修道騎士団の騎士と船で財宝と共に逃げたって噂があったな』


 船で向かう先が神国か連合王国なのかは不明だが、王国に対する復讐心を持つ組織が両国に存在することは間違いないだろう。連合王国に向かった残党が、赤頭巾を使った破壊工作をワスティンで行ったと考えて、今後の計画を立てる必要もあるだろう。茶目栗毛が呟く。


「まさか、ワスティンに修練所をリリアルが作るとは考えていなかったでしょう」


 王都にほど近く、ヌーベも近いワスティンの森は、襲撃の工作にもってこいの立地でもある。ロマンデから王都に向かう魔物を放つことは、ルーンの冒険者ギルドが活性化し王都の支部として新設されてから、王都の冒険者が多く流れ込み、急速にロマンデの治安が回復した為困難となっている。


「察してリリアル領にしたのかもね」

「大いにあり得るわ。アルマン様は策士ですもの」


 宮中伯アルマン、彼女の功績を評するようにみせかけ、自分の仕事を押付けてくる男の双璧。今一人は、もちろん王太子殿下である。


「一先ず、修練所に引き上げましょう」


 ゴブリンの巣に入り、体が臭くなった気がする彼女は、早々に引き上げ、体を清めたかったのである。





 修練場(仮)へと戻ると、凡その建物の基礎部分が整地されていた。また、薬草畑になる部分や馬を繋いでおくスペースなども整理されており、癖毛が段取り良く仕事を片付けていた。


「随分と臭うぞ」

「……男としての配慮が無い」

「モテなくても当然だ!!」

「ゴブリンの巣穴の中まで私達は入ったのよ。臭うなら、先に帰らせてもらうわね」


 慌てて片付けを始める癖毛。伯姪が馬に乗り、臭い組三人が先行して二輪馬車でリリアルに戻る事にする。


 まずは、この赤い魔水晶の謎を解きたいのだが。水晶の中に精霊を閉じ込める技術があることは驚きであるし、それが容易に成せるのであれば、あちらこちらに『赤頭巾』をばら撒くことができる。


 能力的にはオーガに近く、兵士や一流でない冒険者にとっては相当危険な存在だと思われる。また、魔銀の剣を持たない騎士にとっても同様であり、魔術による攻撃若しくは、魔力を纏った攻撃でなければ効果的にダメージを与えられないと考えられる。


 とはいえ、封じ込めた『赤頭巾』を呼び出すには、生き血を魔水晶に注ぐ儀式が必要である。また、封じ込めるにはそれ以上の技術が必要なのだろう。


『あれか、召喚陣をつかうのかもしれないな』


『魔剣』の呟き。召喚陣……聞いたことはあるが、実際に見たことはない。


「召喚陣って、あなた使った事でもあるの?」

『あるわけねぇだろ。ありゃ、魔術師じゃなくって召喚師の仕事だ。それに、召喚自体は精霊術師も行える。今は、魔術と聖職者の「奇蹟」の類だけだが、御神子教が広まる前には、精霊の力を借りる事を生業とする術者が結構いた。そりゃ、連合王国なんかじゃ「賢者」と呼ばれる魔術師の一派だが、半分くらいは精霊の力の行使だな。使役したりもできる』


 帝国では『魔女』と呼ばれる野良の薬師がいるが、魔女は呪術や小動物に形をした精霊の使役も行う事がある。男性の術者が「賢者」、女性の術者が「魔女」と呼ばれるのだが、帝国では賢者は廃れ、魔術師となってしまい、呪術や精霊の使役を行わなくなっている。


「そう考えると、あの赤頭巾は精霊を召喚し使役する術者により持ち込まれたと考えればいいのでしょうね」

『ワスティンの森だろ。連合王国から持ち込まれたんじゃねぇのか。確か、そんな名前の悪い精霊があの国には居たと思うぞ。レッドなんとかって殺人現場や戦場跡に現れる奴だな』


 連合王国の精霊使い・術者であるとするならば、『伯爵』もオリヴィも専門外である。彼女の周りには心当たりがいない。


「自分で調べるしかないかもしれないわね」


 彼女が諦めて、自分で調べようかと考えていると、『魔剣』が提案をする。


『精霊のことは精霊に聞けばいいじゃねぇか』

「そんな簡単に、話の出来る精霊がいればいいのだけれど」


 戸惑う彼女に『魔剣』が呟く。


『いるだろ。畑に生えている』

「……そうね。あれも一応、精霊なのよね」


彼女は、『アルラウネ』の存在を思い出したのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 リリアルに彼女が戻ってきたのは、既に夕方になっており、一旦着替えたりする事を考えると、話を聞くのは翌日の方が良さそうであると判断した。


 幸い、午前中は薬草畑に人が入る事はないので、その時間、『アルラウネ』と直接話をしようと考えていた。


 暖かな日差しの中、畑の中でクネクネと踊っている姿が遠くからでも確認できる。最近は、魔物や鳥も近寄ってこない。案山子代わりに丁度良い存在になりつつある。不気味だが。


『あらあら、めずらしいわね~♪』


 いつもであれば、他のリリアル生が作業をしている時間に顔を見せる程度であり、その時間は午後になる。今日は午前中から一人現れたのだから、『アルラウネ』がそう思うのも当然だろう。


 何用かと聞く割には、相変わらず踊っているのだが。


「実は、近くの森でゴブリンを討伐したのだけれど、奇妙な赤い頭巾を被った悪意ある精霊を討伐したの」

『それは物騒ね~♪』


 彼女は魔法袋から慎重に『赤い魔水晶』の入った革袋を取り出し、中身を地面にごろりと無造作に落とす。


『確かに物騒ね~♪』

「精霊を水晶に収めることは出来るかどうか、あなたは知っているかしら」


 クネクネをしながら暫く無言となる『アルラウネ』。やがて、話を始める。


『知っているというよりは、聞いたことがある程度ね~♪』


 なんでも、完全な精霊は不可能だが、半精霊なら可能だと言うので、アルラウネを魔水晶に収容できないかという事で、『賢者』の遣いという者があの場所に現れたのだという。結論から言えば、『アルラウネ』は魔水晶に収容できない。


「なにが違うの?」

『実体があるでしょう~♪ 魔水晶に入れられるのは、受肉していない精霊だけなのよ~♪』


 例えば、風の精霊であるエアリアルや火の精霊サラマンダーは、問題なく魔水晶に収めることができる。火の魔石などと呼ばれる物の実態は、火の精霊を住まわせているものだからだ。


 これが、実体を持つ精霊である『アルラウネ』のようなものは収容できない。


『だって草だもの~』


『赤頭巾』が収容できた理由は、恐らく受肉していないからだろうという。例えば、悪霊と土の精霊が結びついた結果、ゴブリンとなるのだが、これは受肉しているので水晶の中には納まらない。


「では、何故……」

『あれか、あいつら殺すだけで、肉喰わないからか』

『たぶんね~♪』


 ゴブリンやオーガ、吸血鬼も、人間や動物の肉や血と言った形あるものを摂取する。ところが、『赤頭巾』は、人を殺す為の怨念が実体化したものであり、アンデッドの中でも霊体に近いものなのだろう。


『そう考えると、ワイトは無理だが、スペクターやレイスは可能という事になるな』


『魔剣』の推理通りであるとすれば、騎士学校の演習で出会ったスペクターは魔水晶という形で持ち込まれた物かもしれない。簡単にレイスを収める技術があるとは思えないし、そもそもスペクターほどの死霊は、簡単に見つける事は出来ない。


 地縛霊に近い『ファントム』はさほど強い力はないが、それでも死んだ人間の人格が残る『ゴースト』よりは若干強力である。『スペクター』は、思念体に近く『レイス』はその集合体だ。ファントムの中に残った怒りや恨み、無念さの残滓が寄り集まったものであり、殺意害意の塊故に、容易に人を殺すことができる。


 その為、レイスの現れる場所は、一族が自刃して果てた城館や隠れ家などであることが多いし、そのような場所がいくつもあることはない。族滅するようなことがあれば、恨みつらみを浄化する施設を設置することもする。鎮魂碑のようなものや、魂鎮めの祭りのようなものだ。


『だから~ レッド・キャップみたいな、ありふれた悪意ある半精霊になるんじゃないの~♪』


『アルラウネ』は『赤頭巾』をレッド・キャップと言った。どうやら、ネデルと対岸の連合王国に住む『家精霊』の成れの果てなのだという。


『没落しちゃったり~ 家を捨てて逃げ出しちゃった屋敷の家精霊が、元の主たちを想ってだんだん狂っていった感じかしらね~♪』


 百年戦争の後、連合王国内は王の正統が途絶え、いくつかの傍系の王族が王位を狙い争い続けた。結果、かなりの数の貴族家が断絶し、伯爵や公爵家がいくつも絶えた。また、それ以下の貴族の数も大いに減っている。


「そのあたりで、家精霊が悪霊化したレッド某はそれなりに揃うわけね」

『詳しくは知らないけれど、そんなことではないかしら~♪』

『辻褄は会うな。今の女王になってから、側近を郷士・騎士から爵位持ちに格上げしてる数が増えている。父王の時もあったみたいだしな』


 領地と城館を与える際に、その地に住まう『狂気と化した家精霊』を魔水晶に封じ、それを王国内に持ち込み魔物を統率される素材として行使しているということだろうか。


「ものに憑りつく精霊であれば、家から魔水晶に引っ越させるだけですもの。

容易かもしれないわね」


 只引っ越させるわけにはいかないであろう故、何らかの形で『赤頭巾』を移動せる術者の介在があるだろう。それが、精霊術なのか死霊術なのか、『賢者』なのか『魔女』なのかはわからない。


『そういえば、むかしはあの森にもいたのよ~♪ 賢者とか魔女とか呼ばれていた人たち~ いまでも、魔女はちらほらみかけるけど~♪ でも、賢者って男の人がなるんだけど、いなくなっちゃったわね~♪』


 その昔、デンヌの森は『女神』が住む森であったという。古帝国がやがてメイン川まで到達し、森には軍用街道も通され、帝国の軍隊の駐屯地や都市が建設された。その後、ムーズ川沿いには帝国の崩壊の後は修道士が宣教の為にやってきて、修道院を建設した。


 ムーズ川の周辺には、既に廃墟となった物を含め千年以上の歴史ある修道院が存在する。


『そんな形で、デンヌの森は女神の聖域じゃなくなったんだな』


 であるとすれば、このデンヌの森で生きながらえていた半精霊の『アルラウネ』は女神の後継なのであろうか。まったくもって、女神らしさは感じないのだが。



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[一言] 何百年に亘り受け継がれる怨讐。 使える手段は何でも使う彼らは狂気に浸りきってしまったのだろうか。
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