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『妖精騎士の物語 』 少女は世界を変える  作者: ペルスネージュ
第一幕『ワスティンの修練場』
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第501話 彼女はギルマスに説明する

第501話 彼女はギルマスに説明する


「閣下、受付のものが大変失礼いたしました」

「いえ、供も連れず冒険者登録証も提示せずに話しかけたのですから、勘違いされても仕方ありません」


 そのまま、地下の演習場で試験されたり、ベテラン冒険者に絡まれる展開もなく、あっさりギルマスとベテラン職員に総出で出迎えられ、固まる彼女と新人受付嬢であったのがつい先ほどのこと。

 散々代わるがわる謝られたのだが、どうやら、少々性格に難がある

新人であったこともあり、要再教育と判断されたようで涙目で睨まれてしまった彼女は、一応フォローすることにしたのである。


「閣下が薬師としてポーションをギルドに収められていたのが、つい昨日のことのように思い出されます」


 元ベテラン冒険者のギルマスは、四十代半ばの体格の良い男である。彼女が冒険者登録をする以前からの顔見知りであり、当時は副ギルマスか、補佐のような仕事をしていたと記憶している。


 よく話しかけてくれた記憶があり、また、馴染みの武具店を教えてくれたのもこの男であった。面倒見の良い男なのだろう。


「実は、この度の陞爵にさいして、『ワスティンの森』を拝領しました」

「……え……」

「本来、王の任じた子爵が領地を持つことはありませんが、副伯は『伯爵並』ということで、騎士団と領地を拝領するのです」


 ギルマスは『騎士団』の言葉になるほどと頷く。王家に仕える騎士達の所属するリリアルに騎士団が創設されれば、「騎士団(将来的には王都騎士団に改名の予定)」「近衛騎士団」「リリアル騎士団」「魔導騎士団」という役割りの異なる騎士団を王家は有することになる。


「それにしてもワスティンですか。確か、アンデッド・オーガの討伐がありましたね。

あれは……」

「指名依頼を私がギュイエ公女殿下から受け、その時に」

「ああ……そうでした。その時にですね」


 支配種の統率するゴブリンの群れ、アンデッド・オーガの討伐とワスティンの森で立て続けに討伐を行った。


「なるほど、冒険者が入りにくいワスティンをリリアルに任せると王家は判断したわけですか」


 任せると言うよりも押付けられたのだと言いたい彼女なのだが、ギルマスにはそうは言えない。


「それで、ワスティンに冒険者を入れないように通達でしょうか」

「いいえ、その反対です」

「……どういう意味でしょうか?」


 ギルマスに、リリアルで計画している『安全な野営地』の設置と管理、リリアルから冒険者ギルドへの常時討伐依頼、リリアル生も野営地に常駐するので、新人に近い冒険者も安全に野営し、森の浅い場所で採取や討伐依頼を受けて貰いたいという提案をするのだと説明した。


 ギルマスは、頭の中で詳細を吟味しつつ、彼女の話を確認していく。


「それは、リリアルの為でしょうか」

「拝領したにもかかわらず、手が足らないので放置というわけにはいきません。それに、ゴブリンや狼のような比較的弱い魔物の討伐が王都周辺から無くなったので、新人冒険者がステップアップする環境が王都には無くなったのではないでしょうか」


 少なくとも、先ほど彼女が確認した依頼表の中には、駆け出し冒険者ができそうな討伐依頼は無かった。


「王都としてはそれが正しい在りようでしょうが、冒険者はおっしゃる通りですね。実際、濃黒から薄黄に上がれる依頼がありません」


 濃黒は未成年でもあげられる冒険者等級の最上段。とはいえ、常時討伐の依頼のあるもの以外、討伐依頼を受けることは出来ない。薄黄になって一人前と見なされる冒険者だが、その手前で依頼が無いせいで足踏みして王都を離れたり、冒険者を止める者も増えているのだという。


「ギルドで指名して受けていただいても構いませんよ」

「なるほど。受付でリリアルのワスティン討伐案件を受けさせる冒険者を選ぶというわけですね」

「その代わり……」


 彼女はリリアルの二期生三期生に望むことを、ギルマスにも伝える。


 パーティーは四名以上、きちんとバディを組んで討伐を行える者であること。これは、臨時の編成でも構わない。野営のできる装備を用意できること。簡易テントや毛布、雨具、簡単な調理道具や火をつける道具などを携行できる程度に装備を整えている事。


 冒険者として、成長する意思がある者たちであり、リリアルが手を差し伸べるに足りるものであること。必要とあれば、リリアルの討伐に同行させ、体験させることもやぶさかではないこと。


 ギルマスは、冒険者離れの加速する王都ギルドの危機を緩和できる案ではないかと考え始めていた。


「将来的にはどうなるのでしょう」

「ワスティン全体の開拓・開発には相当の時間がかかります。運河の掘削と並行し、魔物を排除し活動拠点を森の奥へと進める必要があるのです。例えば、ある程度森での活動経験を積んだ者が、ワスティンの城塞都市を拠点として冒険者をすることなどを将来的には考えています」


 運河の掘削工事、開通後はその側道が街道となり、商人の行き来も増える事になるだろう。安全確保も大切であるし、旅人が休める宿場も必要となる。


「都市を建設するつもりですか」

「いくつか廃墟となっている放棄された街があります。幸い、土魔術師の力で、壕や土塁・石壁の再構築は容易に行えています」


 実際は、その廃煉瓦などを使い、人造岩石製の街壁を建設する予定なのであるが。 王都周辺がシュリンクする中、ワスティンの森で冒険者が活動できるのであれば、新人はワスティン、経験者は王都でと棲み分けもできる。


 やってみなければわからない面もあるが、少なくとも何もやらずに時が過ぎるのを待つよりは良いとギルマスは考え始めていた。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 ギルマスとは、野営ができ濃黒から薄黄にあがる見込みのある冒険者を選んで紹介してもらうようにした。馬車が出るのは火曜・木曜・土曜の朝の三時課の鐘に南門で集合し、昼過ぎにワスティンに到着する。周辺で魔物の討伐を行い、野営を経験する。翌朝一時課の鐘で出発し、昼前に王都に戻る。その時には、リリアルの野営地の薬草園で採取した薬草をギルドに持ち込み依頼終了とする。


 このような流れで、討伐を頑張りたいパーティーは二日三日と野営を行ってワスティンで粘るのが良いとも。まずは、討伐・野営の経験を積み、薄黄に昇格していこう、護衛として活動できるようになるという目標設定を提案した。


 ギルマスは「冒険者学校みたいだ」と感心していたのだが、冒険者ギルドを監修する組織があれば、こうした試みはありえただろう。


 正規の衛兵が守るのは街の中だけ。また、騎士団も自分の仕える貴族や王族の警護が主任務だ。戦時は傭兵にもなる可能性のある冒険者の育成に誰が力を入れなければならなかったのかは明白だろう。


 とはいえ、帰属意識の低い冒険者に期待する気持ちにならないという理由も理解できる。今後は、中等孤児院卒の冒険者志望も増えるだろうから、受け皿として、ワスティンの鍛錬場の存在は大いに高まるだろう。




 ギルドお奨めの馴染みの武具屋。彼女は、久しぶりに顔を出す事にした。


「ご無沙汰しております」

「おお、これはリリアル閣下」

「アリーでお願いします」

「では、アリーさん。ご活躍は耳にしております。ですが、今日はどのようなご用件で……」


 既にリリアルは老土夫の工房で自前の武具を調達しており、一期生が駆け出しであった頃のように、王都の冒険者ギルド御用達の武具屋で装備を整えることがない。故に、馴染みの店員は何の用であろうかと問うているのである。


「実は、ワスティンの森を拝領しました」

「……それは……リリアルなら討伐もかなうかもしれませんね」


 王都とローヌ川を運河で結ぶ計画は、王都の商人の間でも話題になっている。いまは旧都から陸路運んでいるギュイエや神国産の物資が、そのまま船で王都まで運び込めるようになると、商売の在り方も変化する。


「ワスティンが安全にならなければ、運河の工事も支障が出るでしょうから」


 ローヌ川に近い場所の掘削は進んでいるが、奥に進むには魔物の討伐を並行させねばならない。領主には難しく、騎士団は深い森に長期間滞在するわけにいかない。冒険者は依頼が無いので入る意味が無いという事で長らく放置されているのである。


 彼女は、新人冒険者のステップアップの場としてリリアル主催の安全な野営地の提供と、簡単な討伐・採取依頼、そして、リリアルの新人研修の拠点を建設し、その後、ワスティン内の廃城塞を改築し町を建設する計画を簡単に説明する。


「なるほど。そこで、新人の装備にアドバイスをしたいと」

「はい。最近の装備としては……」


 人気なのは街でも携帯に難のない片刃のショートソード。ワルーンやハンター・ソードと呼ばれる彼女達も冒険者用に調達したものが多い。


「中古も豊富です。最近は、ネデルで戦争があったでしょう? その放出品というか……要は戦場で拾った剣ですね。一応、大きなヒビ・欠けの無い物を選んでいます」


 確かに、彼女の駆け出しのころに樽に刺さっていた中古剣の品ぞろえとかなり変わっている気がする。作りは雑だが、新しいものが多い。


「これとかお勧めですね」

「なんでしょうか。素朴な剣ですね」


 一枚の鋼の板を折り曲げ、砥ぎ出した剣。「ベーメンソード」とは帝国の東にあるベーメン王国の剣だという。実際は、その地域で徴兵された農民兵に与える粗雑な剣らしい。


「鋼は良いですよ。ベーメンは鉱山も多いですし、金属加工も優れた職人が少なくありません」


 現代のサクスというところだろう。


「それで、お願いがあるのですが……」

「はい、出来得ることなら協力させていただきます」


 彼女は冒険者ギルドで提案したことをここでも説明する事にした。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 薄黒・濃黒の冒険者というのは、半人前であり自意識過剰な存在である事が少なくない。経験を積んで、自分は一人前だと錯覚する年頃である。成人を迎えていれば、昇格し一人前の扱いを受け、ひと稼ぎしたいとそれなりの夢と希望を持っている年ごろだろう。


 とはいえ、護衛や討伐の依頼を受ける事が無い故に、最低限の装備で依頼を受けている場合が多い。貴族や裕福な子供、親が一人前の冒険者として活動したことがあるものでもない限り、普段着に木の靴か布の靴、剣は持たずダガーかナイフで活動しているはずだ。


 冒険者証があれば、帯剣の許可が下りるのであるが、剣は相応に高い。素材採取程度の収入で賄えるはずがないのだ。


 そこで、ギルドにはお願いをしてある。リリアルの依頼を受けることができると判断した駆出し冒険者の装備を見て、革の手袋、革の長靴、片手剣を装備していない者には、お勧めの武具屋に行き、装備を「借り受ける」ようにである。


 その代わり、何度か依頼を受ければ、その分の収入が手に入るように依頼料と素材の売却をできるようリリアル側で調整するということである。冒険者証を提示して、ギルマスの名前で借り受けるのであるから、持ち逃げすれば当然、冒険者としては試合終了である。


 駆出しには駆出しなりに必要な装備がある。街を歩くような靴でワスティンを歩くことは出来ないし、短剣と素手で倒せるほどゴブリンは弱くない。実際、石の斧や錆びた剣で襲いかかってくる小鬼の集団は正直恐ろしく感じるはずである。


 装備がおろそかであり、足回りもいい加減で歩くのにも疲れている状態でゴブリンに遭遇すれば、死ぬのは小鬼はなく冒険者である。


 言葉で説明しても、実際死ぬ間際でなければ理解することができないのが駆出し冒険者なのだ。


 故に、彼女がギルマスと武具屋に手を回し、装備を整える気が無い者は依頼を受けさせないし、受けたからには対価をしっかり支払い、その上で道具を使いこなす事を求める事にしたのだ。





 リリアルに戻り、伯姪にギルドのと打ち合わせ内容について報告をし、リリアル生の装備の更新も検討しなければという話になる。


「個別には採取用のダガーだけ揃えればいいんじゃない。リリアルの紋章と名前を入れる仕様で」


 以前に話をしていたダガーの用意は既に進めている。彫金を魔術で仕上げるので、割りと容易に仕上がっているという。


「あとは、フレイルとか?」

「七歳児にフレイルは振れないわよ」


 洒落ではない。二期生と三期生年長組にはショートスピア、年少組にはショートスタッフで、石突を金属で補強したものを用意することにする。これは、個人ではなく、遠征メンバーによる使い回しとなる。


「七歳児だと、ハーフスタッフでも大人のロングスタッフ並ね」

「反撃して倒せるなんて思っていないもの。棒で叩いたり、突いたりして距離を取るための装備よ」

「なるほどね。スピアもそうなのね」

「冒険者登録するまでは、個人の装備はスタッフかスピアにするつもり。どの道、剣は振れないもの」


 身の丈に合わない装備は百害あって一利なしである。


「その代わり、革の長靴、革の手袋、革の頭巾、ハーフマントに革の胸当ては一人ずつ用意するわよ」

「防具は大切よね。最初は危険なことはないだろうけれど、装備した状態の探索に慣れないとリリアルとしては危険よね」


 三期生は特に魔力の無い者が半分いる。魔装で斬り抜けられない者が半分という事だ。防具をきちんと身に着け活動することに慣れなければ、いつか自分の命、仲間の命を危険にさらす事になる。


 なにより、同行するギルドの駆出し冒険者に舐められないようにしっかり装備は整えたい。


『まあ、防具を身に付けりゃ、いっちょ前の冒険者風に見えるぜ』


 武器を振り回す素人は多いが、しっかりと装備を固めた素人というのはあまり聞いたことが無い。そういうことである。


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― 新着の感想 ―
[一言] 駆け出しと言う個人事業主に投資をしてベテランを育てる、投資家の立場なのですね。 別に全員が冒険者として成功する必要もなく、リリアルと騎士団が奪ってしまった稼ぎ場を提供して、リリアル単独で狩場…
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