第500話 彼女は学院生に説明する
第500話 彼女は学院生に説明する
彼女の陞爵が決まり、リリアル学院内でのお祝いも済んだ翌日、食堂に集められたリリアル生全員を前に、彼女は『ワスティンの森』がリリアル領となることを報告した。
「ワスティンの森来たぁ!!」
「オーガか、オークか、ゴブリンチャンプかぁ!!」
「これで、冒険者登録しても簡単に昇格できそうなのです!!」
リリアル生に、副伯への陞爵の話と共に、いくつかの村の代官となること、ワスティンの森を領地として与えられ、魔物の駆除や開拓を行う事になるだろうという事を伝える。
「いつも行くと何かが巣食っている洞窟とか、埋めちゃうべきだよね」
「いや、そこに行けば魔物が狩れると分かっている方が良い。探すのに森の中延々と徘徊したいなら別だが」
「それは嫌だな」
「でも、森の中散歩するのも楽しそう!!」
ワスティンの森を良く知る冒険者組を筆頭に、一期生は割と盛り上がっている。二期生三期生はわけもわからず黙って聞いているのだが、魔物が沢山棲んでいるというのは、あまりうれしくないだろう。
「でも、リリアルの中で同じことを繰り返すのも飽きるでしょ?」
「週一で野営って、雨降ったら辛そうだな」
「リリアルの狼テントなら、雨の日でも安心じゃない?」
「その辺りは、小屋くらい作るだろ。土魔術でホイッて感じでさ」
夜は魔装調理板でバーベキューとか……楽しそうである。
――― ワスティンの野営地『仮称:リリアルの修練場』
名前ばかりは勇ましいが、駈出し冒険者が安全かつ効率よく依頼を熟す事で、王国内で冒険者が育ちにくくなっている現状に一石を投じられるならば良いという高尚な建前の下、ワスティンの森という王都圏に残された禁足地の如き場所を、リリアル単独でどうにかしようという流れを抑える為の方便でもある。
『仕事してる風ってのは大事だよな』
『魔剣』も宮仕えど真中の宮廷魔術師経験者である。騎士や男爵のような実働部隊ならともかく、爵位が上がるにつれ、周囲の目というものを特に気にしなければならない。
王家としては「難易度の高いワスティンの森を領地として敢えてリリアル副伯領とした。これは褒美であって褒美ではない」と言外に周囲に対して言いたいのであろう。
文句があるなら、お前が変われと言われて誰も引き受けない物件を与えたという事である。リリアルを守るための方便であり、どんどん開発を進める必要はない。
仮に、伯爵に陞爵するならば、次は今少し治めやすいシャンパー伯領の一部をリリアル伯領へと移す事になるだろう。ワスティンに隣接するのはシャンパー伯領だが、ここは歴史ある都市が少なくない。経済的にも安定している分、先にリリアルに与えれば、王家の差配に不満を持つ者も現れるだろう。
この辺りは、彼女の祖母の推測が相当に入っているが、彼女自身も当たらずとも遠からずと理解している。恐ろしいのは貴族の嫉妬心である。
「修練場に工房を……ですか」
『はい。ここで場所をお借りするのも一考すべきかと思いまして』
シャリブルと老土夫・癖毛が同じ工房で活動することは、それなりに馴染んできたと考えていたのだが、何か問題でもあるのだろうか。シャリブルの申し出は、ワスティンの野営地に自身の工房を構えるという案である。
『私自身、魔力をさほど使いませんので、こちらで頻繁に魔力をライア=イリス殿から分け与えてもらう必要もありません』
睡眠も必要なく、太陽の下で活動できないというわけではない不死者であるノイン・テーターのシャリブルは野営地に人がいなければ工房を夜中も続け、いれば、夜間の警戒を一手に引き受けることも問題ないという。
『創作の刺激を受ける事は間違いないのですが、ずっと一緒にいるというのは職人同士、上手くいかなくなるきっかけにもなりかねません』
一つの台所に二人の主婦はいらないとも言う。職人が親方と職人と徒弟というピラミッド社会である事を考えると、シャリブルは老土夫の工房にいつまでも間借りするのはお互いにとって良くないという事なのだろう。
「わかりました。ですが、無理をなさらないでください」
『はは、不死者ですからね。無理して困る事はありませんよ』
実際、弓銃から魔装銃職人に転換する技術を習得すれば、もっと言えば、発射機・銃身を外部から購入、癖毛が魔銀鍍金加工したのち、シャリブルにその銃を渡す事で、問題なく最終加工ができることになる。
『簡単な武具の修理も受けるようにします。そうすれば、訪れる冒険者の方達にも利があるでしょう』
野営地の管理・防衛、訪れる冒険者のフォローと最適の人材だろう。
野営地には冒険者用の野営施設のほか、シャリブルの使用する工房兼住居の施工も行う事になった。管理人さんシャリブルである。
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『……僕もシャリブルと共にその地へ行こうと思うのだが』
「駄目よ。あんた、負けが込んで逃げ出す気でしょう」
『そ、そんな事はないぞ!!』
「いいのよ、そんなに隠さなくても。もう少し手加減するようにみんなに言い聞かせるから」
『な、馬鹿にするなぁ!!』
ガルム師範代ならぬ稽古台がシャリブルとワスティンの野営地に向かいたいというのだが、ガルムは割と魔力を消費する行動パターンが多い。即ち、『アルラウネ』が近くにいる状態でないと、塵になりかねない。
「では、こうしましょう」
『……ぼ、僕の決意は固い……』
「みんな! ガルム君をあんまり虐めちゃだめだぞ!!」
なぜか姉が乱入。たぶん、一番手加減していないのはお前だ!! とリリアル生から多くの視線が突き刺さるが、全然気にしない。
「確かに、ガルム君は家柄だけの騎士だけどさ」
GUSA!!
「貴族の息子は、従騎士の資格が生まれつきあるんだよ。そんで、聖職者にでもならないかぎり、騎士の修業を強制的にさせられて騎士なっちゃうんだよ」
GUSA!!
「もしかして、ガルムって……」
「多分、聖典とか読めない」
「あ、阿保の子だったんだ!!」
『僕は!! 古代語得意だ!!』
「でも、剣は苦手なんだよ。みんな、人には得手不得手があるんだから、そのことをあんまり弄っちゃダメなんだぞ!」
GUSA!!
どの口が言うのかと彼女は姉の昔の姿を思い出し少々苛立つ。いや、かなり苛立つ。何か言えば「しつこい」とか「恨みがましい」と言われさらに弄られるので無視をする。
「では、平日は二期生三期生と剣の稽古の相手をして頂き、週末、シャリブルさんが一人になる時に、野営地に行くというのではどうでしょうか」
リリアル生は月曜から土曜まで野営をしているのだが、日曜の朝から月曜の昼過ぎまでシャリブル一人になってしまう。土曜の昼に野営地に向かい、火曜の朝に戻ってくるのではどうだろう。
『ふむ、実質週休二日か。日曜に安息できるのがいいな』
「では、これで決まりという事で」
ガルムと彼女の間で妥協案が成立。だが、リリアル生からの追撃は留まるところを知らない。
「まあ、土曜と月曜は野営地で訓練ね!」
「一般冒険者相手に訓練で負ける元帝国騎士とか笑える」
『僕はまけましぇん!!』
「いや、かなり負けているだろ。冒険者未登録組だけだろ勝てるの」
『……』
レイピア剣術の癖が抜けないガルム。魔力壁や魔装手袋もしくは、バックラーで刺突を弾かれると、簡単に負けるパターンから抜け出せない。
「カッツバルゲルに代えた方が良いんじゃない?」
「突きは外されると次が苦しいですからね。まあ、平服用の剣術です。
スポーツですよね」
『……レイピアは最強だ……』
そう、レイピアで無双する女剣士とか定番です。あくまで弱いのはご本人の問題である。
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リリアル内部で、ワスティンの森についての話は凡そまとまった。とはいえ、冒険者ギルドを巻込まねばならない事もある。
最近は、オラン公の指名依頼程度であまり顔を出していなかった王都のギルドであるが、久しぶりに訪れる事にした。
「一人で行くって……」
「実家にも顔を出したり、馴染みの武具屋にも行きたいから。慣れた地元なので、供回りはいらないわよ」
王都の城門まで馬車で送ってもらい、そこから徒歩で王都へと入る。南側の下級貴族街を逸れて橋を渡り、迎賓宮予定地の敷地のわきを通り抜け、中等孤児院の敷地を眺めながら下町の冒険者ギルドへと足を向ける。
因みに、再開発に引っ掛かった『伯爵』の館は、新しい物件を王都の新街区に見つけたようで、そこに転居しているという。確かに、『伯爵』の住んでいた古い騎士の屋敷の辺りはすっかり取り壊されている。
薬師ギルドは最近すっかり足が遠のいているので、アンネ=マリアの薬師登録をする際に、一度挨拶をしておこうと考えている。どの道、先触れ無しでは色々問題になりそうなので、今日は冒険者ギルドだけとしているのだ。
彼女の記憶より幾分すっきりした雰囲気の冒険者ギルドのカウンターを見る。依頼票の掲示内容も少なくなっている事は良いことなのだが、冒険者としては仕事が少なく困っている者もいるだろう。
特に、中堅未満の実績ない新人の場合、護衛の仕事も受けられないので、本当の小間使いのような仕事しか受けられず、稼ぐことも等級を上げる事も出来ない。
『最近は、レンヌとかルーンに行ってる奴も多いんだろ』
『魔剣』の言う通りであるのだが、駈出しであれば、王都の今までの住処を移してまで稼げる者はいない。依頼が多いからと言って王都を離れ活動ができるのは、中堅以上の経験者だけなのだ。
彼女は受付嬢に声を掛ける。彼女の年齢と同じくらいの女性であり、一期生と冒険者活動をしているころには見かけなかった顔なので、新人か異動してきた人であろう。
「あの、よろしいでしょうか」
「あ、もしかして……」
「はい?」
ジロリと訝しむような視線をおくられ少々戸惑いを感じる。
「あなた、冒険者登録しようと考えているのではないかしら」
今日は軽装で、貴族の娘とは見えない程度の装いである。メインツで手に入れた訪問着的なワンピースを着用している。
「いえ、実は……」
「依頼? 依頼なら」
「依頼ではありません」
はぁ、とちょっと溜息をついた受付嬢は、めんどくさそうに話し始める。
「あのね、いくらお芝居でさっそうと冒険者として御令嬢が活躍しているからといって、実際はそんなことないんだから。真に受けて、冒険者の登録に来る女の子が増えていて困っているのよ」
なるほど、姉の儲け話の波及効果として、冒険者を志す女の子が増えているということなのだろう。そんな事ではと思っていた彼女は得心する。目の前の受付嬢も姉の被害者の一人なのだ。
「妖精騎士とかあんなの作り話に決まっているじゃない!」
「そうなのですか」
「そうよ。私、ここに一年ちょっといるけれど、リリアル男爵? あった事ないもの。あれは、ベテランの冒険者を雇って一緒に活動させた挙句、その手柄を彼女のものに付け替えているんじゃないかしら」
確かに活動初期、彼女は冒険者を雇い依頼を遂行したことがある。あの頃は、まだリリアルもなく、伯姪や歩人とも活動していなかったからだ。レンヌでの一件は王女殿下の侍女として活動した時であるし、実際、冒険者として問題解決をしたことは最近ほとんどない。
「それに、スケルトンの軍勢に一人で突撃して何千も打ち倒すとか、荒唐無稽すぎてありえないでしょ? 確かにあの時あの町に滞在していたらしいけれど、そんなことありえないわよ。象徴として担ぎ出されているんでしょうね。王家も『救国の聖女』様の再来なんて言わせてるけど、正直怪しいと思うわ」
この真面な感覚は大切にしてほしい。一人で三千のスケルトンに突撃し、一人で浄化する……二度とやるまい。
「でも、ミアンの包囲戦はミアンの街の方達の目の前で実行したのではないのですか?」
「そんなの、口裏合わせしたに決まってるじゃない。全員の目がそこに向いているわけじゃないんだもの」
とは言っても、あの時は彼女に皆の気持ちを集めるために、教会に鐘を一斉にならしてもらい、祈りの力を集めて突撃する力に変えたのである。彼女の魔力は問題なかったが、浄化にまで至るかどうかは、真摯な祈りの効果に期待するしかなかった。
「ですが、あの時は……」
「あの時、あの時って、あなたあの街に滞在していたの?」
「そうですね。滞在していました」
「へー それで自分も妖精騎士・冒険者アリーになろうと考えて今日ここに来ているわけね」
なろう……ではなく自身が『冒険者アリー』なのだが。
彼女はギルド証を提示し、用件を述べる。
「ギルドマスターをお願いします」
「は? なんでマスターに会いたいのよ。今日はこの後、リリアル閣下がお越しになるのだから、ギルマスは忙しいの。先輩たちも裏で作業しているから、余計なこと新人の私が頼めるわけないじゃない」
と一気に言いたいことを言い放った後、提示された冒険者証を確認する。
薄紫色の冒険者カード。そして、名前は『ALLIE』の文字。
「え、は、あの、もしかして……」
「初めまして薄紫等級の冒険者アリーです。今日はリリアル副伯としてギルドマスターと打ち合わせに参りました。お取次ぎください」
副伯当主が直接声を掛けるという事はまずありえない。ということで、受付嬢の落ち度は少しくらいは無いと言えるだろう。