第47話 彼女は女男爵にならない
第47話 彼女は女男爵にならない
「残念ね」
「いえ、ホッとしたわ」
「でも、恩賞は前渡しみたいよ」
「……今のままで十分なのに」
伯姪と彼女のもとに、王妃様と共に宮中伯がやってきたのは、珍しい事ではないのであるが……
「ふふ、子爵令嬢ちゃんが女男爵になるには、年齢が……ね……」
「はい。既にある家を継ぐのであれば、後見人を立てて成人するまで当主を代行するということも可能ですが、新しい家の場合は、成人を待って当主に任ずるというのが妥当であろうという判断となります」
男爵を新たに任じれば、それに伴う職務が付随する。未成年の彼女に新しく与える仕事を作るより、成人を持って任ずる方が合理的だろう。
「そうすると、王妃の侍従辺りになってもらおうかしら。身分的にはおかしくないのだけれども。どうかしら~」
「身に余る光栄でございます。王妃殿下」
「今と変わらないわよ~ まあ、その頃には学院の生徒も育ってくるから、王宮の魔術師の講義とかも受けさせられるのではないかしら~」
初等教育は先輩が、上級生の教育は王宮の魔術師がということなのであろうか。それは、ありがたいだろう。
「全員とは約束できないのだけれど、ほら、弟子扱いになるから……相性とかあと、女の子が多いのもネックかもしれないわね」
「はい。むしろ、宮廷に入るより、市井で活動することが王都の為になると思われますので」
「でも、あなたの考えている王妃の騎士団も魅力あるわ~」
近衛の仕事とかぶるかもしれないので何とも言えないのだが、王宮の守護を近衛が担当し、王妃様の周辺や王妃様の係わる王都の事業には騎士団の人間を派遣するのが良いと思うのである。
「騎士って戦士ではなく身分だから、それでもいいのよね。まあ、全員を騎士にすることはできないけれど、従騎士とか役職を設けて……ね?」
騎士は一代貴族とはいえ貴族である。孤児を片っ端から貴族にするのは問題あるということでもある。
「宮廷魔術師はもれなく騎士だから、そのあたりが能力の線引きになるかもしれないわね」
いきなり、それはないだろうが、検討の余地はある。
「でも、初代の団長はあなたよもちろん」
「……承知いたしました……」
王妃様から当然のようにご指名である。そして、副団長は伯姪である。
「王女も入れちゃおうかしら~」
「……名誉会員という形であれば可能ではないでしょうか。騎士には無理ですので」
「そうね。理事とか、顧問とかまあ適当にね」
王妃様の後につながる組織であることも考えねばならないかもしれない。遠い未来の話であり、まだ言葉の上だけの存在なのであるから。
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「私だけ申し訳ないわね」
「いいえ、やっと名実ともに騎士となるのですもの。喜ばしいわ」
「未来の女男爵様にそう言われると、面映ゆいわね」
「……言わないで。気が重くなるわ……」
彼女は唯一、リリアル学院に常駐する貴族として「学院副校長兼教授」という肩書である。もうすぐ14歳なのだが、世の中間管理職の悲哀を感じる年頃でもあるのだ。
交渉関係は彼女がこなさなければならない。難しい場合は、宮中伯に依頼するのだが、基本的には彼女の仕事なのだ。とはいえ、王妃様とマブダチの彼女の発言を妨げるものは今のところいない。はっきり言って近衛最強の騎士を瞬殺(文字通りやればできる。それも気配を消して)できることも、既に知られている。
「まあ、お芝居にしづらいみたいね。近衛のメンツがあるから」
「なんだか……連合王国最強の騎士とかに設定を置き換えているみたいね……本気で迷惑なのだけれど」
海賊退治を逆恨みした連合王国が、最強騎士を王都に送り込むという話なのである。
「なんだか、王妃様の作った孤児院に慰問に来ている私に、孤児を人質にとって無理やり戦わせる内容なのよね」
「まあ、当たらずとも遠からずじゃない? 近衛の勝負なんて完全に言いがかりレベルだもの」
王宮の警備に支障が出るゆえに、近衛が随伴できないから彼女たちが侍女でついて行っただけの話である。大体、あの騎士たちなら、海賊と斬り合いして死ぬか大けがをしただろう。王女殿下や公太子様も無事であったか怪しいのだ。
「はい、ですので、寄付の件一切は学院ではなく、王妃様か宮中伯様にお伝えくださいませ」
「……さようでございますか。何かお困りのことがございますれば、お力になりますぞ」
「ご配慮に感謝いたします。では、今日はこれにて」
「はいはい。失礼いたします」
何度となく繰り返されるテンプレートな会話。この学院に貴族は彼女しかいないため、対応は全て彼女がしなければならない。入口の騎士たちは警邏のものであり、身分ある者を誰何すれども、排除することができない。
「仕事が……」
「お疲れさま。私が騎士になったら、代わってあげるわ」
「そうね。あなたの方が適切な人材よね」
「その前に、王妃様から紹介状がない者は学院に入ることができないと御触れを出していただければ問題ないんじゃないかしら。高札にして門前に掲示しましょうよ」
「……それだ!」
社交力の低い彼女は、身分や立場を利用するという行動を思いつけないのである。姉ならもっとうまくやったであろう。
「そういえば、お兄様からお話聞いているかしら?」
「いえ、特に何もないわ」
「学院の中に、出張所を置かせてくれないかって」
「どうかしら。でも検討の余地はあるわね」
今の彼女のやり取りの多くが、学院で消費する食材の買い付けなどなのである。予算を決めて、その範囲でやりくりしてくれる商会に丸投げするのが簡単なのである。ある意味、商社的仕事をお願いしたい。雑事を減らしたいのだ。
「商会からすれば、王妃様の施設との取引実績になるし、あなたは雑事から解放されるし、予算の中でやりくりしてもらって月1くらい監査すれば問題ないわよね」
学院の予算など軍の駐屯地と比べれば微々たるものであるし、正直、抜かれて困る金額ではない。なら、専門家に任せる方が良いだろう。
「帳簿を見るのは得意だから、それでお願いしたいわね」
「元大商人の正妻希望だものね」
「いいえ、現役よ。まだゼロではないもの」
「いい加減、諦めが肝心よ、未来の騎士団長様にはね」
「あなたにお願いするわ。騎士団長にご親戚もいる事だしね」
騎士団同士の交流会で手合わせとか希望されるのがいやな彼女である。
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学院で流行っている遊び……それは『隠れん坊』である。とはいうものの、普通の隠れん坊ではないのは言うまでもない。
「もういいよ!!」
という事で、鬼は……癖毛である。なぜなら、魔力量が多すぎて、コントロールできず気配がうまく消せない。魔力量が多い=優秀という図式は必ずしも成り立たないのである。
「あっ……消えた……く、くそっ!!!」
いま赤毛娘が見えたので急いで追いかけたのだが、パッと消えてしまった。魔力の出し入れが上手な赤毛娘は、一瞬で魔力を切り替え、気配を相殺し、身体強化と遮音まで行い移動したのだ。
『赤毛っ娘、うまいな。慣れている』
『魔力の消費も最適化されているようですね。主まではいきませんが、中々のものです』
魔剣も猫も太鼓判である。
「ああ、こうなったら!」
癖毛が魔力ソナーを打つ。当然見える範囲にいるかどうかわからないので、移動しながらガンガン打つ。魔力を打てば一瞬解除される隠蔽なのだが、その後、距離が離れていれば再度、隠ぺいを発動すればよいだけなのだ。
「魔力ガンガン削られてくね。まあ、やるしかないもんね」
「自分が隠蔽できないと、五分にならないから仕方ないわね」
この鬼ごっこは、そういうゲームなのだ。鬼も隠蔽を使って隠れることができて、初めて成り立つと言える。癖毛が全然ダメなので、わざと姿を見せて挑発してはみんなが隠蔽して逃げるという、訓練にしかならないのだがそれも仕方がない。
因みに、黒目黒髪娘は目立たない場所で隠蔽をかけたまま本でも読んでいると思われる。魔力量が多いので、隠蔽解除のソナーも弾いてしまうし、かけっぱなしでも丸一日問題がない。なので、今は参加しているようで、自由時間扱いなのだろう。
「私も参加しようかなー」
「やめておきなさい。どうせ、姿を隠して後ろから叩いたりする気でしょ。あの子がめげないからって調子に乗るのはどうかと思うわ」
「えー だって同じ班だし……ねぇ……」
「駄目よ。めげない子が折れたときに大変なことになるわよ。姉さんがそうだから大変なのは経験済みよ」
「……めげるんだ、あの人も」
「ええ、ビックリするわよ。別人になるから」
彼女は割と、細かく挫折して落ち込みながらも平静を装うタイプの人間だが、姉の場合、そういうことが滅多にないので、一度限界を超えると、しばらく帰ってこれなくなるようなのである。
「でも、それをフォローするのが学院長代理の仕事でしょ」
「……子供も男も苦手なのだけれど……仕方がないわ」
責任感だけでなんとかなる問題でもないが、逃げるわけにもいかないのだ。
さて、結局最初から最後まで鬼で居続けた癖毛は、お茶の際に出される砂糖の少ないほとんど乾パンのようなクッキーがもらえない。昨日もその前もである。
この後、学院生活に慣れた子供たちは、使用人のお姉さんの手伝いをする。勿論、水汲みや薪割りのような仕事もこの夕食前の明るい時間に終わらせるのである。故に、乾パンの如きクッキーでもおなかの足しに必要なのだ。
恨めしそうに周りを見る癖毛と、だれも目を合わせようとはしない。目が合えば絡まれるのが目に見えているからだ。
「あなた、少しは自分のことを省みなさい」
「……なんだよ、いいじゃねえか、乾パンもらえないだけだろ!」
既に、若干涙目であるが、彼女は癖毛に自分の乾パンをあげることにした。
「ほ、施しなんていらねえぇやぁ!!」
「なら、恨めしそうに周りの子たちを見るのをやめなさい。まだ全然わからないようだし、いつまでたっても成長しないからはっきり言っておくわ。魔術はね、魔力の大小なんて才能とは関係ないのよ。自分を客観的にみられるかどうかなの」
寂しい子供にありがちな、自分を見てみてアピールが癖毛は特にひどいのである。周りの注目を集めようとしても、皆から避けられるばかりなのだ。
「自分の中にある、誰かのために何かをしようと思う気持ちを育てなさい。それが、魔術を身に付けるためのスタートになるのよ」
「……なんでだよ」
「大きすぎる力だからよ。自分一人のために使うには有り余る力なの。ちょっと力が強いからといって、安易に他人を傷つけ奪い殺すものがいるわ。そうではない、英雄と呼ばれるようになる人もいる。その差は、誰かのためにという想いがあったかどうかなのではないかしら」
赤毛娘が魔力を伸ばしたのも、他人の役に立つ力仕事を買って出たからであろうことは容易にわかる。力のない幼い女の子が自分のためにそんなことをするわけがない。誰かの役に立ちたかったから身についた。
癖毛はそうではない。性格的に、身につかないのだ。自分アピールがうっとおしいから、成長できない。才能がある分、難しいのだ。
「成長するということは、誰かのために何かできるようになるということよ。それがわかるようになれるといいわね。さあ、クッキーを食べて仕事に行きなさい」
「……はい……」
癖毛はクッキーを口に入れると、急いで他の子供たちに続いて仕事に向かったのである。
「厳しいけど優しい……そんな感じだよね」
「あの子たちがそれなりの魔術師になるのであれば、みな騎士爵になるじゃない。王国では貴族の端くれになるのだから、誰かのために何かをすることが当たり前なのよ。私たちとあの子たちの違いは、生まれたときからそれを要求されて育っているか否かじゃないかしら」
「そうね。魔力を持ち、人より優れているものは、周りの人のために役に立つ存在でなければならないし、その責任もある……というところでしょ?」
彼女は黙ってうなずいた。彼女と伯姪にとって当たり前のことが、孤児であり、平民である彼らには当たり前ではないのだ。魔術師になるということの意味をこの学院で身に着けてもらうというのは、単に魔力の扱い方を学ぶのではなく、その力で何をするかまでを、自分たちも含めて考える場所だと思うのである。
夕食の準備の時間、門衛である騎士が彼女の元に来客がある旨を伝えてきた。王妃様からの紹介状もあるという。
「……なんでこの時間に来るのかしら。先触れも無しに……」
「だれかしら、王妃様の紹介なんて」
「姉さんと御令息よ」
ニース領から戻り、何度か姉を王妃様との茶会に招いていただいた結果、王妃様は姉をともだち認定したらしい。学院の運営に、姉とニース商会も協力することは決まっていたのだが、いきなり夕方にやってくるとは……
「泊めないといけないみたいね。1泊で案内するようにとの王妃様からの内容ね」
「まあ、来客が泊まることも今後あるだろうし、練習台だと思えばいいよね。身内だし」
その身内が問題なのよと、彼女は思うのであった。




