第499話 彼女は副伯に陞爵する
第499話 彼女は副伯に陞爵する
「リリアル男爵前へ!」
水色のドレスを着た彼女は、しずしずと前に進み出て最敬礼をする。国王陛下が侍従から羊皮紙に書かれた任命書を手渡される。
「リリアル男爵。これまでの王家と王国に対する貢献を賞し、『副伯』に陞爵するものとする。これに加え、リリアル騎士団の設立及び、現在王家から貸与されている離宮の永久使用の権利を与えるものとする」
今回の陞爵に関しては、王宮でひっそりとなされている。竜討伐はともかく、様々な功績は公に出来ない質のものもある。連合王国の最新私掠船を二人で奪い取ったというようなわかりやすい功績でもない。
「また、王都中等孤児院の理事に任ずるとともに、再開発地区に建つ『迎賓宮』の敷地に隣接する地に『リリアル王都邸』を建設する許可をあたえ、それに必要な金子の一部を王家から下賜するものとする。これは、リリアル邸が迎賓館の警備体制の一翼を担う事に起因するものである」
長々と読み上げるのは、宮中伯アルマン。事前に聞いていた内容ではあるが、周囲のざわめきから感じるに、破格の待遇とでも言いたいようである。王都の上位貴族街の一角に屋敷を賜るのではなく、新宮の隣接する土地に敷地と予算を下賜するというものは、それに付随する責任を考えなければ、何の問題もなく感じるだろう。常駐警備員に任じられたに過ぎないのだが。
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国王からの任命書一式を受け取り、陞爵式に関しては終了した。とはいえ、これで終わりというわけではなく、様々な関連各所からの説明を受ける事になるのだが、今日はここまでである。
『やっぱりきたな』
「ええ、恐れていたことが具現化したわね」
『魔剣』と彼女は、副伯陞爵の際に与えられる新たな職務について考えていた。
長々と読み上げられた内容。幾つかの王都近郊の領村をリリアル領として与える事。但し、副伯である間は代官としての役割りであるが、将来的には独立した領地となること。
その領地の主だった場所は『ワスティンの森』とその周辺の場所。つまり、彼女の子爵家が預かっていた代官の村、猪狩りをした村がそこに含まれる。ワスティンの森そのものの開発及び王都への運河建築に関する支援も副伯の仕事となるらしい。
運河の開削はいまだ始まったばかりであり、周辺のワスティンの森の伐採や魔物の駆除が主な仕事になるだろうし、作業員が安心して過ごせる開拓村の整備も必要となるようである。
「今までと変わらないと言えば変わらないわね」
『形から入る必要があるだろう? 活動拠点として、ワスティンの一角にリリアルの分所を置く必要あるだろう』
リリアル生もようやく教育が施せる体制になりつつあるのだが、今の時点では、一期生をニ三期生の教育担当として配置しているのであり、ワスティンに常駐させられる戦力は無いと言えるだろう。
「簡単に言うわね」
『簡単だろう。例えばだ……』
野営地を前提に、土塁などで囲んだ将来的にリリアルの分屯所として機能させる場所を構築する。古帝国の軍団が駐屯したような半永久的な場所を作る。
柵で囲い、夜間は門が締められるような作りのものだ。
『お前ら最近、野営でも土魔術で作るだろ? あれの大きなものだ』
その程度なら、常設できる程度には作れるだろう。半日もあれば、土塁と壕を組み合わせたそれなりに安全な野営地を作ることができる。
「そこをどうするのよ」
『そこの一角を野草園にする。さらに、冒険者ギルドに常時依頼としてそこの薬草を採取したり、周辺の魔物を狩る仕事を依頼する。出張所をその野営地に設けて、職員は近隣の村から臨時職員を雇わせて朝夕だけ受付をして貰うんだよ』
彼女の領地となる猪の村からならさほどでもない。もしくは、村の中にそれを設けてもいいだろう。
王都周辺の治安が改善し、ある程度経験を積んだ冒険者であれば仕事が選べるものの、駈出し冒険者の場合、王都から日帰り圏で経験を積める場所がなくなりつつあるのが現状なのだ。
ワスティンの森は未だゴブリンや狼などの弱い魔物から、オーガのようなベテランが対応すべき魔物も潜んでいるのだが、出口近くまでそのような強力な魔物は出てこない。
安全な野営地があり、お土産的薬草があるのであれば、駆け出し冒険者が泊まり込みでやって来ることも問題ない。依頼を出し、往復の荷馬車程度はリリアルの予算で出せないでもない。勿論、普通の馬車になるが。
「二期生三期生の数が多いのだから、週一日程度班分けして、順番に探索の演習を行ってもいいわね。一期生を二人位先導役に付けてね」
『そうすると、薬師組も行かさねぇとな。実際、相手してるのはあいつらだからよ』
冒険者組のことは尊敬しているのだが、まだ距離を感じているのがニ三期生である。直接面倒を見る機会の多い薬師組には相応に懐いている。
「冒険者と薬師の組合せ。薬師組の子達にも遠征慣れしてもらいたいのでちょうどいいかもしれないわね」
『なら、昼から出て夕方まで討伐。野営して、翌日の朝リリアルに戻ることにするか』
日曜を除く月曜から土曜を野営地で活動する者を一班編成する。一期生二人と、二期生三期生が四人。一期生は固定化せずに、色んな人間と組めるようにする。
『なら、受付の代行をリリアルですればいいだろ? 野営を引き上げる前に受付して、野営を始める前にも受付するとかよ』
「冒険者ギルドにそれも提案してみるわ。どの道、領主としてギルドに依頼する側になるのだから、その辺り融通を利かせるでしょう」
王都の冒険者ギルドも新人育成の場が王都周辺から減り、難儀をしているという話も聞く。沢山の新人が登録し、そして行方不明になるということはなくなっているものの、王都周辺が安全になって依頼が減っている現状がある。
ワスティンの森への依頼は少なくないものの、周辺に宿泊できる安全な場所もないため、駆け出し冒険者には遠征しにくい場所となり、魔物の数も多くなり近隣に被害が出てから高ランク依頼となってしまう。
冒険者も冒険者ギルドも周辺住民にも良いことが何もないのである。
この悪循環が改善されるのであれば、また、ワスティンの森がリリアル領となることでしがらみが少なくなるのであれば問題なく受け入れるだろう。
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王宮から戻った彼女は、早々に伯姪と今後の方針に関して詰めることにした。
「色々押し付けられたわね」
「そうね。王都周辺で関わりのあるところは凡そね」
代官の村・猪の村に加え、人攫いに協力していた王都東の村も改めてリリアル領に加わることになった。軽い刑罰のものは奴隷の期間が終わり、主だった村役人が処刑され、その家族が王都圏から追放された事を考えると、男衆があと十年ほど奴隷身分であること以外は普通の村になったと言えるだろう。
「あそこ、鶏卵牧場にする予定なのよ」
「ああ、なら女子供でも働けるでしょうし、外から働き手を募集することもできそうね」
「小さな村塞に改良するつもりなのよ。折角、人造岩石の技術も磨いていることなので、鶏舎や領主館を改良してみようと思うの」
鶏舎も木造のものよりも管理しやすくなる可能性が高い。板の割れ目からイタチやキツネが入り込んで鶏を食い殺す事も無くなるだろう。また、領主館は教会とならび、住民が避難する施設でもある。火事にも強いコンクリート製の領主館は良いものとなる。穀物倉庫なども地下階有のもので作るのも一つの考えだろう。
『地下な。周りをしっかり硬化させて水がしみこまないようにした方が良いな』
城塞のダンジョンも地下は水が染み出たり、通気が悪くとても悪い環境となる場合もあるのだが、それは施工と地形の問題もあったりする。少なくとも丘の上にあるような場所でない限り、地下に水が染み出る問題は発生すると考えてよいだろう。
「村長とかどうするの?」
「自薦他薦どちらでも構わないのだけれど、村長と副村長の二人にするの。任期は五年というところかしら」
「……有期の役人にするわけね」
水晶の村でもそうなのだが、多くの村では村長は世襲であり領主の分家や家臣の血統が支配している。村における領主が村長であるのだ。その場合、村長の決定に反論できなくなるのは当然だ。
その結果が、人攫いへの協力をして大金を受け取り農村とは思えない屋敷を構える村長と、そのおこぼれに預かる村人という関係になったのだろうと推測される。
「副村長は良いわね」
「独断できないようにするには、対立派閥を作る方が良いと思うの。揉めて抑止効果が発生することもあるし、相互監視の意味もあるでしょう」
軍においても副将という者は存在する。将を補佐する者という意味もあるし、別動隊を率いたり、役割を分ける為にも存在する。それ以外にも、将の裏切りを監視する役割も持っているのだ。
「それと、新しい人を受け入れてもらうわ。住む場所は新住民でまとめて住んでもらう事になるでしょうし、畑などもこの際、再編することになるわね」
彼女の中では『蕎麦』の栽培を委託したいと考えている。年貢として支払うのは小麦なのだが、この村では蕎麦を育てさせようというのだ。勿論それが、ガレット売りにつながるのは間違いない。
冬は小麦、夏は蕎麦を栽培することになるだろうか。蕎麦を育て、冬に小麦を育て、その後は牧草地にするなり休ませるなりすることになるだろう。
「犯罪奴隷の期間が終わるのは何よりだけれど、近隣の村との婚姻は避けられるでしょうから、外部の人を新住民として受け入れさせて、そのなかで子供同士を結婚させるとかになりそうね」
「他の村から差別される分、内部では反省もするし結束もするでしょう。悪い事ばかりではないわ」
既に唆した村長一家は処刑され、村長とつながりのある貴族家との縁も切れている。リリアル領として統治しやすいかどうかからすれば悪くないが、逆恨みの危険性もあるので、その辺りが追々考えるべきだろう。
「理由をつけて、騎士団の分駐所を設置するとかじゃない?」
「ついでに、人造岩石製の隊舎を寄贈すれば、喜んで協力してもらえるかしら」
問題ありの村の後始末を押付けた手前、王宮もある程度譲歩するだろう。王都東側には駐屯施設も少ないので、巡回などの際立ち寄りにくい街などを利用せざるを得ない場合も少なくない。王都の東は小規模な伯爵領が多く、犯罪者も逃げ込みやすいので牽制にもなる。
「自分で何でもやろうとしなくなったのは感心ね」
伯姪の呟きに彼女も自身で同意する。少なくとも、出会った頃の二人は、自分がいかに優秀かを周りから認められたいとばかり考えていた。今では……反省することしきりである。出る釘はいろいろ引っ掛けられてぶら下がりだらけになる。
「そう考えると、あなたのお姉さんは優秀よね。周りを上手く使って自分の成し遂げたいことをしっかり成し遂げる」
「図々しくて図太いだけよ。振り回される周囲はいい迷惑なのよね。渦の中心だけが穏やかなのよ」
けらけらと笑いを振りまき、悪びれる事無く周囲を使役する姉の姿が眼に浮かんで腹立たしい。
「ニース商会の行商ルートに入っているのだから、小さな支店と休憩施設も建ててみようかしら」
「いいんじゃないの? 周りに置かない店があれば、避けられている周囲の住人も村に現れるでしょう?」
王都は無税だが、一般的な街壁を持つ規模の都市は入場税を取る。そこには、『店』があり、自給自足では手に入らない質の商品が手に入る。ニース商会の店であれば、ルートに乗り取り寄せもできるだろう。わざわざ王都で探し回らずとも、時間も税も掛からず買えるとするなら、少しずつ近隣から村を訪れるものも増えると期待できる。
「人攫いの片棒担いで金儲けしていたってのは、何百年と言われ続けるでしょうけれどね」
「最悪、村の場所を移してしまう事も有りね。今のところは次善の策になるでしょうけれどね」
周囲の村より住み心地が良いとなれば、気にせず移り住む者も増えるであろうし、まだ何も始まっていない状態で先を考えすぎるのも良くないだろう。
「爵位が上がると大変ね」
「人ごとみたいに」
「だって実際他人事でしょ? なんてね。リリアルもいよいよ騎士団を編成することになるのね。王国の一翼を正式に担うことになるのよね」
リリアル騎士団と名乗る事で、今までは冒険者の振りをして引き受けていた仕事のうち、王家からの指示で活動することに関しては正式に騎士団の任務として受ける事になるだろう。
「やはり騎士団や近衛連隊の下請けかしらね」
「まさか。騎士団長はあなたでしょ? 王国副元帥に下請けさせるなんてありえないでしょう。その辺り、弁えない輩もいないでもないでしょうけれど、そんな奴は門前払いできるようにするための副元帥であり副伯陞爵なんだから、偉そうに追っ払えばいいわよ。実際偉いんだからあなたは」
彼女の姉であれば「そうだよね!」と言い切るのであろうが、根が小心な彼女の中では自分自身に変化が無いので、あまり理解できていない様子だ。
「あのね、副伯って今はない爵位をあなたの為に復活させたわけでしょう。その意味を理解できないような王国の高位貴族はいないわよ。子爵より上で伯爵並扱いなわけでしょう?」
伯爵より下の意味が『伯爵並』である。いうなれば、星四冒険者の扱いのようなものだ。
つまり、高位貴族の端くれとして扱えよという、王家からの意思表示と理解できないような公爵・伯爵は王国貴族ではないという意味だ。
大使館を持つ国々をはじめ、多くの諸外国の宮廷にも彼女の陞爵の話は伝わるだろう。
『王国に現れたリリアル副伯とは何者なのであろうか』
そう疑問に思う王侯貴族も現れるに違いない。
『ある意味、お前の名前を利用した国防政策なんだろうぜ。竜殺しの英雄、そして直属の騎士団は全員魔術師という異色の軍を率いているって事が体外的な抑止力となり、国内の不穏分子を警戒させ動きを鈍らせる事になる。とってつけたようなワスティンの領有だって、問題起こす奴らへの警告の意味もあるだろうぜ』
『魔剣』の指摘する意味はその通りであろう。帝国・ネデルで彼女を実際に見知った王侯貴族も少なくない。そして、実際に、王国を害する組織の一端を潰して見せた。
王国外においても、リリアルは現れるぞと警告してやったのだから、当然だろう。
第五部(了)
これにて第五部ネデル 完結です。お付き合いいただき有難うございました。
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