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第498話 彼女は模型を王妃様に見せる

第498話 彼女は模型を王妃様に見せる


 王都には最近頻繁に足を向ける。一つは中等孤児院の様子を伺うために、一つは、ドレスや宝飾品の購入をリリアル学院ではなく王都の子爵邸にて行う為である。流石に学院生が沢山いる中で、宝飾品やドレスの採寸などをする気にはなれない。


 そして、一番の理由は『迎賓宮』に隣接する敷地に設ける『リリアルの塔』と仮称される門楼(Great)主塔(Gatehouse)の作成に当たり現地の調査を行う為である。


「この場所に……この建物が……」

『迎賓宮の姿が見えないと何とも言えねぇな』

「この後、王妃様に図面を拝見することになっているので、それで凡そわかると思うわ」

『なら、それもあとで修正だな』


 彼女は自作した『街塞』的門楼主塔の模型を持っている。




 迎賓宮に関して、彼女は既にいくつかの情報を得ていた。それは、レンヌから旧都を流れるロール川途上の河岸の丘に建つアンボワ城の城館をモチーフに建設される予定なのである。


 外観は今風の白壁漆喰塗仕上げとなるだろうが、王妃殿下のお気に入りの城館であり、本来城塞として百年戦争期にアンボア伯により建設されたものであったが、事件を起こし失脚、王領となり城ごと王家所有となった経緯がある。


 王国風ゴシック建築で建設されており、法国の著名な建築家も関わった曲線を多く取り込んだ内装のデザインとなっているという。聖ミシェル山修道院の大聖堂なども戦火により改修された際は、類似のデザインになっているとされる。


『聖都の大聖堂はやり過ぎだけどな』

「職人の仕事を作っているとすれば、大きな雇用創出でしょう。お金を貯め込まずに済む平和な時代に相応しい増築と考えれば、マイナスでは無いと思うの」


 奢侈を好まない彼女であるが、教会や王家・大貴族は相応に高価なものを購入することを否定するものではない。集めたお金を職人や商人に廻す為には必要となる行為だと思うからだ。


 彼女自身、爵位を得たのちの収入の大部分はリリアルの運営費に投入しており、自身の蓄えというものは何もなかったりする。ポーション頼みでも生き延びれるくらいの甲斐性はあるが、リリアルを育てる為に資金を投入する事に躊躇する事は全くない。


 王都の再開発では多くの人手が必要とされる。その多くは体を使う単純な労働であり、勿論、細工をする職人の仕事も大いに増える。そこに住む人が増える事で必要とされるものが増え、商人が多く訪れ物もたくさん集まるようになる。


 王家や貴族が支払う賃金・対価が商人職人そして庶民の口を満たす糧となっていく。


 彼女のリリアルの塔もできれば職人を使って建てたいのだが……リリアルはいたって貧乏であり、尚且つ、どうにか自作できる程度の能力を持つ職人もどきも自前で確保している。


『外装の煉瓦なんかは、職人に依頼するんだな』

「そこは、迎賓宮の外装を手掛ける処に委託するわよ」


 リリアルの塔でありながら、迎賓宮の一角を占めるのであるから、デザインの統一感は必須である。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 王妃様とお話をしつつ、そこには、迎賓宮の建築設計家も同席していた。


「すごいじゃない~」

「……見事な造作です。これはどなたの作品でしょうか」


 彼女はおずおずと自身が土魔術の練習で作った粘土細工であると伝える。


「あら、さすが多才多芸ね」

「閣下の手作りですか……素晴らしい……」

「そ、その、最近帝国に足を運ぶことがありましたので、様々な聖堂や城郭を間近に見ることができましたので、上手く魔術として発動できたのだと思います」


 細かいところまで気になる彼女の性格からすると、デザイン的にバランスを考えた一定の文様の繰り返しのような幾何学的デザインは、恐らく理解しやすいのであり、魔術として再現しやすいのであろう。


 この辺り、リリアルの土魔術師にはあまり期待できないと思われる。あいつら、力技が得意だからである。


 どうやら、建築自体は王国の建築家が行うが、細工や仕上げは法国人職人がおこなうというのである。職人ギルド的には問題ないのだろうかと彼女は不安になる。


「ふふ、大丈夫よ。何年もかかる造作になるでしょうし、それに、王都には再開発で沢山の仕事があるのだから、仕事にあぶれた法国人の石工に仕事を回すぐらいなんともないのよ~」

「南都の王太子殿下のご紹介なのです。どうやら、教皇猊下の依頼のようで」


 法国内は新しく都市を再構築するほどの経済的な余裕がなくなりつつあるようで、仕事を求めて王国や帝国に向かう優秀な職人も少なくないのだという。王国内でも法国の優れた石工の技術を学ぶために、王都の石工組合らも下について技術を学ぶ事になるのだという。


「仕事を与え、技術を受け取る。何も悪い事はないわね~」

「正直、アンボア城の仕上げを王都の職人だけで再現することは現状困難です。なにしろ、あれは『法国風宮殿』のデザインの流れを汲んでいますから」


 彼女の中でなるほどと腑に落ちることになる。今ある王宮も、旧王宮も城塞を基にしたものであり、重厚であるが戦乱の無い時代において快適かどうかといえば程遠い存在である。身の安全を計るためのやむを得ない時代が過ぎ、いまや王都を襲う可能性があるものは、王都民の反乱くらいのものである。


 そこで、法国の宮殿建築を取り入れ、まずは迎賓宮として作り、その後王家の住まいにも拡充する流れなのであろう。


 リリアルの塔も少なくとも中庭側は『宮殿風』に仕上げねばならない。


『魔導船使って移動すれば、一日あれば行けそうだな。現物見に行くか』


 王家の持つ城塞にいきなり行って中を見せてもらえるものなのだろうか。気配隠蔽を用いてこっそり中に入れないでもないが。因みに、今は亡き先代国王の時代に大きく改修されたものであり、彼の王のお気に入りの場所であったともいう。


「先代国王陛下が法国から連れ帰った職人が改修したのです。法国風の宮殿をいたく気に入られたとか」


 法国戦争でサボアなどの宮殿を見知ったうえで、拉致同然で連れ帰ったと伝わっている。今回は当然、招聘しているわけだが。


「何か気になるところはあるかしら~」


 王妃様からの雑な質問。沢山あるのだが……


「まず、私は法国に行ったことがありませんが、姉の婚姻の関係でニースに少々滞在したことがございます」


 王妃様は相槌を打ち、建築家は黙って話の先を伺うように聞いている。


「日差しが王都よりかなり強いです。つまり、法国の窓の開口部の大きさでは室内がかなり暗くなるのではないでしょか」

「「あ」」


 王妃様も建築家も、法国宮殿風ということで相応に手本となる建物を参考にして今風の装飾を加えるような変更にするつもりであったようだ。


「採光の問題ですね」

「冬も、太陽の日差しが入らないと、相当寒々しく感じるのではないでしょうか。迎賓宮ですから、明かりをしっかり取り入れる工夫は不可欠ではないかと思います」


 ニースではむしろ、遮光のための工夫が随所にされていた。王都ではその心配は少なく、むしろ現在の王宮の主区画のもつ城塞然として薄暗い雰囲気を払拭したくて新宮殿を建設するという目的に反するしようとなってしまう。


「法国の宮殿もみてみたいわぁ」

「法国は難しいでしょうけれども、サボアであれば公女殿下が嫁がれた時に、訪問することは可能ではないでしょうか」


 姉がサボア大公の主な御座所となる『トレノ』の宮殿に滞在した話は聞いた覚えがある。たしか、トレノには複数の宮殿があると記憶している。最近、大公殿下はカトリナを迎える為に新たな宮殿作りを始めたと聞く。


「それは楽しみなアイデアだわぁ。南都で王太子に会い、ノーブルであなたの姉伯にも会えるようにするのも楽しいかもしれないわね~」


 数年後、姉は父の爵位を継ぎ陞爵、ノーブル伯となる予定である。サボアとノーブルは至近であり、魔装馬車を用いればサボアからトレノには一日で到着するだろう。二週間もあれば、王都から南都、ノーブル・サボア・トレノと訪問できる。一月もあれば、かなりゆったりとした旅になるだろう。


「トレノに行くなら、警護はリリアルにも参加してもらおうかしらぁ~」


 公妃カトリナの姿を見に、彼女と伯姪が向かうのも良い機会かもしれない。一介の近衛騎士であればともかく、公妃となれば王国の貴族・騎士と簡単に会うわけにもいかないだろう。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 リリアルの塔について、建築家が相当気になるようなので、質問を受けることにする。


「このつるりとした外壁は、石積みの後、モルタルで目地を埋めるつもりでしょうか?」


 百年戦争期の石積みの城塞を館風に改装する際、石と石の間をモルタルなどで埋め、表面を滑らかにする手法がある。それを指していると思われる。


「いいえ。これは、コンクリートで形成します」

「……は?……」


 王妃様は明らかに「何のことかしら~」と聞き流している。建築家の反応は自身の聞き間違えを疑う反応である。


「古帝国時代に用いられた、人造岩石を作る工法です」

「あの、競技場や水道橋などを構築した」

「それです」


 彼女も調べて知ったのだが、内海にほど近い古くからある都市の中に、サラセンの襲撃を避けるために古帝国時代の競技場の内部に街を移築した都市があるのだという。


 本来は、競技場に収まるほどの街ではなかったのだが、略奪と破壊により生き残った住民がそこに集住することで難を避ける事ができ、かなり小さな規模となったが、街は現在も存続しているという。


「古い技術なのかしら~」

「はい。とは言え、リリアル閣下の仰る通り、人の手で岩を作り出す魔術の如き技術です。既に長らくその製造方法が失われているのです」


 王妃様も関心が芽生えたようである。


 彼女は、子爵家の書庫に残された古い魔術師の手記に記載されている製法に加え、リリアル所属の『土』魔術師の力を借りて作成できるようになったのだと伝える。


「……魔術ですか……」

「はい。レシピ自体は公開できるのですが、おそらく、この工法を実行する職人を育てるところから始めねばならないように思われます」

「それでは、この宮殿の建築には間に合いませんね。残念です」

「リリアルの魔術師を力を借りるのはどうかしら~」


 彼女は、一枚の岩の塊を作り出すのはさほど難しくないが、宮殿のような複雑な構築物には向いていないと説明する。


「リリアルの建物は、外周に面する二面を人造岩石製としますが、内部と中庭に面している部分は木造と石造を組合せる予定です。外周部分は銃眼や明り取り用の小さな嵌め殺しの窓などを作るだけにしますし、外からは巨大な壁にしか見えないようにする予定です」

「中庭からは城館の離れ、外から見れば堅牢な城塞というわけですか。石を積み上げる工法では不可能な仕様ですね」


 中庭を設け、居住性も採光もそれなりに工夫する予定だが、外から見れば『寺院』に匹敵する城塞に見えるようにしたいと彼女は考えている。




 リリアルの塔の内装・中庭側の仕様を考えあぐねていると彼女から伝え聞いた王妃様は『アンボア城に行ってみればいいわ~』とおっしゃった。


「最近行っていないので、陞爵したあとで一緒に行きましょう」


 どうやら、噂の魔導船にも乗りたいのだという。座る場所なども設置しなければならない気がする。


「王女がレンヌに向かった帰りにでも、アンボアで合流して王都に一緒に戻りましょう。でないと、あの子も収まらないでしょう~」


 魔導船、既に王家において二隻が予約済みのようである。日程は少し先になるのであろうが、陞爵の後、近衛とリリアルで王妃様を護衛し、旧都からアンボア城へ向かい滞在。レンヌから戻る王女殿下を迎えたのち、王都へ共に戻るという旅程を考えている。


 魔導船も姉あたりから『聖エゼル海軍にも必要なんだよ。お姉ちゃんの専用船が』とか、連合王国へ向かう際に外海でも運用できる程度の凌波性の高い船が必要になるだろう。


――― 既存の船を改造する形になるだろうか。


 ネデルの沿岸に近づく為には内陸水路を利用する事も必要だが、海を移動できる方が好ましい。そう考え、彼女はネデル遠征を契機に船について調べ始めていた。


 彼女が伯姪と制圧した連合王国の船は『ガレオン船』という全帆走式の外洋船であり、積載量よりも速度と凌波性を重視した細長い船体を持つ戦闘を主とする船であった。この時代において、商船の七割方は戦時には軍艦となる仕様であり、商品を運んでいない時は、私掠船として商品を奪う側の船となっている。


 速度の出るガレオン船は優秀な私掠船であると言えるだろう。


 それより古くからあり積載量と安定性を重視した幅の広い船体を持つ船を『キャラック船』が商船としては主流である。サイズは様々であり、大きな船はガレオン船の最大級のものをしのぐほどである。全長は30-60m、排水量200-1500tの大型船舶で、大容量によるメリットと風に弱いというデメリットを備えている。


 しかしながら、彼女が考えている船はさらに小型で、ガレオンとキャラックの中間的な船である。


『キャラベル船』と呼ばれる小型の船。


 全長20-30m、排水量50-100t、キャラックとガレオンの中間の縦横比をもつバランスの良い小型船。大きな正方形の帆ではなく、三角帆を用いた操作性の良い二本の帆柱を有する。船首・船尾楼はない。


 このタイプの船を用いて、神国は外海の辺境行へと多くの冒険者を送り込み、新たな領土を獲得する尖兵としていた。


 船型が小さく、数も多い。そして、河川でもある程度使用ができる程度の船。今の魔装船が甲板を持たない事を考えても、海に出るにはこの手の『艦船』が必要となると彼女は考えていた。



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― 新着の感想 ―
[一言] 城塞建設に造船。 第一部では商家に嫁ぐために帳簿、乗馬、調合そして竪琴をやってたのに数年経過したらこんな大物の製作をするようになって…。 彼女は一体どこへ向かうのか? 最後はかの天才みたく「…
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