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第496話 彼女は中等孤児院の開設式に参加する

第496話 彼女は中等孤児院の開設式に参加する


「……この石像は……」

「聖アリエル様の像でございますな。コンペで最優秀をとりました作家の作品でございます」


 彼女に面差しが似ていないではないのだが……スタイルはかなり修正が施されている。王国的というか、やや肉感的な容姿である。


「復古的スタイルですな」

「古帝国の頃の神像をモチーフにしているそうです」


 アルテミス・ダイアナ神のようなスタイル。剣と盾、そして胸鎧の下は修道女が着ている少し時代がかった貫頭衣……。リリアルっぽいと言えばリリアルっぽいデザインである。


 今は広々とした野原のように見える敷地であるが、一度掘り返した墓地であり、元々ある王都共同墓地教会もそのまま残っている。


「ようやく開設に漕ぎつけました」

「はい。皆今日の日を心待ちにしておりました」


 今のところ、全科が同時開設というわけにはいかない。職人系の技能を学ぶ工房科や商家での仕事を学ぶ商業科は受け入れ先が少なく、先行する中等孤児院の卒院生の活動成果を見た上で後日の開設となる予定である。


 今のところ「予科」という形で、週に一日程度の簡単な講習を行い、興味と能力のある孤児を受け入れる形で、孤児出身の職人・商人を育てる予定である。


「侍従科・兵衛科だけでも開設できたのですから、まずは喜びたいと思います」

「はい。侍従科は畏れ多くも王家の使用人として優先的に採用していただけると聞き及んでおります」


 今後、王都の拡大に伴い、王家の仕事も拡大していく。例えば、新たに迎賓宮を造営することで、維持管理の為の使用人を抱えねばならない。王家の人間だけでなく、国外の要人を迎える迎賓宮において、万が一の暗殺事件や襲撃事件が内部の協力者により為されるのは王国の威信を傷つけることになる。


 王宮の使用人はその数も多く、身元のしっかりした者でなければならない。都市の有力者や大貴族の推薦を持つ者を採用するのだが、言い換えれば、王家に使われていながら推薦者の影響力も受ける存在となる。


 そこで、中等孤児院出身者をまとめて新設部署に配置するということを王宮は考えた。例えば、王都大学出身の官僚が代官として王領を治めることが増えている。貴族出身者であるとしても、その家は中小の貴族であり、王家に忠節を誓う事で家名を保つ存在である。


 王家を守る事が自らの存在基盤を固める事になると利害が一致した集団を、王家は孤児院出身者の使用人を大量に採用育成することで成立させようとしている。


 とはいえ、完全に孤児だけにするのは王都の有力者の顔を潰すことになりかねない故に、王宮のような伝統的な場所は既存の採用者を配置する事を継続する。


「リリアルのお陰で、孤児たちの体も育つようになりました。この分なら、中等孤児院で鍛える事で、近衛連隊の中核兵となることも難しくはないでしょう」


 兵衛科は、王都を守る衛兵、近衛連隊の兵士を指揮する者を育成する事を目的とした学科である。


 王国も神国の常備軍に習い、近衛連隊の拡大を模索している。その兵士の供給源として王都の孤児院出身者を育成する事を考えているのだ。王都には自分の育った孤児院があり、守るために戦う職業に就くのはおかしくない選択である。


 これまで孤児は冒険者などに安易になり、経験を積む前に怪我を負うか死んでしまう事が少なくなかった。兵衛科においては冒険者予備校的野営や山野での行軍訓練、武器の扱い、集団での戦い方などを座学と実習で身に着けていくことになる。


 三年間の在籍期間中に、冒険者登録をし戦士として体と心を鍛えていくことになる。その先、冒険者・王都の衛兵・近衛連隊への配属を選んでいくことになる。


 これは、騎士団の騎士が見習・従騎士・騎士学校を経て育つ過程を中等孤児院の三年間で再現するものでもある。下士官教育に準ずるため、近衛連隊に配属後は優先的に昇格することになる。


 これまで、連隊長以下の隊長職の個人的コネクションで採用することが多かった兵士の採用に楔を打ち込む事も目的としている。小隊・中隊単位で中等孤児院出身者を集中運用し、精兵中の精兵に育てることを目的としている。


 その存在は、サラセンの親衛軍がモデルとなるだろう。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 侍従科・兵衛科それぞれ一期生五十人の計百人。支給されたローブを身に纏い、開設式兼入学式に参列している。


 同席するのは、王都の参事会幹部、各ギルドの幹部、そしてなぜか王太子とその横には宮中伯に彼女の父である子爵が並ぶ。勿論、彼女も来賓の一人なのだが……


「つづいて、本学の開設にもっとも尽力された王国副元帥・リリアル男爵閣下より、祝辞を頂きたいと思います。閣下、お願いいたします」


 司会である中等孤児院事務長の指名により、彼女の挨拶が始まる。


『聞いてたか』

「今初めて聞いたわ」


 どうやら、行き違いがあったのか、それとも王都のお偉いさんの差し金か。事務長は王都の参事会の推薦者であったと記憶する。


「本日は、この晴れがましい席に同席させていただくだけでなく、挨拶までさせていただくことになり大変光栄に思います。また、御多忙の中、臨席して頂きました王太子殿下を始めとする来賓の方々に、私からも御礼申しあげる次第でございます」


 彼女は即意当妙な会話は苦手だが、定型の挨拶は得意なのである。


「皆さんの入学する中等孤児院に先立つ事三年、リリアル学院が設立され、みなさんの先達に当たるリリアル生が見習の薬師・魔術師として学び始めすでに薬師七期、魔術師三期の生徒が入学しまた巣立っております」


 中等孤児院の入学としては一期生であるが、孤児出身者で王家の庇護を受けながらすでに一人前として活躍している先達がいるという事を彼女は伝えたかった。


「孤児とは、後ろ盾となる親・一族・地域の庇護を得られない弱い立場の者であると思われがちですが、言い換えれば仕える主以外に斟酌する必要のない忠義の者となる資質の高い使用人・兵士とも言えるでしょう。孤児は弱い立場ではなく、しがらみから自由な信用できる存在であると王家と王都、王国に知らしめることが皆さんの存在意義です。 あなたの後ろに続く者たちの手本となり、並び立つ友に恥じない自分であることを切に願います。以上の言葉をもちまして、私の祝辞と代えさせていただきます」


 王太子殿下は何時もの胡散臭い笑顔で大いに拍手をし、彼女の真意に気が付いている王都の幹部たちは嫌そうな顔をしている。そして、父である子爵は「もう少し上手に生きろ」とばかりに眉尻を下げ困り顔である。


『まあ、お前らしくていいよな。斟酌しないってのは』

「そうね。孤児だから弱いと思って付け込んでくる奴らもこの席にいるでしょうから、一言くぎを刺しておきたかったの。リリアルの塔からお前たちの行動は見張っているぞってね」


 迎賓宮に併設される拠点は『リリアルの塔』に決定したのであろうか。見張っているのは恐らく事実であり、目と心で監視していると言える。


 中等孤児院は魔術に頼らないもう一つの『リリアル学院』であると彼女は考えている。卒業後もその仕事先と連携し、卒業生の会や兄弟会を設立して横のつながりを保つ予定である。


 これは、助け合う環境を整備するとともに、相互監視の意味もある。多くの卒業生の中には、やむを得ず自分の利益のために孤児たちを裏切る存在も生まれないとは限らない。一人一人を信じてはいるが、裏切らざるを得ない状況、例えば、弟妹を質に取られることで強制的に命令を聞かないといけない状況もあり得る。


 その時に、異常に気が付く周囲の目があれば良い。監視とはそういう相手を慮る視線の意味もある。


『まあ、組織に組み込まれれば、リリアルのガキ共みたいにはいかねぇよな。上司や同僚の目も気にするしな』

「だからこその集中運用を前提にしなければならないの。孤児だけの職場、部隊なら問題も危険も起こりにくくなるでしょう」


 例えば、近衛連隊で考えるなら、部隊長のコネ入隊の者を優遇し危険な任務や必要以上の雑用を孤児出身者に押し付ける可能性がある。


 全員が孤児であれば、それはないであろうし、危険な任務に充てられる部隊とはすなわち『精鋭』の証でもある。手柄も立てやすいし、評価も相応に高まるという事になる。どの道、血を持ってその価値を高めなければならないのが軍隊である。


 願わくば、孤児たちの血ではなく、敵の血で価値を高めて欲しいものだ。




「続きまして、中等孤児院在籍者の身分を示す、『聖鉄』のアミュレットが王太子殿下から生徒代表に授与されます」


 来賓の長い挨拶にぐったりしてきたところ、ようやく王太子殿下の登場である。


 代表は侍従科・兵衛科の代表者各一名。アミュレットは彼女が魔力を込め精製した『聖鉄』を加工した十字架のアミュレットである。


「入学おめでとう。全員が誰一人欠ける事無く三年後の卒院式に参列することを望む。また、一人一人が王家と王都と王国に忠義を尽くす事を私は切に願う者である。諸君、三年後また会おう!!」


 代表者二人とそれぞれ固い握手を交わし、万雷の拍手を浴び颯爽と立ち去る王太子殿下。この後の公務も立て込んでいるのだろう。


 王太子殿下の無駄にイケメンスマイルを浴びた侍従科代表の女子生徒が暫く固まっていたのは仕方がないのだろう。あれは、中身を知らなければとても魅力ある人物なのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「やあ、久しぶりだねリリアル男爵。いや、もう副伯閣下かな」

「……いいえ。殿下はこの後の公務のご予定が……」

「ないよ。そんなものは南都を出るまでに済ましてきたから。それにしても、随分とりっぱになったものだね、『聖女アリエル』とは……」


 真顔で褒め称えるのは、彼女の姉と同じ弄りであるからなのは言うまでもない。


「王宮のすぐ目の前に王都の屋敷を構えると母から聞いたのだが」

「はい。ですが、迎賓宮の一角の城塞を築くことになります」

「城塞?」


 彼女は、リリアル学院内で、古帝国時代に建造された『人造岩石』コンクリートの構造実験を行っていることを伝える。


「あの、堅牢な構造物を再現できると?」

「巨大なものは難しいでしょう。何しろ、資材も管理する技術者もおりません。私たちができるのは、精々のところ小さな城館の壁程度です」


 彼女は、敷地の外に向いている二面の壁のみを厚さ1mの人造岩石で形成する三階建ての楼門主塔型の城塞を建設する予定であることを説明する。


「確かに、石造とはいえ石を積みあげただけの城壁は容易に倒壊する。砲弾もだが、下にトンネルを掘られた場合もだな。一枚岩の岩石の下を掘り崩しても簡単には崩れないか」


 王太子殿下は、何やら考え始めたようであるが、新たに作る城塞ならともかく、既存の都市、例えば南都をコンクリートで加工していくという事は困難であると結論付ける。


「住民を立ち退かせねばなるまい。それが難しい」

「戦争か大火で街の大きな部分が破壊されるなら可能でしょうか」

「ああ。だが、南都が戦乱に巻き込まれる事は考えにくいな」


 二本の河の合流点に街が形成され、背後は高台があり要塞が建設されている。三角形の二面が大河、残り一面が丘にある要塞により守られていると言い換えても良い。コンクリートの城塞は余計な投資だ。


「相変わらず面白い事を考えているなリリアルは。刺激になる」


 作り笑いから、本心の見える笑みに変わるのだが、どこか胡散臭い。





「そういえば、叔父上の婚約者の振りはどうだ」

「……振りではありませんが、候補です。それに、少し先のことになりますが、連合王国の女王陛下の元へお見合いに向かうのでは?」


 王弟殿下の実績づくりに協力させられている彼女にとって、婚約者候補という役職名を貰い、余計な仕事を振られているに過ぎない。


「そうか。連合王国と言えば、王都に滞在している間に、王国大使と顔を合わせる機会もあるだろう」


 連合王国は、神国と王国に常任の大使を置いている。近年、ネデルにも置いたそうだが、何のためなのか怪しくもある。大使の仕事は、国家間公認の『スパイ』であり、国同士が効率よくコミュニケーションを取るために互いが容認する情報収集の専門家でもある。


 大使本人は、既に一線を退いた国家の重鎮の名誉職という一面もあり、総督などと似た存在だが、その配下の者たちはまごう事なき諜報員であり、時には暗殺者・破壊工作員となる事も容易に考えられる。


「『フランク・ウォルス』という男が今度の大使だ」


 年齢は三十代半ば。厳格な原神子信徒であり、姉女王が原神子派弾圧を行った時代、法律家として山国に亡命し大学で法曹家としての研鑽を重ねたとされる経歴を評価され、女王の側近であるセルシル男爵の推薦により王国大使の任に付いた……ということが表向きの肩書である。


「ウォルスは賢者学院の卒業生であるらしい。賢者学院は知っているか」

「……名前だけは。歴史ある魔術師の育成施設であると」


 どちらかというと、呪術に近い要素を持つ物を覚える施設だと認識している。


「そうだな。魔術師を運用するために国を挙げているのは連合王国の方が先を行っているのだろうが、とはいってもうまく活用できているわけではない。我が国との戦争ではさほど効果が無く、長らく続いた内戦において多くの大貴族が敵対する勢力の送り込んだ『賢者』『魔女』により命を落したらしい。直接的でなくとも、運気を落としたり病に掛かったりだな」


 ウォルスの赴任がどのような意味を持つのか不明であるが、少なくとも王国に対して友好的な人材を送り込んできたとは到底考えられないというのが王太子殿下の判断である。


「私はまた南都を中心に活動することになるのだが、王宮と王都でウォルスがなんらかの工作活動を進める可能性を視野に入れて警戒して欲しいというのが、この話の要旨だ」


 リリアル城塞が完成したなら、是非内部を見学させてほしいと付け加え王太子との会談は終了した。この時期、王太子から直接メッセージを伝えられたということは、王宮ではそこまで警戒していないという意味での警戒情報なのだろうかと、彼女は判断をしあぐねていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] >王国的というか おそらくフランス相当な「王国」的ということはざっくり日本語にすると「スケベな」程度の形容詞に
[一言] 聖女像により、人々の祈りがますます彼女に集まる訳ですね。 像の形は…ホラ、アレだ、人々の願いのカタチだから、彼女とちょーと違っていても仕方ないよね。
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