第495話 彼女は『迎賓館』の城門塔について考える
第495話 彼女は『迎賓館』の城門塔について考える
「ここ一帯が迎賓宮の敷地ね」
「リリアル宮でしょ?」
彼女の姉が横でにんまりしている。非常に腹立たしい。白百合を意味するリリアルは一般的な名称であり、彼女自身のリリアル男爵とはあまり関係が無い。そう信じている。
旧騎士・下級貴族街区であるスラムと王都共同墓地周辺の再開発地区。現在の王宮の川を挟んだ対岸には迎賓宮である通称「リリアル宮」が建設されることになっている。
王都の再開発は、中央部にある共同墓地を王都郊外の新墓地に移設し、また現在の王都の外周部にさらに新市街を建設することになっている。王都内は再開発の進んだ場所から新しい施設を建てることになり、平民層は王都の外周部へと住む場所を移す傾向にある。
建直しする場合、王都の旧城壁内は防火を考え木造の外壁を認めておらず、経済的に庶民の建物は外周部へと向かう事になる。
リリアル宮の一角には「リリアル副伯邸」(仮)が設置される予定であり、再開発地区の中にリリアル学院の王都の活動拠点を設置し、将来的には王都の治安維持の一角を担う事になると考えられている。
育成は郊外の旧王妃離宮である「学院」、活動は王都内のリリアル邸と称される「塔」で行われる事になるだろう。
「その昔、修道騎士団の『寺院』と呼ばれる城塞は、今の騎士団本部のある『旧王宮』より大きくて堅牢さを誇っていたんだよね。そりゃ、危険視されるわ」
「それが今の、王家の財務部と王太子宮のある場所でしょう。そのまま、利用しているじゃない」
王都の一角、現在は商業エリアと王都大学のある場所の間には、堅牢な城塞が建っている。尊厳王が建てた最初の王都外壁の外側に位置し、三百年前は王都の外側にある城塞であった『修道騎士団王都管区本部』
の大城塞。その高さは40m、五層にも達する。
「五層は場所柄無理でしょう。王宮を見下ろす形になるでしょうし、そもそも、その様な高層にする意味がないわ」
「まあね。精々三階と地下一階かな。これなら問題ないよね」
「それと、中庭と迎賓宮側には開口部を多くとり、敷地の外に面する二面は、銃眼や覗窓程度にするつもりなのよ。警備は屋上に胸壁を設ける形で対応できるでしょうし」
館から王宮を対岸に望むような配置は失礼であるだろうという配慮である。逆に、迎賓館はおそらく王宮を奥に手前に庭と川を望む形になるのではないかと彼女は考えている。
その場合、リリアル邸は普通の城館の離れのように見えるデザインが望ましい。故に、敷地外周に面する二面と、庭を挟んで迎賓館と対する二面ではガラリと印象を変えるつもりなのだ。
「いざとなったら、土魔術で一階外周は窓を塞いでもいいしね」
「あまり考えにくいのだけれど、王都内で暴徒が暴れた場合、そういう対応も考えなければならないかもしれないわね」
この、中庭に面した側に開口部を取り、畑や家畜を飼うような作りの館を法国では『街塞』と称するという。
法国の中部から北部にかけてはネデルの都市のような数多くの豊かな街が並ぶ古帝国時代からの先進地域である。故に、蛮族の略奪の対象となる事もあり、また、外国からの軍隊の侵略やサラセン海賊の略奪行の対象ともなっていた歴史がある。
都市は街壁を築き、武装をした市民兵や先進的な外郭を有するに至るのだが、その過程で富裕な商人の建物は個々に要塞化されていくことになる。それが『街塞』と呼ばれる要塞化された城館である。
「街の中の一角が城塞化された屋敷ばかりというのは驚くよね。大体、お城のダンジョンみたいに、一階に入口が無くって、二階まで梯子か仮設の階段で出入りするんだもん。まあ、戦禍に何度もあっていればそうなるよね。実際、金融業に携わる商人が沢山いるからね」
帝国の東部などと貿易をすることで内海と外海を繋ぐ経済的な役割を担う北部法国の都市はかなり多かった。今は聖征から始まった経済的隆盛が一段落し、その中心が法国からネデルへと移りつつあるのだが、これまで蓄えた経済的な力はまだまだ大きい。
「そういう意味では、王都はまだこれからということなのよね」
「それはそうだよ妹ちゃん。戦争するなら金稼げだよ。王都を中心に経済力を得て金を稼いで、その金で兵を養う。その兵を使って戦わずして相手を屈服させるのが上策なのだよ」
姉は、どこからか手に入れた法国の外交官の手記を読んで、そんな話をしきりに口にするような今日この頃である。城を攻めるは下策、心を攻めるのが上策とかそんな感じの言葉を好んで用いる。姉らしいと言えば姉らしいのだが。
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宮中伯には王妃様と相談して決めるようにとアンゲラ城で言い渡されたリリアル迎賓宮の『詰所』(仮)であるが、所謂、門と城塞を兼ねた門楼主塔的な存在をイメージしている。これは、アンゲラの巨城にも備わっているのだが、外見は『街塞』的なスッキリした立方体のデザインにするつもりである。
王妃様からも「任せるわぁ」と言われたので、ミニチュアを作り、それをお見せする予定である。ミニチュアづくり……彼女の土魔術を用いて作り上げることになるだろうか。
『便利だなお前の魔術』
「小細工は好きなのよ」
手書きで簡易な図面を描き、その上で、土台の部分から粘土で細工をしていくことになる。
「円塔を二つ繋いだ城壁に入口をつけたような形が一般的な、門楼主塔なのよね」
『百年戦争の時代の主流だからな。今は大砲の威力が上がっているから、その辺り考慮しねぇと、積み石が崩れてあっという間に崩壊するだろうな』
ガイア城などが典型的なのだが、聖征時代にサラセンから得た石積みの城塞建築術は年々進歩していき、一つの頂点が百年戦争の時代に実を結ぶことになった。
では、その後どうなっただろうか。
サラセンが攻城砲を大量に投入するようになり、高い城壁でよじ登りにくくする形の城壁は崩れ始めると一気に倒壊することになった。地面の下を鉱夫を用いて掘り進み、城壁下を陥没させ倒壊させる手法も発達している。
結論から言えば、城壁は高さを抑え、厚みを増す方向に変化した。
結果、高くそそり立つ門楼主塔はやや時代遅れなものとなっている。
「すっきりした外観で、壁の一部のような外周側のデザインにして、中庭に面する二面は、窓を大きくとり、飾り窓なども配置して居館風に見えるようにするのよ。壁の色は白くしてね」
チクチクと作り上げていく実物風模型。外側は如何にもな石壁風にする。
『可能であれば、古帝国風のコンクリート構造にするか。魔力的には土魔術師がいれば問題ないだろうし、素材も魔法袋に入れて持ち込めばなんとかなる』
「コンクリートというのは、古の競技場の建設などに用いられた人造岩石のことよね。失われた技術なのではないのかしら」
『魔剣』曰く、彼女の祖先である夫婦が亡くなった戦いの後、堅固な王都城壁を形成するための方法として、古帝国の遺跡に残る人造岩石の競技場などを研究したのだという。
「何故、今も石積みの城壁なのかしら? 失敗したのね」
『いいや、固まるのに時間がかかるか、魔力が膨大にかかるかの二択だったんだよ。あの頃、王宮の魔術師には『土』の精霊の加護持ちはいなかったからな』
コンクリートですべて作る必要もない。外周に面した壁部分だけをコンクリート製にして、他は、石造と木造を組合せても良いだろう。
素材は、火山灰をベースに砕いた廃煉瓦などを混ぜ込むという。そして、水で練るのではなく「海水」を加えるのがポイントなのだという。
「型枠は土魔術で加工すればいいわよね」
『それが楽だな。そこに、煉瓦屑を入れ、上から火山灰に海水を加え練ったものを入れて固まるのを待つんだが……』
「土魔術で締めて固めれば時間がかからないわけね」
『そうだ。素材集めから始めなければだが、廃煉瓦や火山灰は事前に集めて樽に入れて魔法袋にでも納めておけば、後は海水を直前で運び込んで作るだけだから恐らく、魔力さえ持てば一月も掛からずに完成するんじゃねぇかな』
拡張性を考えると、全面をコンクリートにしない方が良いだろうと彼女は考える。とくに、中庭に面した二面がコンクリート製なのは迎賓宮からみても違和感を感じるだろう。やはり、二面コンクリート、二面は石造で煉瓦での装飾を施すなど考えるようにしようと思う。
『例えばだ、リリアルの薬草畑の一角に、コンクリート製の作業小屋を作ってみて、魔術の運用確認をするとか必要じゃねぇかな』
初めての作業であり、失敗が許される内容でもない。リリアルで作業小屋を作り、今後は、二期生三期生の寮などもコンクリート造に作り替えることも検討しても良いだろう。あるいは、老土夫の工房などだろうか。
「領地を賜った際にも使えるわね」
『コンクリート外壁の城塞都市とか、落せる気がしねぇな』
おそらく、『ワスティンの森』の中の城塞都市の再開発などを陞爵後、命ぜられることになる可能性がある。今ある城塞都市の構造物を人造岩石のつなぎとして利用すれば、素材集めも難易度が下がるだろう。
「とにかく、練習あるのみよ」
『ほどほどにしておけよ……』
彼女のやりすぎ体質を考えると、『魔剣』の老婆心ではないのは確実なのである。
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リリアルの薬草園の一角。今日はお試し人造岩石を用いた作業小屋作りを行う日。作業をするのは、歩人と癖毛と彼女。そして、周りにはリリアル生が物見遊山で多数見ている。午後は自由課題の時間、今日は作業見学ということで、決してさぼっているわけではない。
「まじで、これやんのかよ……」
「王都のリリアルの建物をコンクリートの躯体で作るとは、中々古典的かつ前衛的ではないか」
歩人はこれから先、未来の自分が土魔術を酷使させられることが確定し、心が折れそうである。老土夫は、失われた古代の技術の再現に心が高ぶる様子であり、弟子である癖毛の魔術に期待するところ大のようである。
「先ずは、この線に沿って土台の型枠を作って頂戴」
「お、おお。まあ、このくらいなら何とかなるか」
歩人が彼女が石灰で引いた白い線をなぞるように土魔術を展開、型枠を土で作り上げる。端的に言えば、『土壁』を二重に作る事になる。
「砕いた煉瓦をこの枠に入れてちょうだい。あまりぎゅうぎゅうにする必要はないから」
「まあ、コンクリの作り方は教わったからな。大丈夫だ」
型枠で囲われた床面にも薄く事前に『捨てコン』を敷く。早々に癖毛が硬化させ、その土台の上に再度砕いた廃煉瓦を砕いたものを敷き詰める。
ここまで僅か三十分程度。
『まじ、土魔術師優秀だな』
「良く躾られているというのよ。こういう場合」
「もう、結構魔力がかつかつなんだが……」
「ほら、魔力回復ポーション。飲んで頑張れよセバス」
逃げをうつ歩人なのだが、素直にポーションを渡す癖毛。このあたり、師を得た癖毛と放置されている歩人の差が出ている気もする。
型枠にコンクリートを入れながら、時間をおいてコンクリートが沈み込むことを待つのだが、そこを魔術でなじませるので、時間がかからず硬化も魔術で進めていく。
「はぁ、まじでしんどいんだけど……」
「がんばれセバス!」
「おじさん、諦めないで!!」
「おじさんじゃねぇ!!」
いや、おじさんはすぐ疲れる動物なんだよ。
試作の人造岩石製作業小屋の壁の厚みは30㎝ほど。石を積み上げた石塁と異なり、一枚の岩を削り出したような硬度を誇るのである。
「実際、大砲の砲撃にも耐えられるようにしなければならないでしょうし。厚みはどの程度が適切かしらね」
『どこ目指してるんだよお前』
作業小屋はほどなく完成。
『あらあら、随分立派な岩の建物ねぇ~♪』
『アルラウネ』も作業の様子を見ており、気になっていた様子である。
「何かいいアイデアはないかしら」
『そうねぇ。岩に見えるように、蔦が周りに生えていたりすると良いわよぉ~♪ 夏は日差しを遮るから熱くなりにくいしねぇ~♪』
確かに、古い石造りの建物に蔦が生えている事はある。あれは石材の継ぎ目に根を生やして崩れやすくすると言われているが、一枚岩のコンクリ構造物であれば問題ないだろう。
「けど、これだけの作業をこなすのでも、結構大変だ……でございますご領主様」
「慣れれば問題ないわよ。それに、実際の城館の壁は、1m厚にはする予定なのだもの。この程度の比ではないわよ」
「「「……1m厚の岩の壁……」」」
その場で彼女の話を聞いた全員が息をのむ。
「まぁ、王都の新しい防衛拠点であるし、迎賓宮に迎える者たちが必ずしも王国に好意を持つものばかりじゃないしね」
伯姪の言う通りである。王宮を対岸から守る位置に堅固な新型城塞、それも、古代の失われた技術で作られた堅牢な『人造岩石製』の構造物である。守るは、精鋭リリアルの魔術師たち。となれば、連隊規模の攻撃をも跳ね返すであろう。
法都にある、古帝国時代に当時の首都である法都を守るために築かれた人造岩石製の城壁は全周19㎞、高さ8mとして建設されその後16mまで高さを増す改修をしている。壁の厚さは3.5mもある。その最初の施工期間は四年であったと記録されている。
『まあ、古帝国の帝都でも、最後は蛮族に破られたわけだから、守るのは壁じゃなく人だ』
守る兵士がいない城壁であれば、どんなに堅牢でも陥すことは難しくない。とはいえ、堅牢な要塞は守る者の心を強くする。
古帝国の帝都城壁は丈夫に歩廊を有するものであったので厚さが必要であったのであろうが、実際、大砲の攻撃を防ぐにはどの程度の厚さが適切なのか、彼女は必要な数値を模索しなけばならないと考えた。
「試射場に、1m厚の人造岩石壁を試作してもらえるかしら」
「「うえぇぇぇ」」
癖毛と歩人はとても嫌そうな声を上げた。