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第491話 彼女は魔装二輪戦車を目にする。

第491話 彼女は魔装二輪戦車を目にする。


 シャリブルは一先ず、彼女の為に弓銃を作る事にした。何故なら……


「狩り……ですか」

『はい。リリアル閣下ほどの身分になれば、王のそばに侍り、狩猟大会など参加する必要が出てまいります。今は、弓銃で猟をする事が多いのです』


 弓ほど鍛錬がいらず、また、矢を仕掛けたまま待機させておける弓銃は狩りの際にも大いに役立つのだという。


『あなたの身分に合う装飾も必要となりますし、なにより、狩りの腕前も閣下の貴族としての評価となります』

「そうですね。ありがたく使わせていただきます」


 シャリブルは「早速試射を」と、彼女を試射場へと連れ出したのである。





 弓銃がマスケットに取って代わられた理由は幾つかある。その機構が複雑であり、メンテナンス必須の装備である事。高価であること。それと、ゼノビア人傭兵が弓銃兵として広く知られており、自前で用意するよりも必要な時にだけ雇う方が効率が良いと考えられていたからである。


 弓銃の威力は騎士の鎧を貫くとされるが、発射速度はマスケット同様に一分間に二発程度。そして、射程距離も同程度である。そしてなにより問題なのは……弓銃は別名『クロスボウ』と呼ばれる形をしている。これは、長弓や銃より兵士の間隔をとらなければならず、同じ威力を発揮させるには、兵士の密度を薄く横に広くするか、縦に厚くする必要がある。


 なので、弓銃兵は長槍兵と銃兵のように組み合わせて方陣を作る事ができず、単独の運用となってしまい、マスケットに淘汰されたといえるだろう。それでも、入手に制限があり、雨や水気のある海上などで使用に難があるマスケットに対し、船上や狙撃用の装備として弓銃は有効とされている。


 彼女もリリアルで魔装銃の導入以前に弓銃の装備を検討したのだが、魔装銃の目途が付いたためその導入を中止していた。だが、音の小さな弓もしくは弓銃使いが冒険者組に増える事は今後好ましいと考えられる。


 赤目銀髪に頼っている運用も、複数の魔力小組から弓銃兵が採用できると、狙撃を行うに際し運用の幅が広がる。二期生、三期生の中から魔装弓銃兵が登場してもらいたいと考えて始めていた。




 弓銃の射程はマスケットとほぼ同じだが、矢の重量と形状の影響で、やや山なりの弾道を描くことになる。なので、余り距離が離れていると狙いがそれることが少なくない。銃の癖などもあるので、何度か試射を繰り返し、自身で調整ができるように慣らす事が必要となる。


 シャリブル自身で試射を繰り返し、弓銃の機構的な問題点は既になくなっている。これは、あくまでも彼女が慣れる為の試射である。


『先ずは装填です。その台の先端にある鐙のようなものに足を掛け、弓の弦を引いてトリガーに引っ掛けます』


 彼女は、脚を掛け軽々と弓を引き絞る。『ボルト』と呼ばれる弓銃矢を差し込み固定する。距離はマスケットと同様に50mからはじめる。狙うはいつもの『的』だ。遠くで何か物音がするが、どうせ大したことは言っていない。


「かなり重たいものなのですね」

『マスケットと同じ程度です。もっとも、最近のものは4㎏程度になっていますから、それよりは重たいですね』


 狙いを定め、引き金を引く。バシュッと小さな音がし、金属の板バネでつくられた弓がしなりを戻すと、矢が弾き出され的に向かい空気を切り裂いていく。


 的に命中したが、狙った胴よりも上の喉元に矢が突き刺さる。


「どうでしょうか」

『……問題ありません。というか、初めてなのですよね?』


 彼女は当然『導線』を使用した。おそらく、導線が届き矢が飛翔できる最大の距離まで問題なく使用できるだろう。


「板バネを強くしようとすると、板を更に長くするしかないのですよね」

『あとは、引き絞るための歯車を付ける必要があります。人力では引き絞れなくなりますので』


 ウィンドラスと呼ばれる両手廻しの滑車を銃床に備え付け、手ではなく巻取機で弦を引き絞る必要があるのだという。


「試しに無しで仕上げてください。私の身体強化で可能であれば、不要ですから」

『……かしこまりました』


 板バネの強化により重量が1㎏程度増えるということだが、威力が高まるほうを優先する。なにしろ、最初から相応に重たいものであるのだから、板バネ分の重量増程度は誤差範囲である。


「それと、魔銀鍍金製の『ボルト』を用意するのも半分ほどにしてください。これは、工房に依頼すれば、そのように仕上げてくれるでしょう」


 魔銀鍍金は癖毛の仕事である。矢を用意する分が恐らく一丁に付き六十本程度だろう。そのうち半分の三十本を魔銀鍍金製とする。弓の弦は魔銀鍍金ワイヤー、板バネと発射装置も同じように加工してもらい、魔力を装填してから込める事ができるようにするのも良いだろう。


 現状は、装填時に直接ボルトに魔力を流し込めば十分だろう。


『板バネで魔物を叩き斬ろうとか思ってるだろお前』

「そんなこと……少しは考えるでしょう。持っている装備に魔力を纏わせる事ができれば安心ですもの」


 馬上で武器を取り換えるというのは咄嗟には難易度が高い。そのまま魔力を纏わせ叩きつけられる方が良いのは当然だ。重さも素材も問題ない。


――― 魔銀の板で殴られれば、首や腕は容易にちぎれ飛ぶだろう。





☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 弓銃は威力があり消音ということで使い勝手もいい反面重たい。これをどうにかすることができれば、有意な装備となるだろう。


「弓銃ね。いいじゃない」


 姉と弓銃の扱いについて話をしていた。シャリブルと話をした際に、彼女に専用弓銃を渡したのだが、改良を提案されたと聞いたことから始まったのだが。


「魔装二輪馬車の馭者台にね、こう、架台を備えて旋回できるようにするといいと思うんだよね」

「……かなり物騒ね。何に使うのかしら」

「そりゃ、盗賊除けだよ。まあ、一時期は教皇庁が御神子教徒同士の戦争に使用することを禁じるお触れを出すくらいの威力だもんね。これ見よがしに並べてあれば警戒もするでしょう」


 なるほど。二輪馬車は客室の背後に馭者台があり、そこに架台に乗せた弓銃を配置しておくということで、不意の襲撃を防ぐ目的を持たせるということである。マスケットよりも管理が楽な装備であるから、問題ないだろう。また、重量の問題や装填時の掩体も馬車の躯体を利用することも可能だ。その場合、客室が掩体扱いなのは論ずる必要があると思うのだが。


「ちょっとひとっ走り加工してもらってくるね!」


 自家用二輪馬車を老土夫の工房にいきなり持ち込み、姉は何やら説明し始めた。二輪馬車は魔装を施してある王族用などもあるが、護衛の為の装備は皆無であり、その役割は警護の騎士任せである。


 魔力の多い王妃様たちに心配はないのだが、馭者の反撃手段としてあっても良いのではと思わないわけではない。魔装銃でも可だろうが、装填し、射撃するのは銃身が長すぎるので馭者台では難しいかもしれない。





 それから少しして姉が戻ってきた。


 姉の魔装二輪馬車には、銃の架台が設置されていた。仕事が早くてなによりである。姉はそれを見てかなりテンションが上がっている。彼女も思っていた以上の工夫に内心感心する。


「これをさらに改良して、お姉ちゃんも一台欲しいね!」

「……応相談ね。というよりも、今の二輪馬車を多少手直しするだけで十分でしょう」

「いやいや、この車体全体を魔装布でコーティングして、幌も含めて全魔装にしてさあ……」


 牽引する馬は一頭、それは魔装馬鎧を装備。さらに、車体全体も魔装を施す事で、遠距離からの銃撃や弓による攻撃にも対抗するという。


「魔力壁を展開すればいいじゃない?」

「妹ちゃん」

「何かしら姉さん」

「走る馬車全体に魔力壁を常時展開できるのは、妹ちゃんくらいだから。魔力が多いだけの一般魔術師なら、魔装で防御した方が早いから」

「なるほど、それは盲点だったわ」


 自分を基準にして考えると往々にして間違える。


 姉は古帝国時代には競技として人気があり、それ以前の世界においては国力の物差しともなった『戦車(チャリオット)』に似せた装備を考える。


 古代における二輪の戦馬車は、騎兵に鞍や鐙が用いられる以前において戦争で馬を用いる際に有効であった兵器である。二人乗り若しくは三人乗りであり、馭者に長柄兵、加えて弓兵を乗せるのが一般的であった。


 姉の考える『魔装二輪戦車』は少々異なる。


 客室が二人乗りであることから、銃架を左寄りに設置する。これは。車体と結合した支柱に銃を掛けるY字型の架台であり、ヒンジを用いて左右に動かせるようにする。


 客室に一人の時は、右手に手綱、左手に架台に乗せた銃を持ち、二人の時には、右側に馭者、左側に銃手が乗ることになる。


 加えて、客室背後の馭者台にも銃架を設置し、ここにも銃手を配置する事を可能とする。魔装馬車であれば、三人が乗車しても馬の負担はほぼなく、加えて魔装馬鎧の効果で傷つけられることもない。


 馬車故に、不整地や障害物に対しては脆弱であるが、市街地や街道、平原においては速度はかなりのものに達する。加えて、防御を個人の魔装と馬車の魔装で役割を分担することで、魔力量の少ない者でも重厚な防御線に立ち入り、攻撃を行う事を可能とする。


 例えば、神国兵の歩兵の戦列の前面を疾走し、反撃を受けながらも無傷で至近距離から『魔装笛』等を撃ち込む事もできるだろう。騎乗でこれを行える能力は恐らく彼女だけであり、魔装二輪戦車を用いる事で、二名ないし三名のチームで同じことを実現することができる。


 彼女は一人しかおらず、その存在を必要とする場所は多い。魔装で代替可能な役割は、他のリリアル生で担える事も重要となるだろう。


「試作してみましょう」

「そうこなくっちゃだよ」


 姉の頭の中には、魔装二輪戦車で疾走しつつ魔装笛をぶっ放す自分の姿が浮かんでいたりする。恐らくその時、馭者台には赤毛娘が立ち、馭者は姉の右側で黒目黒髪が目に涙を浮かべながら務めていることだろう。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「ガレット売りの実習……何を言い出すのかしら姉さん」

「リリアル生のニ三期生の実習だよ妹ちゃん。孤児院に導入する前にリリアルで実験……実績を上げておこうと思ってね」


 実験を実績と言い直しても無駄である。兎馬車をベースに屋台を作ろうということのようだ。そこでガレットを焼き、いくつかの種類のトッピングをして仕上げて提供するというものになりそうだ。


「朝は無理だけど夕方の時間帯にちょこっと売れるようにすると、下町では売れるんじゃないかなって思うんだよね。あとは、土曜日に作り置きを売って、日曜日に食べられるようにする保存食にするとかだね」


 日曜日は安息日なので調理などしない家庭も少なくない。下町なら特に竈などないので、買い置きの食料を食べて過ごす事になる。人はパンのみに生きるにあらず、ガレットを食べよと言いたいのであろうか。


「それは構わないのだけれど、どんな馬車にするのかしら」


 兎馬車は二輪馬車であり、水平に荷台をするには置台を使って水平に保つ必要もある。蕎麦粉を溶いて焼くだけと言えば焼くだけなのだが、その焼くための鉄板を何で加熱するかも問題となる。炭を使うのが良いのだろうが、それは孤児に使わせるには高価な燃料である。


「そこで、火の魔水晶をつくるのが妹ちゃんの仕事になるわけだよ」

「……どのくらいの時間でどの程度の火力を維持できるようにすればいいのかしら」


 魔水晶に『小火球』の魔術を収容できるようにすることはさほど難しくない。難しいのは、安定した火力を一時間、二時間と維持させることにある。


「魔力の補充は私でもできるんだけどさ」

「作るのは何時も苦手よね。姉さんは」

「不器用ですから」

「めんどくさがりの間違えでしょう。工房に相談してみるわ」


 お湯を出す魔導具が作れる事を考えると、鉄板を熱する魔導具程度は老土夫により作成できるのではないかと彼女は考えていた。




「魔銅鍍金製ですか」

「魔銀では少々火力が強すぎるのでな。焼け焦げもおこらんし、魔石に入れた魔力を伝える効率も高い。魔銅鍍金なら、銅と魔鉛の合金故、それほど高価でも希少でもない。魔銀製なら、強奪される可能性もあるしな」

「なるほど」


 魔石が取り外しできる形であれば、魔力を込める事自体にはさほど手間は掛からないので、リリアルで魔力を込め定期的に王都の孤児院を周って交換して回れば魔力を持たない人間が管理することもできるだろう。ルリリア商会に外注するという手もある。


「試作はどのくらい時間がかかりそうですか」

「魔石はあるし、鍍金の手間がかかるが、二日もあれば一応の試作はできると思うぞ。できたら、こちらで一度焼け具合を確認して、問題がなければ、先ずはリリアルの厨房で使用してみれば良かろう」


 実際、最初の売り子はリリアルの二期三期生の年長組が主力となる。まずは、リリアルの使用人見習の調理担当に使用してもらい、その効果を確認してもらう。


 その上で、実演販売の練習を兼ねてガレットパーティーを開くことになるのではないかと思われる。


「試作は出来れば二台ないし三台お願いします」

「兎馬車の荷台の寸法にある形にしておこう。遠征の時も、焚火をせずとも煮炊きできれば便利になりそうだからな。あまり大きくせず、小さなテーブルほどの大きさにしておこう」


 必要なら二台、三台とつなげれば良い。小さければ魔石の大きさも小さくて済むだろうし、荷台から降ろす事も難しくない。


 王都内の孤児院が約五十箇所。その孤児院に、一台ずつでもあれば、煮炊きに掛かる薪炭費用も大いに抑えられる。また、孤児院の子供に魔力持ちがいるのであれば、リリアルにくる以前に魔石に魔力を込める仕事を委ね、魔力を育てさせることもできるだろう。


 今は、年齢的に十歳以上の未確認の子供を魔力審査の対象にしているのだが、『魔導調理板』が導入できるのであれば、もう少し年齢を引き下げることに意味が出てくるかもしれない。それが、孤児院内で摩擦を起こさなければという条件が付くだろうが。



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― 新着の感想 ―
[一言] クロスボウの系列は最終的に大型化して拠点に設置する方向に進化したしね、携行兵器としてはイマイチだったんだろう 日本だと渡来して早々に廃れた
[一言] リリアルの息のかかった屋台が王都中で営業…。 色々なモノが彼女の元に集まりそうですね。
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