第46話 彼女は薬師の卵を育てる
第46話 彼女は薬師の卵を育てる
王妃様王女様の訪問からしばらくたち、リリアル学院もすっかり落ち着いて来た。とはいえ、読み書きの復習や薬草の見分け方、それに、薬草畑を作ることなど……やるべきことはいろいろである。
「でもさ、なんで私が薪割りしなきゃなの?」
「身体強化の練習。生徒たちにも順次覚えてもらうから、それまではあなたの仕事になるわ」
「うえぇぇ……」
身体強化を覚えて、先輩から後輩に教え伝えていく予定なのである。覚えさせたら仕事抜けられる的関係。下級生ができた場合、班とは別に、上級生下級生でセットにする。今の四人部屋は先輩二人、後輩二人の部屋になる予定だ。
「それに、身体強化使えないと人攫い対応できないし、余計な人を雇うと王妃様の負担になるじゃない」
「それはそうね。お優しいからと言って、なんでもお願いするのは違うものね」
あれから毎週日曜日、王妃様からの差し入れが届く。その日は、学院の子供たちにとってとても楽しみなのである。それには、必ず王妃様直筆の手紙が添えられていて、読み上げてから感謝の言葉を述べて皆で味わうのだ。
「あの、順番にお礼状を書く……というのもいい考えね」
「字が奇麗で、文章が上手な子から書けるってことにしたからかしら。癖毛が相当やる気よね」
「あはは、あいつは王女殿下の方に気があるんじゃない?」
「身の程知らずね。懲らしめてやろうかしら」
などと冗談か本気かわからないテンションで伝える彼女なのである。
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さて、本館である寮とは別に、実際の薬師や魔術師の練習をする場所は存在する。魔術は屋外が今のところ基本だが、薬師はある程度、道具を揃えねばならないので、『薬師室』を設けてある。
そこは、もと別邸の『ダンジョン』と呼ばれる防御塔を改装したもので、いくつかの部屋に分かれた円形の建物なのである。キノコっぽい何かにも似ている。土筆とか?
「さて、今日は乳鉢の使い方のお浚いからですね」
乳鉢一つとっても面倒なのである。例えば、力を入れて素早くすれば、時間はかからないが、摩擦熱で成分が壊れて効果が下がってしまうのだ。やはり癖毛は、有り余る魔力まで加えてゴリゴリとすっているので軽く魔力を叩きつける。
「ぅぅぅってえぇぇぇ」
「大げさね。あなた、私の話を聞いていなかったのかしら」
「……いや、早い方が……『いいわけないでしょ。そもそも早くすって役に立たない薬を作っても、鑑定ではじかれて売れないのよ。馬鹿なの?」
「……」
「材料集めるのだって大変で、乾燥させたり配合したりして手間暇かけてごみを作り出して……バカでしょ。馬鹿ならやめておきなさい。仕事にならないのだから。そうね、溝さらいとかネズミ駆除とか王都には沢山仕事があるわ。みな大切な仕事だから、薬師や魔術師なんて目指さなくていいのよ」
馬鹿でプライドが高くても、魔力だけはあるので、この程度でいい。
「では、なぜゆっくりでも熱を加えない方が良いのか……答えてちょうだい」
黒髪の娘に答えてもらう。
「……魔力を与えるのに、少量ずつなじませて調節する必要があるから……です……。それに、いきなり魔力を加えると、加熱して素材が劣化して薬としての性能が落ちてしまいます。効かない薬を作ったら買った病気の人が大変になります」
「そうね、とてもいい答えだわ。誰かさんは自分の事だけしか考えていない。魔力が多いか少ないかなんて関係ないの。多ければ多いなりに、少なければ少ないなりの工夫が必要なのよ。正しい手段で調合しなければ、魔力なんてない方が良いのよ」
「えっ、ない方が良いってほんと?」
赤毛娘が声に出して驚く。多分、半分くらいは演技なのだろうか。
「あれば調合が楽だったり、効果が増したりするわ。でもそれだけよ。なくても薬は作れるし、むしろ、素材選びや、きちんと加工し配合を正確にすることの方が大切なの。あなたたち、騎士と私たちの立ち合い見たわよね」
「みた」
「みました」
「お姉ちゃんたちが勝った」
「そう。あの人たちも魔力で身体強化を使ったのよ。それで、同じように力任せに挑んでくると思ったのでしょうね。そんなわけないじゃない」
彼女は意地悪く微笑んでそう告げる。なぜ力と力をぶつけ合うと思うのか。立ち合いはゲームでもスポーツでもない、殺し合いの練習だ。
「力比べがしたいなら、余所でやってもらえばいいのよ。薬師に必要なものではないわ。適切に正確に行う。料理もそうよ、時間・量・順番を間違えると、美味しい料理も不味くなる。薬作りも同じなの」
「そなんだ。じゃあ、薬師は料理も上手なの?」
「作り方の手順書さえあればね。そういうのは、料理人にとっては宝物で財産だから、普通は見せてもらえないの。だから、弟子入りして盗むのよ」
「えっ、泥棒?」
癖毛の発言にげらげら笑う伯姪。
「馬鹿ね、見取り稽古ってのがあるのよ。見て盗むの。順番・量・時間だけじゃなく、下ごしらえや工夫で入れる秘密の調味料とかね」
「秘密?」
「そうよ。甘く感じさせるのにはね、少し隠し味に塩を入れたりするの」
「えっ、甘いお菓子に……塩を入れるんだ……」
「そう。薬師も同じよ。組み合わせの基本を学んで、自分なりに工夫する事も必要。でも、いい加減な調合をしていたら……見つける事すらできない。理解できたかしら」
「「「はい!!」」」
女の子たちは料理と結びつけて考えたのかとても納得しているようである。がしかし……
「男は料理なんてしねえんだよ」
と癖毛が反論するので、伯姪がピシャッと言い返すのである。
「馬鹿ね、騎士団とか若手が当番でみんな料理するわよ。知らないの?」
「し、知るわけねえだろ! 俺は孤児だぞ!」
「ははっ、都合がいい時だけ孤児にならないでよね。ほんと、自分で考えて見たり調べたりしないやつは、魔力バカっていうんだよ。あんた、そうなるよ」
いつもの通りである。癖毛は怒られ役であり、彼はそのことを多少わかっている。それに、嫌われているのではなく、口げんかできるほど仲がいいと彼は思っている。多分。
「魔力は無くても胸はあるからな!」
「「うるさい、ばか、しね!」」
魔力の大きな彼女は小さく、魔力の小さな伯姪は大きい。とはいえ、彼女の姉は両方大きいので、あまり関係がないと彼女は思っている。まだ、諦める時間ではないのだから
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さて、このリリアル学院で作られた薬の行き先はどこなのか御存知ではないだろうか。薬師として流通に乗せるには微妙な出来上がり、かといって素材を無駄にするほどのものではない。
そしてその答えは……施療院である。王都の多くの孤児院は施療院を併設している。修道士たちが主体となった協会において、弱者である貧困者・病人・老人・孤児を救うのは修行の一環なのだ。
孤児を除く三者は施療院に集まっている。この場合、三者は一人が兼ねている場合が多いのだ。病気になった働けない老人……おもな構成員である。そこに、多少効果が低くても無料で王妃様からという名目で薬が届く。とてもありがたいのである。
「だから、あの子たちの薬が全然効果がないんじゃ困るのよね」
「そうね。あの子たちだって、施療院のお年寄りやシスターに世話になったこともあるでしょう。恩返しだってわかるといいのだけれどね」
「わかってるわよ。真剣じゃない、薬師になって貧乏脱出程度の考えでは、子供はあそこまで真剣になれないわ」
伯姪が言う通りだと彼女も思う。弱い者同士が助け合えるという事、そこに王都と王妃様が関わっているということは……とても意味がある。
「薬師のギルドに納めれば、それはそれで値崩れするしね」
「元々買えない人たちに与えるのだから、問題ないでしょう。中には、お金を持っていても来る者もいるかもだけれど……」
「子供のつくった効果が弱いものをタダだから利用する人は、最初から貧窮院のお世話になっているわね」
薬はある程度の職人の親方や店を構えている商人のような『ギルド』に加盟している人が買うものである。ギルドは、病気になった組合員に補助をするので、その辺をあてに薬も買える。
貧困層はそういった助けてくれる組織が無いので、施療院にすがるしかないのである。
「誰もがギルドに入れるわけじゃないもの。会員制限はあるし、会費は高いし。でも、そうやってお互いを守らないと場合によっては国も領主も守ってくれないから仕方ないのよね」
国や領主が戦争している間、護ってくれるのは国をまたぐ同業者たちの集まり=ギルドだったのである。国が不安定だから頼らざるを得ない。
「その辺は、ずっと先のことだし、私たちの領分じゃないわね」
「明日のパンの方が大事ですもの。王家と王国の為になる仕事であれば、細かいことはいいのよ」
「あなた、意外と大雑把よね」
「ええ、割り切ることにしているの。考え出したらきりがないもの」
彼女はそういう性格なのである。
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さて、水汲み・薪割りは三つの班でローテーションで回している仕事の一つである。
「ほら、男の子なのにへっぴり腰でカッコ悪いわよ」
「うっせえな! だったら手本見せろよ!!」
伯姪があおり、癖毛が言い返す。毎度の出来事である。伯姪は薪を一本台の上にのせると、斧を軽く振り上げ勢いよく振り下ろし、薪はスパンと割れる。
「あのね、薪割りは斧の頭の重さを生かして割るの。柄に力を入れるんじゃなくって、スピードとリズムが大事なのよ。あんた、センス無いわ」
横で、赤毛娘と黒髪娘がクスクスと笑う。お人形のようで華奢な黒髪娘がスパンスパンと割り、その横で「おりゃ」とか「とりゃ」とか声をかけながらこれまた赤毛娘が薪をスパスパ割っていく。
「上手ね」
「そうなの。あたし、昔から薪割りとか水くみ得意だったのね。大きな男の子より力持ちでさ。からかわれてたんだけど、魔力……知らない間に使ってたみたいなんだ!」
彼女も伯姪も納得した。彼女は本来、魔力はもっと少なかったはずなのだが、毎日だれよりも熱心に薪割り水くみをした結果、魔力が中レベルまで上がってしまったのだと。
赤毛娘には魔力の才能はいまいちだが、努力の才能があるのだと彼女は思ったのである。
「女の子に負ける魔力バカ……つける薬がないわ」
「……はっ、俺は大器晩成なんだよ」
「難しい言葉知ってるわね。いいこと教えてあげるわ、生きている間に晩成できるように、努力しなさい。途中で死んでも知らないわよ」
「……」
癖毛はめげないが、このときはちょっとだけへこたれた。
リリアル学院の生活はいたって単調である。まず、日曜日は休みで、館の中にある礼拝室でお祈りをし、ご飯を食べて王妃様のお菓子をいただいたのち勉強は休みとなる。
食事の用意は使用人がお休みのため、三つの班が当番でスープのみ作る。パンを配ってスープを付けて終わりだ。
朝は六時起床、夜は九時就寝。お風呂は1日おきに全員が入る。夏は、水浴びを入浴のない日に入る。風呂はパン焼き釜で出る熱を利用したもので、流石王妃様の別邸なのである。小麦は二級品だが。
午前中は座学中心に薬師の勉強と、読み書き計算。特に、薬師の本は古帝国語かサラセン語のものが多いので、その基本的なことを教えている。午後は、薬草の採取、畑の手入れ、魔力操作の練習、最近は水魔法の生成を行う。
これで一日が終わっていくのである。夕食の後、就寝までは自由時間である。因みに、風呂は朝パンを焼くときに入るので、寝る前は体をふくくらいである。
「……まった」
「あんた、待ったばっかりじゃない。男らしくないわよ」
「いや、俺まだ子供だし」
「都合がいい時だけ、孤児だ、子供だって情けないわね~!」
「私達全員孤児で子供じゃない。あなただけじゃないわ」
最近黒髪娘も言えるのである。彼女は自信がないだけで、多分、一番聡明で優秀だ。見た目も良いから、あと五年もしたら大変なことになるだろう。養子に欲しいとかだ。
チェスをする子供たち(赤毛娘と癖毛の対戦を黒髪娘が覗いている)を横目に、伯姪と彼女は話をする。
「貴族の養子……娘ならあり得るわね」
「ここの女の子たちは、全員王妃様のお目見えであるし、魔力も並の貴族の子供くらいある魔術師か薬師になるのだから、そういう縁をつなげる存在ではあるわね」
「まあ、その時になったら、王妃様と……アルマン様辺りに相談することになるのでしょうね」
先のことはわからないが、合法的に孤児だからと言って貴族が安易に学院の子供たちを引き取り、利用しようとする可能性は考えられる。その事を考えると、王妃様に、何らかの庇護をお願いする必要もあるだろうか。
「一番いいのは、学院の卒院生で騎士団を形成することね。王妃様の騎士団」
伯姪はそんな思い付きを開陳する。騎士かー と、残念な存在しか最近覚えのない彼女は呟きたくなるのである。
「あのね、聞いた話なのだけれど、連合王国には王家に忠誠を誓う貴族の騎士団があるのだそうよ。近衛とはちょっと違って、まあ、貴族の中でも王家と直接つながりたいメンバーを集めたみたいなのね」
なるほどと彼女は思う。王妃様の騎士団ね。それは、鎧を着ている分かりやすいそれでは無く、薬師・魔術師・商人・職人となって社会に溶け込む同じ釜の飯を食った仲間という感じだろうか。それは、どこかギルドのようでもあり、助け合う仲間でもある。
「いいわね。王妃様と仲間を守る王妃様の騎士団。そういうの目指すのもいいわ」
彼女が気が付いていないのだろう。その場合、団長は「妖精騎士」になるのだろうということをだ。




