第487話 彼女は三期生と面談する
第487話 彼女は三期生と面談する
公女マリアとアンネ=マリアはここで学ぶ事を既に確認しているのだが、三期生と目される暗殺者養成所で育てられていた十六人に関してはこれから確認していくことになる。
一年を目安として、王国で暮らすのに必要な読み書き計算と、文化的な常識を教え、やがて王都の孤児院に移るかこのままリリアルで学ぶか、若しくは、徒弟として働きに出るかは本人の意思次第だ。
どの道、リリアル以外の即時受け入れ先は少ないし、見ず知らずの土地でいきなり生活するよりは、少なからず知己のある三期生と共に生活し、落ち着いてから考えても良いだろうと彼女は考えていた。
そもそも、暗殺者養成所で育てられていたという事は、その素養が十分ある優秀な子を集めて来たであろうし、魔力持ちという基準で王都の孤児院から連れてきた一期・二期生より、三期生の方が優秀な要素を持つ子も少なくないだろう。
魔力の有無よりも、その環境に素早く溶け込めるだけの人間性や能力を備えているという部分を育てたいと思う。茶目栗毛的なメンバーが増えれば、本人だけでなく、リリアルの活動に柔軟性が増えることだろう。
彼女の仕事が増えてきている今日この頃、王家の専属冒険者のような役割り以外にも貴族としての役割を求められそうな状況を考えると、頭脳労働が得意そうな子供を育てるメリットは十分にある。
『まあ、魔術師ってのは、魔力量よりもその使い方の工夫が重視される面もある。王宮の魔術師ってのは、政治顧問を兼ねている奴も少なくなかった。自衛できるって事は、敵地潜入能力も高い。外交官兼諜報員として魔術師が最適なんだろうな』
「だからって、連合王国に同行する副使なんて……荷が重いわね」
『いや、物見遊山だろ。宮中伯でなく王弟が大使なんだから、儀礼的なもんだから、お前も添え物だ』
つまり、彼女を見せびらかしにいくということだろうか。
彼女がネデルから戻り一週間ほど休んだのち、三期生と面談をすることにした。今回の面談は、この先のことを話すのではなく、彼女なりの考えと、今の生活に感じている不安と不満について聞き取ることにある。
一対一ではなく、ある程度グループ化して数人ずつ話をする事にした。
因みに、一週間休んだというのは言葉の綾であり、リリアルの院長として行うべき仕事や、日々の学院での決済事項などは行っている。つまり、定時業務だけなのが彼女にとっては『休む』に相当する。
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彼女は伯姪と二人で、三期生の子達を面談する事にした。一年後の進路は不明だが、一先ず十八人全員を三期生と見なす事にした。とはいえ、アンネは既に一期生の薬師と混ざって薬師塔に籠っている時間がどんどん伸びており、薬師組と仲良くなっている。腕はアンネ=マリアの方が上なのだが。
公女マリアは一先ず、祖母に付けることにした。今は王都の祖母の家と子爵邸のどちらかに滞在しながら、王国の社交・貴族の常識について学んでいる。ネデルの常識は王国の非常識であることもあるからだ。
リリアルには他に十六人の三期生がおり、暗殺者養成所に暗殺者として育成するために集められた子供たちである。
最初に面談をする事にしたのは、十歳の四人。
四人は緊張しており、まずは彼女がリリアル学院の成り立ちについて簡単に説明することで、リラックスさせようと考えていた。
「お二人は親戚なんですね」
「姉の夫が彼女の又従兄なのよ。姉の婚姻で出会ったのよ」
「へぇ、なんかもっと幼馴染とか長い付き合いなんだと思ってた」
「出会ってからの時間は短くても、付き合いの内容が濃いからね。それは姉妹? 同然だと思っているわ私はね」
「それは私もそうヨ。少なくとも、実の姉よりは信頼しているわ」
「あはは、それは光栄ね。本人には聞かせられないけれど」
空飛ぶ貴婦人をみた事を思い出し、四人は深く納得する。
「頂いた褒賞と身分を生かそうと思って、王都にいる魔力を持っている孤児を育てて、冒険者や薬師として育てて、王都に還元しようと考えたのよ。魔力を持って生まれても、使い方を教育されなければ意味はないもの。私も、あなた達の年齢の頃には魔力を持っているなんて知らなかったし、何の訓練も受けていなかったの。そもそも、姉が跡継ぎで私は嫁に行くことになっていたのだもの」
「おかしいわよね、リリアル男爵が魔術師になってからまだ五年位なのよ。信じられる?」
彼女が率直に話し、伯姪が呆れたような口調で混ぜっ返す。
「五年前は私たちと同じだったんですか?」
「商人の奥さんになるつもりで、帳簿や契約書の勉強をしていたわ。あとは、法律を勉強するのに必要な古代語の勉強とかね。魔術なんて一切、扱っていなかったのは事実よ」
魔術師を目指していなかったという意味では同じだが、貴族の娘として色々なことをしていたところは事情が違う。
「それで、魔力の有無について、この場で簡単に判定するわね」
銀髪の少女『アグネス』は魔力を持っている。隣に座る赤毛の少年『ベルンハルト』は魔力を持たず、灰髪の少年『カル』は魔力を持つ。
栗毛の少女『ドリス』は魔力を持っていなかった。
アグネスは戸惑い、ベルンハルトは「嘘だろ」と憤り、カルは「やった」とばかりに喜び、ドリスはほっとしているように見える。
「魔力の有無と冒険者としての活動はさほど影響がないわ。あれば魔術を使って安全に依頼を熟せる可能性もあるけれど、無くとも問題なく活動しているベテラン冒険者も沢山いるの。それに、魔力持ちと魔力無しでは役割りが違うというだけ。補完し合う関係よ」
「で、でもよ、魔力があった方がバーン! って活躍できるんだろ?」
赤毛のベルンハルトは魔力が無くて悔しいかったのだろうが、冒険者になれるという話には喰いついてくる。
「例えば、魔力が無ければどうもならない魔物というのは大して多くないわ。ほとんどの相手は野盗やゴブリンなどの人間の力で十分勝てる存在。魔力でバーンより、先に相手の存在を確認し、先制攻撃をするほうが重要でしょう」
「一人で活動するわけじゃないのよ冒険者は。チームで戦うし、二人一組でカバーし合って戦うのが普通。右手と左手じゃないけれど、組み合わせて頑張るんだから、別に魔力が無い人と魔力持ちが組んだっていいんだし、自分が気が付かなくても、誰かが気が付けばいいんだから、気にしない方がいいわよ」
それに、彼女の中では魔力極小であった二人が薬師として活動する中、魔力量が増えて小まで増えた薬師娘のことが念頭にある。今からリリアルで例えば魔力を含んだポーションや食事を摂取したり、魔力持ちと同じ訓練をすることで、魔力が育たないかと考えていた。
ノインテーターと『アルラウネ』の関係を考えると、あの半精霊の魔力を体内に摂取することで、魔力を蓄えられるもしくは、魔力を生み出せる体質に変えられないかと考えている。
短期間で変化させようとすれば不死者のように変質するのだろうが、数年かけて体質を変えていくことで、後天的に魔力を扱える体質に育てるということも考えたい。
「魔力が無くても仕事を頂けるなら、何でも頑張りたいです。少なくとも、人殺しができなければ処刑される場所よりはどこでもまともな場所です」
「ドリスはそうなの。私は……魔術師にならなければならないのでしょうか?」
魔力がある事に戸惑いが隠せないアグネスは、彼女に魔術師にならなければリリアルにいられないのかと問う。
「訓練は受けてもらうけれど、別に必須ではないわよ。それに、本来、孤児の魔力持ちを生かすための教育なのだから、孤児の魔力持ちの子達でも量が少なかったり、冒険者を望まない子は学院で薬師の仕事をしているわ。残念乍ら、使用人としての教育は王都の孤児院の選抜組が担っているので、それは教えられないけれどね」
「……なるほど」
「でも、僕は魔術師というか、魔剣士になりたいな。その時は、戦士のベルにせなかを預けるつもりだから、一緒に頑張ろうよ」
魔力持ちの男子カルは、茶目栗毛と同系統の優し気な少年だが、ベルンハルトと一緒に頑張りたいと告げ、ベルンハルトもまんざらではなさそうだ。
「まあ、お前は俺がいないと駄目な奴だからな」
などと言って、嬉しそうではある。今の時点では、ベルンハルトの方が体も大きく力も強いだろう。性格的にも前衛向きな積極性を感じる。目標をもって頑張れるのだろう。
「アグネスも、せっかく魔力持ちなんだから、ポーション作ったりできれば食べていくのに困らないじゃない。私は、魔力無いけど、薬草育てたり売り子したり、色々手伝うよ。だから、一緒に仕事覚えようよ!」
「そう? ドリスがそう言うなら……いいわ。一緒に頑張ってくれるのよね」
「もちろん、今まで私が嘘ついたことある?」
「何度もあるじゃない。忘れちゃったの?」
「覚えていないわね。見解の相違という奴ねきっと」
ドリスの雰囲気は、彼女の姉っぽい気がする。調子のいいところがだ。
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七八歳の三期生は、事前に魔力有組と無組にわけて話す事にした。魔力が無い組を先に説明することにする。ある方は、展開が読めて楽だからだ。
「先にお話するけれど、今この部屋にいる子は全員今のところ魔力無なの。まずそれを受け入れてもらえるかしら」
六人の子はそれぞれだ。へぇという程度の軽い驚きの子、ホッとする子、とても悔しそうな子である。女の子はほっとしているようであり、男の子は悔しそうな子が多い気がする。
「あとでみんな知ると思うから最初に話しておくけれど、十歳の四人も二人が魔力持ちで、二人が魔力無しだったの」
「あ、ベル兄ちゃんは魔力持ちでしょ!」
「強いもんね。死んじゃった先輩とも互角に戦ったり、剣も槍も上手なんだよね」
「やっぱ、親なのかな。ベル兄ちゃんって騎士の子だろ?」
どうやら、赤毛のベルンハルトは皆から魔力がありそうと思われていたようであり、その根拠は「強い」「騎士の子」ということのようだ。男版灰目藍髪の可能性が出てきた。
「残念だけど、ベルンハルトは魔力無しだったのよ」
「「「「えええぇぇぇ!!」」」」
自分の時の何倍も驚く六人。余程ベルンハルトのことを慕っているのだろう。この辺りも、ベルンハルトの人柄が見て取れる。
「あ、でも、あいつカルの背中は俺が守るとか言って、戦士目指すって言ってたわよ」
「カルは魔力を持っていたわ」
「それは意外だな。カル兄ちゃんって影薄いじゃん」
「それね。でも、魔力の影響で気配消せてたんじゃない?」
「薄いのは存在感だから。魔力関係ないから」
ワイワイと話を勝手に始める子供たち。たしか、最初にリリアルを始めた頃はこんな感じだったかもしれないと懐かしくなる。
「じゃあ、孤児院に移る事になるんでしょうか」
「希望すればね。でも、できればあなたちにはここに残って欲しいわね」
「魔力が無くても?」
「魔力が無くてもよ」
全員が魔術師であることは望ましいが、魔術師である以前に、学院に参加できる素養のある子が欲しい。少なくとも、七歳でこれだけしっかりと人の話が聞ける子達はそうは多くない。まして、孤児であり親がかりで教育されたわけではないのだ。
「勉強とかできるんですか?」
「それは好きなだけさせてあげるわ。古代語だろうと神学だろうと、錬金術だろうとね」
「冒険者になれる?」
「リリアル生は全員冒険者登録して、冒険者として活動することが前提。魔術が使えなくたって、剣も槍も銃も使えるじゃない。何でなれないと思うのよ。なりたいものになりなさい」
「あ、わたしはお嫁さん」
「それは私も。可愛いお嫁さんだよ!」
「それは私もね」
「「「「え……え」」」」
おいおいとばかりに肩を叩く伯姪。思わず子供たちの会話に本心で割り込む彼女であった。
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最後は、魔力持ちの七八歳組六人。魔力がある子であることを告げた後、女子はそうでもなかったが、男子三人は調子に乗り始める。
「俺達勝ち組!」
と、黒髪の『ハインツ』が立ち上がる。
「でも、ベル兄さんが魔力無しとはね。がっかりだ」
銀髪の『オットー』が尊大な雰囲気で言葉を吐き、蒼髪の『マックス』が一言。
「これからはベルでいいんじゃね? あいつ、俺らより下っしょ」
と七歳児とは思えない言いぐさである。前の魔力無しの子達の反応からして、この三人にもベルンハルトは相応に兄貴分として相応しい態度で面倒を見てくれていたはずである。
横で彼女と一緒に聞いていた伯姪も、顔にいら立ちが現れている。
「魔力が有る無しで役割が多少変わるでしょうけれど、初期の教育は
全員共通なの。それに、魔力があっても使いこなせなければ意味はない」
「まあ、あんたたちが使いこなせるようになる前に、魔力の無い子たちが成長したり魔力が生えたりするかもしれないから、あんまり露骨に舐めた態度とるとここにいられなくなるかもね」
と軽く脅しておく。女の子たちは神妙に話を聞いているが、調子に乗った男子三人は、鼻で笑うような態度である。
「魔力持ちが、魔力無しに負けるなんて聞いたことが無いけど」
「ちゃんと学べば、そんなことはないよね」
「まあ、ここにいられなくなるのは困るから、大人しくしないとね」
と、三者三様というよりも……分かっていないのが透けて見える。なので、飛び切りのお話を一つしておこう。
「まず、未熟な魔力持ちは吸血鬼の餌よ。あいつら、魔力持ちの魂を奪って自分の能力を上げるから、守れるだけの力が無いと危険なの。あなたたち、吸血鬼に勝てるほど修練できるのかしら」
「「「え」」」
男子三人だけでなく、女子もひッと声をあげる
「それから、魔術師の脳みそゴブリンが食べると魔力が使えるようになるから、狙われるよ。それに、魔力の遣い方なんて下手なら十五分くらいできらしちゃうから、ゴブリンの群れをなめて突っ込んだ魔力持ちの騎士四人が食い殺された事件も、関わった事あるし」
「あれは嫌ね。騎士の装備と言葉をしゃべるゴブリン殺すのだもの」
いつぞやのゴブリンの村塞の前哨戦。魔力持ちと驕り、ゴブリンを舐めた騎士団の魔力持ちは、あっけなくゴブリンに食い殺されている。魔力が切れるまでに倒しきれなければ、魔力に頼った騎士は簡単に殺されてしまうのだ。