第485話 彼女は『ガルム』の腕前を確認する
第485話 彼女は『ガルム』の腕前を確認する
しばらく転がり伏せていた『ガルム』が、何事もなかったかのように立ち上がる。
『……まあ、女にしては中々の遣い手だな。さあ、もう一本相手をしよう』
まるで花を持たせたかの言い分に、伯姪が鼻白む。そんな訳ないだろと。
「私の相手にはちょっと物足らないから、これでお終い。女が嫌なら、男が相手をしましょう」
伯姪の視線の先には青目蒼髪。というか、一期生の冒険者組の男は二人しかおらず、茶目栗毛は今は王都に使いに出ている。実質的には指名である。
青目蒼髪は、剣を用意する。いつもの魔銀鍍金仕上げの片手半剣。騎士の剣としては少々武骨なものだが、冒険者としてはピッタリの装備である。
「じゃ、俺が男の代表としてお相手しよう」
『まだ子供だな。僕が胸を貸してやろう。遠慮はいらんぞ』
鷹揚に応じるガルム。たしかに、リリアル生は最年長でも十七歳、青目蒼髪は十五歳になろうかというところ。
「確かに俺は、成人間近のガキだが、王国の騎士で竜討伐にも参加したことがある一人前なんだぜ。覚えとけアンデッド!!」
『王国の騎士』に、驚きの表情を隠せないガルム。ガルムは騎士だが、実家である侯爵の騎士でしかない。帝国でいえば、皇帝が叙任した騎士に相当する『王国の騎士』というのは相当の魅力がある。
ガルム自身は、貴族の子弟なので貴族であるが、帝国の騎士の中で諸侯が任じた騎士は『家士』扱いであり貴族ではない。貴族の使用人が武装して騎士の姿をしているに過ぎないのだ。
『だからなんだ』
「遠慮すんなって事だ。また言い訳されるのも面倒くさいからな」
『誰が言い訳などしたかぁ!!』
情緒不安定なガルム。直ぐにキレるのは末っ子故であろうか、ノインテーターになった反動か。その両方か。
片手半剣の良いところは、片手剣のバランスの良さを残しながら、片手剣の時はコントローラブルに剣が扱え、両手剣の時は強い打撃を与えることができるところにある。
また、両手から片手に持ち替えた際、リーチが変化し届かない位置まで剣先が届くという欺瞞効果がある。強い両手の振り降ろしを繰り返した後、片手突きを放つような剣技の組合せができる。
戦場ではあまり使われなくなった剣であるが、冒険者のように多様な状況に対応する必要のある場合、片手半剣は応用範囲が広い装備だと言える。
『行くぞ!』
「おう!!」
ガルムも先ほどのカウンターに懲りたか、慎重に剣先を合わせていく。両方の剣の間合いに差はないようであり、こちらの剣先が届くときには、相手の剣先も届くと思われる。
力任せの斬撃をガルムが剣の腹で軽くいなす。伯姪の時よりは落ち着き、侮らなくなったのだろう。だが、だからといって優位に立てるわけではない。
「そらぁ!!」
『ぐふっ』
身体強化と魔力纏いを「体」にかけた青目蒼髪が、剣戟関係なしで体をぶつけ、鍔の部分でガルムの胸をしたたかに叩く。呼吸をしているわけではないので、呼吸困難になる事はないが、本来であれば胸を強く叩かれ行動不能になる。
接近戦を挑まれるのは不利と悟ったガルム。身体強化有なら、常時身体強化状態の魔物であるノインテーター・ガルムと本来は大差がないのだが、さらに体に魔力纏いを掛ける事で全身を武器としている。つまり、甲冑でぶん殴られると超痛い的状況になっている。
「魔装のお陰ね」
「荒っぽい戦い方だけれども、良い武器が手元にない時などには参考になる方法ね。流石だわ」
魔力量の多い冒険者組は、彼女とは異なった発想で戦闘を組み立てることもある。決まった魔術の行使の組合せを効率的に行う彼女には、枠からはみ出す運用方法は考えにくい。青目蒼髪の性格もあるのだが、魔力を纏って体当たりという使い方は、接近戦では十分効果があるだろう。魔装を生かした良い発想だ。
「まあ、あなたの場合、魔力壁で相手を挟んでしまえばいいんだから、敢えて考えるまでもないわよね」
伯姪の言葉通り、遠征においても魔力壁で押し込み、建物の壁に叩き付けたこともあった。魔力壁を安定的に形成できない場合の次善の手段といった評価になるだろうか。
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結論から言えば、接近戦で不利なガルムが距離を取り、直線的な出入りを繰り返す青目蒼髪が崩しきれず、ガルムの魔力切れでTKOとなり二敗目確定。
『ま、まだやれるぞ!』
「煩い負け犬!!」
倒しきれずにストレスのたまった青目蒼髪に怒鳴られるガルム。三期生の女の子たちのトラウマになりそうな荒っぽい戦いを避け、綺麗に対峙したことが良くなかったと反省する。
「だらしないわね」
「副院長みたいにはいかねぇんだよ。練習相手には悪くないぞあいつ」
「へぇ、面白そうね。まあ、でも、一対一じゃあまり練習する意味がないわね」
「確かに」
バディで戦う事が前提のリリアル生は、相手一人の模擬戦はあくまでも自身の技術を確認する場でしかない。二期生三期生にはよい練習台となるだろうが、既に経験を積んでいる冒険者組にはあまり意味のない相手なのだ。
ガルムが魔力を補充し、再び模擬戦になる。
「はい! はーい!! 次はあたしだぁ!!」
ブンブンと、護拳の付いたやや長目の柄を持つメイスを振り回し、赤毛娘登場。
「師匠! あたしの勇姿を見守って下さい!!」
「もちろんだよ! さあ、侯子ガルム様。あなたの剣の粋をわたくしめにお見せください」
『おお、美しき人。我が剣をあなたに捧げよう!!』
野生の姉が現れた!!
姉は、三期生の必要とする生活必需品を用意するためにリリアルにやってきたようである。いきなり、十六人+二人を受け入れる事になったリリアルでは、何もかもが不足している。寝具に着替えに食器、薬師の練習に使う乳鉢だって全く足らなくなる。
「用事が済んだら、どうぞお引き取りを」
「いやー そうもいかないよね。だって、武具だって工房で揃える装備じゃだめでしょ。駆け出し冒険者の装備十八人分を揃えるのは、妹ちゃん御用達のいつもの武具屋じゃだめでしょ。それにね……」
姉曰く、身分証代わりになるリリアルの短剣を与えてはどうかというのである。
「人数も増えたし、出先で身分の証になる装備が必要になると思うんだよね」
「紋章入りのバゼラードのようなものでいいのかしら」
「そんな感じ。あとは、妹ちゃんの魔力を込めた魔石を組み込めば、簡易的なアンデッド対策にもなるでしょう」
魔石・魔水晶は老土夫の手元に十分あるだろう。使えない屑石でも粉砕し、魔鉛弾に入れてアンデッド対策弾として保有しているのだから。
「大きさと数を指定して、工房に依頼してもらえるかしら」
「最終加工はリリアルの工房でお願いするとして、標準的な意匠を決めて……」
シンプルなバゼラードタイプもいいのだが、それでは身の証としてはわかりにくいのではというのが姉の意見だ。
「リングダガーなんてどうかな」
リングダガーとは百年戦争の頃に使われた装備で、柄頭に金属の輪が付くデザインである。ここにひもを通し、落とさないようにすることができる。
「リングダガーのサイズ、そして柄頭にリングを備えたバゼラードというのではどうかしら。剣身にはこんな言葉を彫り込んでもらって……」
―――『Inito ergo consilio regis et civitatem et patriam』
古代語で『王家と王都と王国の為に』と記すのである。子爵家の信条であり、彼女自身の信条。それはリリアルの創建の理念でもある。
「いいんじゃない、妹ちゃんらしくて。全長が30㎝程の短剣。柄には本人の名前を彫り込めば、剣身自体は交換できる物なので、長く使う事も出来るだろうし、一人前となれば魔銀鍍金製もしくは魔銀製に変えても良いかもしれない。
彼女と姉の話が終わる頃、魔力の補充を終えたガルムと、準備万端整った赤毛娘の模擬試合は始まっていた。
「なにかしら、違和感があるわね」
『メイスのヘッドが小さくなってねぇか』
『魔剣』の指摘通り、フィンの枚数が四枚に減り、幾分板の大きさが細く短く組み合わさっている。まるで、四枚の三角刃が組み合わさっているような印象である。柄も赤毛娘の成長に合わせて少し長くなっている。
「あれで、魔力を通すとな、斬れるみたいだよ」
「……聞いてないわよ……」
「補修の一環じゃない? 実際、魔力を通して斬れる方が便利だし」
赤毛娘は老土夫か癖毛と相談し、少しずつ自分のメイスを改良しているという。改修かもしれない。姉のホースマンズ・フレイルよりは騎士に相応しい装備であるので問題はない。
三連敗、それも小さな女の子に負けたくないガルムは、今回至って慎重である。最初からこのくらい冷静であれば、小城塞でももう少し健闘できたかもしれない。成長著しい男、ガルムである。
「掛かって来い!!」
『なっ!! きっ、貴様ぁ!!』
全然慎重でも冷静ではなかった。
メイスのヘッドについていたスピアヘッドはかなり小さくなっている。大人の中指ほどであろうか。そのスッキリした姿は、メイスというよりも鉄鞭に似ている。鉄の棒に似た鞭のことだ。
先端の重心が軽くなった分、一撃の威力は低下したが、魔銀鍍金製で尚且つ身体強化を加えた腕力で殴りつけるのだから、遠心力を利用しなくても相応のダメージが入る。むしろ、取り回しが良くなり、剣士相手にも捌けるようになったのではないかと考えられる。
実際目の前のガルムは、思わぬ苦戦と言った表情である。ずっと思わぬ苦戦なのだが。
『ぐ、何故だぁ』
「坊ちゃんだからだよ!!」
牽制の刺突や斬りつけも軽々とメイスでいなし、踏み込んで剣ごとメイスで薙ぎ払う赤毛娘。小さな竜巻のように、メイスを振るい縦横無尽にノインテーターを襲う。
何度か躱せたものの、メイスの振りは鋭く、強化されているはずのノインテーターの体が弾き飛ばされる。自分たちとさして変わらない年齢の女の子が、騎士然としたガルムを一方的に攻撃する姿に、新入生たちの歓声が沸き上がる。
伯姪や青目藍髪のような大人とわかる体格の戦いより、自己を投影できる赤毛娘の戦いにより一層感情移入するのは当然かもしれない。
「どうした!!どうした!!」
『くっ、ちょ、調子に乗るな!!』
メイスの一振りを躱したガルムが、返す剣先を赤毛娘に叩き込もうと振り下ろす。
GINN !!
高速で振り戻したメイスが、ガルムのカッツバルゲルを弾き飛ばす。剣は手元を離れ大きく飛んでいく。ガルムの顎の下には、メイスの先端にあるスピアヘッドの先っちょになぜか銅貨が……
「降参?」
『……』
「銅貨食べる?」
『……食べない……こ、降参だ。この僕の負けだぁ!!』
良しよしとばかりに笑顔になる赤毛娘。子供たちがひと際大きな歓声を上げた。
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「何度でも戦うんだよ。それがガルム君の仕事だからね!」
『……』
「銅貨食べる?」
『……いらん』
『アルラウネ』の元で魔力を補給するガルムに、姉がいつものウザ絡み。ガルム実家は、どうやらサボア公家とは敵対する一族であるという。元は僭主の一族であり、婚姻や軍事的な実効支配などでのし上がり、帝国皇帝の法国遠征に協力することで『侯爵』位を手に入れたということだ。
――― つまりは、成上りの軍事貴族の一家である。ジーク・ゴンザ!!
「まあほら、ガルム君は兄弟の中で最弱だったわけでしょ?」
『最弱ではない。長兄次兄は騎士としての腕はさほどではない。政略に関してはとても優秀だがな』
「貴族の跡取りとしてはそれが当然だね。下の方に行くと、自分で食い扶持稼ぐ為に傭兵稼業なんかしないといけないから、武力が大事だけどね。ガルム君はその面で、実家で期待されていなかったんだよね」
『……今なら姉さんには勝てるはずだ……』
「兄さんには勝てないんだよね!」
どうやら、姉に剣士として負けたことが家を出奔した理由であったらしい。リリアルは、女剣士だらけなのだが大丈夫だろうか。どうでもいいのだが。
そして、最後の一戦。相手はなんと赤目銀髪が剣で相手をする。
「ふふふ、私は四天王の中で最弱」
「……いつから四天王なんだよお前。そもそも、得意な武器は弓だろ」
「そう。だからここは、セバスおじさんが代わりに出る」
「でねぇ。俺、院長先生さまの従僕だから。リリアルの騎士ではないのでセーフ」
リリアルの騎士は、伯姪、赤目蒼髪、青目蒼髪、茶目栗毛、赤毛娘、黒目黒髪、赤目銀髪の七人。黒目黒髪は後方支援役であり、茶目栗毛はお出かけ中。相談の結果、勝利確実で戦い方が青目蒼髪に似ている赤目蒼髪が辞退、どうやら、新入生へのデモンストレーションであったようだ。
赤毛娘ほどではないが、いまだ体の小さい赤目銀髪の方が、二期生三期生に良い刺激になるという配慮の結果だ。
「ガルム、これが最後の勝負。一度くらいは勝ってみて」
『ぐぬぬ……覚悟しろ小娘ぇ!!』
小悪党感が滲み出るガルムであった。