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『妖精騎士の物語 』 少女は世界を変える  作者: ペルスネージュ
第九幕『ネデルからの帰還』
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第481話 彼女は『公女マリア』について依頼される

第481話 彼女は『公女マリア』について依頼される


 夕食を取り、再び書類整理に明け暮れていると、オラン公の従者から訪問してもらいたいとの連絡を受ける。


 彼女は、碧目金髪を連れオラン公が滞在する部屋へと向かう。その部屋は恐らく王族が滞在するための貴賓室であるようだ。彼女の部屋の倍ほどもあり、調度も格段に良い。古びてはいるが。


「お召しにより参上いたしました閣下」

「堅苦しいのは抜きにしよう男爵。改めて遠征の依頼の件、それにリジェでの立ち合い、マリアを保護してくれた件感謝する」


 そう考えると、オラン公には沢山の貸しがあるという事になる。いずれ依頼とは別に返してもらいたいものである。


「それで、何かご相談事でしょうか」

「……マリアのことなのだがな……」


 公女マリアの保護に関してというのは想像通りであったのだが、その理由が問題である。


 公女殿下は二年ほど前に出会った貴族の子弟に恋心を抱いているのだというのだが、オラン公はこの事件が拡大する前、融和策として御神子信徒のネデル貴族で神国の覚えの良いランドルの貴族であるアルシュ公に嫁がせるはずであった。


 本人は既に原神子信徒となっており、宗派の異なる貴族の妻になるのは嫌であるし、恋心を抱くホーエンロ伯子息フィリップと結婚したがっているのだという。


「それで、ご依頼の件とは何でしょうか」

「駆け落ちというか、マリアがフィリップの元へと出奔しないように、リリアルで保護をして貰いたい。ニ三年すればこちらも落ち着くであろうし、エンリが王国を出る際に同行させようと考えているので、それまで滞在をお願いしたいのだ」

「……然るべき場所、例えば王宮などでお預かりすることも可能でしょう」

「それは不味い。王国の王宮で御神子信徒の影響を受ける、もしくは、原神子信徒としての宗旨を違えるような振舞いを身に着けても困る」


 王国は原神子信徒に寛容とはいえ王家は教皇庁の覚えもめでたい敬虔な御神子信徒である。そこで、親しく面倒を見て貰ったという事実が問題なのだという。


「リリアルは宗派は関係なく、魔力を持つ孤児を育てる施設ということであるから、王国に滞在していたとしても貴族の子女として良い環境であると言える」


 修道院のようなものだと解釈させ、そこで孤児の面倒を見る奉仕活動を行っていた……とするのだろう。


「マリア様の意思は問題ありませんでしょうか」

「さて、今の段階ではネデルに戻る事も、帝国に落ち着く事も出来ない。婚姻に関してもすべて白紙となっている。何も決まらない状態で、軟禁同様の生活をするくらいであれば、リリアルで魔術の勉強をさせてもらう事も悪くない」


 マリアの魔力はそこそこであるが、使えて困るものではない。時間と意欲さえあれば、一期生に伍せるようになるだろうか。


「宗派争いに関わらないとご本人が約束されるのであれば、お預かりいたします」

「そうか。本人は、自身の信仰を他人に押し付けるつもりも押し付けられるつもりもないのだ。そちらがかかわらないのであれば、特に問題はないかと思う」

「……承知いたしました。マリア様と閣下で確認をした上で、改めて『依頼』という形でお受けしてもよろしいでしょうか」


『依頼』であれば、強制力が働くのでその範囲において面倒を見る事は問題が少ないと考えられる。護衛兼教育係として王国滞在中の面倒を見るといった形で依頼を受ければよいだろう。


 とすれば、『聖都』で姉とマリアと合流し、オラン公と冒険者ギルドで指名依頼として処理してもらえば良い。トラスブルに向かう途上に聖都は存在する。日時の調整だけすれば、この件は問題ないだろう。


 姉が聖都に立ち寄るのはニース商会の支店の関係もあり確実である。商会と聖都の騎士団に伝言を残し、暫く滞在するようにしておけばよい。オラン公軍がネデルから出たため、暫くすれば姉たち一行も王国へ向かうことだろう。その場合、聖都経由でデンヌから王都へと向かうはずである。


「マリア様の教育にご希望はございますでしょうか」

「……王国風の社交を学ばせてもらいたい。デビュタントも経験させたいものだ」

「エンリ様が滞在しているのですから、エスコート役にも問題がございませんね。王妃殿下・王女殿下にも面識を得ておきましょう」

「おお、それは助かる。マリアの将来にも良い結果が生まれるだろう」


 大国である王国王妃と面識があるというだけで、社交では多いに面目が立つ。嫁入り先にも事欠かなくなるだろう。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 挨拶をし、オラン公の居室を出る。


 オラン公のいつもの不敵で深謀遠慮な雰囲気がどこかおかしいと彼女は感じていた。


『あれだ、親馬鹿の類だ』


 確かに、目尻がやや下がり微妙に口元が笑っているのは……娘のことが好きすぎて自然と顔がほころんでいるという事なのだろう。


「人間味があっていいじゃない。原神子信徒はどうも、そういう面が感じられないから苦手なのよね」

『聖典だけあればいいってのは、ストイックすぎるよな』


 無駄だから排除してしまえばいいというのは、上手くいっている時に陥りやすい考え方である。原神子信徒はそういう意味で、強者の理屈なのだと思う。弱い者の理屈ではない。自ら律する、正せると思っているからこそ教会には聖職者などいらないと思えるのだ。


 教会は腐敗している面もあるが、不要なものと一蹴することは少なくとも正しいとは言えない。貧しいものに施し、病人の面倒を見るものは他にいないのではないか。ギルドに所属している親方あたりなら、ギルドが保証してくれることもあるが、それは特別な事だ。


「腐敗しているのであれば、腐敗している部分のみ切り捨てるべきでしょう。それ以外の役割りを何かが代替しないのであれば、教会が無くなった途端、救貧院や孤児院は無くなってしまうじゃない。そこは考えていないのよね」

『いねぇよな。何もしない善人より、善事を為す悪人たれってのが、きれいごと大好きな奴らには見えちゃいないのさ』


 リリアルは決して綺麗ごとの手段だと彼女は思っていない。誰かが片付け無ければ王国に降りかかる炎を払えないと考え、今のリリアルの運営をしている。でないと、騎士だ男爵だと名乗る事が恥ずかしいのだ。


『男爵やって、騎士の婿でも貰ってのんびりすりゃいいのにな』

「……そうはいかないでしょ。リリアルが無ければ個人で仕事を振られるのよ。きっと、今よりずっと大変だったはずだわ」


 自ら仕事を抱え込むスタイルの彼女である。それは、大変なことになっただろう。今は、少なくとも巻き込まれる二十人を超えるリリアルメンバーがいる。死なば諸共である。孤独じゃないだけ、気が楽だ。





 翌日、『猫』に姉への伝言を頼む事にする。おそらく、聖都での滞在を確認し、そのまま、デンヌの森を逆走しどこかで出会わなければリジェに滞在中のはずである。聖都の商会と騎士団には、別途正規の手続きで伝達するのだが。


「オリヴィさんが同行なので、問題ないとは思うのだけれども」

『リジェから王国迄の経路の安全確認を含めて、お伝えいたします。ご安心ください、主』


 オラン公の遠征に参加し敗残兵となった傭兵がうろついている可能性もある。その場合、人気の少ないデンヌの森の奥に逃げ込むとは思えないが、王国へ抜けて来る者もいるかもしれない。その場合、どこかで一行が襲われる可能性もある。その心配を彼女はしているのだ。


『軽く捻られるだろ並の傭兵崩れじゃよ』

「並みでなければデンヌの森の奥に逃げずに普通に帝国に帰還するわよね。余計な心配だったかしら」


 安全を確認できるのであれば、旅足も速くなる。それはそれで、ありがたい情報でないわけがない。


『ではさっそく』


 そういうと、『猫』は去っていった。




 朝食の際、昨日の夜のオラン公からの依頼について同行者二人に話をする。


「ほえ、公女様、リリアルで預かるんですか!」

「……さすがに身分はかくしますよね……表向き」

「そ、そうね。それは当然ね……」

「「……」」


 茶目栗毛と碧目金髪に指摘され誤魔化す。エンリと同じような形で紛れ込む訳にはいかないリリアルである。なぜなら、孤児の子供を集め魔術師を育成するための施設という前提なのだから。


 少なくとも、唯一の肉親である祖母を失くしたアンネ=マリアは孤児と言っても差し障りないだろうが、公女様は異なるだろうか。


「社交はしばらく無しでいいわよね」

「……孤児は社交しませんからね」


 王宮に連れていくことや、姉について王都の茶会などには参加させることはできるだろう。その場合、ニース辺境伯家の王都の館に部屋を用意してもらう方が良いかもしれない。これも相談である。


「その、リリアルって二期生たちと同じ寮になりますけど、問題ありませんか?」


 庶民の住まいとしては十分以上の仕様なのだが、公女としては……馬小屋みたいなものである。とはいえ、木を隠すのなら森の中。


「同行中のアンネさんと同室で、三期生に混ざってもらいましょう」

「それはいいかもしれません。ネデル出身者もいるでしょうし、アンネさんはロックシェルで薬師をされていたのでしたか」


 ロックシェルの郊外に庵を持っていた薬師の孫が正解だが。そのうち、『薬師の孫』というストーリーが始まるかも知れない。まぁた私なにかやっちゃいましたか! である。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 朝食後、彼女は再びオラン公との折衝の場に参加することになる。可哀そうなので、碧目金髪は居室に残す事にした。茶目栗毛は後学の為に従者として同行してもらう。立って聞いているだけでも、その場のやり取りや進め方が参考になるだろう。


 因みに、国王陛下の代理としての王弟、宮中伯は宰相の代理、彼女は軍事部門の責任者である元帥の代理……という事での出席となる。無駄に意味も効果もある『副元帥』の肩書である。


「なに、取決め事項の最後に署名する簡単なお仕事だ」

「……責任重大ではないかと思います」

「はは、リリアル男爵は真面目だね。私は、代理仕事だと気楽に構えているんだが」


 大丈夫かこの王弟と思うのだが、大丈夫じゃないから、王太后が心配し三十前にして公務を与え始めたのである。


 会議が始まる。


「昨日は、武装解除にご協力いただきありがとうございます」

「いや、剣は取り上げられていないのだから問題ありませんよ。途中で勝手に離脱する者も、銃や鎧などを預けさせられていれば、それも難しくなるでしょうから、こちらとしては逆にありがたい」


 昨日、一旦帰営したルイが武装解除の立ち合いをした者として返事をする。直衛軍とはいえ、離脱しない者がいないわけではない。王国に原神子派の武装勢力が居座る……などということは、騎士団やリリアルの討伐対象となりかねないのである。仕事を増やされそうであった彼女は、内心喜ぶ。




 いくつかの確認事項にそれぞれ署名をする。旅費の貸し出し、などは資金援助ではなく、あくまでも王国内を荒らさないために『貸した金』であるということを明示するための書面だ。書類書類で、用意してきた宮中伯には頭が下がる。そのうち、彼女が主導する場合もあると思い、真面目に話を聞き、あとで整理し書面に書き起こそうと思うのである。


「それと、ネデルの原神子派の住民が王国に移ってきた場合ですが……」


 戦火を逃れて亡命してくる者は受け入れるが、亡命政権作りや活動拠点を設ける事は認めない。これは、神国や教皇庁からの干渉を防ぐためであり、この度の遠征以前から、原神子派の領袖であったオラン公がそれを公に認めることで、不法な勢力であると認めさせることになる。


 少なくとも、オラン公は王国のこの方針に対して同意したということだ。


「こちらとしても、教会や修道院を略奪する理由を宗派に求められるような振舞いをする信徒を守るつもりも認めるつもりもない」

「単なる犯罪者として、法に則って処罰することになるのだな」


 王弟殿下の問いに宮中伯が「是」と返す。現在、アンゲラに滞在している近衛連隊と近衛騎士の一部増員は、そのまま継続し、ネデル・ランドル方面への抑えとすることになっている。一つは、ネデル亡命者の増加による治安の悪化に対する抑止、今一つは、これによりネデル総督府軍が王国北東部に進出する危険性の抑止の為である。


 自領からの亡命者を保護したという事を逆手に取り、返還を求め実力行使をする可能性もゼロではない。今回、国境を越えてオラン公を迎え入れるため軍を派遣しなかったのは、それを理由に神国・ネデル総督府軍が王国へ侵攻する事を避ける為である。


 カ・レの街を含めたこの地域は、今は王国と神国領ネデルとに分かれているが、古くは『ランドル』と呼ばれる地域である。ランドルの西を王国が、東を神国が分けている形になっている。多くの歴史と経済力のある都市が並んでいる事も特徴であり、経済的に裕福な地域だ。


 金欠の神国は、ネデルで抱え込む神国軍を用いて内部が落ち着けば、周辺に戦力を向けないとも限らない。帝国には領邦ごとに異なる宗派を認めているのだが、メイン川以東は主に原神子派の君主が多い。西側は御神子派なのでネデルと地続きの地域は御神子派が主になる。大司教領もその地域だ。


 戦力を向けるには教皇庁の目が厳しい。ならば、王国の東部であれば国と国とのいさかいという形で誤魔化しがきく。都市も多く、実効支配する利益も大きい。こちらに戦力を向けるのは何もおかしくはない。




 王国内を移動する際の安全を保障する代わりに、ネデルにオラン公を主体とする政権が発足した場合、王国に有利な条件で関税などを設定するといった、今は何も与えるものが無いオラン公に配慮した内容での条約の素案が締結される。覚書に近いものであり、正式な条約ではないが、条約はこの内容を基にして結ばれる事になる。


 関税を軸に、ネデルの主力商品たちに高めの関税をかけ、その関税を今回の対応の対価にしようというものだ。支払うのは商品を持ち込むネデルの商人たちであり、その最終負担者は王国民なのだが。


「結局王国が負担しているだけではないのか」

「しかし、なにもしなければ安価で良質のネデル商品が王国の市場を支配する事になりかねません。関税は自主的にかける事ができますが、相手も当然反対に関税をかけてくるので、貿易が停滞することになります」


 王弟の疑問に、宮中伯が簡潔に答える。王弟は「これはこの場で聞くのはもしかして恥ずかしい事なのでは」と宮中伯の冷たい視線で気が付き、口を閉ざす。関税を掛け合う事で、経済的には互いに損をする事になるのだが、今回は王国は関税を掛けるが、ネデル側は報復関税を掛けることをしないという取り決めになる。


 ネデルには王国の商品に掛かる関税は変わらず、王国にはメリットのある契約ということになる。


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― 新着の感想 ―
[一言] 公女マリア様のリリアル学院卒業試験は、 「身分を隠してニース商会で錬金術師として働き、 何か一つ高レベルのアイテムを作成できれば、卒業を認定」 ですね。 ニース商会では、「錬金術士を自称する…
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