第480話 彼女は『リリアルの塔』について考える
第480話 彼女は『リリアルの塔』について考える
「リリアルの塔ですか……」
新しい仕事場、王都での拠点として彼女は『中等孤児院』に近い場所に、拠点を持つのはどうだろうかと同行者二人に話をしてみた。
「聖典に出てくる塔みたいで不吉です」
「……修道騎士団も確か、王宮よりも立派な城塞を王都に築いていましたね……」
言いにくそうな二人。つまり、不吉であるという事だろうか。
「そ、そうかもしれないわね。では、リリアル館ではどうかしら」
「「……」」
学院以外にリリアルと付けるのはどうも好ましくないらしい。
「普通に中等学院の中に建てちゃえばいいじゃないですか」
「それは難しいわね。そもそも、あれは王都の計画の一部であって、リリアルとは直接関係ない施設ですもの」
孤児の教育の場を拡充するという試みは、王都を管理する子爵家の管轄であり、スポンサーは王家である。孤児という不良債権を回収し、利益を生む市民に教育するという試みなのだ。
リリアルに帰還し、その後考えようということになる。副伯を頂くことになれば屋敷を用意する必要もある。その関係で、王都に『リリアル副伯』の城館が必要になるだろう。
それを踏まえて王宮と調整すればいいだろう。
『新規に再開発するスラム街の防衛拠点を兼ねるとか言っとけば、小振りな城塞なら館として建設できるぞたぶん』
『魔剣』の囁きに、彼女はなるほどと思うのである。
大方の仕事が片付き、後はオラン公と王弟・宮中伯との顔合わせに立ち会い紹介するだけの簡単な仕事を残すのみである。
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翌日、先触れがアンゲラ城に到着する。今夕にもオラン公の軍本隊が到着するという。野営地に当たる城に近い場所になわばりを施し、食料などを準備し歓待の準備を始める。
とはいえ、戦塵を落とす時間も必要である。本日はオラン公にはアンゲラ城に滞在していただき、体を休めてもらうことになるという。
「今日は一日ゆっくりできそうです」
「先生、オラン公の軍を確認してまいりましょうか」
茶目栗毛としては、「素直に武装解除に応じ王国内を通過するかどうかの確認をする必要があるか」と彼女に問うたというところである。
「いいえ、不用よ。それは、殿下方のお仕事ですもの。アンゲラ城のことはアンゲラ城の方に任せておきましょう。気になるのであれば、むしろ城内のことを調べてちょうだい」
「承知しました」
「わ、私も一緒に行こうかなー」
彼女と一対一になるのは嫌なのかと少々心が折れる。彼女自身は、王都に戻って仕上げる報告書の下書きを始めるつもりであるので、それはそれでありがたく感じもする。
神国軍の編成、オラン公と原神子教徒、リジェ司教領、ノインテーター、暗殺者養成所、報告しなくとも今後の活動に必要となる『アルラウネ』についても覚書程度の内容で整理しておきたい。
それと、先にリリアルへ戻す事になる訓練生十六人の育成の問題。王都で活動するとしても、半年後には連合王国へ渡航する予定もある。その間は彼女自身は動けず、また、中等孤児院の立上げにも参加しなければならない。
――― つまり、ネデルから戻っても、控えめに言って超多忙である。
報告すべき内容を箇条書きに抜き出し、その内容も重要度を考えて詳細に記録していく。全てを報告するには少々面倒である。
『大体でいいんじゃねぇの』
「そうはいかないでしょう。それに……」
あいまいな点を多くすれば、彼女に仕事が降りかかってくる可能性がある。具体的にしてしまえば、後は関係各所に割り振ってリリアルに対応するべき内容が残らなくなる。そもそも、リリアルは何でも屋ではなく、孤児の中で魔力のある者を魔術師に育て王国の役に立つ人材を育成することが目的である。
余計なことを自分で抱え込んでいる自覚はあるが、流石にこれ以上は無理であるし、婚期にも関わる!
「残業しない、仕事は抱え込まない。仕事を家庭に持ち込まない……大切だわ」
家庭のない彼女にとっては、持ち込みようがないのだが。
報告書にはどの程度ノインテーターについて報告するかが問題となるだろう。そもそも、ノインテーターは在地の魔物であり、恐らくは本来、王国における『レヴナント』と同根の死者の蘇りに通じる魔物であると考えられる。
「帝国のことはあまり詳しくないのだけれど、調べた範囲でいいわよね」
『ヴィとかヴィに聞けばいいだろう。あとは、公女とか薬師の子供にも聞いてみるのも手だろうな』
帝国の蘇りの場合、「埋葬が不十分」「生前に恨みを持つ」といった死者の側に要因があり、ノインテーターとなり先ず行われるのは自身の家族への復讐となる。さらに、その村に住む近しい者へと拡大するという。
その不完全な復活といった状態のはずが、『アルラウネ』の魔力による「回復」の効果であろうか、魔力持ちは強く影響を受け自身の魔力を「ノインテーター」的な不死に近い変化を与えてしまうという事になる。
元が『草』の魔物から半精霊へと成った存在である「アルラウネ」の魔力の特性を受けたノインテーターは、その存在の根源である『恨み』の元である「不完全な埋葬」を消さない限り消滅しない。これは、何故、「埋葬時に口の中に銅貨を入れる」という埋葬の手続きと言ってするのかはわからない。
不完全な埋葬により復活したものを、銅貨を口に入れるという完全な埋葬の条件を満たす事で消滅させるという事の合理性はわからないが、地場のアンデッドを浄化する風習が効果を伴うのは、それが帝国の文化で育った死体であるからの可能性が高い。
『アルラウネ』により「助けられた」と表現したが、実際は人間として回復したのではなく、死んで「ノインテーター」とされたのであるから、これは良いかどうかわからない。但し、『アルラウネ』が助ける際に、心残りがある魔力持ちだけが「ノインテーター」として復活した事を考えると、本人の意思が無ければそうなる事は無かったのかもしれない。
リリアルに戻り、『アルラウネ』から詳しく聞き出さねばならないだろう。
結局、報告書に関しては「ノインテーター」という魔物が帝国にはそもそも存在しており、恨みを持つ者だけが成る「レヴナント」のようなものである事。総督府軍が囲っていた者は、その中の特殊な個体であり、生前魔力持ちの不具となった傭兵や騎士などで、生前の能力に加え周囲の人間を「狂戦士」とする能力を持つものであると答えるのみにした。
また、戦場で出会った場合、討伐の難易度は高いものの、ノインテーター自身はオーガー並の戦闘力に過ぎず、狂戦士も接近戦を避け銃や弓などで攻撃を行う事で対処は可能であると記す事にした。
実際、『アルラウネ』に魔力を補給されなければ、その体内の魔力を消費した時点で『自壊』してしまうので、長期的に見れば危険度は低いと思われる。
そもそも、それほど多数の「ノインテーター」を戦場に投入できるのであれば、聖征だって成功してしまうだろう。実験段階であったのか、それとも上層部は魔物に力を利用することを良しとしない故に、現場で判断し投入していたものか、若しくは「裏冒険者ギルド」が利用するために戦場で実験していた可能性もある。
『詳しい事は分からねぇが、あの「草」から色々聞き出していくしかねぇよな。それと、薬草にどんな効果があるかもしれねぇから、それも検証するんだろ』
『草』の半妖精である『アルラウネ』は、祝福を与えられる存在であるなら、魔力の無い、若しくはとても少ない子達に良い影響を与えるのではないかと彼女は期待している。
「流石に、魔力が生えたりしないわよね」
『期待し過ぎるのはどうかと思うが、不死者を作り出す魔力を考えれば、その「葉」や「根」からポーションを作り、少しずつ摂取するとかで、不死者にならずに体内に魔力を蓄え、自力で作り出す事ができるようになるかもしれねぇ』
「若しくは、不死者にならずに一時的に魔力を持てるようになるとかかしら」
魔力を持たないが魔力を持ちたいと考えている人間を対象に、試験を行う事もありかもしれない。まずは、動物で試してみようかと考える。猪が『魔猪』になったとしても、リリアルには『主』がいるので問題ないだろう。
――― 『アルラウネ』の存在は内緒である
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恐らく、オラン公軍を王国が迎え入れたことに関して、神国とネデル総督府から抗議されるであろうことは予想に難しくない。
とはいえ、帝国においてもそれぞれの宗派は認められており、領内において領邦の君主が信仰する宗派をその領地の宗派とするものの、都市においては二つの宗派のどちらを信仰しても良いとされている。
つまり、村や小さな街はその領主と同じ宗教でなければならないが、都市においてはどちらでも良く、一時のように原神子派を異端として弾圧しないということが帝国において認められている。また、これは王国においても時期は異なるとしても同様となっている。
つまり、「原神子信徒」だからといって異端でもなければ罪人でもないのだ。
加えて、教皇庁も原神子派に対して一定の理解を示し始めており、王国が神国同様に原神子派を目の敵にして討伐するのは問題となる。加えて、神国も連合王国のように原神子派を国教とする国と断交する事無く、大使も常時滞在し重要な国として扱っているのである。
因みに、常任の大使設置を認めている国は、王国と連合王国のみである。
故に、国として原神子派を宣言している連合王国がオラン公を支援せず、神国に与する状況となっている。結果、現状ではネデルを逃げ出した原神子派の商人・職人が帝国領内の原神子派領邦と連合王国に移住しているのだが、ネデルの経済力を収奪している……と見る事もできる。
連合王国の首都リンデは未だ王都の三分の一程度の規模であるが、今の成長率を続ければ、数十年で王都に並ぶ大都市となる可能性がある。その原動力は、原神子信徒の商工業者の亡命であることは明らかなのだ。
「王国も下手な動きは出来ないと考えているのね」
「そういう空気みたいですね」
「近衛騎士も、王国内での傲慢な物腰は影を潜めています。威圧するというより、儀仗兵的な扱い。公にはできないけれど、オラン公を賓客として認めるための帯同のようです」
彼女はあまり気にしていなかったのだが、アンゲラ城内には見目の良い装備を身に着けた近衛騎士が多数配置されているのだという。その理由が先の内容である。
「貴族の子弟ばかりですもの、公爵閣下を出迎えるには申し分ないでしょう」
「それくらいしか役に立たないですもんね。あと決闘ぐらい?」
碧目金髪辛辣である。ルイダン……嫌われてますヨ。押しなべて、近衛騎士は家柄以外は騎士団の騎士や一流の冒険者に明らかに劣る存在であるというのは当人たちも良く認識していることだ。
そこに、王弟殿下からの呼び出しが入る。どうやら、オラン公が到着したので挨拶に立ち会って欲しい……ということである。
「承知しました。では、あなた方も同行してもらえるかしら」
「ええっ……」
「畏まりました副元帥閣下」
王国副元帥としての立ち合いである故に、彼女一人では格好がつかないと暗に示す茶目栗毛。この二人は、オラン公の滞在していたディルブルク城でも面識がある。
案内に従いオラン公との面談へと向かう。
案内された部屋には、王弟殿下と宮中伯、ルイ=ダンボア、オラン公、実弟のルイがいた。ルイダンはオラン公側の席に座っている。
「ご部沙汰しております閣下」
「リリアル男爵、久しいな」
リジェでの面会は無かったことになっているのだろうか。王弟殿下からは自己紹介と国王代理としての臨席であることが伝えられる。実務面は、宮中伯が担う事も合わせて伝えられる。公文書の作成など、王弟殿下には門外漢故に当然だろう。
「国王陛下はオラン公との友誼を忘れておりません。また、公爵からの依頼があれば、公女マリアを保護することも吝かではないと申しております」
懸案事項である二つを先に伝え、オラン公は安心したかのように頷く。
「であれば、詳細は後日にしても、暫く王国内に滞在させて頂く。武装解除はこの後にでも、王国側の監督者を立ち会わせて速やかに行おう」
「心遣い、感謝いたします閣下」
宮中伯は背後の従者に指示を出し、従者は退出していく。恐らく、アンゲラに駐留している騎士団をオラン公の野営地に差し向ける為であろう。オラン公が城内に滞在するため、オラン公の側近に対し、武装解除する旨の命令書を発行してもらい、実弟ルイがルイダンと共に帰営する。ルイダンはオラン公の身の安全を保障するための人質である。数人の近衛も同行するので、ルイダンとオラン公の命は等価ではない。
遠征が終わり、疲労の色濃いオラン公とルイだが、顔の険は薄れたような気がする。マストリカから総督府軍に追撃並走され、後衛を分断され優勢な敵に一方的に攻撃されたことからすれば、敗れたとはいえ直衛軍は維持されており、帝国内に戻り、今度は政治的な動きに専念することになると考えれば、命の危険はかなり少なくなる。
とはいえ、暗殺者は存在しており、オラン公が今回の遠征でネデルの原神子派を代表する高位貴族として一頭群を抜ける存在となったことから、危険度は上がったと言えるだろう。それを考えると、帝国内の原神子派都市を移動しつつ、国外から総督府と対決するというのは悪くない考えなのだろう。
「しばらく厄介になるが、よろしく頼みます」
「アンゲラ城内は安全に配慮しております。ゆっくりお休みくださいオラン公」
「では、明日お会いしましょう閣下」
彼女が挨拶しようとすると、オラン公が「あとで個人的な相談がある」というのである。
宮中伯にお伺いを立てるように視線を送ると頷かれたので、彼女はオラン公に後ほど部屋へお伺いすると伝え部屋を出る事にした。
「想像は付くのだけれど」
『厄介ではあるな』
オラン公の新たな依頼とそれはなるのだろうと彼女は想像していた。