第45話 彼女はまたもやチートで勝つ
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第45話 彼女はまたもやチートで勝つ
『で、どうするんだよ』
「考えがあるのよ。でも、けがをさせるつもりは無いわ。恨まれるのは嫌なのよ」
彼女は右手にスクラマサクスを持つ。対する、近衛騎士は剣に盾を装備する。今回は、逆の組み合わせとなったようであるが、騎士が盾を使うのは問題ないと言えば問題ない。護衛としてはないが、今回は襲撃者役を買って出てくれたのであろう。
ざわめく学院の子供たちに向かい、心配しないでと手を振る。実際、心配するほどのこともないのだ。
「はじめ!」
騎士の盾は馬上でも使えるカイトシールドタイプ。それを左腕に通すようにして構える。これは、右利き同士であれば、盾を剣が叩き続けるような攻防になりやすい。
『あの盾を躱して胴を攻撃するの無理だろ?』
左半身を盾で完全にカバーしてしまい、半身で構えると、攻撃する場所が見当たらない。
「だから、考えがあると言っているでしょう」
彼女は身体強化を施し、一瞬だけ気配を消す事にする。踏み込み、瞬く間に騎士の目の前に移動すると、構えた盾の上部10㎝ほどを……剣で斬り落とした。しかる後、バックステップで距離をとる。
「どうかしら」
『……多分、大事なところ縮こまってるだろうな」
「下品ね。まあ、肝が冷えたってことでいいのかしら?」
金属の盾さえ、一瞬で両断する切れ味。正直……胴を切り裂くのも難しくない。手加減しているというアピールだ。
「さあ、続けますか。次は、体が切り落とされるかもしれませんけど」
「は、反則だ!」
「いいえ、ルールは、首とへその間への打撃を是とし、それ以外を反則として反則負けにするだけですわ。斬り落としてはいけないと……なっておりませんもの。続けるなら、次は斬り落とします。でも、私のポーションをお使いいただければ、多分つながります。金貨二枚ですけどね」
こんな時でも商魂たくましい彼女である。
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しばらく対戦相手の近衛騎士は逡巡していたものの、最終的には棄権したので敗北ということになったのである。腕を斬り落とされるだけで済まない可能性もあるので、妥当であろう。
「また、魔力多いからって見せつけてくれるわね」
伯姪はニヤニヤと笑いながら、彼女の勝利を讃えている。讃えてるよね。
「それは、体力も体格でも負けているのですもの、当然じゃない。私は別に、剣士とか騎士としての能力を評価されているわけではないもの。目標を達成しているかどうかだけよ」
「それもそうね」
という事で、近衛だけでなく騎士団のメンバーには全員このことが伝わるとみて間違いないだろう。彼女の前には、盾も鎧も無駄であるということが。
斬り落とされた盾を皆で見学する。
「これ~ 記念にいただいてもよろしいわよね~ 学院の食堂にでも飾りましょうか~」
「……はい。かしこまりました……」
近衛騎士団も、王妃様の決定には逆らえないようである。確かに、ここを訪れるお客様への話題を提供することは間違いない。学院長室にでも飾るつもりなのだろう。院長は宮中伯様であるが、決定権は王妃様にあるのだから。
「ずいぶんきれいに斬り落とされています!」
「殿下も訓練すれば可能だと思います。魔力でごり押ししているだけですので」
「残念ながら、私にはできない芸当なのですわ」
ちょっとおどけて伯姪が言い放つ。とはいえ、王女殿下が鎧ごと騎士の胴を斬り落とすのは……ビジュアル的にはダメだろう。かっこいいかもしれないが。
「まあまあ、そんなこともできてしまうくらい魔力が豊富なら、もっと勉強して有効に使いましょうね。ああ、子爵令嬢ちゃんは勿論そうしているわ。うちの娘の事よ~」
「……はい、お母さま……」
上げて下がる気分の王女殿下、藪蛇でした。
「アリー姉ちゃんすげえな!」
「お姉ちゃんすごい!!」
「……すごいです……」
「あんたたち、同じ班員である私のこともほめなさい!!」
癖毛が「よかったんじゃね?」と言い放ち、レディに対する口の利き方が悪いと、伯姪から拳骨を食らっていた。口は禍の元とはいえ、人の口に戸は立てられぬのである。
「じゃあ、みんなでお昼にしましょうか~」
「「「「!!!!」」」」
騎士は詰め所で交互に昼食、王妃様王女様は皆と食堂で同じものを食べる予定である。勿論、メイドが作った寮の食事だ。
「だってー 気になるじゃないー みんなのお母さんとしてはー」
「おかあちゃん」
「お母さん?」
「かあちゃま……」
王妃様の「みんなのお母さん」発言に若干フリーズする生徒たち。王妃様がお母さんとは……年齢的に皆10代前半以下なので、お姉さんがせいぜいであるから、そう思うのは仕方ないかもしれない。
「では、お母さまと一緒にお昼にしましょう。全員、手を洗ってきましょうか」
「「「「はい!!」」」」
彼女は子供たちと手を洗い清め、並んで食堂に行くのである。
子供たちが学院で生活することができて喜んでいる理由の一つは、食事が美味しいことである。勿論、それは、貧民として……というものであるが。孤児院では、基本、麦がゆ=オートミールが基本である。王国に限らず、下層・貧民層の食事の大半は小麦もしくは他の麦から作られるパンか、麦がゆである。スープがつくこともあるが、野菜屑や豆を煮込んだものであり、肉は最も安価である豚肉の塩漬けをスープに入れて煮込んだものなのだ。
肉に関しては、富裕層か貴族であれば、食事に必ず魚・野菜・果物とバランスよく供されるし、パンは良く製粉された白いパンになる。肉は、地面をはい回る豚が最も卑しいとされ、空を飛ぶ鳥は高級肉として高位のものたちの食材となる。王妃様王女様の肉は鴨や雉辺りを示すであろう。
焼き立てのパンは高級品である。パンを焼くには、製粉し窯で焼かねばならない。それぞれに維持費はかかり、それは「税」として徴収される。パンは製粉し焼くために税金を払う奢侈材なのである。
それも、まとめて焼く場合が多く、小麦も低級品になるにつれ白いパンが褐色になっていくし、中にフスマが混ざるようになる。食感も悪くなるし、第一固い。
何が言いたいかというと、王族が口にしたことのないような不味い食事が、孤児たちにとって御馳走なのだという事である。
「「「「「いただきまーす!!」」」」」
「はい、いただきましょう」
「……いただきますわ……」
子供たちは「肉が多いぞ!」とか「パンが焼き立てだ!」と大喜びである。何しろ、決められた食材の中で見栄えがするように、料理担当の使用人(といっても、院生の先輩孤児なのだが)が工夫して頑張ったものである。
とはいえ、王妃様は何とか顔に出さずに済んだものの、王女様はスープとパンだけの食事であることに驚いている。流石に「これだけですの?」とは言わないだけの分別があるようなのだが。
「今日は焼き立てなので柔らかいですが、普通は何日分もまとめてパンを焼いたものを食べますので、固くなります。その場合、パンはスープを浸して柔らかくして食べることになるので、必ずスープは付きます」
「……なるほどですわ……」
肉に魚に野菜のサラダに吟味された食材のスープ……なんてものでは当然ないのである。
「パンが毎日食べられて、スープに肉が入っていることだけで御馳走になる人たちが王都にも王国にもたくさんおります」
「ええ、その通りです。それが良いとも考えていませんよ」
「……そうですわね。みな……美味しそうに食べておりますもの……」
おなか一杯……には少し足らないかもしれないが、病気になったり、成長の妨げにならない程度に食事の量には気を使っている。貴族に庶民が劣る理由の一つは、成長期における栄養不足の影響もある。
また、幼児の頃に脳に栄養がいきわたらず、脳が成長できないということも影響していると言われている。食事の改善が、王国を強くするために必要なことだと伝わればいいと彼女は思っている。
「あなたは、特に不満がないのね」
「ふふ、貴族でいられるのは今のうちだけ……というのが貴族の跡取り以外の存在なので、薬師の仕事をしながら、庶民の生活も多少学んでおります」
「それはそうね。まあ、裕福な商人あたりなら生活は近いけどね」
「そこを追い出されても、生きていかねばならないのよ。辺境伯家の一族ならニース領内であればそれはないでしょうけれど、私はただの子爵家の次女ですもの、離縁されるのもそう珍しい事ではないわ」
「……そうなのですか……」
子爵家の娘であれば貴族扱いされるものの、嫁ぎ先が平民であれば、彼女は当然平民となる。そこで離縁されれば、もう貴族でも何でもない彼女は、一転生活力がなければ貧民まっしぐらなのである。
「子爵家がそこまで薄情とは思えませんよ」
「姉の代になればわかりませんから。それは期待してそうならなかったとき、困るのは自分だと思っておりました」
だから、薬師の勉強も商人の助けになる契約や法律、経理についても一生懸命学んだのである。自分自身の力で生き残れるために。
「でも、健康的よね」
「小麦だけだと、病気になるの。特に、白いパンだけだとね」
「へぇ、流石薬師様。詳しいわね」
「……そうなんですの……」
「はい。野菜と果物と肉か魚はある程度食べねば病気になります。とはいえ、王都や寒い地方では肉は高価で魚はあまり手に入りません。なので、病気にかかりやすいのです。貧しいものはなおさらなのです」
宮中伯辺りが口にする『富国強兵』という言葉を王妃は聞き知っている。国を富まし、兵士を強くすることが王国の為であるという政策だ。沢山のやるべきことがあり、その多くは王妃が携わることではない。
ただ、その強くなる国を支える国民の中にいる弱き者を助け、強くすることも『富国強兵』のためになると思うのだ。貴族だけが豊かで強くなるわけにはいかないのだから。
「子供たち、親のいない子供たちが元気で生きる手段を得られるように育てることは、とても王国の為になると私も思うのです」
子を持つ母として、親のいない子供の気持ちは察するに余りある。それでも、食べるものも、住む場所も、将来の希望も最低限なら……よほど心が強くなければ健やかに過ごすのは難しい。
孤児にも成功者はいる。だが、希少価値だから目立つのであって、普通に生まれた成功者が圧倒的に多いし、そもそも成功するまでもなく、親の身代を継ぐだけなのである。
「学院の在り方はどうあるべきかいまだわかりませんが、少しでも多くの子供たちが活躍できる場所を王国は用意しなければなりませんね」
「ここが初めの一歩になることを願っておりますわ」
「わたくしも……ともに学べるようにがんばりますわ!」
「そうね、時に訪れて競うのも大事よね。皆の顔も見たいしね」
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食堂で並んで食事をした後は、その場で、お茶会が始まるのである。今日は、王妃様からの差し入れの茶菓子が振舞われる。一人ひとつずつではあるが、王妃様からの差し入れに目がきらきらする。
「おうひさまありがとうございます!」
「「「「「ありがとうございます!!」」」」」
さあどうぞ、召し上がれと王妃様が声をかけるのだが、みな皿に乗る菓子をじっと見ているだけなのである。
「さあ、えんりょせずにどうぞ。お茶はお代わりもあるからどんどん飲んでね」
まず、お茶を飲んだことがほとんどないし、飲んだとしても色付きのお湯程度のものでしかない。菓子は何だか甘く香ばしい香りがする。バターをたっぷり使った焼き菓子であることが想像できる。
「じゃ、俺、いくわ」
癖毛が先頭を切って食べる。そして……悶絶……
「あ、甘い、そんですっごく美味しい。なんだこれ!!」
「「ええぇぇぇ!!」」
女の子たちも一口サイズに砕いて口に入れる。全員が見たこともないような蕩ける笑顔である。『蕩』である。
「お茶もすごく美味しい。香りもほのかな甘みも……」
「はぁ、こんなの毎日食べられたらなー」
何気ない子供たちの言葉に王女様の顔がちょっと歪む。彼女は当たり前のように毎日これよりさらにおいしいものを当たり前のように食べている。そのことが心を痛めるのだろう。
「ふふ、気になさらないでくださいませ殿下。王族の皆様に最高のものを提供するからこそ、料理人の腕が上がるのです。勿論、お菓子だってそうですわ。皆が皆、最高のものを手に入れられることはございません。
殿下は、殿下のお立場で必要なことをなさればよろしいのです」
「ええ、そうね。その通りね。あたりまえだけど、あたりまえとおもわずに務めるわ」
王族にとって当たり前のこと、貴族にとって当たり前のことは、庶民にとってそうではないということを知っていただくだけで、学院の子供たちと交流する意味があるのだ。
「それに、貴族はそれぞれの家が大事でしょ。本当の友人というのは、人と人とが直接結びつくものでないとね。王族として貴族と付き合っていく必要はありますが、真に信じられるものは、そう多くないのです。学院で、あなたの友人が見つかるといいわね」
「……はい……お母さま……」
まだまだ先は長いのであるが、王女殿下が嫁ぐ日までに、そういった友人ができるといいと彼女は思うのである。できれば……この学院の生徒の中に何人か気の合う者ができるといいなと。
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