第478話 彼女は訓練所破壊の報告をする
第478話 彼女は訓練所破壊の報告をする
アンゲラ城に到着したのはすっかり日の落ちた後であった。あまり大勢で大聖堂を占拠するわけも行かないので、無理をしたという面はある。リリアル生だけで二十人、保護した子供が二十二人の大所帯だ。
「流石に疲れました」
「先生はご挨拶に向かわれますね。僕は、馬を預けに行きます」
「お願いするわ」
茶目栗毛は厩舎に、彼女は碧目金髪を従え、まずは王弟殿下と宮中伯に帰還の挨拶に向かう。城外に天幕など見られず、オラン公の軍はいまだ到着していないように見受けられる。
領主館にある執務室。主は王弟殿下であり、宮中伯は客室を利用し執務室として当てているが、この時間は王弟の執務室で打合せ中という。案内の従者が先導し、彼女の帰還を伝えている。
「無事で何よりだ」
「リリアル男爵、作戦は成功か」
「はい。商人同盟ギルドが運営すると思わしき、暗殺者養成所の討伐・破壊を実施し、無事完遂いたしました」
王弟殿下の顔が微妙に引き攣る。宮中伯は、彼女の戦果報告を間接・直接に聞いたことがあるので「当然」といった雰囲気である。
「詳細を」
「内容は後日書面で王宮に提出いたします。院長及び年少の訓練生二十二人を保護しました。うち六名は氏名出身地などから攫われた実家に連絡を取り、親元に返せる予定です。残り十六名は、一時リリアルの寮にて保護をし、事情確認を行い、一年程度の経過期間を置いてリリアルの本科生とするか、従卒、もしくは関連組織に見習として出向させる予定です」
宮中伯はなるほどとうなずき、王弟殿下は彼女の立て板に水の報告に
眼をシバシバとする。
「味方の損害皆無。守備兵二十四人、教官二十名前後、教導済みの暗殺者訓練生四名を討伐しました。冒険者ギルド所属の依頼により滞在していた冒険者一名に関しては、本人の弁を信じ、解約解除という事で放逐しています」
「……討伐の必要を認めずという事か」
暗殺者ギルドの構成員とすれば、彼女達の仕業と特定される証人、証拠を残す事に問題はないかと宮中伯は問う。
「『火』の精霊の加護持ちでしたので、保護すべき訓練生及び、リリアルの薬師の安全を優先する為、見逃した次第です」
火の精霊の加護持ちは、所謂『発火』を発動することができる。これは、小火球のように徐々に燃え上がるのではなく、突然炎上させることができる。魔力の操練度が高ければ抵抗できるが、恐らく、二期生や訓練生の魔力持ちは抵抗できずに人間蝋燭になっていた可能性がある。
「なるほど。それは賢明だ」
「貸しとしておきましたので、そのうち返してもらう予定です」
「ならばよい。殿下、なにか男爵に聞きたいことはございますでしょうか」
王弟殿下は、この目の前の可憐な少女が自身の兵を率いて短期間に敵地へと侵入し、暗殺者の訓練所を破壊し、子供たちを救出したという報告に現実味を感じていなかった。
「その、施設は……どのような状態になっているのか」
「躯体である石造の城塞は破壊することが困難でしたが、内部に構築された教会・職員・訓練生用の居住棟は全て焼却しました」
「……焼却……」
「はい。特に、職員に関しては暗殺者を引退した者が多いと判断しましたので、リリアルの損害を鑑みて、居住施設を外側から封印し、建物ごと破壊することで討伐しました」
報告を受ける二人の顔が疑問を投げかけてくる。
「なにをどうしたのか……具体的に報告を」
「土魔術で開口部を塞ぎ、脱出できないようにしたのち、抵抗する力を削ぐ為に内部に魔物討伐用の煙球を投入。発生する煙で呼吸等を困難にさせ、弱体化させました。
明るくなり、訓練生の子供を保護した後、建物全体に油を播き、着火。そのまま飛び出してくる教職員を警戒しつつ、躯体が崩れるまで確認しております」
つまり、生きたまま建物ごと焼き殺した……という報告である。
「相変わらず、敵対者には厳しいな男爵」
「当然です。恐らくは、王都を騒がせていた人攫いの組織ともつながりがあるでしょうから。レンヌ・ルーンやロマンデでも活動していたのではないかと推測されます」
「つまり、連合王国と商人同盟ギルドと人攫い・暗殺者組織が同根であると考えるわけか」
「連合王国に協力者がおり、それが高位の存在であるとは思います」
ルーンやロマンデ、ソレハ伯との関係を考えても、女王本人ではないにしろ、協力者は政権中枢部にいる存在であると思われる。むしろ、安定した関係が継続しているのであれば、政権の交代に関係なく外部と繋がる存在があると言えるだろう。
『国務卿とかそういうやつらか』
国務卿とは、対外関係を司る仕事であり、王宮においては目の前の宮中伯が務めている。司教職を持つアルマンであるからこそ、務まる役割ではある。外交において、御神子教会の関係というのは様々な面でプラスとなる。
回収した資料は、一時的にリリアルに隣接する駐屯地経由で騎士団本部に提出。所長は聖都騎士団において現在尋問を受けさせている事も会わせて報告する。
「所長はどんな人物だね」
「……恐らく、錬金術師か薬師あがりでしょうか。毒殺の専門家で、既に毒物を長年扱ってきたことで体を悪くしているようです」
「だから、所長職か」
「それと、実験設備が整っておりましたので、現在でも精製などは手掛けているようでしたので、現役ではあるようです」
「なんと! 暗殺者の毒か。恐ろしい」
王弟殿下の話は、貴族の夜会で交わされそうな内容であり、今一つ緊張感に欠ける。
「恐らく、遅効性の長年摂取することで徐々に体を弱らせるタイプの毒物を得意としているのではないかと思います」
「ふむ。近年、食事のあと突然苦しみ出して死ぬような事件は発生していないからな。体質か、呪いか、持病かなどと考えあぐねている間に衰弱して死ぬというような、一見暗殺には思えない方法を取るのであろう」
長く体の中に残り徐々に体を害する毒は、解毒も難しいし、気が付くことも難しい。料理人を定期的に替えるであるとか、そもそも食事の量を少なくするという方法もあるのだが、主人の食べた残りを使用人が食べる文化もあるため、暗殺者自身が食事を共にして死ぬ可能性もあるので、むしろ、主従で別の食事を取っている進歩的貴族が注意する必要があるかもしれない。
「資料から、現在実行中の暗殺案件が見つかると良いのだが」
「少なくとも、追加の毒物は生成されなくなったのですから、多少の改善には繋がると思われます」
レシピは秘伝のはずであり、所長の代わりに同じ毒を即作れるとは思えない。でなければ、あの年まで所長が生きている事自体不思議なことになる。大切なことは頭の中にだけ残す事が、長生きの秘訣だ。
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報告は核心部分へと向かう。
「大円塔の地下に施設がありました。そこでは、バフォメットの像を飾った祭壇が設置されており、何らかの儀式を行っていた形跡がありました。最近のものではなく、百年以上昔のものではないかと推測されますが」
「「バフォメット……」」
宮中伯は一瞬驚いた眼をした後、苦い顔をし、王弟はその名前に聞き覚えがなかったのか『それは何だ』という表情をする。
「バフォメットというのは、ニ百五十年程前に王都において『異端』として裁判にかけられた修道騎士団の騎士達が信仰していたとされる異教の神の名です。山羊の頭、女性の体、カラスの羽を備えた魔神のような見た目をしています」
回収をしたのかという宮中伯の問いには「否」と答える。異端者扱いされたくないのである。
「男爵は良く知っていたな」
「子爵家の書庫にそれにまつわる記録があり、目にしたことがあります。それに、修道騎士団にまつわるアンデッドを討伐したことがあります。王都の共同墓地の地下墳墓でです」
騎士学校の遠征の時期、伯姪、カトリナ主従と四人で探索したあの事件だ。
「それと、教会には帝国語の活字印刷された『聖典』が置かれていました。これは回収しております」
「まあ、あの組織が商人同盟ギルドと関係が深いとなれば、原神子信徒として教育するのだろうな」
「加えて、原神子信徒として王国内に入り込み、事件を起こし宗派対立を煽り王国を混乱させようとする目論見も考えられます」
三人でしばし無言となる。その背景には……修道騎士団の影。もしくは、単なる偶然の一致の可能性もある。廃墟となった元修道騎士団の城塞を暗殺者ギルドが借用し施設を運営していたという可能性。
上から下まで同じとは思えないが、王国を標的とする破壊工作を行う組織が元修道騎士団の構成員を基に脈々と続いていると考えれば、狙う理由さえ動機づけできれば、あとは実行したがる存在には事欠かない。
容易に提供できる手段を提示し、それを王国に行使する心理的な壁を低くすることで、周辺国の干渉を容易にすることが、この組織の目的なのだろう。
「つまり、非常識な嫌がらせ集団か」
「いえ、私たちが忘れていても、修道騎士団の末裔を自負する存在は、忘れることができないのでしょう。自身の存在意義の問題です」
王家や彼女の子爵家のように、存在する意義を明確にしている家系がある。それは、歴史の表だけでなく裏にも存在するという事だろう。修道騎士団を異端として裁き滅ぼした王国を決して許さないという家系が、商人同盟ギルドや連合王国・帝国・神国には存在するのだろう。
「それを考えると、益々、男爵には連合王国に足を運んでもらわねばならない」
宮中伯が不吉なことをさらりと述べる。
「小娘が連合王国に向かって何ができますでしょうか」
「外交使節の一員だ。自らの目で彼の国を見、また、外交的なやり取りのできる相手を見つけ出してもらいたい」
「……我が家は外交の家ではありませんが」
「それはそれ、これはこれだ。率直に言って、男爵の名を利用したい」
それは理解できる。今までも利用されてきたのだし、これからもついて回る話となるだろう。
「準備期間は一年ある。その間に、連合王国の外交官、今は王国大使をしている男を紹介する。身分は男爵よりやや低いが、女王の側近中の側近に仕える男だ。彼を通して、連合王国を知り知己を得て欲しい」
何もない所で「やれ」と言われるよりははるかにましだが、今までの冒険者に毛の生えた程度の内容とは一線を画するだろうか。
「高位の冒険者には、こうした依頼も珍しくないと聞くがな」
「では、ギルド経由で指名依頼を」
「男爵、これは王国に仕える貴族としての任務だ。それに、この先の話だが……王都に戻り次第、陞爵の話が出ると思う。王弟殿下の副使に男爵では少々つり合いがとれないという表向きの理由だ」
叙勲はしたものの、竜討伐の後の褒賞は特に何もない。今回のオラン公の件が王国の安定・原神子派信徒の活動の鎮静化に繋がれば、問題なく爵位を上げたいのだという。
「王族や公爵と会話するのに、男爵では少々政治家としては爵位が足らない」
「……私は政治家ではなく、貴族の娘に過ぎません。精々が、冒険者です」
彼女は強い口調で否定するが、もうそういう段階ではないのだと宮中伯が話を続ける。
「それは、男爵の視点だろう?」
他者の視点から見ればどうだろうか。王国において、王家の次に有名なのはまぎれもなく彼女である。それは自身が良く知っている事だろう。当然、これは外国においても同様である。
「名も知らぬ伯爵が出てくるより、リリアル男爵が……いや「副伯」が出てくるほうが、相手もカウンターパートとして相応の人物が出てくる。男爵は、既に国の重鎮と見られているからな」
「……聞いておりませんが」
「王族と気軽に会え、様々な便宜を図られているのにか? 王家の恩情はそれほど軽いものではないと思うがな」
「……」
つまり、知らぬ間に重鎮扱いされ、安い手当でこき使われる定めということであろうか。少々納得いかないのだが。しかし、『副伯』とは聞かぬ名である。
「副伯とはどのような爵位なのでしょうか」
「私から説明しよう。副伯というのは、今はほぼなくなった爵位だが、大きな伯爵領などで設けられた伯爵の代理人となる爵位だよ」
王弟殿下が説明する役割なのだろう。嬉々として説明をし始める。その昔、古帝国時代の役職を踏襲し、都市を中心とする一定の範囲を『郡』とし、その地域を王の代理人として差配するのが『伯』という役職であった。
複数の『郡』を有する大部族の長は『公』と呼ばれ、王に並ぶ存在と考えられていた。今の王家が『伯』から始まったのは、旧王国の王家が『公』の一つの家系であり、その宮宰の家系であったゆえである。
『公』ほどではないが、複数の都市を有する『伯』は、自分の代わりに都市を差配する代理人を設けた。これが王国では『副伯』とよばれる爵位であり、帝国では『城伯』と呼ばれた。一つの城塞を預かる故の命名だろうか。
男爵は「諸侯」と呼ばれる王の直臣の名称であり、侯爵は、『伯』が異教徒の住む地域と接する地域を治める場合認められた独自の軍政を引く権限を与えられた爵位を意味する。
敢えて、古風な『副伯』という名称を与えたかというと、連合王国には子爵位というのは百年程前には無かった爵位なのだという。王と伯と諸侯しかいなかった時代が長く続き、王の分家が『公』と呼ばれるようになったのだという。
「副伯は王国の歴史を示す爵位であると同時に、「伯爵並」という意味を添えたものになる」
いきなり男爵を伯爵にする事は難しいが、伯爵並に扱わせることができるとすれば、伯爵の代理人である「副伯」とする事はどうだという提案があったという。どこかで聞いた副元帥もそんな理由で設けられた、彼女専用の位階である。
「子爵はあまたいるが、副伯はリリアルのみ。そして、子爵と伯爵には差があるが、副伯は子爵並みであるとはいえ、伯爵と同じ扱いをする……という誤魔化しだね」
身もふたもない王弟である。
「率直に言って、男爵では女王陛下に直接目通りすることも、直答を許されることもない。また、公爵である王弟殿下の副使が男爵というのも困る。それに、王家はリリアル男爵に随分と借りがある」
「いえ、臣として当然のことをしたまで。今のままで十分です」
つまり特別な褒賞に値するようなことは何もないと反論するのだが……
「男爵を賞さなければ、他の大した手柄のないものは、一生、褒賞されなくなってしまうだろう。それは、王家としては困ると思わないか。それに……」
宮中伯の言わんとする事は理解している。爵位に見合った功績を立てろと暗に要求されているのである。言われなくても十分に彼女は活躍していると思うのだが、まだ足らないらしい。