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第476話 彼女は『加護持ち』と対峙する

第476話 彼女は『加護持ち』と対峙する


 灰目藍髪には幾人かの師匠筋がいる。基本的な所作は伯姪から、騎士らしい立居振舞や礼儀作法、剣運びは茶目栗毛から、そして、冒険者として様々な武具の扱いは『薄赤』パーティーの戦士からである。


 足を悪くし、護衛の仕事をメインで受けていた薄赤パーティーの戦士だが、リーダーを交代しそろそろ新メンバーと変わり引退しようかと考えていた。その昔、リリアルの教官兼門衛として採用したいと話していたのだが、王都での仕事もそれなりにあるので、不定期ではあるがリリアル生との手合わせをお願いしていた。


 その中で、灰目藍髪はスピアの操法だけでなく、クウォータースタッフの操法も教えを受けていた。単なる棒で武装した敵を制圧するという技術は、馬に乗り戦うという『騎士』のイメージとは乖離するものだが、護衛や王都内の警邏、馬車の馭者や滞在中の城館の警備など様々な場面で使えると考えたようだ。


 棒は手に入れる事が難しくなく、刃物が付いている槍よりも身に着けていておかしくない。旅人が剣以外にも持ち歩くものは『杖』であり、杖を使いこなせるというのは、槍使いにも通じることになる。杖の先に刃物を付けた物が単純に言えば槍なのだから。




「構えが剣とはかなり違う」


 赤目銀髪が彼女の横で呟く。腰を落とし、銃床は体の右側面、左手は銃の重心近く、銃床がある分やや後方に銃身があるのでその辺りを持っている。


「折角長いのだから、もっと突き出すように構えればいいのに」

「いいえ。あれは踏み込んできた敵を銃床で横から打ちのめせるように振れる位置に手を置いているのだと思うわ」


 彼女も少々杖に関しては教えてもらった事がある。魔力でどうとでもなる彼女にとってはそれほど身についたとは言えないのだが、槍のように扱うのではない事は理解できていた。


「せぃ!」


 前進する男の正面に向け、やや足を横にスライドさせながら鋭い突きを銃剣で繰り出す。


「はっ、へんてこりんな槍だぜ」


 ハルバードも槍の一種であり、槍先での刺突は重要な攻撃の一つ。門衛や警邏の兵士が持っている装備の一般的なモノが、ショートスピアもしくはハルバードである。暗殺者として、この手の装備の対応の訓練は十分に受けている。


 スピアが突くか打つことしかできないのに対し、ハルバードは引っ掛けたり断ち切る攻撃も可能なので、操方がやや複雑になるが、間合いを詰めて対応することが一般的だ。当然、双剣をもった理由は、片手で受けその間に反対の手の剣で攻撃することにある。


 だがしかし、振り下ろす剣を受けずに右にズレて相手の顔の横を叩くように穂先を振り抜く。


「がっ!」


 正面で受けて反対の剣でカウンターと考えていた男は、思わぬ反撃を受け左手の剣を立てて銃剣を受け流す。


「なかなか遣えるな」

「……舐めんな!」


 挑発するような灰目藍髪の言葉に、頭に気が上ったような空気を纏う。


 再び胸の前に穂先を突きつけるように構える。剣は短く、双剣を使う場合さらに間合いが短くなる。体を傾けて刺突をするなら、片手剣一本でしか対応できないからだ。両手の剣を縦横に使おうとすれば、その穂先を躱し、中に踏み込まねばならないが、男の動きより先に刺突が胸に刺さる姿が容易に想像できる。


 最初の威圧、そして、剣で跳ね上げもう一本の剣で攻撃するという算段が崩れ、リーチの差が残ってしまった。


「さあ、ビビッてないで、どんどん攻めなさいよ!」

「焦らないでもいいわよ。時間は無制限なのだから」

「無制限デスマッチ」


 確かに、どちらかが戦闘不能になる事がこの場合の終了条件だろう。




 双剣男は、何度か踏み込んで槍銃を躱し灰目藍髪を切ろうとするが、仕掛けた時点で槍を支点に右へとスライドする動きがセットされている為、斬り込んだ場所に既に相手はいない状態が続く。


 槍銃を壁のように使い、穂先を躱せば斬り込んだ先には相手がいないという状態が続いていく。


「そろそろ変化が欲しいわね」


 いうのは簡単、やるのは難しい……わけではない。


 左右を入替え、左手で斬り込んでくる男。槍銃を中央を支点に振り変え、剣を穂先でいなす。残る右手の剣が振り下ろされる前に懐に入り、引いた槍銃を素早く突き出す。


「ぐげぇ」


 喉元をつかれ、血を噴き出し崩れ去る双剣の男。


 左右の攻撃を入替え体勢を崩させるまでは良かったが、受け流した槍先が再び瞬速で自分に繰り出されると思っていなかったようだ。


「お見事!」

「あっぱれ!」


 薬師組は灰目藍髪が討伐をしている姿を間近で見るのは初めてであり、色々教わった指導役が冒険者として先を進んでいる姿に感激し、また、自分たちの扱う魔装銃をあえて(・・・)使い勝利したことの意味を噛みしめる。


 銃は剣より強しである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 残り二人。誰が相手をするか少々悩んでいるところなのだが……


「二人一遍でいいわ」


 時間も勿体ないので、彼女が相手をしてさっさと終わらせることにした。職員の居住棟は屋根が抜け落ち、そこから炎が立ち上り黒煙を上げている。少々、キナ臭く、いい加減この場を去りたいと思っていた。


「さっさと剣を取りなさい」


 手枷足枷を外された二人に、彼女が冷たく告げる。先の二人の剣技を見ても、特別優秀なわけでもなく、魔力の使い方に関しては練度不足も甚だしかった。恐らく、軽度の身体強化程度で無双できたので、実力有とおもい慢心したのだろう。


 若しくは、伸びしろなしとして消耗品扱いであったのかもしれない。残して育てる必要性を全く感じないので、職員同様処分確定である。ところが……


「なんだ!」


 背後の居住棟の屋根から、一塊が飛び出してきた。


「「きたきたきたきたぁ!!」」


 生き残りの年長組二人が大声をあげ喜んでいる。とりあえず、剣を一閃、二閃し二人を黙らせる。


『ありゃあ』

「火に耐性がある……火の精霊の加護持ちかしら」

『おそらくな』


 火の精霊は自然界において希少な存在である。最も多いのは土、そして水。かなり離れて風、そしてほとんどいないのが火である。自然現象で見て、火や炎といったものがみられることがあるだろうか。


 山火事がないではない、時に落雷などで木が燃える事もある。もしくは火山が噴火したりすることもある。だがそれは非日常的な現象だ。野生動物が火を恐れるのは、熱いから以前に見たことがないからである。


 自然現象由来の精霊、その中でも、人間に加護を与えるまでに深い関係性を持つ存在は、土や水が圧倒的に多く、そしてかなり下がって風となる。例えば、風を大切にする船乗りや船を用いる商人などがそれに該当するだろうか。


 雷は畏怖の対象であり、多くの古代の宗教において主神もしくはその眷属とされる事が少なくない。大きな音、天が崩れるのではないかと錯覚するほどであり、その雷光・雷鳴は恐ろしいものだ。そして、落雷の後は見るも無残に焼け焦げた立ち木や、焼け焦げた生き物の死体が見える。恐ろしい。


 火の精霊を祀る集団が無いわけではないし、拝火の習慣がある部族も存在するのだが、それはこの地では珍しい。


「火の加護持ちなんて、レアね」

「火事でも死なないなら、火事場泥棒しほうだいじゃない。怪しきは罰しましょう」


 暗殺の最後に証拠を残さないために放火するという手段がある。大火に見舞われ、街の大半が燃え尽きるまでの大火災になる事も少なくない。密集した壁で囲まれた都市では、途中で消火することは難しい。


 石造りの建物が推奨されるのは、火事により街が燃えつくされた経験から来るのだろう。王都でも、将来的に木製の外板を使う建物が禁止される予定であり、これは、災害対策に他ならない。


 既に、東方のルシ国の首都において、二十年ほど前大火災が発生し王宮の火薬庫が爆発したという話も伝わっている。その死者三千人、被災者は八万人とも言われている。


「暗殺者って、加護持ちも利用されるのね」


 どこが加護なのだろうかと言いたい。個人的には加護であろうが、多くの人間にとっては『災厄』ではないだろうか。




 折角なので、彼女は灰目藍髪から『魔装槍銃』を借り受けることにした。間合いが長い事は良い事である。


 相手はかなりの大男である。ビルよりも少し大きく、恐らくは『ゼン』に近い巨漢。そして当然頭髪は……


「禿げ!」

「やっぱ燃え上がった!!」


 指をさす女子たち。


「「「「「「ハゲだ!!」」」」」

「ハゲじゃねぇ!! 剃ってんだよぉ!! あと、デコが広いだけだぁ!!」


 本人、気にしていたようである。


『お前、この手の暑苦しい奴とは大概対戦するよな』

「……生徒たちに任せるわけにはいかないじゃない」


 好きで応対しているわけではないと強く主張したい。


 仮に炎の男と名付けよう。斬り殺されている四人の年長組をちらりと見て、何やら嘆息する。


「容赦がないという事か」

「いえ、更生の余地のないものに厳しい……というだけです」

「なるほど」


 一瞬、背後の燃え崩れようとしている職員居住棟に目を向け、納得したような顔をする。


「俺は死にたくないんだが」

「偶然ですわね。私もです」


 彼女はにっこりと笑顔で答える。何がおかしいのか、体に似合わぬフヒヒと言った笑い声を立て、男が彼女に話しかける。


「俺は暗殺者じゃない」

「でも、火の加護持ちですよね。焼け死なない、かなりの加護持ちのようですが」

「まあな。おかげで冒険者ギルドでもそこそこ稼げる」


 冒険者ギルドからの依頼で、教員としてここに派遣されたということだろうか。


「それに、俺の本職は異端審問の捕り方だ」

「冒険者は副業」

「いや、冒険者であったのだが、総督府で職員に採用されたんだ。冒険者ギルドの依頼を受けてもいいって条件でだから、無断欠勤ではない」


 なるほど。見た目はただの筋肉禿げだが、中々に生真面目な様子だ。


「お前らは何者だ」

「王国の冒険者です。暗殺者の訓練所の討伐依頼を受けてここに来ています」

「あー 色々やらかしてんだろこいつら。わかるわ」


 長く滞在していたわけではないが、職員同士の会話の中で、様々な工作活動での自慢話が聞こえてきたようであり、王国での仕事に関しても男は耳にしていたようだ。さて、守秘義務というものはないのだろうか。


「俺は神国に仕える身、正確にはネデル総督府だけどよ。そっちは王国で、俺になんかあれば、そっちで問題になるんじゃねぇの?」


 これは恐らくハッタリだ。依頼を受けたのは男個人であり、総督府の仕事で来たわけではない。


「解放するのに条件があります」

「……なんだ。試合でもしろってのか」

「それは貴方が希望すればですね」


 彼女の挙げた条件は、暗殺者ギルドの職員たちが話していた会話の内容に関して、聖都の騎士団の取調べに協力してもらいたいということである。


「数日、聖都で過ごしていただき、その後解放……というのではどうでしょうか」

「……俺にメリットがねぇ。ここでお前ら叩きのめして家に帰る方が近道だ」


 よく見ると、眉毛もない男が凄んでくる。少々怖いかもしれない。


 「ねえ、このまま終わりでいいんじゃない? この後の予定もあるのだし」


 伯姪が間に入る。この男の言う事が事実であれば、大した情報を得ることは出来ないだろうし、証拠としても大した意味はない。また、この男を護送する為の人員を配するのも手間である。


「名前を聞いてもいいかしら」

「先に名乗るのが筋だろ」


 確かにその通りである。彼女は、冒険者名を名乗る。帰ってきた答えは。


「あんたがアリーか。ちょっと聞いたことのある王国の冒険者だな。まあ、こんだけ徒党がいれば手柄は立てられるのも納得だな。腕も悪くない。俺の名は、ロベール・カルロだ。ロックシェルに来ることがあったら声を掛けてくれ。飯ぐらいおごるから」


 ということで、禿げマッチョとの一戦は見送りとなった。火の加護持ちとの対決に興味が無かったわけではないが、多忙な彼女にとっては先を急ぎたいのである。




 所長室の捜索から戻ってきた黒目黒髪・赤毛娘・茶目栗毛に……半死半生の所長『ギュンター』を回収し、二台増えた馬車を率いてまだ登りきらぬ朝日の中、リリアル一行は暗殺者訓練所であった施設を出発した。


 当然、引き払うに際し回収できる資材は回収し、それ以外の物は全て燃やすことにした。


 教会にはやはり、『帝国語』の聖典が揃えられていた。


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