第475話 彼女は『職員区画』を焼く
第475話 彼女は『職員区画』を焼く
出てきた子供たちで、特に怪我をしたり病気の子供はおらず、彼女を始めリリアル生はほっとしていた。
七八歳の子供が十六人、十歳前後が六人、さらに十五歳になるかならないかの子供が四人。八歳までの子供はいわゆる『子供』という雰囲気であり、すさんだ感じはせず孤児院の子と大差がないが、十歳前後の子は少々険しい顔をしており、体にはあちらこちらに傷があった。男女比は二対一で男が多い。
さらに、十五歳前後の子達は……山賊のような雰囲気を漂わしている者もいる。
「ねえ、貴族の従者とか商人の使用人になるような役割の子もいるのよね」
「おそらく、すでに出荷済みで、いわゆる強襲する偽装傭兵のような仕事をする者だけが残されているのだと思います。監視役を兼ねて」
年長の四人・全員男は処分の対象となりそうだ。
八歳までの子供の中には、何人か攫われた商人や職人の子がいた。幸い、街の名前と親の名前を憶えている子ばかりであるので、聖都に戻った後、その街の商人ギルド宛に子供を保護しているという手紙を大聖堂経由で出してもらう事にする。
また、親に売られた者、孤児なので引き取られた者に関しては本人の希望を聞き、王国に行く希望者のみを王都に連れていくことにする。また、魔力持ちはリリアルで預かる事も検討する。どのみち、検査はするのであるから同じ事だ。
また、職人や商人の希望者はニース商会か老土夫の工房で丁稚として働く機会を与えることも検討する。リジェに支店を出すニース商会であれば、帝国やネデル出身の子供に需要はあるだろう。
命の心配がなくなり、子供らしさを見せるようになる年少組。こちらの顔色を伺い、どうするかをひそひそと相談する年中組。そして……
「お前らギルドに殺されるぞ!」
「そうだ! 教官だってだまっちゃいねぇぞ!」
「今に、そこから脱出してきて、お前ら皆殺しだ!!」
だそうです。年長組は、まんま討伐対象の山賊と変わらない。さて、子供の前で殺すのは忍びないので、先に教官たちを処分することにする。
「それは危険じゃない?」
「そうね。今のうちに燃やしてしまいましょう」
「「「「はい!!」」」」
冒険者組がいそいそと教員塔の周囲へと散っていく。
「な、なにする気だ!」
「教官とたたかって無事に済む訳ねぇんだ!!」
彼女はにっこり笑って同意する。
「ええ。暗殺者と戦う気はないわ」
「なら、どうすんだよ」
「あの建物ごと燃やすのよ。作戦開始!」
「いくわよ!!」
油球に小火球。屋根に空いた鎧戸に次々と放り込まれていく。
「少し、窓を壊してもいいわよ。魔装銃で何箇所か撃ち抜いてちょうだい」
「お任せあれ!!」
構えているだけで暇であったサボア三人娘が、鎧戸に向けバンバンと銃弾を叩き込んでいく。並のマスケットでも板金鎧を撃ち抜くのだが、魔装銃の威力はそれに倍する。
次々にこぶし大の穴をあけられていく職員の居住棟。その壁の穴に油球と小火球は飛び込んでいき、職員の火を消せという叫び声や怒声が煙の噴き出る窓から城壁内へ響き渡る。
「ひでぇな……でございますねお嬢様」
「暗殺者の最後に相応しいでしょう? ベットの上で死ねるなら幸いじゃない」
それは、燃えるベットでなければである。
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最初は脱出しようと壁の穴を広げたり、鉄格子を外そうと暴れていた教官たちも、煙を吸い込んで呼吸ができなくなり、やがて沈黙していく。
中には、身体強化で強引に窓の格子を外して外に飛び出してくる者もいたのだが、狙いすました銃手の餌食となる。灰目藍髪は魔装槍銃を手に、高威力の狙撃を行っている。
因みに、年長組は手枷足枷を嵌めており、せっかくなので訓練所から拝借することにした。年少組や年中組は大声で泣いたり、むせび泣いている子もいる。人間が生きたまま燃やされるのは、心が傷つくのかもしれない。
が、リリアル生は「人語を話す人型の魔物」くらいにしか思っていないので、窓から出ようとする者を銃撃する以外、いたって無関心である。
「職員の居住棟に何か必要な書類とかあったかもしれないわね」
伯姪の言葉に彼女は首を横に振る。
「所長室がすべてでしょう。暗殺者に書類仕事は似合わないわよ。書類仕事が得意な暗殺者なら、まだ現役で仕事をしているはずだもの」
それはそうかと頷く。馬車の割り振りを考える。まずは……年少組と年中組で馬車二台を使用する。これは、幌馬車タイプではなく馭者台が独立している『戦馬車』に乗せる事にする。搭乗した後、外から施錠をし中から出られないようにする。少々手狭だが、これは仕方がない。
残りの四人は……この場に残して討伐してしまうかどうか。使用人や貴族の従者が務まる頭脳労働系は既にここにはおらず、肉体労働系傭兵風暗殺者見習が残されている。正直……不要である。
四人とも多少魔力があるのだが、この年齢で鍛えなおすのは少々骨が折れるであろうし、何度か暗殺なり、虐殺なりを経験していると考えれば、生かしておくのはよろしくないだろう。が、それは悟られたくない。
背後では黒い煙を上げる職員の居住棟、壁で繋がっている訓練生の居住棟にも火が移り始めている。
「馬と、鍛冶の道具を回収して頂戴」
「もう終わってる。後はいらんものばかりだ」
「この剣は……」
「いらんものだが、使うんだろ?」
癖毛とリリアル男子が馬を中庭に引き出して来てくれた。六頭ばかりであるが、その内二頭は『軍馬』のようである。
「この鶏とかどうしますか?」
「このままね。運が良ければ生き延びて行けるでしょう。連れてはいけないわね」
歩人と癖毛に城門塔の前の跳ね橋と通路の修復を依頼、黒目黒髪と赤毛娘、茶目栗毛に所長の部屋にある書類・書物・錬金術師としての道具の回収を頼む事にする。
戦馬車の中に年少・年中組を乗せ、脱出の準備を始める。幸い、怪我や病気の子供はおらず。また、中に残されている子もいないと言うので、問題なく出発できそうである。
問題は……
「で、俺達どうするつもり?」
年長者四人組。これをそのまま野に放つのは問題であるし、殺すにしても何か意味のある手を考えたい。とはいえ、ガルムがいるので剣の練習相手というのはあまり意味がない。
「ちょっと『剣闘士』の真似事でもしましょうよ」
癖毛が持ち出した役に立たなさそうな剣。そして、見極め終了後の暗殺者ギルド所属の駆け出し冒険者。これを組合せると……剣闘士の試合の再現を行う事に伯姪の脳内では組み上がったようである。
「古帝国のそれよね」
「それそれ。ギルドの駆け出し暗殺者の実力を確認するために、私とあなたと……」
何人かの冒険者組で真剣で手合わせして、腕前を見るということだろう。死亡遊戯的何か。
彼女は暫く考えてから、その案を是とする。
「教官の腕を見ることは出来なかったのだけれど、生徒の腕前を見れば凡そ見当がつくかしらね」
「つくつく、さっそくやりましょう!!」
伯姪はやる気満々である。
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戦馬車は銃眼から覗くことができる。見えるように並べ替え、四人の見極め済み暗殺者見習(傭兵)とリリアル選抜の剣闘試合が始まる。
真剣を持たせる為、戦馬車に銃手を待機させ、別途赤目銀髪と碧目金髪に弓と銃で狙いをつけさせた状態で開始するものとする。
「一人ずつ、腕前を見せてもらえるかしら。もし、こちらの相手にて傷を負わせることができたなら、ここで逃がす事を誓いましょう」
逃がしても追跡して討伐するつもりなのだが。
「よっしゃ!!」
「全員、逃げ切ろうぜぇ!!」
ウェイとばかりに盛り上がる暗殺者見習達。たぶん、あまり優秀じゃないからここに留め置かれたのだろう。
「それと、余計なことをすると試合の前に命を頂くことになります。注意して頂戴」
彼女は剣を抜き、『雷燕』を発動し斬り飛ばして見せる。
「誤って鍵を外す時に、こちらのメンバーを人質に取ってもその場で首を刎ねてあげるから真面に対戦してもらいたいわね」
と、一応身の程を弁えてもらう。
使う剣を地面に突き立てる。
「最初は私でもいいかしら」
「お願いするわ」
先鋒は伯姪。片手曲剣のみを持ち構える。相手は、青目蒼髪ほどの背丈、伯姪より頭一つ背の高い色の浅黒い少年。かなり鍛えた体をしている。暗殺者としては今一だが、傭兵としては有望そうではある。
手枷足枷を外してもらい、中庭中央に差してあるロングソード風の片手剣を手にする。剣を握り左右に廻しながら肩の動きを確かめるように剣を振るう。
『お、中々鍛錬できてそうだな』
剣闘士よろしく、右手に剣を構え、左手を前に突き出すようにしジリジリと伯姪との距離を詰め始める。
「では、始め!!」
慌てて試合開始の合図をする彼女である。
剣を構えることなく、だらりと下げてそのままおもむろに前に出る男。
伯姪は中段に剣を突き出すように構える。剣があと少しで男に届く瞬間、体を捻り、剣の横をすり抜けるように接近し、伯姪の脇腹に剣を突き立てるように振るう。
Kinn!
伯姪の胴衣は布製にしか見えない。軽装の革の胸当てのない脇腹を剣が貫くはずであった。
「ごめん、その程度の腕じゃ乙女の体は貫けないのよね」
魔力を通した護拳を、目の前の男の左側頭部に叩きつける。
Gusha!!
男の側頭部が護拳の形に潰され、いびつな頭の形となり、地面に向け糸の切れた操り人形のように倒れ込む。
「魔力の使い方が今一ね。フェイントとか、もう少し工夫した方が良かったと思うわ」
「「「……」」」
理不尽な魔力量と装備の差。軽い身体強化と一撃必殺と教えられた暗殺者の剣も、魔力と剣技を磨き、魔装に身を包んだ伯姪には全く敵わず。足元の男は、暫く痙攣していたが、やがて動かなくなる。
「院長先生、次は私が」
魔装槍銃を構えた灰目藍髪は名乗りを上げる。弾丸を使わず、魔装槍銃だけで戦うという。
「この条件で相手をする希望者はいますか?」
恐らく四人の中で一番の遣い手である最初の男が瞬殺されたので、残りの三人は躊躇しているのだろう。
「じゃあ、年齢順、一番年上は誰?」
伯姪が簡単に指名する。三人の中で一番背の低い男が手をあげる。背丈は茶目栗毛位だが、首が太く土夫ではないが樽のような体の筋肉質の男だ。見た目通りであれば、かなりの膂力を持つ事だろう。尚且つ、身体強化も使えると思われる。
「剣は二本でもいいか」
「なんなら、三本でもいいわ」
鼻で笑った男は、ロングソード風の直剣を二本手に取る。双剣使いというよりは、力技で押し切ろうという事だろうか。
対する灰目藍髪は、危うくお蔵入りしそうになっている自分の背丈より長い魔装槍銃。今、薬師組が持つ魔装銃は『騎銃』サイズであり、大きさは1m強程度である。閉塞所での使用を考えると、やはり長大な銃は扱いにくい。1mというのは、片手剣より少し長い程度である。スピアヘッドを付けても10㎝ほどであろうから、これなら小柄な女子でも自衛目的で使用できるだろう。
片手剣を腰に下げるより、銃にスピアヘッドをつける方がまだ実用的な気がする。勿論、魔銀鍍金製のバゼラード程度は護身用に身に着けるが。
「そんな妙なもので、俺の剣を受けられるのかよぉ!」
両手を広げるように剣を持ち、威圧するようにじりじりと前に出る男。それに、対して、灰目藍髪は銃の半ばやや後ろに左手を添え、右手で銃床を持ちピタリと男の胸に槍先を向ける。
『いい構えだな』
「ええ、隙が無いわね。でも……」
彼女は随分と昔にその構えを見たことがある。スピアではなく、ハルバードやグレイブでもなく、別の装備の構えだ。