第471話 彼女はデンヌで合流する
第471話 彼女はデンヌで合流する
黒い魔剣士に続き、ゴブリン・ガーダー(不死)との戦いでも討伐を失敗し、ネデルでの活動において、自分自身を見直す必要があるのではないかと考え始める彼女であるが、今はその時ではないと考えを改める。
魔導船でムーズ川の支流ザンブル川を下り、ナムルの街で合流する支流を遡ると暗殺者養成所のすぐそばまで辿り着くことができる。
とは言え、そこまで船で近寄るのは目立つので、手前で下船し徒歩でリリアル馬車隊を追う。彼女が魔力走査を用いると、森の中の原っぱのような場所で野営の準備をしている本隊を発見することができた。
「何か連絡する手段が欲しいわね」
『そんなものあるのか?』
離れた場所でも意思疎通ができる魔導具があれば、連携も容易となるのだがそれはなかなか難しいのだろうか。おとぎ話では水晶玉を通じて話ができたりするものだが、実際そんなものは存在しない。
可能性としては、魔力同士を繋げる何らかの方法があれば可能かもしれないが、時間を決めて繋ぐようにするなど、繋げるタイミングを揃える必要もありそうだ。
『精霊に伝達頼むとかの方が簡単じゃねぇのか』
「……精霊らしきものに聞いてみようかしら」
一番確実なのは『伝令猫』だろうか。
当事者である『猫』は既に、暗殺者養成所に向かい最後の偵察を行っているので現在は同行していないのだ。
「討伐は成功したの?」
「詳細は後で説明するつもりなのだけれど、結論から言えば群の上位種二体を取り逃がしたわ」
「「「「!!」」」」
当然「討伐完了」を想定していたリリアル生は伯姪も含め固まってしまう。
「セバス足引っ張るな」
「ば、ばっか! 俺のせいじゃねぇ……よな?」
赤目銀髪の指摘に、刺すような視線を集める歩人。今回は二人での行動なので、彼女に非が無ければ歩人の問題だ。
「……セバスはよくやったと思うわ」
珍しく歩人を庇うような言葉を振るう彼女に、言われた歩人本人が驚く。
「階段の床に仕込まれている罠を踏んだり、ゴブリンプリンセスの魔術から逃げ回ったり……ね」
「「「「おい、おじさん!!」」」」
「おじさんじゃねぇ! 心は少年のまんまなんだよぉ!!」
やはりやらかしていたかという視線と言葉が歩人に突き刺さる。彼女が簡単にあらましを説明し、ゴブリン・ホブゴブリンを主とする廃坑に潜むゴブリンをいつもの燻り殺しで討伐し、廃坑の入口を土魔術で埋めたところまでは問題なかった。
「セバス、仕事そこで終わった気になってたんだよね」
「「「あるある」」」
「勝手に決めんな!! いや、まじ、楽勝だったんだよそこまでは」
いつものゴブリン討伐の提携の作業。ゴブリンの巣穴の燻蒸でほぼ完了するはずなのだ。問題は、城塞に潜んでいたゴブリン二体。
「まず、罠が作動できるまで改修・修繕されていたの」
彼女は、簡単に床を踏むと槍が突き出る罠を説明する。癖毛が、ゴブリンの知能と手先の技術では困難だろうと口を差し挟む。
「あいつら、メンテナンスする概念がないから、それはかなり異常な個体だと思う」
「ああ、だから錆びてぼろぼろの剣とか振り回しているんだ」
ゴブリンが捨てられた武器や、冒険者から奪った装備を身に着けていることがあるが、オークなどと比べてもかなり劣悪なコンディションのものが多い。
「石斧? も子供の悪戯レベルの木に尖った石を蔦で巻き付けたような不細工なもんだしなぁ。確かに、異常だ」
「じゃあ、あんたもゴブリン並って事じゃない。不器用でしょ?」
蒼髪ペア、いつものトークである。ピリ辛風味であり、全然甘酸っぱくないのはお約束である。冒険者としてはもう少し器用な方が良いという遠回しな言い方なんだと周りは理解している。周りは。
異常なゴブリン、身体強化に魔力纏いを用い、魔銀の剣でもないのにもかかわらず、魔力を剣に纏わせ斬り込んでくる。そして、見たこともない『追いかける』火の魔術を使用する魔術師のゴブリン。
「会わなくて良かったというのが率直な感想ね」
「魔力纏いを並の剣で行うって、魔術ではなく魔法じゃないですか」
「それも……見た目ゴブリン」
「ま、魔導具なんじゃないでしょうか」
剣とプリンセスが持っていた羽扇も魔導具と考えれば多少は理解できる。実物を確認してみなければ、確信が持てないのだが。
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過ぎてしまったことを後悔しても仕方がない。話を切り上げ、土塁を形成した野営地で夜の打ち合わせを再度行う。
彼女も伯姪も養成所の現況を確認してきた。冒険者組も交代で行った結果……
「形が四角じゃないよね」
「どう見ても三角だよセバスおじさん」
正三角形に近い三角形で、小高い丘の上を加工して設けられた施設である。つまり、近寄れば目についてしまうのだ。見張は、城門塔・小城門塔、東円塔・北円塔に各二名が配置。夜は巡回する者が同数いるのだろう。今の時間は四ケ所八名であった。
南側の辺に城門塔とそれに通じる街路が整備されている。また、北西の辺にある小城門塔から裏道が設けられており、恐らくは連絡用・脱出用の非常用の通路なのだろうと考えられる。
「意外と厳重じゃない?」
伯姪の言葉に全員が頷く。
「段階的に討伐する方が良いでしょう。最初に冒険者組が四ケ所の見張を排除します。そのうち、北円塔・東円塔・小城門塔の屋上に『城馬車』を設置し、銃兵を配置します」
大円塔の屋上には円形の屋根があり配置は出来ない。城門塔は詰所を兼ねており、制圧に時間がかかる可能性を考えると、設置は好ましくない。
「それは、誰がどうやるんだよ」
魔力量の多い、癖毛、黒目黒髪、魔力量中だが薬師組の藍目水髪の三人が『車長』となり、魔力を供給する。癖毛班は、碧目金髪に二期生男子二人。黒目黒髪班にはサボア三人娘、藍目水髪班には薬師組と歩人。
突入は、伯姪と赤毛娘、蒼髪ペア、茶目栗毛と赤目銀髪、彼女と灰目藍髪の四組となる。
「いやー 少年に囲まれるお姉さん的な感じ?」
「ちょっと年増なお姉さん」
誰だ! とばかりに声を荒らげる碧目金髪。騎士団の嫁にしたいリリアル生No.1だが最年長であり適齢期でもある。ちょっと神経質になる話題は不適切。
コンプラ違反だろう。
「汚れ一点のセバスおじさん」
「略して汚点」
「誰が汚点だ!!」
薬師組四人に加え、赤目銀髪や赤毛娘も力強く歩人を指さす。もう歩人のライフはゼロです。
「嫌なら俺変わろうか?」
「あんた真っ先に切られる役でしょ」
「そんな役割はない!」
青目蒼髪が歩人との交代を進言するが、即座に相棒により却下される。
「四ケ所の哨戒兵を最初に討伐し、戦馬車組はそれぞれの車長が魔力壁を形成して配置につくようにしましょう」
彼女と灰目藍髪が城門塔、小城門塔には赤目銀髪と茶目栗毛に癖毛班を配置。北円塔に伯姪と赤毛娘に黒目黒髪班、東円塔に蒼髪ペアと薬師班を配置する。
「私たちは小城門に移動してそのまま大円塔に突入するわ」
伯姪・茶目栗毛班の四人で大円塔に突入。彼女は蒼髪ペアと共に城門塔を制圧することになる。
「訓練生区画は内部からは開けられないようになっていて、夜間は施錠されているということね」
「反対に、出歩いている奴らは全員組織の構成員だから、漏れなく殺して良しですね!」
「……怖えぇよお前ら。もう少し躊躇して欲しいもんだぜ」
歩人の予断を彼女が窘める。
「いいえ、躊躇しないでちょうだい。暗殺者か元暗殺者たちだから、戦意喪失なんて考えてはだめよ。振りだと思って殺しなさい。確実に首を落とす事」
「ノインテーターが混ざっていることはなさそうだけれど、先に冒険者組は魔力持ちを優先で狩る事ね」
手順が固まって来る。中庭に出てくる職員たちに関しては、戦馬車班が各自射撃にて討伐する。大円塔、城門塔制圧完了時の合図をどうするか。
「魔装笛で職員区画を破壊する……とか?」
「あの、噂の竜殺しっすか!」
「は、話に聞いていたすっごい大砲なんですよね!」
威力は攻城砲並であるが、彼女なら使えるハンドキャノンである。魔力量と反動を考えると、魔力量大なら扱えるだろう。つまり、黒目黒髪、赤毛娘(改)、癖毛なら扱えるという事なのだが……
「破壊していいなら、俺も参加する」
「破壊しておく方が良いんじゃない?」
「あまり最初から大きく破壊すると、撤退する時に大変よ。明るくなるまでは中に留まるのだから」
癖毛、すっかり忘れていたようである。夜間に討伐を完了し、明るくなってから救出に移るという段取りである。
「それと……訓練生の中に、内通している人間はいるのかしら」
「恐らく、今でもいると思います」
訓練生を監視する目的で、職員が情報提供者を設けているだろうことは想像できる。自分が所属している時にも、そういった協力者は存在していたという。
「わかるものなの?」
「皆知っているはずです。個別に面接して、誰が内通者か申告させれば良いと思います」
わかっているが、敢えて知ってて知らんふりをするのだという。炙り出したとしても、職員が別の人間に変えるだけで、なにも状況は変わらないからだ。
「立場の弱い子が多いですよ」
「弱い子?」
「ああ、セバスおじさんみたいな!」
「おい! おれは院長の従者だからな、別に立場は弱くねぇんだぞ!!」
しかし、弄られっ子であることは間違いない。
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作戦開始は朝課の鐘を持って開始する。夜が明けるまで二刻ほどあるだろうか。軽い食事を取り、早々に馬車の中で寝る。とはいえ、遠征慣れしている冒険者組はともかく、薬師組・二期生は……一部を除きさっさと寝ていた。
「夜中眠くならないように仮眠でいいから寝なさい」
「は、はい! ごめんなさい!」
赤毛娘より年下の最年少十歳灰目灰髪こと『グリ』である。今回は二期生のサボア三人娘と男子だけが参加だが、灰目灰髪は銃も持たせるつもりはないし、ある意味体験遠征のようなものだと彼女は考えていた。
男子はリリアルでは希少であり、魔力量が少なく年少者でも冒険者を務めてもらう必要がある。身体強化を最初から熟していた赤毛娘とは異なり、目の前の年相応の少年は見た目通りの能力である。
「緊張するのは仕方がないし、眠れないのも仕方がないと思うのだけれど、班長の指示に従い、迷わず行動する事だけを気にしなさい」
「そうですね……そうします!」
「よろしい。馬車に戻りなさい」
「はい」
彼女は寝ないのか? 勿論寝なければならないのだが、今回は参加人数も多く、防衛戦のような受け身ではない戦闘になる。また、不慣れな新メンバーも多く、討伐する人数も多い。また、保護する予定の子供たちのことも気になる。
『あんま欲張んな』
「それは分かっているのだけれど……」
四つの段階を踏まえて行動すれば、問題ない。予想外の出来事が発生したとしても、『戦馬車』に立て籠もっていれば救援に向かう程度の時間は確保できるであろうし、指揮できる経験者も車長として配置している。
『主、不審な行動をする職員がいれば、私が対応します』
「そうしてもらえると助かるわ」
自爆装置の場所は特定できていない。火縄で着火するのか、魔術的な要素で発動させるのかはわからないが、解除できていないのであれば、発動させないようにしなければならない。
『それどころじゃねぇだろうな。次々に殺されていけば、わが身可愛さが先に立つ。ガキ共のことなんか頭から消し飛ぶだろうぜ』
そうであればよいのだがと彼女も思う。
「寝るわ。起きたらさっさと終わらせましょう」
『そうしろ』
『監視はお任せください』
『猫』は再び暗殺者養成所の監視へと戻っていった。
緊張から寝付けないかと思ったのだが、ゴブリンプリンセスとの立ち合いは意外と消耗していたようで、短い時間ではあるが随分と熟睡することができ、起きた頭は意外とすっきりしていた。
各員が軽く水を飲み、支度を整えつつ討伐の準備を進めていく。魔装馬車や野営道具を収容し、この場所に戻ってくることは多分ない。
「さて、ようやくこれで一区切りね」
「だといいのだけれど」
伯姪に率いられ北円塔攻略組が先発、小城門塔攻略組、東円塔攻略組と続いていく。最後に彼女と灰目藍髪、そして『猫』が出発する。忘れ物はない。
リリアルメンバー最多の二十一人と一匹による討伐が開始される。