第469話 彼女は歩人とゴブリンの巣穴を刈る
第469話 彼女は歩人とゴブリンの巣穴を刈る
「ゴブリンの血の臭いが臭いわね」
「セバス、埋めちゃって頂戴」
百を超えるゴブリンの死体から流れ出る血の匂い、やがてそこに腐敗臭も加わるだろう。
「……簡単に言うんじゃねぇよ。まあ、俺も嫌だから軽く埋めるけど」
「あ、俺も手伝います。土魔術得意だし」
「そういや、何でお前じゃねぇんだよ。俺より上手だろ!」
癖毛の存在に今さら気が付く歩人。癖毛はかなり得意なので、練習にならないからという面もある。魔力量も多く、鍛冶師として魔力を用いた造詣には一日の長がある。歩人は、修練の為にやらされているのだ。自分自身で練習するような勤勉さはないと思われている故に。
「魔物集まって来ませんかね」
「大丈夫だろ? これだけゴブリンが死んでいるの見て攻撃してくるのはいねぇよ」
「いたら、あんた責任とんなさいよ」
「お、おう……」
不完全燃焼の青目蒼髪が大口をたたくと、すかさず相方の赤目蒼髪がツッコミを入れる。銀目黒髪がやれやれとばかりに呟く。
「姐さん、今日も仲いいっすね相変わらず」
「ちょ、か、勘違いしないでよね。何とも思ってないんだからね!」
「それはちょっと可哀そう」
「「「「可哀そう……」」」」
「おい、みんなで俺を可哀そう扱いすんのやめろ! 本気で可哀そうな子になるだろ」
ゴブリン戦で主に見学であった青目藍髪への風当たりが若干強い。
回収したゴブリンジェネラルの装備を確認している癖毛。剣は魔銀を使ってはいないものの、比較的新しい鋼鉄製の片手半剣だという。だが、彫金などの特徴は王国風ではなく恐らくコロニアで仕上げられたものではないかという。
「ゴテゴテしたのは帝国風っていう感じなんだよな。プレートも似た意匠だから、揃いだったんだと思う」
「これくらいだと、騎士隊長とか男爵クラスの装備かもね」
「リリアル男爵もこのくらい凝った装備が相応しいのでは……でございますよお嬢様」
貴族は見目を誇るために細かな細工や刺繍を行うことが少なくない。すっきりした板金鎧の十倍も百倍も出して細かな細工をさせるのだ。城一つに匹敵する金貨数千枚という皇帝の鎧も存在する。その金で、兵でも武具でも養うべきだと彼女自身は考えている。
「目立つことが権威の象徴となる身分ではないので、遠慮しておくわ。それに、直ぐに仕上がらないような細工を施しても、何年もかけて作るような装備は縁が無いもの」
「確かに。ピカピカの鎧はリリアルには似合わない」
「……似合わないわけじゃないけど、無駄遣いよね」
「「「「無駄遣い……」」」」
所詮下級貴族の娘でしかない彼女にとって、見栄の為に莫大な資金を投下する意味を全く感じないというのが最大の理由だ。そもそも、リリアルの魔装がリリアルのメンバーには一番合った装備だと言える。
「回収して刻まれている紋章を調べれば、どこの家の人間か分かるかもしれないわね。洗ってからだけれど」
「汚れてばっちい」
「いや、そんなもんだろ回収した武具なんて」
死体から剥ぎ取る武具の類は大概血まみれである。ゴブリンゆえの汚さはあるが、多かれ少なかれ汚いのは当然だ。
『主、気になる事があります』
『猫』が声を掛けてくる。彼女と同じ懸念を恐らく抱いているのだろう。
『百の群れを率いている統率者がジェネラルというのは少々腑に落ちません』
ジェネラルであれば、ナイトの数も多すぎるしゴブリンの討伐された数も百を超え異常とも言える。討伐した感覚では、正直、その半分の数も指揮下に入れられたとは思えない腕前である。チャンピオンないしキングがその上にいると想定される。
この場合、チャンピオンなら前線に出てくるはずなので、隠れているのは『キング』クラスの魔物であろうか。確かに、自身が前線に出てこないのは代官の村を襲った群を率いたキングも同様であった。
「調べてみて貰えるかしら」
『承知しました』
『猫』は野営地を離れ、夜のデンヌの森の中へと駈け入った。
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交代で見張りに付いたものの、特に追加の襲撃を受けることなく、リリアルの遠征隊は朝を迎える事ができた。今日は終日移動し、夕方から仮眠を取って夜中から活動を開始することになる。
朝食が最後の温かい食事となるので、時間を取ってゆっくりと済ませることにする。
『主、報告したいことがあります』
『猫』が伝えるには、『ゴブリンクイーン』ないし『ゴブリンエンプレス』と思われる個体が確認されたという。森の奥にある古びた城館に拠点を持つ群れで、そのそばには廃坑らしきものもあり、そこにもゴブリンの群れが分かれて棲みついているという。
「数がどの程度かしら」
『昨日と同じ程度ですが、上位個体はホブ程度です。それと、クイーンガード風の魔剣士の個体が一体傍についています』
個体数は多いが、主戦力は昨日の襲撃に回ったという事だろう。もしかすると、リリアル生の『脳喰い』を行い、残してきた若い個体を成長させようと考えていたのかもしれない。
「あとで討伐に向かうので、同行して頂戴」
『……遠征を後回しにするのですか』
彼女は否と答える。彼女自身と歩人と『猫』で始末をつけるつもりである。いささか無理もあるが、ここで薬師組・二期生と冒険者組を分ける事も難しい。本隊は伯姪に引率してもらい養成所の近くまで先行してもらう。彼女は速やかに討伐を行い、その後を追う。
「魔装船と身体強化を使えば、さほど時間を掛けずに追いつけると思うの」
養成所の制圧の後もアンゲラに戻り、オラン公と王弟殿下の会談に立ち会う予定もある。かといって、後回しにすればせっかく討伐した群れを再度活性化させる余地を残してしまう。
『相変わらずの勤勉さだな。嫌になるぜ』
「あら、あなたはなにもしなくてもいいのだから、黙ってみていなさいな」
『へいへい。まあ、後から対応してくれってことになりそうだから、ここで処分するのが最適なんだろうな』
後に廻してよい事はない。まして、このゴブリンの群れは人為的に何か操作されている可能性がある。王都を襲った群れのように。
彼女は伯姪と冒険者組に『ちょっと寄り道してくるわ』と別行動する旨を説明した。
「寄り道ねぇ」
「人生寄り道ばかり」
「……無茶しないでくださいね」
伯姪を筆頭に皆何か言いたげだが、言い出したら聞かない彼女の性格をよく知っているから多くは語らないし聞かないでいる。
「何で俺だけ同行なんだよ……」
「優秀な『土』魔術師が必要なのよ」
「……ならしかたねぇな。ご指名に預かりましたんで喜んで……でございます」
おじさんはお世辞と知っていても嬉しくなる悲しい生き物である。
馬車で移動する本隊が動き出す前に、彼女と歩人は『猫』に案内され森の奥へと移動していく。『猫』曰く、石造りの小さな物見台のようなタワーが主たる城館で、そのそばに廃坑があるのだという。
『恐らくは、聖征の時代にこの辺りの騎士爵が建てたものだと思われます』
聖征の時代、資金と技術を得た小貴族が帝国内に何千と石造りの城塞を建てた。その多くは、タワー一つだけといった物が少なくなく、メイン川を見下ろす廃城塞が無数に存在する。世代を重ね領地を維持できなくなった騎士が多い為、主無しの城だけが残されたのである。
ネデルのムーズ川流域も聖征で多くの騎士・貴族が旅立った土地柄であり、参加した騎士の一人が残したものだろうと思われる。
「でもよ、二人でどうやるんだよ」
「廃坑は出入り口は一箇所だけなのかしら」
『いえ、いくつか抜け穴があります』
「ならまずは、そこをあなたの土魔術で塞ぐところかしら。ゴブリンの巣穴駆除なんて決まった作業でしょう? 油を播いて火をつける。今回は入口に穴を掘ってその手前に壁を付けて逃げられないようにするだけよ」
「……マジで鬼だなお前……でございますお嬢様」
安全確実なゴブリンの燻蒸。道具も問題なく用意できている。
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その場所は、ムーズ川にそそぐ支流を遡っていく途中にある川岸の上の大地に聳え立っていた。
『見張りがいます』
「あら、真面目ね」
居眠りしている個体も少なくないが、この巣のゴブリンは真面目に起きて哨戒している。朝日が昇り、既にいい時間となっているのだが、夜行性のゴブリンにとっては、そろそろ眠くなる時間だろうか。
気配隠蔽をしたまま近づき、音もなく首を刎ねていく。物見の数はそう多くはないが、それでも数匹は数えた。魔力走査で周囲にゴブリンら魔物がいないことを確認する。
『魔狼はおりません』
ゴブリンは魔狼を飼いならし、ライダーとなる個体も存在するのだが、恐らく人間を食べて能力を得る方向で活動している為、敢えて魔狼を飼育する必要を感じていないのだろう。
洞窟の入口を遠巻きにし、先ずは『猫』が発見した脱出口を塞いでいく。
『土壁』
歩人が都度、穴を埋めていく。容易に崩せないように『硬化』も行い、万全を期していく。二人と一匹ではまともに取り囲まれれば、それなりに大変になる。負けはしないだろうが徒労は避けたい。
「やっとかよ」
「これからよ。さっさと入口を加工して頂戴」
「へいへい、人使い荒いよなぁ……でございますよお嬢様」
とはいうものの、歩人以上の働き者である彼女の意見を誰一人妨げることはできない。
『土牢』
『土壁』
『堅牢』
洞窟の出口を昨夜の野営地のように加工する。この場合、壁の両側を掘り下げどちらからも接近できないように加工している。
「さて、はじめましょうか」
「おお、任せた!」
有害な煙の出る硫黄やその他の乾燥させた草類を並べ、油を掛けて火をつける。
『小火球』を投げ込み、狭められた洞窟入口の隙間50㎝ほどから空気が流れ込み、一気にパチパチと燃え始め、白煙がもうもうと洞窟の入口付近から奥へと流れ込んでいく。
しばらくすると奥の方からゴブリンの叫び声が聞こえ、やがて大きな騒ぎとなってくる。
『GyaGya!!』
『GiGi!!』
『Gyooooo!!』
呼吸が苦しくなったのか、パニックを起こして出口に殺到してくる気配がする。
「セバス、背後の塔を監視して……入口を魔術で塞いでおいて頂戴。上位種が飛び出して来たら教えて」
「お、おう。任せておけ!」
ゴブリンの叫び声がすぐ目の前の壁の向こうに迫ってきたのを感じ、これ幸いと歩人は洞窟の前を立ち去っていく。
『何するんだよお前』
「早く楽にしてあげる善行よ」
魔力壁を形成し、土壁の上の隙間へと移動する。そこから行うのは……
『雷刃剣』
雷の魔力を纏った『飛燕』の乱舞。中にいる殺到したゴブリンが先ほどまでとは異なる質の断末魔の声をあげ始める。体を焼かれ、肉の焼ける臭いが硫黄や草木と油の燃える臭いに混ざる。
『マジ容赦ねぇな』
集団戦において、彼女のこの技は恐らく中隊規模の戦力でも無力化できる魔術となるだろう。特に、金属の鎧を身に着けている場合、頭部の兜、胸部の胸鎧などに雷撃が命中し、頭が沸騰するか心臓が止まるかのダメージを与える事になると思われる。
素肌に腰布程度のゴブリンでは、肌が焼け心臓が止まる程度のダメージだろうが、それでも被害は大きくなる。
「味方が手前にいる時は使えないから、切るタイミングを考える切り札になるのよね」
『だから単独で来たのか。まあ、使い所ではあるな』
集団であればコントロールできない魔術は味方を誤射する可能性もある。なまじ魔力量の多い彼女が使うには、かなり危険が伴うと考えられるのだ。
「一先ず、この壁を封しましょうか」
『土壁』
壁を完全に塞ぐことで内部の空気が毒となる。ゴブリンの巣穴の駆除は、いぶした後に封じるに限る。