第468話 彼女は二期生に上位魔物を狩らせる
第468話 彼女は二期生に上位魔物を狩らせる
壕が半ばゴブリンの死体で埋まり、防塁の外周が転がるゴブリンで埋め付くされたころ、ようやく魔力持ちのゴブリンが登場する。
「鎧を身に着けている、オーガ並みの個体かな」
「ジェネラルもしくはナイトクラスね。数は……六体」
その昔、代官の村を襲ったゴブリンの群れと同程度の規模。但し、これはキングやチャンピオンに率いられた物ではなく、恐らく巣となる場所に偶然集まったゴブリンの群れであろうか。戦力的には『村塞』で討伐したクラスに近いと思われる。
そう考えると、あのゴブリンの群れは人為的に育成された集団であったのかもしれない。
「まだ任せるつもり?」
「もう少し様子を見たいわね。まだ宵の口だもの」
ゴブリンの上位種は個々にゆっくりと様子を見ながら前進してくる。まずは、魔装銃での狙撃。弾丸を『魔鉛製』に変更。彼女の魔力を込めた弾丸でそれぞれ一体を狙うように指示を出す。
「竜殺しの弾丸だもの、効果あるわよね」
「それでも無事な個体なら、手を出さなければならないかもしれないわね」
ゴブリンジェネラルはオーガほどの個体だが、駆け出し冒険者であった彼女が倒せるレベルの魔物である。リリアル一期生の前衛組なら、確実に一対一で仕留める事ができる。
ナイトクラスはそれより格下であり、身体強化レベルの魔力を持つだろうが、これも受け止めなければ問題ない。
「撃て!!」
Pow!!
Pow!!
Pow!!
サボア組の一斉射撃。三体の上位種に命中、二体はかなりのダメージを与えられようだが、致命には至らず前進を続けている。一体は弾かれた。
「盾もいいものみたいね」
「身体強化に魔力纏い。あれは……」
直接、討伐しなければと伯姪が声を出す前に、赤目蒼髪が飛び出そうとする。
「あんたも来る!」
「え、え、えぇぇぇ!!」
「ついて行きなさい」
「は、はいっす!!」
赤目蒼髪に連れ出されたのは二期生銀目黒髪。グレイブを抱え、身体強化で加速し、土槍を足場に一気に壕を越える赤目蒼髪の後を追う。預かっていた灰目藍髪も流石にあのレベルの上位種に自身が仕掛けられるとは思っていない。二期生の経験になると思い、赤目蒼髪の行動に乗った形だ。
「あの二人、支援してあげて」
「了解」
赤目銀髪に指示を出し、飛び込んだ二人の動きやすくなるよう、ゴブリンジェネラルらしき個体を弓で牽制させる。
「ぼ、ぼ、ぼ、僕もぉぉ!!」
「……大丈夫。そんな指示はしないから。ここで堅守だ」
「よ、よ、よ、よかったぁ~」
既に涙で顔がぐしょぐしょの灰目灰髪少年は、茶目栗毛の指示に安堵のため息をつく。いやいや、流石に十歳の新人にオーガ並みの魔物討伐を委ねることは……たぶんない。たぶん。
ゴブリンの死体を蹴り跨ぎながら、二人は左右に別れて前進する。ジェネラルは正面からの銃撃を受けつつ、接近する左右の二人をどうするかで前進を止め盾を正面に構え様子を見る。
「掛かってらっしゃい!」
久しぶりに扱う『ザグナル』、形は、ピッケルの刃を片刃の剣のような形に加工したものに見える。つまり、鎌のような形状だ。鎌との違いは、突き刺し切裂く事ができる点にある。
盾を構えた腕に斬りつける。
『Gua!』
盾越しにザグナルの刃が叩きつけられる。湾曲したその切っ先が、盾を越えて構えた腕に刃を突き立てたのだ。
「便利でしょ!」
「そら、こっちだ!!」
反対側、剣を持つ腕の側から銀目黒髪がグレイブを切ろ下ろす。
Ginn!!
魔銀製ではないものの、高品質の鋼の剣であろうか。グレイブの剣を軽くいなし、防護を固めるように体に剣を纏わせるように構える。
Pow!!
銃撃を盾でかわすと、出来た隙に二人が同時に斬りつける。
『Gufuu……』
足が止まり、防戦一方になるゴブリンジェネラル。前進を共にしていたナイトらしきゴブリン二匹は、既に数発の弾丸を受け、体の正面から血を噴き出し地面に倒れ込み動かなくなっている。
「これが群れの主かな!」
「さあ、どうっすかね。本当の悪は表に出てこないって相場は決まってるっす!」
二人を相手に一歩も引かない態勢であったジェネラルだが、次第に小さな傷が増え始める。
「あっぶねぇ!!」
「馬鹿ね、カウンター狙いも頭に置きなさい!」
「な、こと言ったってぇよぉ!」
身体強化以外に頭の回らない銀目黒髪は、受けた剣の切り返しでカウンターを取られそうになる。本来なら、斬られるところを魔力纏いを瞬時に入れ、魔装が剣戟を弾いてくれ難を逃れる。
「あんた、槍には石突が付いてるでしょ! 何のために魔装鍍金してると思ってんの!」
「そ、それね」
ジェネラルの反撃をかわし、一旦距離を取ると、空かさず銃手が弾丸を送り込んでくる。身体強化と魔力纏いを熟すジェネラルは弾丸を受けても致命傷になる事はないが、少しずつ魔力を消耗し動きも鈍くなっている。
『オマエラ、喰ウ。オレ、サラニ強クナル』
――― オ・ク・オである。
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「また、火球がとんできまーすぅ!」
気の抜けた声、だがしかし……
Pann!!
黒目黒髪の魔力壁がその火球を弾き飛ばす。転がり落ちた火球は、壕内に溜まったゴブリンの死骸に引火し、何とも言えない悪臭を放ち始める。
「臭い」
「煙が目に染みる」
「仕留めますか?」
彼女は伯姪に、灰目藍髪を連れてゴブリンの魔術師を討伐するよう指示をする。
「任せておいて。始末してくるわ」
「行ってまいります」
身体強化からの跳躍……するまでもなく、黒目黒髪の作り出した魔力壁の階段を駆け抜け、二人は闇の中へと駈けだしていく。
先頭は伯姪だが、メインのアタッカーは灰目藍髪だ。
「囮になるから、仕留めてみて」
「承知しました!」
身体強化と魔力纏いだけで十分斬れる相手である。伯姪と二人に注意が分散した隙を突けば、容易に裏がとれる。
火球が先頭を行く伯姪を狙い定め発射される。どうやら、魔導具の類のようであり、火球を打ち出す杖を用いているようだ。杖から火球が射出されるのが見て取れる。
「軽いわよこんなの」
『Guhuhu……』
魔銀の盾で火の球を逸らし、いなす。逸らされた火球が森を焼くが、大した威力で燃え上がることはない。未だ秋、燃え広がるほどの乾燥した状態ではない。
命中したことで気を良くしたゴブリンメイジ(仮)であるが、伯姪は自分に注目を集める為、わざと火球を受ける事にしていた。当たれば、次こそはと注意を向けることになる。
「今!!」
「!!」
この突撃、灰目藍髪は青目蒼髪から『魔銀のバスタードソード』を借り受けていた。
『Guhu!!』
身体強化で威力を増した剣戟、そして少ない魔力を練り込んだ魔力纏いの刃が、細身の成人男性ほどの体格のゴブリンメイジ(仮)の胴体を寸断する。ズレるように上半身が傾き、地面へと倒れ落ちる。
「その杖、良さそうね。回収しましょう」
「しょ、承知しました……」
魔力を練り、一瞬でかなりを消耗した灰目藍髪は、元の魔力量の少なさから、少々オーバーワーク気味になっているようである。防塁の反対側ではまだ喧騒が続いているが、こちらのゴブリンは凡そ倒せているようだ。
「魔力走査で死体を確認して、止めを刺しながら戻りましょう。反応がある奴はまだ生きてるから要注意ね」
「……りょ、了解です……」
はあはあと荒い呼吸を落ち着けるように深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。二度三度と繰り返し落ち着いたところで、二人はゆっくりとゴブリンに止めを刺して戻る事にした。
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ゴブリンジェネラルは、ハッキリ言って強敵である。魔物の討伐ランクで言えば薄赤から濃赤レベルであり、王国内では一流の冒険者でなければ即座に死ぬ相手だ。一人前ではなく一流の冒険者であることに注意が必要だ。
つまり、リリアルに来て一年足らずの子供が相手をしてよいレベルではない。とも言える。
だがしかし、それがどうした。
石突を使う為に長柄の中央を持ち、両手剣のように振り回し始めた銀目黒髪。短く持ったことで、その突きや振りの速度が上がった。
「それ!!」
『Gyai!』
Ginn !
剣で弾き、盾で受止め、受け流す。しかしながら、最初の頃の余裕は既にない。素早く立ち位置を変えつつ斬り合っているので、既に銃手の射撃は停止している。
「それそれ、こっちがお留守だよ!」
『HUNN !!』
ザグナルのリーチが短い故に、致命傷には至らないが、銀目黒髪を追撃するタイミングで牽制が入るので、一対一なら追い込まれる状況でも、なんとなく戦闘が続いているのは、赤目蒼髪の存在があるからだ。
「どう、なんとか行けそう!」
「何とかします!」
「それだ!!」
実戦に勝る経験なし。相手は魔物、それも、騎士ですら苦戦する上位の魔力を持つ騎士の如き魔物である。この短い時間の間に、銀目黒髪のグレイブを扱う腕はメキメキと音を立てて上がっている。
「ふぅん!」
力を込めた一撃を盾でいなされ体が泳ぐ。
「欲を掻くな! 削れ削れ!」
「はいっす!」
赤目蒼髪が牽制し、体勢を立て直す時間を銀目黒髪に与える。だが、魔力量からして動ける時間は互いにわずかしかなさそうだ。故に、削れと指示を出す。
『シ、シブトイ』
「お前がな! そらぁ!!」
恨みつらみを抱えて死んだ人間の霊が『悪霊』。それと土の精霊が混ざる事で生まれるのが『ゴブリン』であるから、滅せられるまで人への悪意を失う事はない。魂が、人を弑す事を求めているのだ。
斬り、突き、振り、フェイントを織り交ぜる。徐々に動きは洗練され魔力の切れる魔物と、動きの切れる戦士が対峙することになる。
「たあぁ!!」
ふらついた隙を見逃さず、魔力を流したグレイブの刃がゴブリンジェネラルの首を一閃する。ドンとばかりに頭を失い仰向けに倒れる胴体。そして、頭はごろりと転がり、銀目黒髪の足元に至る。
「お疲れ」
「あ、ありがとうございました。すっげぇ、勉強になりました」
「そうだね。さて、装備を回収して戻ろうか。ついでに、ゴブリンに止めを刺してさ」
ゴブリンジェネラルの装備を特定することで、どこの騎士や冒険者がその被害者であるかを特定することができるだろう。また、剣に関しても相当の業物であり老土夫に診てもらいたいと考えている。
「どう、レベルアップした気がする?」
「ですね。いやぁ、命がけって、ためになります」
百の訓練より一度の実戦といわれるが、死なない訓練と死ぬ実戦では意味が違う。敢えて無謀を行うことで経験を稼ぐような真似をリリアルは良しとしないが、良い先導者を置いて経験を積ませることは、院長である彼女も創成期から行っていたリリアルの伝統的新人育成方法である。
「そのうち、もっと強い魔物にぶつかるから、楽しみにしておくといいよ」
赤目蒼髪……リリアルの冒険者前衛ツートップを務める女。そして、「竜殺し」の騎士であり、クラーケンやアンデッドナイトなどの討伐も……経験させられている不幸な女である。