第467話 彼女は野営地で腕試しをさせる
第467話 彼女は野営地で腕試しをさせる
一泊を森の中で過ごし、少々キャンプ気分で盛り上がったリリアル軍団。羽目を外さない程度に盛り上がることを許可し、問題から目を逸らすような空騒ぎを彼女も容認した。
馬車四台で周囲を囲い、周りを土魔術で土塁を形成し古帝国の軍団駐屯地のような場所を形成する。
「『土』魔術ってホント便利よね」
「もっと褒めていいんだぞ……でございますお嬢様方」
「セバスもようやく人の役に立つようになった」
「お前は俺の親か何かなのか……」
赤目銀髪の評価に反論する歩人。だが、何だか仲が良い。
「仲いいわよね二人」
「そうでもない。手の掛かるおじさんというだけ」
「ふざけんな!! でございます。いや、まじでお前なんなの?」
弄られまくる歩人。いや、それで回りが笑ってくれて空気が軽くなるなら喜んで弄られよう。とりあえず弄られとけ!
既にネデル領内に入り込んでいる。とは言え、王国との国境を越えてから僅かの距離に過ぎず、ネデルという雰囲気ではない。デンヌの森の境目であり、本来であればワスティンの森同様、比較的弱い魔物の住む領域でもある。
デンヌの森は鉄鉱石や石炭の鉱山が散在し、その鉱山に住むコボルドが比較的多い。鉱山ある場所にコボルド在りなのだが、例外も存在する。それは、鉱山として廃れた『廃坑』に別の種類の魔物が住み着くことがある。
比較的多いのは『ゴブリン』である。また、坑道の周りを柵で囲い粗末な城塞を築くオークも存在する。野生動物が多くそれを餌とする魔物も多い、デンヌの森のネデルから見ての最奥の地、王国からすれば国境を越えてすぐの場所である。
ネデルの森をアンデッドであるスケルトンの集団が移動できたのも、魔物が避けるアンデッドであったからかもしれない。人間の軍勢なら、王国侵攻にはこのルートではなく、海沿いのランドル地方を経由することになる。
デンヌの森は魔物が多いことで、潜在的にネデルからの侵攻ルートを制約することになっているのだが、王国の北東部はデンヌの森周辺から湧き出る魔物により影響を受けており、現在、王都近郊が平穏になったことから、冒険者の稼ぎ場所は聖都近郊へと移動している。
とは言えワスティンの森が高難易度の討伐地域であるのと同様、聖都周辺を越えてデンヌの森に入る冒険者は稀だと言える。
「そう言えば、外が騒がしいですね」
「抜ける時は船だったからすっかり忘れていたのだけれど。この辺りは魔物が多いのよね」
「「「「え!」」」」
「大丈夫、その為の土塁じゃない。それに、ちょっとは腕試し? しておいた方がいいわよ。ゴブリンなら魔装銃や槍で一撃でしょ。何事も訓練だから!」
彼女が鷹揚に答え、伯姪が何時もの調子で軽くいなす。冒険者組が出ようとするところを、薬師組・二期生に場を譲るように指示をする。
ネデル遠征中でも散々に行っていた『土』魔術による簡易陣地・馬車の周囲を土塁と壕で囲んだものだ。掘り下げた土を土塁に用いる為、魔力の消費量が相対的に少なくて済む。防塁は土の上に硬化させた『土槍』を揃え防柵としている。一辺が20mほどの方陣である。
既に周辺は薄暗くなっており、夜目の利くゴブリンかコボルドの群れだろう。魔力走査で敵を確認し、近寄ってきたものを魔装銃で、打ち漏らしたものを槍か剣で仕留めれば問題ない。
指揮は薬師組二人。サポートに茶目栗毛と赤目銀髪を付ける事にする。
銃兵組はサボア三人組を碧目金髪を指揮官に、藍目水髪、碧目栗毛、碧目赤毛、灰目赤毛の一期生薬師組四人に赤目銀髪を指揮官に二班を編成四面ある土塁の二面づつを担当させる。
灰目藍髪は二期生『銀目黒髪』アルジャンをバディにサボア班をバックアップ、茶目栗毛は同じく『灰目灰髪』グリをバディに薬師班をフォローする。
「久しぶりに組むわね」
「背中は任せて置きなさい。いつもの通り、体が動くかどうかの確認よアル」
「了解です!」
アルジャン、割りと自然体な少年。いつもは砕けた調子だが、遠征中、周囲を無数の魔物に囲まれた気配を感じ緊張気味だ。得物は『グレイブ』を選択。
「防塁の上から叩き落すには、斬れる突ける叩けるグレイブだね」
「良い選択でしょう。あなたの今の技能に相応です」
青目蒼髪に似た系統に感じるが、中身はむしろ茶目栗毛に近い論理的に物事を理解するタイプである。
「僕はフットマンズ・フレイルにしておこうかとおもいます」
「振れない場所だと効果が低いよ。普通にメイスか片手剣が良いと思う」
「……は、はい。じゃあ、メイスに……」
赤毛娘が東方風の新作『玉ネギメイス』を取り出す。魔銀鍍金製なので、小さなヘッドでありながら、魔力によるダメージが期待できる非力なタイプにも有効だと評判の品だ。
「これがおすすめ」
「あ、ありがとうございます」
「使った感想を後で聞くからよろしくね!!」
どうやら、彼女の姉からの依頼らしい。棘付のものもあるのだが、今回は無い物でどの程度効果があるかを試したいらしい。
「サラセンは剣と銃の他に、この装備も騎士は持つらしいです」
「王国の騎士も接近戦用に馬上で振るうメイスを前鞍に付けるから、同じ用途かしらね」
力任せに振り回すメイスは、板金鎧にも効果がある。剣の場合、板金鎧を斬りつけると折れる事もある為、メイスの方が振り回しやすいからだ。そういう意味では、剣よりメイスの方が未熟練者には有効な装備と言える。フレイルが最適なのだが、防塁の柵の上では振り回しにくい。
「あー緊張するのですぅ!」
「大丈夫、あたまバン!で解けるから。先ずは当たりやすい胴体を狙って、慣れたらヘッドショットが課題だよ」
「上手くいくイメージなのだ。いけるのだ!」
碧目金髪の元にサボアの使用人が話しかけている。村長の孫娘はすでに何度か戦場を体験しているので、余り緊張をしていない。馬上でもなければ、鎧を装備した強そうな騎士でもない。相手は弱っちい魔物だ。
「すっかり慣れたみたいね」
「はい! 手斧で頭カチ割るより全然楽ちんですから」
「……頭カチ割る……」
「……手斧でぇ……」
「そうそう。銃は楽でいいよね。狙ってポンだもん」
水晶の村の周辺はゴブリンやコボルドが沢山潜んでいた、懐かしい思い出なのだが、まだ二年と経っていない。村長の身内として、幼いながらも討伐に参加し、自ら魔物を討伐していた。その得物は、日々薪割りに使うMyアックスである。
「陣地は安全だし、周りにはフォローしてくれる『マリス』さん達もいるし。全然安心じゃない? 馬上で狙うわけじゃないから簡単だし」
馬上で彼女の頭越しに魔装銃で迫る敵に射撃する緊張感からすれば、土塁の高さは1m、壕は3m掘り下げ、幅は4mほど。これは古帝国時代の野営地の基準を当てはめている。胸壁の高さに相当し、幅は長槍が届かない距離を示している。当時、6mもの長槍を用いていた軍もあり、現在の長槍兵もそれに匹敵する装備を有しているので丁度良いと考えた為だ。
「久しぶりの実戦」
「腕が鳴る」
「なるのは魔装銃じゃない?」
「慣用句的表現だよ。アンデッドより楽でしょ? 胴体に当てても死ぬんだもん」
ミアン防衛戦ではスケルトンを破壊するには、頭蓋骨を狙わねばならなかった。魔力量も少なく、何度も狙えるものではなかったので魔力量の少ない薬師組はかなり苦戦したと言える。
「ゴブリンわぁ!!」
「「「「皆殺しだぁ!!!」」」」
いや、声が大きいから。森の中に鳴り響いてるから!! 声に驚いた鳥が俄かに飛び立つ音がする。周囲からGyaGyaと興奮した声が無数に聞こえる。
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闇の中に赤い点が次々に浮かび上がる。
「結構集まってきた!」
「出番ないからね。見学だから」
「えー これだけいれば、上位種もいそうじゃん。コボルドチーフとか、ゴブリンジェネラルとか!!」
赤毛娘ぇ、縁起でもないことを口走る。ネデルは騒乱続きであり、魔物討伐もこの辺遠地域では疎かである。加えて、逃亡した傭兵の中に魔力持ちがいて、魔剣士や魔術師であったりするのであれば、当然、その能力を吸収した上位種が生まれてもおかしくない。
と考えていると、森の木立の間から炎の弾が打ち出される。
『Gyaia Booo!!』
不細工な発声だが、威力はそこそこありそうな炎の塊が土柵に命中する。激しく炎が弾け飛び、周りのリリアル生が悲鳴を上げ逃げ惑う……こともなく黒目黒髪の形成した『魔力壁』で壕の中に転げ落ちていく。
「素早い反応ね」
「こればっかりですからね私」
黒目黒髪、リリアル生随一の魔力持ちで真面目女子。だが、気が弱いので殺傷系が苦手なため、魔力壁ばかりに専念している。できれば、土魔術や水魔術の適性を生やしてもらいたい。魔力ゴリ押しで練習すれば、精霊との繋がりもできるはずだから。
切り札の火の玉を弾き飛ばされ、悔しかったのか、更に次々と火の球を飛ばしてくる『ゴブリンメイジ(仮)』、しかし、数発を発射した後沈黙する。
『魔力切れだな』
「ゴブリンはゴブリンですもの。こんなものでしょうね」
体内の魔力を消費する故、魔術師の限界はかなり低い。魔物が精霊との関係を構築することはかなり難しいので、余程虐げられた精霊でもない限り悪霊と結びついた精霊である魔物に加護を与えることは考えられない。
精霊に精霊が加護を与える……おかしな話である。
ゴブリンとは、土の精霊『ノーム』と人間の悪霊が交わった結果発生する魔物であり、人間の悪霊は不幸な死により発生する人の恨みの感情によりもたらされる。戦場となった場所や、賊に襲われ蹂躙された町や村のそばに発生することになるだろうか。
森の中の集落などが滅ぼされると、ゴブリンの発生源となる。これは、例えば人為でなく枯黒病などで全滅した村などがその根源になると考えてもおかしくはない。
「狙って!」
「「「おう!!」」」
周囲を取り囲むようにゴブリンの群れが顔を見せる。距離は20mと離れていない。ギャアギャアと声をあげながらにやけた藪睨みの視線をこちらに向け歩み寄って来る。
「こんなの」
「「「スケルトンより簡単!!」」」
Pow!!
Pow!!
Pow!!
Pow!!
ミアン戦に参加した薬師組が一斉に射撃を開始する。僅かながら増えた魔力を『導線』に使用し、胴体に風穴を穿っていく。
「負けられぬ」
杭の上によじ登った赤目銀髪が、自ら愛用の魔装弓を持ち矢をつがえ次々にゴブリンに命中させていく。魔銀の鏃を温存し、いわゆる普通の鏃で当てていく。一撃で死なず、喚き痛みでパニックを起こさせることで周囲の突進力を削ぎ落すのが目的だ。
『Geeee!!!』
『Gwaaa……』
醜い顔を一層歪ませ声をあげ倒れるゴブリン。間近に迫ったゴブリンの突進が一瞬緩む。次々に装弾し、撃ち放つ。倒れるゴブリンを見てさらに恐怖に足が鈍る。
しかし、中にはそのまま突進を続けるゴブリンがいるのだが……
『GuGya』
『Ugaaa』
三メートルの深さの壕に頭からダイビングを決めグシャっと音を立て潰れるようにそこに叩きつけられる。暗闇で夜目が利くとはいえ、手前の地面がないことは頭上から射撃を受けている状態で確認できなかったようだ。
『Gee……』
『GiGiGi!!』
次々と落ちるゴブリンだが、最初に落ちたゴブリン達がクッションになり、大怪我を負わずに立ち上がり、壁をよじ登り始める。一匹の背中の上に乗り肩に足を掛け次々に壁を伝い始める。
「数、多いわね」
「そうね……でも百くらいじゃない?」
彼女の問いに伯姪が涼しげに答える。黒目黒髪が動揺し、赤毛娘が乗っかる。
「多いですよ、やばいですやばいです!!」
「そう?まだ本命は後ろに控えてるじゃん」
魔力持ちや特異な個体と思われる大きな魔力を持つ者が数体、包囲の外周で待機している。出てくるとすれば、それが若干問題となるだろう。
「ほら、そのゴブリンの頭を叩きなさい。身体強化をしっかりかけてね」
「りょ、了解っす!!」
灰目藍髪に指導され、銀目黒髪にコーチングをする。先ずは、身体強化だけを十全に行い、討伐を熟せれば及第だろう。
「そこ、あたまを叩いて」
「は、はい!!」
メイスを身体強化した右腕で振り下ろし、防塁をよじ登って来たゴブリンの頭をグシャッとばかりに叩き潰す。
「よし、その調子。一昼夜戦えるようになるのが目安だから、魔力は常に使うタイミングを計ってね。魔力が切れたら死ぬからね」
「は、は、は、はいぃ!!」
茶目栗毛、優しそうで意外とSである。命の掛かった状態だと、過剰に魔力を消費しがちであり、魔力持ちの騎士や冒険者が計算違いから魔力切れを起こし命を失う原因となる。切り札は時に、命取りに繋がる欠点に繋がることを新人には身をもって体験してもらう事も、この討伐の意図になっていた。