第465話 彼女は残留組と合流する
第465話 彼女は残留組と合流する
暗殺者養成所の殲滅に実行許可を貰った彼女は、養成所の構成員についてどの程度の人数と、役割があるのかを考えていた。
茶目栗毛ならある程度は把握しているだろうが、恐らく、リリアルのような構成になっているだろう。
「訓練課程で、暗殺としての実務を行っていない見極め前の子達に関しては全て救出するわね」
『妥当だろうな。教育は受けていても、まだ人殺しじゃねぇ』
『猫』と歩人には、前回の偵察の際と今回の状況確認においても、当然施設内の構成に関して報告するように伝えてある。
それぞれが数え、漏れや差異がないかどうか確認する事も忘れてはいない。
一番数が多いのは教育課程の子供たち。これは、社会復帰が可能だろう。むしろ、一般的な孤児院や街の子供より高度な教育を受けている可能性が高い。茶目栗毛が貴族の従者程度が即熟せたのは、適正と教育の賜物で
あろう。
木を隠すなら森の中という。職人、商人、農民、貴族、馭者、聖職者などそれぞれに擬態できるほどの専門知識を教育された暗殺者候補生の価値は相当高いと考えられる。
「まず、誘拐された子は家に帰りたいかどうか確認して、戻したいわね。親に売られたり孤児院に送られた子なら、それは難しいでしょうから、改めて王国で孤児院に入るかどうかを確認する事になるかしら」
強制的に連れてこられた子供は実家に帰っても問題ないだろうが、親に売られたり捨てられた子は居場所がない。再び、家を追い出されるくらいなら、最初から王都の孤児院に入れた方が良いだろう。年齢的には七歳以上ばかりのはずだから、魔力があればリリアルの選抜を受けさせることもできる。
あるいは、ルリリアかニース商会の使用人として見習から始める手もある。将来的には、一使用人ではなく諜報を行う基幹要員にもなれるだろう。養成所に選抜されたという事は、能力的には優秀な子供たちであるから、一般的な孤児院に戻すより、仕事を教えながら育成する方が良いかもしれない。
『その辺は孤児になるか、家に戻るか本人の意思だろうな。問題なのは……』
「見極め後の子達ね」
『見極め』というのは、茶目栗毛が意図せず暗殺者養成所を抜け出せた理由である。実際の人間を殺す事ができるかどうかを、行きずりの旅人や市井の住人を標的に行う試験である。茶目栗毛は王都の商人を標的に人殺しの試験を受けたものの、実行できずに「処分」された。
幸い、瀕死の状態ながら助かり孤児院に迎えられ、その後リリアルに選抜されたのだ。行きずりの人間を命令通り躊躇なく殺せた者だけが「暗殺者見習」として仕事を与えられ実務経験を与えられていく。
最初は暗殺者の上司のアシスタントのような仕事であろうが、問題なく活動できると見なされれば、徐々に暗殺自体の仕事も任される。内容は異なるが、リリアルの冒険者・魔術師のようなものだ。薬師娘二人組も、最初は魔装兎馬車の馭者を務めたことから始まっている。
『武器を持って抵抗すれば暗殺者として処分でいいんじゃねぇの』
「その後の受け皿が考え付かないのよね……」
『魔剣』はそんなことお前が悩むべき事じゃねぇよと言いたいのだが、彼女が納得するわけがないので、黙って考えるに任せている。
暗殺者としての経験のある人間を誰が雇うのか。例えば、『騎士団』や王宮が外部の協力者として雇うというのはあり得るが、見習程度では大して役に立たないだろう。
王都で経験が生かせるのは冒険者くらいだろうか。とはいえ、見ず知らずの土地に連れて帰るわけにもいかないのだが、問題は、裏冒険者ギルドの構成員になることだ。表向き、帝国の冒険者ギルドは王国と変わらないのだが、帝国の冒険者ギルドのスポンサーは帝国ではなく商人同盟ギルドであり、その暗部である裏冒険者ギルドにはそれなりの需要がある。
折角潰した暗殺者養成所の人間を返すことは将来に不安の芽を残す。
かといって、処刑するわけにはいかない。今現在、王国で何か罪を犯したわけではないからだ。いつ誰をどこで殺したかなども、本人は分からないだろうし、分かったとしてもそれを告げるとも思えない。
「……その場で処理できなければ……」
『王宮に丸投げだな。そんな事は偉い奴が考えればいい仕事だ。お前の仕事は施設を潰すまでで十分だ』
そもそも、ネデル領内に勝手に入り込んで襲撃する立派な戦争行為だから、人知れず行わねばならない。正義は自分の側にあると彼女自身は信じているのだが、法に照らせば侵略行為に他ならない。
「難しいわね」
『考えるな、感じろ』
「なら、処刑よ。後腐れ無くね」
人を殺すという事は、殺される覚悟もしているだろう。強制的に暗殺者として育成された子供は、暗殺者として死ぬべきというのが彼女の結論だ。生き残れる子がいれば、それはその子の能力であるしその先のことは本人だけが考えればいい。暗殺者は処刑で考えを確定させる。
『大人はどうするんだよ』
「そんなもの、老若男女問わず一律撫で斬りよ。子供ですら処分対象になるのに、大人なんて生かしておけるわけないじゃない」
『ですよねー 知ってた。前からお前の性格からして知ってた』
山賊や衛兵などに対して命を取る事に彼女は躊躇しない。助けて意味のある命と、ない命があると考えているからだ。仕事として死ぬことも努めなのだ。例えば、衛兵が死なずに済んだとして、生き恥を晒し処分され家族にも迷惑をかける事態になる。なら、職務を全うして死んだ方が家族や残された者の為になる。
山賊も同じであり、討伐される事に存在意義がある。そもそも、山賊が巣食っている時点で統治者に統治能力が欠如していると考えられる。蜘蛛の巣掃除くらい小まめにするべきなのだ。殺さなければ、いつまでも被害を出し続けることになるのだから、山賊を殺すことは周囲の人間の為である。元は傭兵で、散々無茶苦茶やっていたはずなので、殺されてもそれは己の未熟さの問題だと納得して死んでもらいたい。勿論、暇なら捕らえて鉱山送りにでもするのだが、その辺は、二期生以降の課題だろうか。
『山賊釣り』という遠征も悪くないだろう。
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宮中伯に断りを入れ、一旦聖都へ戻り、討伐の準備に加わることにする。
『主、確認してまいりました』
アンゲラを出る前に、『猫』が合流。養成所の状況報告を聞くことにする。
『場所がネデルでもかなり王国に近い場所であること、オラン公の遠征軍が既に四散したと見なされていることから、門を固く閉じ暫く落ち着くまで立て籠もるつもりとのことです』
主要街道から離れているものの、近隣の城塞都市も出入りを止めリジェのように守りを固めている事を考えると、交流のある商会なども活動を休止しているはずである。守りを固めると言うとどの程度の戦力なのだろうか。
『猫』に確認すると、常勤の「守備兵」は二十四人で、二班八人が一昼夜勤務し翌日休みの、半日出勤半日休憩の三日ごとのローテーションで動いているという。
『夜中は四班十六人が警備についています』
「他に、施設で働く職員と、収容されている子供の数に変化はないのかしら?」
職員は、教官役、聖職者・パン職人・鍛冶師・料理人などがおり、教官の数は十人、その他の職員を合わせて二十人が確認できている。地下室などは存在するが、脱出用の秘密通路などは存在していないという。
『全員が暗殺者か元暗殺者になります』
職員全員が暗殺者。兵士はいわゆる傭兵の類であり、能力は並だが、装備はそこそこよいという。弓銃・マスケット・ハルバード。金属の胸鎧と小手・脛当てを装備し、鎧下の胴衣も質の良いものを装備しているという。職員は教官は帯剣しているものの、それ以外の大人は見える場所に武器を携帯していることはないのだが、『暗器』の類は持っていると思われる。
『暗器持ち……厄介だな』
『暗器』とは、一見武器を持っていると悟られないような外見の武器であり、ワイヤーや小型の刃物、布状の形をしたものなどが少なくない。常時携帯するなら、事前に毒を塗布したままにすることで自傷事故を招きかねないのでおそらくはない。
不意打ちを防ぐことにも留意させねばならないし、討伐の方法・手順も吟味しなければならない。
「それで、子供の数と収容場所はどんな感じかしら」
施設は格子や鍵が厳重であるものの、リリアルの二期生寮のような感じの木造の家屋であるという。但し、そのまま『処分』できる仕掛けが仕込まれており、建物ごと焼き殺す装置が家屋に組み込まれているという。
『生かしておいても困る事態を想定してるってわけか』
「……面倒ね。作戦は二段階に分けるべきかしらね」
当初、彼女は入口を一箇所に限定し、そこに本営を置き『馬車要塞』で待伏せ、内部に突入した冒険者組と、逃げ出す敵を殺す待伏せ組に別れて討伐を行うゴブリン村塞モデルを検討していた。
この場合、暗殺者の行動抑制や収容されている子供の安全確保ができない。
「職員は職員用の寮に住んでいるのかしら」
『寮というよりも、城館に近いものです。おそらく、元は騎士団支部だと思われます』
「……そういうことね」
最盛期には万に近い支部を有していた『修道騎士団』。総長と王都管区本部長の幹部二人が異端審問の末処刑され、王国内の騎士団は接収され、多くの修道騎士は還俗するか他の修道会へと入りなおした。
南ネデルの地は、その当時『ランドル辺境伯領』を中心とする地域であり、ムーズ川流域からは「聖王国」の王や貴族となった騎士達の出身地が数多く存在していた。つまり、放棄されたこの暗殺者養成所のある城塞は、それ以前は『修道騎士団支部』として機能していた城塞の一つであると推測される。
『紋章も一部残されておりました』
「つまり……王国に敵対する暗殺者養成所・裏冒険者ギルド・商人同盟ギルドは『修道騎士団』所縁の組織という事になるわ」
修道騎士団は王国以外にも所領があった。表向き、聖母騎士団がその資産を継承したことになっているのだが、当時国内にサラセン人が建国していた神国、そして帝国の聖騎士団として東方殖民を行い異教徒狩りを行っていた『駐屯騎士団』の背後には、修道騎士団の残党が合流していた。
商人同盟ギルドとその商人が建設した都市を経済の軸に、『駐屯騎士団』の戦力を軍事の軸とし、そのニ軸をもって帝国は東方に勢力を広げようとした。ギルドと騎士団は表裏の関係なのだ。そして、王国に対する怨恨はそこに端を発していると推測される。
「ならば、王国を守るため全てを灰燼に帰するくらいのことは問題なさそうね」
『いや、お前、証拠品位確保してから燃やせよな。そこ、大事だぞ』
『魔剣』に言われる迄もなくである。証拠品確保は、場所の特定を改めて突入前に『猫』に捜索を依頼することになるだろうか。
「実りある偵察だったわね」
『恐縮です』
歩人の報告を踏まえ、聖都で打ち合わせを進めようと彼女は考えていた。
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既に、聖都大聖堂の巡礼者用の宿泊施設には、リリアル合流組が到着していた。久しぶりに会う、灰目藍髪と碧目金髪の薬師ペアはとても盛り上がっており、いつもは冷静な灰目藍髪もちょっとテンションが高くなっているようだ。
「お疲れ様。どう? 遠征の成果は」
「まあまあね。神国の正規兵は相当強いし数も多かったわ」
「はは、その辺りはまた後日で。ノインテーターも取り込んだんだってね。それに、暗殺者養成所の討伐の準備も進めないといけないし、まずは打合せだね」
「ええ。冒険者組だけまずは集まって、方針を検討しようと思うの」
彼女の意思を受け、まずは遠征慣れしている冒険者組と意見のすり合わせを行う。手順が決まれば、改めて薬師組・二期生含めて役割分担を行う事にする。
情報収集を行った歩人、内部にいた経験を持つ茶目栗毛を中心に会議は進むことになるだろう。
彼女と伯姪が声をかけ、大聖堂の配慮で一室を借り受けることができた。メンバーは一期生冒険者組に、薬師娘二人、そして歩人と伯姪。
彼女は、これまでの経緯とネデルの状況を伝える。そして、改めて歩人から偵察内容を報告させることになる。
「城塞の外周は600mくらいだ」
城塞の規模、中にある施設、防御施設に内部で抵抗する可能性のある人間の数の凡そを提示する。
「五十人くらい……」
「多いかな?」
「そうでもないだろ。山賊だってちょっと多けりゃ五十くらいになる。強化小隊位の数だ、大したことねぇよ」
赤目銀髪、赤目藍髪、青目藍髪の順だ。討伐経験豊富な三人からすればそういう見識になる。
「だけど、暗殺者と元暗殺者がそのうち半分だから、迂闊に近寄ればダウンだよね」
「ユア・ショォォォォック!! だね」
黒目黒髪の指摘に赤毛娘が同意する。
「暗器は警戒しなければね。指の間に挟んだ鉄杭であるとか、見えにくい場所に張り巡らされた金属ワイヤーなどね」
「ワイヤーは指を斬り落としたり、首に巻き付けて切裂くこともできる装備なので、比較的容易に扱われます。長さは1mほどですので、剣の届く距離であると少々危険かもしれません」
「あと、意外と弓銃の装備が多かったな。あれは、音が小さいから暗殺向きってことか」
「そうですね。毒を矢に塗り狙撃することもあります。音の大きな銃より弓銃が好まれます。火薬の匂い、火縄の臭いは気が付かれますから」
つまり、やみくもに近づいたり対峙するのは良くないという事だ。
「なので、何段階かに分けて仕掛けるつもりです。それと……」
収容されている子供たちの住む家屋には自爆用の装置が仕込まれており、その発動を避けるためにも、夜間に奇襲をもって冒険者組で魔力持ち及び屋外を警邏する守備兵を殺し、明るくなる前に自爆装置の解除と、教官らの部屋の封殺を行うという行動に出ようと考えている。
「なにも正面から堂々と討ち入る必要はないわね」
「ええ。奇襲するのには慣れていても、されるのには慣れていないでしょう? 幸い、優秀な土魔術師もいるのだから、部屋ごと教官たちは埋めてしまうのも手だと思うのよね」
「ちょ、ちょ、待てよ。そんな魔力ある訳ねぇだろ!!」
「なら、俺の仕事か。暗殺者も生き埋めには対応できないかもしれないなら、その方が安全だ。俺がやる」
「……い、いや、俺もできねぇってわけじゃねぇんでございますよ。お嬢様」
魔力ドカ食い前提の作戦に歩人は難色を示したが、癖毛が『おれやる』と言ってしまったので、逃げられなくなった。これ、今後の学院内の立場が変わる一瞬になりそうだと歩人は悟ったからである。