第464話 彼女は連合王国について考える
第464話 彼女は連合王国について考える
「次は連合王国ですか」
「恐らく、あなた達年長組は同行してもらう事になると思うの。次は侍女の訓練ね」
「承知いたしました……」
彼女の不幸に巻き込まれる灰目藍髪。冒険者中クラスと成人組は動員することになるだろうか。伯姪は連合王国行には同行してもらいたい。完全敵地であるから、戦力も相応の者を用意したい。
『外海を渡れる能力の魔導船が欲しいな』
『魔剣』の指摘通り、最短の「カ・レ」と連合王国の距離は目に見えるほどであり、対岸までの距離は30㎞程度だという。海峡は潮流もあるため、帆船では時間がそれなりにかかるが、馬車程の速度のでる魔導船であれば、二時間程度で渡り切れるだろう。逃走する際も、あって良い装備である。
『甲板は二重にして、水密性を上げないと、荒天時はこまるだろうな。速度が出るように細長い船体が良い』
その辺りは、義兄にでも相談することになるだろうか。戦闘艦なら縦横比を4:1程度にし、商船なら3:1程度にして安定性と積載量を優先し速度はある程度犠牲にするらしい。
また、「カ・レ」の街は百年戦争以来連合王国に二百年支配されており、王国に復帰したのはわずか十年程前。住人ら関係者は親連合王国の者も少なくない。ルーンと似た状況だと考えても良いだろう。この街に滞在することも、王弟殿下の安全を考えれば危険である。
「はぁ、ただついて行けばいいだけではないから、面倒ね」
「ついでに、連合王国の影響を王国北東部から排除するための一連の活動に組込まれると考えてよろしいでしょうか」
「使われますねリリアルは。親衛騎士なんて甘い存在です」
全く否定する余地のない彼女の扱われ方。まさに、王家専用冒険者である。なんでもやらされる。
「連合王国の女性は典雅ではあるが優雅さに欠けるといいます。その辺り、王国の女性の素晴らしさを連合王国に見せつける良い機会になるのではありませんか?」
話に聞くと、連合王国の女性はごついのだ。男性並みの体力もあると聞く。王国基準では全く妖精に見えない女王陛下だが、若い頃母親が父王に殺され、浮気相手の子供として処された事もあり、発育的に不全であるところから、痩せている=妖精という図式で述べられているとも言う。
スレンダー=妖精という構図は、彼女も同様なので何とも言い難いのだが。
リリアルから連れて行くのは、伯姪、碧目金髪、灰目藍髪の薬師ペア、青目蒼髪と赤目蒼髪、茶目栗毛、それに二期生の元商人の娘『赤目茶毛』にサボア公の使用人をしていた『灰目黒髪』の八人だろうか。
最年少は赤目茶毛の十一歳だが、後は十四から十七歳とリリアルでは年長者になる。侍女に扮したこともあれば、使用人教育も一期生は受けているので、恐らく問題はない。公爵家とは言え下働きの経験しかない灰目黒髪と、商家の娘とはいえさほど教育を受けた年齢でもない赤目茶毛は、多少……かなり祖母に指導をお願いすることになるだろう。
連合王国のマナーも覚えなければならない。郷に入っては郷に従えという言葉もある。相手に会わせることも、外交としては大切なことになる。
「騎士と侍女の仕事の両立……できるでしょうか」
「大丈夫よ。少なくとも、騎士の仕事は務まるのですもの。私が王女殿下の侍女を任された時よりも数段良いと思うわ」
そういえば、あの時も祖母に住みこみ特訓を受けた記憶がある。護衛が主な仕事であったとはいえ、王族の供として恥ずかしくないよう厳しく指導された記憶がよみがえる。
「私も含めて、随行員に扮する者たちは院長代理のレッスンを受けなければならないでしょう」
「……はい……」
沈痛な表情となる灰目藍髪。これは、王妃様にお願いし侍女頭の派遣もお願いする事にした方が良いかもしれないと彼女は考え直した。
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「アンゲラにオラン公軍の先触れが到着したようです」
恐らくはオラン公が野営を開始した時点で先発させた部隊だろう。リジェからアンゲラの間は王都と同程度の距離がある。並の移動速度であれば騎乗でも四日程度は見なければならない。それも、少数であるから達成可能なのであり、ある程度のまとまった軍であれば、その倍の日数はかかるだろう。つまり、オラン公の到着まであと一週間はかかるということになる。
「このままオラン公の到着まで待機されるのでしょうか」
灰目藍髪の指摘も当然なのだが、『猫』と歩人に偵察に向かわせた結果次第であると彼女は考えている。もし、オラン公遠征の影響がないのであれば、オラン公の軍の到着前に始末をつけることができる。
聖都迄一日、そこから暗殺者養成所までが二日。討伐に一日、事後処理と帰還に二日。既に聖都にリリアルの残留組が向かっているので、状況次第では、明日にでも聖都を出て討伐に向かう事ができるだろう。
「オラン公の軍も到着早々会談という事もないでしょう。一両日は休息と王国の歓待もすると思いますので実質、十日は見て問題ないと思います」
親衛騎士である『ゼン』は、この辺りの交流の経験が彼女より相当に多い。大公家での歓待の段取りなどを踏まえると、到着して即会談は無いというのだ。
「なら、宮中伯様に話を通して、その間、私たちは聖都で待機しましょう」
『という態で討伐に向かうんだろ』
『魔剣』の問いに彼女は当然と内心答える。暗殺者を送り込んでくる、若しくは利用して王国内を攪乱する取引先に、裏冒険者ギルドは事欠かない。自前の組織を潰されたであろう潜在敵国どもは、組織を再編している間も、外部のこうした存在を利用し嫌がらせする勤勉さを持ち合わせているはずだ。
特に、連合王国はネデル経由で仕事を依頼していると推測される。オラン公とは関係なく、ネデルの都市貴族・富裕な商人が仲介役となり、それとははっきりさせないように間に人を入れ、依頼を出しているだろう。
表向き、連合王国と商人同盟ギルドは競争相手であるものの、木材の輸入を頼っている為に、実際はギルド優位の関係が成立している。首都『リンダ』には商人同盟ギルドの「商館」が存在し、同盟外の都市において最大級の拠点の一つとして活動している。特権を有し、本国人と他国人(ギルド幹部)の二人の商館長を置き、十二人の役員、多数の書記官・職員を配置している。これはネデルにある「商館」の倍ほどの人数を擁している。
ちなみに、聖都にある施設は「支所」扱いであり、商館としては小規模なものである。
「宮中伯様に面会の要望をお願いしてもらえるかしら」
「畏まりました」
「あなたも同行して手際を見ておきなさい」
「……承知しました」
『ゼン』の手続きを灰目藍髪が見て学習する良い機会となる。これから、王都でも遠征先でも冒険者としてより、貴族としての立ち振る舞いを要求される機会が増えてくる。駆け出しの騎士扱いであった以前とは異なり、副元帥・男爵として貴族らしさを求められる立場となってしまった。
周りにいるリリアル生、特に年長組においては貴族の従者としての立居振舞を早急に学ばせる必要も出てきそうだ。何より、連合王国で王国が舐められるような事があってはならない。
幸い、持ち込んだ仕事も終わり、宮中伯はある程度時間を取れるという事で、即、話をする事ができた。
「お仕事は一段落ついたとか」
「まあな。王弟殿下がいる前で、お互い不用意な事は話せないので、こちらからも話をしようと考えていたのだ」
宮中伯のこの地に滞在している目的は、オラン公との密約の事務方責任者という面と、二三年後にはこの地で『公爵』位を賜る王弟殿下の領地と領宰の選定を兼ねて実地にさまざまな人間と面談することにあるのだという。
「王領になって久しい土地だが、南都の再構築同様、課題が山積みでな」
南都から内海沿いには王領が多い。百年戦争の時代に領主である貴族が戦死し係累が途絶えたり、資金繰りの悪化で王家に売却されたり、また、治めることができずに領地を取り上げられたりした場所が多い為だ。
それ故、『王太子領』として再編し、ゆくゆくは王都から役人を派遣し、代官とし領地を統治させることになる。もしくは、後々、王家の分家などを配置し、親王領とする可能性もある。とは言え、今は旧態依然の税だけ取る統治であり、百年前から変わらない生活環境を変えていく段階にある。
冒険者ギルドや商業ギルドが機能しておらず、王国の中にあって王国の経済に組み込まれていないという問題も明らかになりつつある。大きな国故に、統治が行き届かず結果として貧しいままという地域なのだ。
「南都とは異なる問題がここにはある」
「連合王国にネデル、帝国に半包囲されているうえに、経済的に豊かな為王国に対する従属性が低い事で、使嗾されるものが多いという事でしょうか」
「そうだ。付け入られやすいものが多い。本来は王太子殿下にお任せしたいのだが、それより難易度の高い仕事を任されておられる」
消去法で王弟が委ねられざるを得ない。ところが、王弟自身が使嗾されやすい可能性のある『箱入王子』(中年)だから頭が痛い。故に、王都総監という目の届く場所で経験を積ませ、その上で、ネデルはオラン公と暗に手を結び牽制役とし、連合王国には王弟殿下は盆暗だが、その背後には彼女たちがいるというアピールをし牽制をする。
「それと、ルリリア商会かニース商会の支店を増やして情報が集まるようにする組織を作るなどかな。王妃様御用達の看板を頂いているのだ。王弟殿下の領地になったので出店したとするなら、陛下と殿下の関係が良いものだと知らしめることにもなる」
彼女の母が商会頭を務める『ルリリア商会』は、将来的にはリリアルのニース商会を目指す存在だ。孤児の中で魔力量は無くとも、目端の利く王国に忠義を尽くせる人材を商会員として採用し育成したい。支店とは言っても、支店長夫婦を孤児出身から出し、支店で働く使用人は現地人を採用することで、流れる噂を拾い集め、彼女に情報を集約する組織にしたい。
「お考えは良く解りました。それで、私が婚約者候補であるというお話はいつまで続くのでしょうか」
「……予定は未定だ……」
「……」
婚約者がいないという理由で、王弟殿下の面倒を見させられているのだが、当然不満である。それは、王弟殿下の婚約者候補にわざわざ婚約を打診する貴族がいないからだ。もうすぐ十七歳となる彼女には未だ婚約者がいない。別家の当主であるから、いまさら子爵家の為に嫁入りする必要はないので、特に焦る必要はないのだが。
「突然決まる事もある。ギュイエ公爵令嬢がその最たるものだろう」
「……あれはあれで問題があるでしょう」
「ん、そうか。聖エゼルという修道女の騎士団もできたのだ。そこに、公妃が王国から嫁いでくる。公妃を守る聖女騎士という姿は、王国とサボア公国がより深く結びつく象徴となる。それに……」
言い淀んだものの、宮中伯ははっきりと「カトリナ殿下の夫君になる方は、身分と性格が規格外れでなければならない」などと宣う。
「先代辺境伯の薫陶を受けたサボア公であれば、カトリナ殿下ともそれなりに仲睦まじくできるだろう」
「毒に耐性があるということですね」
宮中伯は曖昧に笑った。
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オラン公との会談が約十日後という件は凡そ推測の通りであった。また、オラン公と最も面識のある王国で高位の貴族というとリリアル男爵になる。密約でなければ国王陛下臨席でも旧知の仲であるから問題なかったのだが、今回、王弟殿下と彼女がオラン公と密約をかわす態にするため、陛下が関わる訳にはいかないという。
「リリアル男爵不在では、話し合いが始まらない。そこは留意してほしい」
「承知しました。それで、暗殺者養成所の討滅は?」
「問題ない。王国の目と鼻の先にそのような施設がある事自体が問題だ。ネデル領内も一枚岩でなく、なおかつ、組織は暗殺者ギルド……いや、帝国の冒険者ギルドの暗部なのだろう。商人同盟ギルドに忖度する必要は全くない。これまでも返り討ちにしてきたのだろう。徹底的にやって良し」
宮中伯の承認を口頭でも得られたので、彼女は安心して実行に移す事ができる。
「しかし、不死者を即席で作れるとはな」
「ノインテーターは系統が異なりますが、植物精霊由来の不死者であるというところは吸血鬼と変わりません。周囲の人間を魅了し、狂戦士として使役し、なおかつ本人は首を刎ねても死なないのです」
死にかかった魔力持ちを『アルラウネ』から魔力を与えて回復させることでノインテーターが完成する。ただし、魔力を『アルラウネ』から定期的に補充しなければその能力を維持できず、魔力の枯渇は消滅に繋がる。
「幸い、アルラウネはリリアルに移動することを承知しましたので、何もせずともネデル周辺のノインテーターは遠からず全滅します」
「……なるほど。いろいろ魔物がリリアルには集まってくるのだな。しっかり管理を頼む」
彼女は頷き同意する。確かに、人外動物園の観を呈してきた気はする。魔猪に狼人、吸血鬼にノインテーター、そしてアルラウネ。魔熊使いのメリッサが合流すれば、さらに魔物度が上昇する。
「それで、そのアルラウネはリリアルで何をするのだ」
「薬草畑の管理人と……」
「他にも何か」
「リリアル預かりのノインテーターに魔力を提供する仕事です」
「……なんだそれは」
彼女のノインテーター使役プランを宮中伯に説明する。
弓銃職人のシャリブリ氏は、その技術を用いて魔装銃の改良等、老土夫と癖毛が外注を使いながら対応している部分の内製化を進めるための人材として留め置くこと。
また、法国貴族の息子であり、騎士でもあるガルムに関しては、彼女の姉が情報を取るために必要であること、また、『不死者』であることと騎士として一定のレベルにあることから、対人戦及び、アンデッドとの戦闘の動標的として生かす事を考えていると話す。
「ノインテーターまで動員するのか」
「はい。猫の手どころか不死者の手でも借りたいくらいですから。それに、アルラウネがリリアルにいる限り、不死者と言えども彼らは魔力源である存在を必要としていますので、野良の吸血鬼より余程管理がしやすいかと思われます」
吸血鬼は本来、主従の関係が絶対であり上位者に逆らう事はないものの、中にはその縛りから逸脱し己の力を振りかざす者もいる。そうした「野良」は行動が衝動的であり、系統だった対策が上手に取れない。
ある日突然、連続の殺人事件や行方不明が発生し、暫くすると別の街で同様の事件が発生する。並の騎士や兵士では対応できず、また、依頼を出したとしても一般的な冒険者では従僕であるグールを増やすことにしかならない。
中には、いつの間にか吸血鬼の隷属種になった冒険者が率いるパーティーに主である従属種が新メンバーとして加わり、グール化したメンバーをギルドに供なわず、依頼を受けてあちらこちらを移動し事件を起こすという自作自演の狂言が発生する。
自分で事件を起こし、その対応を冒険者として行うというふざけた案件だ。王国内では幸い今のところ発生していないが、帝国ではままあるのだとオリヴィが話していたことを彼女は思い出していた。