表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
501/986

第461話 彼女はオリヴィに吸血鬼を譲る

第461話 彼女はオリヴィに吸血鬼を譲る


「あら、久しぶりだねヴィーちゃん」

「アイネも元気そうね」

「うんそだね。あれ? ビル君がいないじゃない。喧嘩別れでもしたのかな」


 今回、ビルとオリヴィはそれぞれ別口の吸血鬼を追いかけているのだという。


「こっちに来ていたのを、取り逃がしちゃってね。でも、お陰で捕まえる事ができて良かった」


 戦場で見失い、途中で捕獲する予定が逃げられてしまったのだという。痕跡を追ってリジェに到達したところで、彼女たちの討伐劇に出くわしたというのである。


 吸血鬼を追うのはオリヴィのライフワークなわけであるが、討伐せずに情報を聞き出したいというのはあまり聞いたことがない。詳しく知りたい気もするが、それは失礼だろうとこの場で聞くことはせず、「貸しにしておきます」と伝えイシュトバーンを譲る事にした。


「手伝おうか?」

「大丈夫。慣れているし、聞かせたくない事もしゃべる可能性があるから」

「ふーん。でも、気が変わったら、いつでも声をかけていいからね。あ、もしかして泊るところ探してる?」


 姉は詳しく聞くことなく、シャリブル邸にオリヴィを案内する事にしたようだ。姉にしては珍しく食い下がらなかったのは、オリヴィが怖いからじゃないとは思うのだが、意外ではあった。


 半死半生のイシュトバーンを引き摺りながら、オリヴィと姉は去っていく。


「一先ず、宮殿に戻りましょうか」

「了解。お腹減った」

「教会で何かお願いするのは難しいでしょうから、保存食でお茶にしましょう」


 ドライフルーツの類はそれなりに在庫がある。まずは、落ち着いて司教宮殿内の安全を確認したい。姉から特に何もなく、司教宮殿の騒乱も落ち着いているので司教も公女も問題ないのだろうと推察する。


「眠い」

「明日は昼寝でも交代でしましょうか」

「良い考え、賛成」


 明日はリジェを発ち川を遡り、聖都の近くまで魔導船で移動する。馬車よりも安全で早く到着することになるので、交代で休息することに問題はないだろう。問題があるとするならば……姉が同行する事ではないかと彼女は考えた。




 司教猊下の無事を確認し、四体の吸血鬼討伐も無事完了したことを報告する。被害らしい被害はなく、怪我人も死者も発生していなかったので、とりあえず良しである。


 公女殿下も無事であったが、吸血鬼の襲撃と、目の前での立ち回りにひどく興奮しているようであり、これは、飲み物を少々安眠効果のあるものに変えた方が良さそうである。


「だ、大丈夫です! こんな時には、いいポーションがあるんです!」


 ハーブティーに状態異常を解除する『ストレンジゼロ』なるポーションを数滴垂らす。


「どうぞ、マリア様」

「あ、ありがとうアンネ。いただきますわ」


 喉も乾いていたのか、やや温めに入れた飲み物を一気に飲み干す。マナー的には問題だが、命の危険を回避した後でうるさく言う者もいない。


「先生の首尾は」

「完璧」

「……いいえ、魔術を使われて少々危なかったわ」


 赤目銀髪が頷き、公女殿下の部屋を守っていたメンバーが大いに驚く。


「私達に使われていたら、危険でした」

「そそそ、そうですぅ!! き、危機一髪でしたぁ!!」


 大丈夫、そういうおいしい所は姉が持って行くはずである。雷撃が命中したくらいでは死なないしぶとい姉なら問題ない。恐らく、魔力壁で床か壁に流す事で処理してしまうだろう。


「無事で何よりでした。雷使いは姉と冒険者のオリヴィ=ラウスさんが連行していきました。三体は首を刎ね討伐済みです」

「あ、安心いたしました……」


 『ゼン』は地面に叩きつけられ動きが鈍った吸血鬼の隷属種傭兵に対し、一閃、首を叩き落としていた。


「きゅう、吸血鬼っておとぎ話の中に出てくる作り話じゃなかったんですね」

「勿論、まるっきり同じではないのだけれど、実際の吸血鬼は人間を下僕に変えて、人を襲わせる厄介な魔物なのよ。幸い、昼間に活動しない事と、簡単に数を増やせないので、一体一体刈り取っていくことになるわね」


 リリアルのアンデッド対応の中で、吸血鬼の頻度が上昇しつつある。とはいえ、火事場泥棒的な行動が基本なのであり、戦場の影で魔力持ちを襲うことが定番の行動であることが、今回の活動で見て取れた。


 完全にアンデッドに包囲されたミアンにおいても、夜間、奇襲的に街の中に侵入しようとしていた個体が存在していた。王国も出兵の際には、聖別された装備の比率を上げていく必要があるかも知れない。


 魔力持ちが狙われると考えれば、吸血鬼を含めアンデッドに対抗できる戦力である魔剣士・騎士に魔銀もしくは聖別された剣の提供は必要だろう。


『いろいろ考えているだろうが、少なくとも……』

「分かっているわ。また私が『精錬』すればいいのでしょう」


 遠征中何が嬉しいか、夜に工房で鉄の精錬をしなくてよい事である。最近、リリアルにいる時は、大概、『精錬』の作業をするのが日課だからだ。『精錬』だけならば、老土夫も癖毛も、何なら歩人にも可能なのだが、『聖鉄』にするのであれば、彼女でなければならない。


 魔銀なら鍍金用に分離するだけなので量的には少なくて済むのだが、剣一本分の鉄を幾振り分も精錬するのは中々に大変だ。それでも、魔装糸を紡ぐ作業と比べれば楽である。糸紡ぎは中々に大変な作業なのだ。


「全く動きについていけませんでした……」


 灰目藍髪が悔しそうに呟く。姉がフレイルを振り回しなぎ倒し、村長の孫娘が倒れた所に魔銀弾を叩き込んで退散させたのだという。剣で戦うには力量差がありすぎたこと、護衛対象を守る仕事を優先したのであれば当然だろう。


 姉が撃退し、灰目藍髪が護衛対象を守り、孫娘が支援するという役割分担が為されていたはずなので、それで問題ない。


「ノインテーターで稽古すればいいわ。それに、首の高さで魔銀剣を魔力を通して振り抜けばいいだけの簡単な仕事ですもの。あちらは、力任せに戦う事に慣れ親しんでいるのだから、細かい剣技は不要。姉さんの雑なフレイルで十分撃退できる程度の相手。気にしない事ね」


 吸血鬼だけでなく、魔物は押しなべて直線的に力技を行使する傾向が強い。駆け引きもなく、隠し技もなく、単純に力任せに攻撃してくる。人間相手の剣技を当てはめるから苦戦するのだ。彼女と灰目藍髪なら、剣同士で相対すれば彼女に勝ち目はない。


 魔力でゴリ押しするからこそ勝機がある。魔力壁で剣を弾き、魔力を叩き込むだけで制圧するのが彼女のスタイルであり、それはとても「騎士」の剣ではない。彼女は身分こそ騎士であり男爵であるが、その実、自分は魔力多めの錬金術師で、少し魔術が使える程度にしか考えていないのだ。


「みなさん、ありがとうございました」

「ありがとうございました!」


 公女殿下とアンネ=マリアは落ち着いたようで、二人ともウトウトし始める。


『主、私が警戒しておりますので、皆さんお休みになって下さい』


『猫』の提案を受け、今夜は全員哨戒に立たず寝る事にした。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 翌朝、朝食の際に吸血鬼退治の件を司教猊下から感謝の言葉を頂く。


「四体の吸血鬼が同時複数侵入したにもかかわらず、僅か六人で瞬く間に討伐するとは……聞きしに勝る武勇」

「恐れ入ります猊下」


 リリアルの実力を示せたことで、リジェ司教領として前向きに王国と関係を深めることを考えるようになったようである。とは言え、一部、司教の側近の中には、「あえて危機感を演出したのでは」と勘繰るものもいたが、聖騎士団の上級騎士がその言をあっさり否定した。


 通常、僅か六人+αの聖騎士で四体の吸血鬼を撃退することも困難であり、今回は三か所に分散して同時に漏らす事なく討伐を達成したのは、教皇庁においても考えられない成果であると窘めたのだ。


「これからも、民の安寧の為に力を尽くして下され、リリアル男爵」

「承知いたしました」


 司教からは今回の件について、教皇庁に報告をし「列福」に連なる功績であると伝えるとのこと。教皇庁のお膝元である法都周辺においても、吸血鬼による事件が発生しており、教皇に連なる貴族・魔力持ちが被害者となっているとも聞く。


「専門の退魔師も育成中だと聞くが、今は、修道士会に人材が流れているので、中々難しいのだそうだ」


 神国が力を入れている組織であり、原神子派の活動に対抗するべく設立された『御神子修道会』が強力な存在だ。教皇庁の私兵団と揶揄されるほどの反革新集団であり、神国の修道騎士の系譜でもある。


『あー キナ臭い連中って事だな』


 修道騎士団は総長と王都管区長が異端審問の結果、異端を認めたのち否定し火刑に処されている。異端として王国内で排撃され、その後、多くの修道騎士が異端を認め還俗するか王国を離れていった。


 その多くは、帝国の東方殖民に加わるか、神国でのサラセンとの闘争に加わることになる。そして、神国領土内からサラセンを駆逐した後、今度は原神子派と海外の異教徒の土地へ向かう事になったのだ。


 原神子派対策として『御神子修道会』は五十年程前に結成されたが、その系譜は聖征の再結成された修道騎士団にまでさかのぼれると言えるだろう。


「神学校の設立をし、司祭の教育に力を注いでいるという良い面もあるのです。何しろ、貴族の子弟が自領の教区に赴任してしまう事も少なくないので、古代語も碌に読めない書けない司祭も珍しくなかったことを改善していますから。原神子派の教会不要論に対抗するには、彼らの存在は必要なのです。多少、過激な所はありますし、軍隊のような規律を感じさせますが、それも、教会の聖職者に対する不信感を払拭することにつながっていますから」


 オラン公の息女マリアが、御神子派の革新とも言える『御神子修道会』に詳しいのは意外であったが、直ぐにネタバラシをする。


「ゲイン会の皆様から教えていただいたのです。ゲイン会は在野の信徒の方ですが、御神子信徒の方ばかりですので御詳しいようでした」


 原神子派も在家の信徒がほとんどの『ゲイン修道会』の修道院を襲う事は避けていた。おかげで、安心して宗派の話もできたのだろう。原神子派のオラン公家の娘が、御神子派の革新修道士の話に理解を示すのは悪い事ではないだろう。


 教会の腐敗があるのは正しいことだが、だからといって教会や聖職者が不用であり、聖典さえあれば良いというのは行きすぎだと思う人間も少なくない。そもそも、教会の司祭は村長や町長と並んでその地域の代表者を務めている者が多い。都市であれば商工業者はギルドを通して住民の意見を集約し、その逆に様々なルールを課すこともする。


 小さな町や村では、ギルドではなく住民の代表と教会の司祭がまとめ役をになっているのだから、教会が不要という発想は都市の発想なのである。


 など頭の片隅で考えつつ、彼女は修道騎士団の末裔かもしれない『御神子修道会』の修道士たちが王国に対して好意的でない存在ではないかと危惧するのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「じゃあ、私はヴィーちゃんとここでビル君待ちしながら、調査を進めるよ。公女殿下の護衛は交代だよ」

「いままでありがとうございました……とでも言えばいいのかしら。オリヴィ、姉が煩ければ多少の手荒なことは許容の範囲内ですから、御随意に」

「えー、美女二人で尋問だよ。ねー」


 オリヴィも苦笑い。リ・アトリエが聖都まで二人を護衛、大聖堂にてしばらく滞在していただくことになる。エンリ同様、暫く王都の子爵邸の客人として扱う事になるだろうか。


 彼女達はそこからアンゲラ城に向かい、王弟殿下とオラン公の会談に立ち会うことになる。王弟殿下に、宮中伯が事務方の代表として、また、騎士団関係者がオラン公軍の王国内での武装解除―――帯剣以外の武具の封印―――を行い、領内通過中は王国の騎士団が監視兼護衛をする事になる予定なのだ。


 姉とオリヴィ、そしてビルとノインテーターにアルラウネは、合流後聖都に向かい、公女殿下たちを連れて王都に向かう事になる。馭者役は人化した精霊と、不死者の弓銃職人になるだろうか。


「では、またリリアルで会いましょう」

「はい。王国での再会を楽しみにしていますオリヴィ」


 商人街区の船着き場に浮かべた『魔導船』に乗り込むと、姉の「いいなーそれ」という言葉をガン無視し、ムーズ川を遡っていく。公女殿下とアンネ=マリアはその川を遡る速度に目を丸くする。


「速い! はやいですぅ!!」

「川を下るよりもずっと速く進みますわ。素晴らしい乗り物ですねこれは」


 ジュンジュンとばかりに水車が水を掻き、船が流れに逆らいどんどん進んでいく。岸をいく旅人や畑で作業をしている農民が指をさして何か大声で周囲に話をしている。確かに、川を遡る船は珍しいだろう。


「一応、帆を張ってあるのだけれど」

「風は無風。無理がある」

「水車が水を掻いているのは見てわかりますから、ちょっと無理押しですね」


 やはり、ムーズ川を遡る東から西に吹く風はありえないので、全く誤魔化せていないのは仕方がない。




 遡ること半日、デンヌの森の中央を抜け、やがて王国の東端、更に遡ればベダン(Vedun)へと向かう手前で上陸する。この王国と南ネデルの境界に当たる街から東に数キロほど進んだところに聖都が存在する。


 船から降り、二頭の騎馬で『ゼン』と灰目藍髪に聖都大聖堂への先触れを依頼し先行させる。既に王宮経由で連絡は入っているものの、直前の先触れも重要である。『ゼン』はレンヌの親衛騎士として同様の任務をこなしているだろうが、灰目藍髪は同行させ経験とさせるつもりで先行させる。


「では、馭者はお願いね」

「承知しましたでござますお嬢様」

「拗ねるなセバス。私も見張に立つ」

「……悪いな、気ぃ使わせて」


 赤目銀髪、最近は遠征で良く同行する為か、はたまた、年齢的な問題なのかおじさん歩人に少し優しくなっていたりする。


 馬車を進め、一時間ほどで聖都に到着する。リリアルの紋章入りの馬車を見た門衛たちが、整列し彼女たちを迎える。


『聖アリエル様!! 御一行様!! ご到着にございます!!』


 聖アリエル……彼女はリリアル男爵であるのだが、聖アリエルとはいったいどういう意味なのだろうかと、彼女は訝し気にするのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] マナー的/には問題だが、 /に改行ミスがあります。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ