第460話 彼女は『吸血鬼』を迎え撃つ
第460話 彼女は『吸血鬼』を迎え撃つ
三手に別れたリ・アトリエのうち、彼女と赤目銀髪は北側の城壁に陣取っていた。
「西側に潜んでいるのになぜ?」
赤目銀髪の疑問も当然なのだが、彼女はある予測を立てていた。
「司教宮殿の次に魔力持ちの多い狩場はどこかしら?」
野営するオラン公の直衛軍。その中に、魔力持ちの騎士や魔術師は相当数存在する。魔力持ち全員を刈りつくす事は難しいだろうが、戦場を離脱し疲労の重なった軍を夜中に吸血鬼が奇襲するのは、悪い案ではない。効率よく魔力持ちを刈り取る事ができるだろう。
「なるほど」
「最初にリジェ司教宮殿でメインディッシュを頂いたのち、北門側から野営地に向かうでしょう。司教宮殿のメインは二人。なので、一人もしくは一組は最初から北門で退路の確保をすると思うの」
吸血鬼は横の関係がないという。超個人主義とでもいうのだろうか。同じ貴種から生まれた従属種、隷属種であったとしても敵に近い関係であり、利害が一致しない限り協力することはない。
戦場での『魔力持ち狩り』は、その数少ない機会なのだろう。『伯爵』とリリアルの射撃場の的となっている吸血鬼、そしてオリヴィから聞き出した吸血鬼の生態に関する特徴の一つだ。
やがて、大きめの魔力の塊が四つ、西側からリジェに入り込むのが確認される。彼女の魔力操作の網に掛かったという事だ。その背後を、『猫』が追跡して司教宮殿に向かうのが見て取れる。
「来たわ」
「準備良し」
司教宮殿に三体、こちらに直接向かってくる魔力の塊が一体。大きさ的にはおそらく『隷属種』だろう。
「任せて」
赤目銀髪に討伐を委ねる事にする。今回は、剣技で討伐できるかどうかの試金石にしたいというのだ。暗殺者訓練所の突入に当然加わる赤目銀髪だが、弓を使う場面は限られていると考えている。『雷』と『飛燕』のコンビネーションを用いれば、弓と変わらない対応も剣一つで熟せるだろう。ならば、剣での突入が今回は正解となる。城塞都市内で弓を生かせる状況は限られているし、魔装銃兵が充実している今回において、弓の出番は限定的だからだ。
二人とも魔力を気配隠蔽で消していたが、北門に接近する吸血鬼を確認し、赤目銀髪が隠蔽を止め、魔力を纏う。
『なんだ、魔力持ちがいるのかぁ!』
既に目に見える場所まで接近していた吸血鬼は、勢い良く、城壁を駆け上がり、キャットウォークにいる赤目銀髪を確認し飛び掛かって来る。
『身体能力高い奴だな』
「元々、魔力持ちで身体強化が得意だったのでしょうね」
魔力持ちが全て魔術師という事はない。ほとんどが身体強化や魔力纏い程度の魔力を有するに過ぎない。とはいえ、魔力が多い者が魔剣士や騎士にならないわけではない。この男は、魔力が多かったにもかかわらず、身体強化系に特化させた技術を生前磨いたのだろう。ジジマッチョがそのタイプだ。
傭兵らしく金属の胸当てと兜、脛当てと前腕部分鎧を身に着けた灰褐色の髪を持つ浅黒い肌の男が両手剣を振りかぶり、叩きつけるように振り下ろして来た。
GIINN !!
躱した後の石床に剣が叩きつけられる。常人ならば、腕が痺れて剣を取り落とすだろう衝撃をものともせず、跳ね上がる剣を抑え込んで赤目銀髪の後を追撃しつつ、街壁の上の歩廊をずいずいと進んでいく。
胸壁がある為、水平に振れる高さは限られている。自ずと、その長大な剣は振り下ろすことしかできなくなり、その攻撃パターンが限定されていく。とはいえ、疲れを知らぬアンデッドの攻撃は躱しても躱しても終わる事も、息を切らせることもない。
『おい、やべぇんじゃねぇのか』
「……大丈夫。見切れているわ」
剣筋自体は大したことない。長大な剣をショートソードのように振り回しているが、剣技があるわけではない力任せの戦場剣だ。恐らく、傭兵として、身体強化に全振りした働き方であったのだろう。それは、今も全く変化していないと思われる。
「大したことない」
『抜かせガキがぁ!!』
剣を上段に構えてなお小柄な赤目銀髪に振り下ろされる両手剣。
GAGINN!!
剣の腹に魔銀の剣を当て鍔で相手の刃を抑える。そのまま摺り上げるように剣を走らせ、吸血鬼の首にその魔銀の切っ先を叩き込む。
『Geee……』
それが、目の前の隷属種の傭兵吸血鬼の最後の声であった。
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死んだ吸血鬼の首と胴を魔法袋に収納する。おそらく、時を置かず、三体の吸血鬼が司教宮殿から逃げ出してくるだろう。彼女の姉は優秀であり、さらに、灰目藍髪がいる。公女殿下に目がくらんでやってきた吸血鬼を叩き出す程度のことは十分に熟せるだろう。
魔力を込めたメイスで滅多打ちするに違いなく、スパイクが突き刺さった先から体内に姉の膨大な魔力が叩き込まれる事で、内臓破裂のような苦痛を与えられることになる。
二体のうち、隷属種であれば灰目藍髪の剣技で首を刎ね飛ばすことくらいはできるだろう。村長の孫娘には魔鉛弾を装填した魔装銃、公女殿下とアンネにも魔装短銃を預けてある。至近距離から、彼女の魔力の籠った弾丸を複数撃ちこまれれば、即死の可能性もある。
取り出せない魔銀・魔鉛の弾丸は、それだけで吸血鬼を含めたアンデッドに致命傷を与えることになる。肉体を明確に持つ吸血鬼やグール、ノインテーターにとっては弾丸を取り出すまでは傷が回復できず、取り出すにも道具が必要な弾丸は、かなり嫌らしい武器となる。剣で斬られる方が、何倍もましなのだ。
そもそも、魔銀・魔鉛の魔力で傷つけられた場合、傷が回復しないのだからさらに厄介なのだ。
司教宮殿で何か起こるかと監視していると、窓から幾つかの黒い影が飛び出してくる。一体は地面に叩きつけられるように落ち、その後を、大男が剣を構えて後に続く。恐らくは『ゼン』が撃退し、追撃したのだろう。
「……落ちた」
「恐らく、脚を薙ぎ払われて修復できなかったのでしょうね」
本来、吸血鬼の身体能力は魔力持ちの身体強化状態をしのぐほどであり、『鬼』に比肩される。三階の窓から飛び降りたくらいでは影響がないはずだったのだろうが、膝を断たれたか、脚首を斬りつけられたかで傷を負い十分に勢いを殺せなかったのだろう。見事にグシャリと地面に落ちたところを、『ゼン』と思われる剣士に止めを刺されたようだ。
「まてまてまてぇぃ!!」
別の窓から二つの黒い塊が外へと飛び出す。背後から現れるドレス姿の影。その影が発する言葉から、彼女の姉であることが推測できる。二体を撃退し、逃走されたところを、姉単身で追撃をするつもりなのか、それとも、彼女のいる場所を想定し、追い込みをかけ挟撃するつもりか。
「気配を隠して」
「先手は譲る。順番は大事」
先ほどの吸血鬼は赤目銀髪が仕留めたので、今回は彼女の手番だということなのだろう。赤目銀髪は気配を隠蔽し、矢を構える。
彼女は隠蔽迄せずに、魔力の纏う量を意図的に少なく見せるように振舞う。
『気づいて寄って来てくれるといいけどな』
公女殿下ほどではなくとも、彼女も貴族の娘であり、代を重ねる魔力持ちの家系である。庶流ではあるが、ランドル辺境伯の姫から始まる家系なのだから、その魔力も悪いものではない。
姉に追撃されているうち、一体は姉の『魔銀ヘッド・フレイル』(ホースマンズ・モデル)を叩きつけられ、脚を一本へし折られたようで、いきなり転倒しゴロゴロとリジェの大通りを転がり回っている。
「成敗!!」
ゴギャッとばかりにヘッドのスパイクが頭蓋に刺さった状態で、姉は魔力をさらにフレイルに込める。あのスパイクには聖鉄が魔銀と混ぜ合わされた合金にブラッシュアップされており、元が彼女と近しい魔力を持つ姉が用いた結果……アンデッドに対して一段と凶悪な効果をもたらすことになったと伝え聞いている。
『Gieeeeee!!!!』
僅かに地面に残った雪の塊が太陽の光を浴びてみるみる溶けていくように、姉の魔力を大量に流し込まれた吸血鬼であったものは……全身から煙のような靄を激しく噴き出しながら、みるみる枯果ててゆき地面にグシャリと音を立て倒れ込む。
ひいぃぃぃと声をあげたくなるような惨状に思えるのだが、彼女には目に見えて迫って来る最後の一体に集中していた。
その姿は、先ほど討伐した魔剣士風の吸血鬼と異なり、ローブ姿に帯剣もしていない如何にも「魔術師」といった風体のそれである。
『おい』
「わかっているわ」
彼女が右にステップすると、今までいた場所に、稲妻が叩き込まれる。
『小娘、なかなかやるな。いや、偶然か……』
現れたのは今までの隷属種より格上の吸血鬼、恐らくはこの群れの主人格であろうか、禍々しくも強い魔力を放出していた。
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『小娘、行きがけの駄賃ではないが、公女の代わりに喰らってやろう』
彼女は内心溜息めいたものをついていたが、ここは小芝居をうつことにした。歩廊に立ち、中空に漂う異国の服装に身を包んだ吸血鬼に問いかける。
「あなたは誰?」
吸血鬼はニヤリと笑う。美形ではないが、怜悧な雰囲気の顔立ち。
『お前如きいやしきものが知るはずもないだろうが、私は大沼国でその名も気高きバーソリィ家の一族である、イシュトバン、イシュトバン=バーソリィである!』
自分の名と家名に誇りを持っているのだろう。とは言え、従属種の中では力をつけた吸血鬼と言ったところだろうか。
その身に付けているものは、いささか時代がかった物であり、もしくは、王国や帝国にみられる衣装というよりは、東方教会の信徒にも見える。
『バーソリィな……』
『魔剣』曰く、大原国・大沼国に広大な領土を有する公爵家の人間だという。その中には、王位に登った者もいるというが、狂気と残忍さで知られた一族であるともいう。
『吸血鬼化してる一族ってことかも知れねぇな』
沼国と原国の間はクラバット山脈という1500kmにも及ぶ山岳地帯で隔てられているのだが、その山脈の南北に広い領地を有しているのだという。大山脈東端の東方大公領に吸血鬼の巣窟があるとオリヴィから聞いた記憶のある彼女からすれば、別の山脈に所領を有する大貴族の一族もしくはその一族の中に吸血鬼が存在するというのは、納得できるものでもあった。
「イシュトバン様でよろしいでしょうか」
『気安く名を呼んでよいものではない! が、最後にその程度は許してやろう。中々の魔力持ちと見た。我が糧となれ!!』
その眼が猫の目のように縦長に変わる。まるで、蛇のような眼に見える。
『魔眼持ちかよ』
魔眼は、別名『魅了の魔術』とも呼ばれる吸血鬼が持つ能力の一つであり、ドライアドがその魔力で旅人を魅了し自らの糧とした能力に似ている。ドライアドとの違いは、その目を見なければ能力が発動しない事であろうか。
彼女はその視線を一切遮ることなく見つめ返す。
『ふふふ、かかったな小娘ぇ。これでお前は、私からのがれりゅこ、ごばぁ!!』
中空から歩廊へと足を運び、彼女の方に手を掛けようとしたイシュトバーンであったが、剣を取り落とした彼女を見て一瞬油断した隙に、彼女の魔装手袋が吸血鬼の首筋に魔力を叩き込む。ブチブチと引き千切れる音がし、吸血鬼の首が弾け飛ぶ。が、三分の一ほどつながった状態で、えい、とばかりに首を腕で据えなおす。
『ぎぃぃぃざまあぁぁぁ!! い、痛いではないかぁ!!』
これまでの従属種であれば今の一撃で即死となるはずであった。
『馬鹿めぇ! 名門バーソリィにその人ありと知られたイシュト……』
Baann!!
至近距離から胸に突き刺さる矢が一本、二本、三本とその胸と腹に次々突き刺さっていく。
『むだだあぁぁぁ!!』
「無駄なのはお前の話。いいから死ね」
魔銀の鏃に彼女が魔力を込めた対アンデッド用の特殊装備。その鏃はあえて緩く矢に繋がっており、抜くと矢羽根の部分だけが抜け鏃が体内に残る残酷仕様となっている。対人戦では残酷とされる技術だが、魔物相手には不要な情けだ。
フンとばかりに勢いよく矢を抜くが、鏃は体内に残ったまま。その傷口から噴き出す煙のような魔力の放出。体内にため込んだ魔力・魔力持ちの魂が大気中に放出されていくのだろうか。肉体が徐々に干からび、縮んでいくように見える。
「いいところ持って行かれたわね」
「ん、止めは任せる」
今や、小さく干からび、倒れている老人のような姿になったバーソリィを見下ろすように彼女は立つ。
「さて、そろそろお暇させて頂くわね。夜更かしは美容に良くないというから」
魔銀の剣を構え、首筋に当てぐっと力と魔力を入れる。
『ちょ、ちょっと待ってくださいませぇ!!』
名門バーソリィ家の男、イシュトバーン。名前負けになりつつある。
「ねえ、その吸血鬼、譲ってもらえないかな」
彼女の背後にいきなり立ったのは、わかれて久しいオリヴィ=ラウスであった。