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第459話 彼女は『吸血鬼』の接近を知る

第459話 彼女は『吸血鬼』の接近を知る


「お父様、お元気で」

「マリアもな。アイネ殿、娘をよろしくお願いします」

「承知いたしました閣下。私が責任をもって公女殿下をお守りいたします」


 キリッとした顔が腹立たしく思うのは彼女だけではないだろう。姉が真顔な事は珍しいのだが、大概その後何かやらかすのである。今回は問題ないだろうけれど。


「では、お送りいたしますオラン公」

「よろしく頼む」


 彼女がルイダンと共にオラン公の野営地へと送り届けることになる。ルイダンは王弟殿下の役回りに不安を感じているようで、朝から何か彼女に話かけたそうにしていた。だが、深い話ができるような環境ではない。


「ダンボア卿、心配いらないわ。それに、女王陛下の王配を目指すなら、オラン公と知己を得る事はプラスにしかならないでしょう?」

「……そ、そうか……そうだな……」


 ネデルと連合王国は羊毛産業で結びついている。そして、表面的には関係が破綻していないものの、神国と連合王国は宗派の違いもあり、そのうち対立する可能性が高い。


 連合王国は、神国・王国と対決することになるとすれば、味方はほぼいない。父王のやらかしで、教皇庁を仲介者に和平を結ぶ手も使えない。戦端が開かれれば、完全勝利か無条件降伏する以外に道がなくなる。


 そういう意味で、ネデルにくさびを打ち込めるオラン公との関係は無視できない。王国においてオラン公との結びつきがある貴族はほぼいない。であれば、仲介者として関係を築くことで、王弟殿下の価値は女王にとって大いに上がることになる。


「……それに、お前は婚約者にならずにすむと。いい事づくめだな」


 はっ! 何故バレたかと思わないではないが、その通りである。


「王弟殿下では私の婚約者は役不足ですから」


 役不足とは、相手の格が上で役に相応しくないという意味であるから、これで正しい。


「そうでもないだろう? 実績からすれば、俺は逆だと思う。むしろ、王家が殿下に対して害意を持ちかねないくらいにお前の価値はある」


 彼女の夫という事になれば、王位を望めると考えられるということだろうか。王妃になるのはどのルートでも勘弁してもらいたい。


「それこそ、私には荷が重い仕事です。貴族の子女としての教育が不足している事は重々承知ですから」


 姉ですらギリギリレベルの貴族の娘の教育。彼女自身は、商人の妻を想定して育てられているので、市井の知識や常識は理解し身にもつけているのだが、宮廷の知識は皆無である。祖母がいるので、なんとか身に付けられるかもしれないが、それは彼女の本意ではない。


「私にはリリアルがあります。王室に入る事は他の方でも問題ありませんが、リリアルは私が為さねばならない事ですので、適任の方にお願いしたいのです」


 ルイダンが「やっぱりそう来るか」とばかりに、やれやれ顔で答えた。




 幕営には昨日と変わらぬ様子の『ゼン』がオラン公の戻りを待っていた。特に、何か危害を加えられたりはしていないようで安心する。


「お疲れ様です」

「そちらこそお疲れ様です。私は皆さんに良くして頂きました」


 笑顔のオラン公側近たち。どうやら、肉体言語で語り合う関係が築けたようであり、次回の再戦を期して熱い抱擁を交わしているのは少々引く。いや、かなり引く。


 オラン公軍は、明日の朝まで滞陣し、その後、ムーズ川を遡り王国領内へと移動することになる。表面的には「リジェ司教領に対して軍資金を要求し包囲している」という態である。実際は、体調を整え逸れた騎士・兵士の集合待ちでもある。


「では、リリアル男爵、アンゲラ城でまた会おう」

「次は、王弟殿下がお相手いたしますわ」

「君も立ち合うのだろ?」


 恐らく宮中伯が「当然だ」と言い、そうせざるを得なくなるだろうと推測される。とは言え、それは一仕事終えてからになるのだろうか。


 彼女は特に応える事もなく、幕舎を後にした。


「宗派は異なりますが、気持ちの良い人たちでした」

「それはよかったです」


 原神子信徒とはいえ、それよりも『騎士』としての意識が優先するのは、オラン公の周囲が穏健な信徒であるからか、貴族同士としての意識が宗派の相違を越えるからかはわからないが、無事でなによりであった。





 幕営を退去しようとすると、不意に背後から声が聞こえる。


「ちょっと待ってくれ」


 振り返ればそこにはルイダンがいる。何事か相談した素振りである。


「何かしら?」

「……お前も聞いているだろ?」

「不審なものが野営地の周りをうろついている……とかでしょうか?」


 ルイダンは黙って頷く。彼女は何となく察していたが、今回の遠征には恐らく、オラン公の遠征に参加した傭兵団の中に『吸血鬼』が何体か加わっていたのであろう。総督府軍の攻撃で雲散霧消した事になっている傭兵たちの中には、遠征途中で魔力持ちの傭兵や騎士を捕食し満足して姿を消した吸血鬼が存在し、魔力持ちを今少し捕食しようとオラン公の幕営の様子を伺っているのだろうということである。


「あなたは恐らく問題ないわ」

「何でわかる」

「その腰の剣が魔銀製だからよ」


 吸血鬼は不死身だが、傷つかないわけではない。剣で斬れば斬れる。ただし、傷の回復が速やかになされる故に不死なのだ。ついでに、二つの心臓を同時に潰さないと死なないなど、不死性を高める要素は多分にある。


「魔銀の剣で魔力を通して斬れば、傷の回復は並の人間並みに遅くなるから、死ぬ可能性が高まるのよ。けれど、普通の武器では傷つけられないか、傷がついても死に至るまでにならないかなの」


 魔銀製の武器を持っていない魔力持ちを物色している……そんなところだろう。


「なら、どうすりゃいい」

「魔力持ちで魔銀の装備を持たない人たちを守るように周りを魔銀装備の騎士で固めるとかかしらね」


 勿論、魔力持ちでない者も、吸血して殺せばグール化させることは出来るが、吸血鬼としての魂の位階とでも言えばいいのだろうか、隷属種が従属種に、従属種が貴種になる為にはならない。


「それと、これを差し上げるようにしてもらえるかしら。数はそれほどないのだけれど」

「……ダガーか」


 彼女は魔法袋から、数本の飾り気のない短い鍔の付いたバゼラードタイプのダガーを取り出す。


「この刀身は……」

「ええ。聖別された鉄で作られている物です。魔銀のように魔力を走らせる事は出来ませんが、吸血鬼の傷を回復させないようにする効果があります。

不死者対策になるダガーね」


 我武者羅に時間がある時に「土」魔術の『精錬』を行使させられている彼女だが、こうした形でアンデット対策用の『聖鉄製』の剣や短剣・槍の穂先などを作成し、対策しているのだ。


「助かる。オラン公の周りにいる騎士を中心に、渡すぞ」

「それでいいでしょう。魔力持ちの騎士がこの戦場で魔銀の剣を装備していない方はそれほど多くないでしょうから」


 魔力を剣に纏わせて切断力を上げるのは、魔力持ちの剣士・騎士にとって己の最も強みとするところであろう。魔銀の剣を戦場で失ったり、破損した騎士でなければ、その帯剣する剣は魔銀剣であるはずだからだ。


「いや、魔銀剣は高価だからな。帝国のいわゆる平騎士クラスだと持てないようだな」


 帝国は王国と比べ騎士の数が多い。それも、爵位のない貴族の数も多く、全体的に小領主が多い。確かに、武具の数に対して騎士の数が多ければ、魔銀の剣のような装備は自ずと高価となり、手に入る者は限られているのだろう。


 彼女自身、自分の剣を魔銀にするため、リリアル生に魔銀の剣を持たせる為に必死にポーションを作り自腹で購入したのは良い思い出である。魔銀の剣は少なくとも騎士の年収分くらいはするので、そうそう手に入るものではないだろう。


「何かあれば、また教えてちょうだい」

「アンゲラでまた会おう」

「はい。ダンボア卿もお気をつけて」


 三人は野営地の外れで話を終え、それぞれの居場所へと戻っていった。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 司教宮殿へ戻ると、『猫』が彼女の前に現れる。


『主、ご報告したいことがございます』


 曰く、リジェに侵入しようと考えている『吸血鬼』の一団が近くに潜んでいるというのだ。


「数は?」

『四体。外見から察するに、傭兵団の幹部であったものと推察されます』


 オラン公の野営地で観察されていた不審な存在は、どうやらリジェの市街にも関心を向けている……もしくは、非武装の市民の中に存在する魔力持ちを狙っている可能性もある。


 司教宮殿を守護する聖騎士や街の鍛冶師には魔力持ちも少なくない。また、リジェ司教の供廻に存在する高位の聖職者も少なからず魔力を有している。退魔師と呼ばれるアンデッド対峙の専門職であれば対応も可能であろうが、彼らは狩人であって守り手ではない。加えて、リジェには退魔師の部隊は存在しない。教皇庁や国を代表する大司教座……王国ならば聖都もしくは王都の大司教座に1チーム存在する程度だ。


「追えるかしら」

『はい。ですが、主の魔力走査で容易に発見できるかと思います。特に、隠蔽などは出来ないようですので、侵入して来れば容易に対応できるかと思われます』


 潜んでいる場所は西側の林の中。野営地とは異なる位置なので、魔力の確認はそうむずかしくはない。問題は、討手の数をいかに揃えるかだ。吸血鬼相手では、村長の孫娘は対応が難しい。剣を使えるリ・アトリエメンバーが四人。司教宮殿の公女殿下と司教猊下も守らねばならない。全てを討手に廻す事も出来ないだろう。


『お前の姉を巻込むしかねぇな』


 魔力量、実戦経験、指揮能力共に問題はない。司教猊下の守り手に『ゼン』と歩人、公女殿下の守り手に姉と灰目藍髪に孫娘、そして、迎撃に彼女と赤目銀髪を向かわせるのが良いだろうか。


「明るいうちは動かないでしょうから、夕食まではこのままかしらね」

『動きがないかどうか、再度監視に向かいます』

『先に、メンバーと司教には話を通しておく方がいいだろうな。特に、魔力持ちの住民は司教宮殿に集めるくらいでいいだろ?』


『魔剣』の提案は守る上では悪くない案だが、吸血鬼に存在を気付かれていることを知らせる結果になるのはよろしくないと考える。


「司教猊下と公女殿下の魔力が一番欲しいでしょうから、これを優先にしておく方が良いと思うの」

『美味しい者は最初に食べる派か最後に食べる派かで別れんだろう』


 彼女の判断としては、美食家気取りの吸血鬼どもは、当然、最初に司教と公女を狙うと考えていた。




 吸血鬼の襲来を予想する事を伝えると、司教の周りは大騒ぎになったが、司教猊下本人は泰然としたものであった。


「守って頂けるのですか」

「はい。騎士と小者を一人ずつ付けます。小者は聖都での吸血鬼討伐の経験もあります。供に魔剣士ですので、問題なく討伐可能です」

「わ、わたくしも何かお手伝いをしたいのですが……」


 公女殿下は動かないでいただけるのが一番のお手伝いなのだが、そこは、付き合いの長い彼女の姉がフォローする。


「守られる対象がじっとしているのが一番ですわ殿下。騎士達を信じるのも、あなたの大切なお仕事です」


 姉は騎士ではないが、聖騎士の妻。そして、灰目藍髪と村長の孫娘も公女を守る任に付く。吸血鬼と剣で向き合うのは初めてになるだろうが、何事にも初めては存在する。


 司教・公女の周りを不自然に固めないように、また、他の者にも知らせないよう彼女は口止めするように、司教の側近たちに告げる。


「な、何故ですか!! 猊下をお守り……」

「皆殺しにされます。魔力持ちで且つ、魔銀の剣を持つ聖騎士が複数で対峙しなければ一方的に殺されます。吸血鬼が気が付かれていないと思い込んでくれていれば、その方が被害者も少なく済みますし、討伐自体も容易になります。吸血鬼はオーガ並みの腕力で、人間と同じ知性を持つ血を吸う鬼ですから」


 オーガと単独でやり合える魔力持ち魔銀剣装備の聖騎士は、残念ながらこのリジェには存在しない。王国の数ある大聖堂の聖騎士達でも幹部クラス数名程度だろう。今は、リリアル謹製魔銀メイスが装備されているが、吸血鬼の場合、首を斬り飛ばす必要がある。魔銀の刃物で、オーガ並みの動きをする相手の首を刎ね飛ばせなければ討伐できないのだから、限られた存在になる。


「姉さん」

「何かな妹ちゃん」

「動きを止めて頂戴。剣は苦手よね」


 彼女は姉の大雑把な性格と、剣を苦手とすることをよく理解していた。故に、姉が抑え込んで、首を斬り飛ばす役目は灰目藍髪に委ねるよう指示をする。


「止めは譲るね。でも、高くつくよこれは」

「……今までの貸しを一つ返してもらうだけよ」

「記憶にないなぁー そんなもの」


 ケラケラと笑う姉は、吸血鬼がやって来ることもまるで気にしていないようである。


「四体がバラバラで来るか、二人一組で来るかは今のところ不明ですが、本来、吸血鬼は主従以外は単独で動くものですから、主従が一組、その他に、単独が二人という事を想定し、三チームに戦力を分け対応します」


 彼女の説明に、その場に参加している人間は皆頷く。恐らく、最大戦力は司教猊下の元に現れると考えるが、若い未婚の女性である公女殿下を狙う可能性も低くはない。故に、それなりの戦力を双方に割く事になる。


『猫の奴、一番強力な吸血鬼を追ってくれりゃいいけどな』


『魔剣』の呟きに彼女も同意する。少なくとも、『猫』がいれば、一対一の状況は防げる可能性が高まる。獅子ほどの大きさに体を大きくすることができる『猫』が吸血鬼を抑える事はさほど難しくないだろう。残念ながら、半精霊の存在に、半精霊に近い吸血鬼を討伐することはできないのだが。




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[良い点] 300年後も似たような事をしている猫…
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