第451話 彼女は『ガルム』をスカウトする
第451話 彼女は『ガルム』をスカウトする
アルラウネの生まれ変わり……のようなものである赤目銀髪。あくまでも推測に過ぎず、事実は亡くなった父親だけが知っている。
「まあ、気にすんな。俺と草仲間として頑張ろうぜ」
「セバスと仲間……不愉快」
「おい!!」
歩人は土の精霊ノームと草の精霊から生まれた種族と考えられている。
空元気だって元気のうちだとばかりに、何時もの調子を見せる赤目銀髪。アルラウネの魔力を纏ったとしても、その出自は人間の夫婦の子であり、魔物ではないのだから特に問題はない……と彼女は結論付けた。
今までも問題なかったのだから、これからも同じだろうと思う事にした。それは口に出さずとも、リリアル生全体の認識になっていく。親の記憶や育った村の記憶のない孤児も大勢いるのだ。生まれ育ちを気にすることではない。
昨夜、一晩警戒した『猫』であるが、黒い魔剣士の魔力を感じ取ることは
ついぞなかったという報告を受け、ガルムを回収し速やかにこの地を去ろうと
考える。
「朝食を終えたら撤収の準備を。私とセバスは滅していない今一体のノインテーターを回収してくるわね」
「俺かよ……」
昨日散々に叩きのめされた『ガルム』の心を一段と折るには初見の歩人ともう一度対戦させる必要があると彼女は考えていた。
彼女の構想……すなわち、対人戦もしくは、対人型魔物訓練用の動く標的としてノインテーターが有効なのではないかと考えているのである。ノインテーターの『魅了』除けには、彼女の魔力と聖魔銀製の十字架を組合せたアミュレットか、孤児院の子達に渡しているロザリオで可能なのではないかと考えている。
少なくとも、今回の遠征に参加している村長の孫娘以外は既にノインテーターと接しても『魅了』の影響を受けていない。もしかすると、魔力持ちに関しては『魅了』を弾く程度の能力で効かないのかもしれない。本来の吸血鬼と比べると、弱い能力なのだろう。
それでも、一般の傭兵を狂戦士化するには十分な能力なのだ。
彼女は、道々歩人にこれからの構想を説明する。『アルラウネ』の魔力がある限り不死となるノインテーター。その割に、能力はオーガ程度の身体能力に過ぎない。
ゴブリンを討伐する程度であれば実践で経験すればよいかもしれないが、オーガクラスの魔物であれば、中々遭遇することも少ないし、不意を突かれればかなり危険なはずだ。特に、経験の少ない二期生以降の新人の練習相手に、本気で斬りつけても決して死なないノインテーターは良い稽古台になる。
特に、悪い意味で貴族らしい『ガルム』の性格は、今後、新人リリアル生が貴族から受ける侮られる扱いをあらかじめ経験することも兼ねられる。その相手を叩きのめすことで、カタルシスも得られるだろう。
「……悪魔かよ……」
歩人は思わずつぶやいたのである。
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中庭の火事は一晩経って凡そ鎮火しているようである。
「何やったんだよお前ら……でございますお嬢様」
「害虫駆除よ。巣を燃やしたの。煙でいぶすのは基本ではないかしら」
煙でいぶすのはありがちだが、燃やすのはない。『ガルム・ヘッド』が転がっている場所は、二階の西側の尖塔である。階段をのぼり、周囲を確認しつつ足を進める。
昨日の対戦で各部屋の塞がれていた窓を解放しており、昨日よりも随分と明るく感じる。朝の日の角度の問題もあるかも知れないが。
「ここよ」
「……まじ、頭だけ落ちてるじゃねぇか」
『ガルム』は不思議な力でゴロゴロと転がると、こちらに顔を向け喚き始めた。
『き、貴様らぁ!! 僕を放っておいて、なにをしていたんだ!!』
朝からテンションMAXの『ガルム』。そして、歩人が「寂しがり屋かよ」と呟く。
「あら、良い朝よ。折角お迎えに来たというのに、随分なご挨拶ね」
『迎え……なんだ、なにをするつもりだ。ぼ、僕はこの姿なんだぞ!!』
頭だけなのであるから、精々転がるか、噛みつくしかない。魔力を用いて魔術でも発動させられるかもしれないが、寿命をいたずらに短くするだけであることを本人は知っているのだからそれもあるまい。
「あなたに提案をするのよ。まず、胴体を返そうかと思うの」
『……ふん、ようやく反省したか』
「めでたい馬鹿だな……でございますね坊ちゃま」
『坊ちゃまではない!!』
どうみても坊ちゃま(頭)である。
彼女の説明を一通り聞いた『ガルム』は追うように頷く。頭だけだが。
『つまり、ぼくの腕前を貴様らの学院とやらで、卑しい孤児どもに見せつけ叩きのめせばよいのだな』
予想通りとはいえ、勘違いも甚だしい『ガルム』の言葉に苛立ちを感じながら、彼女は同意する。
『だが、このまま逃げるかもしれんぞ?』
「できるものならどうぞ。昨日のお相手は、四人の中では最弱だったのよ?お判りかしら」
灰目藍髪は昨日の四人のメンバーの中では段違いに最弱である。剣士としては並、魔術師としてはギリギリの存在である。昨日も一番下だと自己紹介したではないか。
「逃げられねぇよ。俺だって逃げられる物なら逃げたいんだよぉ」
「でも、リリアルを出て行ったなら、あなた正真正銘の浮浪者よ。人間の街では歩人なんてまともに雇わないもの」
パイプ草をふかし、与太話しかしないと思われている歩人は、友達としては面白い奴だが、同僚としてはご遠慮願いたい存在だ。仕事をしないのが当たり前くらいの存在なのだ。勤勉さと対極にいる存在と言えばいいだろうか。
『お前が相手をするのか?』
「いいえ、このセバスがお相手します」
『……子供ではないか』
「見た目は子供、中身は薄汚れたオッサン……なのでご安心ください」
相変わらずひどい紹介なのだ。だが事実なので仕方がない。
セバスは護拳の付いた反りのある片手剣を装備する。ハンターソードと呼ばれる平民の護身用、冒険者にも好まれる剣であり、南ネデルの住人が好んで装備している。
リジェの住民や衛兵も、似たモノを腰に吊るしていたのを思い出させる。
『ふん、庶民の剣か』
「ばーか、こんなもの、切れりゃなんでもいいんだよ」
小僧がぁ! と口にする歩人。『ガルム』の胴体を魔法袋から引きずりだし、床へと放り投げる彼女。
「さあ、首を繋げて戦いなさいな。できるものならね」
『あ、ああ。任せておけ。一瞬でその小さなおじさんを叩き斬る』
「おもしれぇ、来いよ坊ちゃん」
歩人の煽りに再び激昂する『ガルム』。見る間に首と胴が伸ばした皮紐のようなもので繋がり、やがて完全に元へと戻る。
「へぇ、便利な体だなノインテーター」
「あなたも、なれるわよ」
「……え、遠慮しておく……でございますお嬢様」
剣を掲げ前に出る歩人。ガルムは半身となり、レイピアを構える。
『昨日は不覚を取ったが、今日はそうはいかんぞ』
剣身の長いレイピア、そして身長差を考えても歩人の片手剣は『ガルム』に届かないが、『ガルム』のレイピアは歩人に届いてしまう。『ガルム』はそれが可能であると考える程度には剣の修練を積んでいるのだろう。
「いいから掛かって来い」
『いくぞ!!』
一二度フェイントを加えたのち、ガルムはレイピアを歩人へと叩き込む。
『はっ!!』
GINN !!
歩人は剣の腕は並以下だが、魔術の発動は悪くない。魔力壁を形成し、自分自身の体にレイピアの剣先が届かないように、それを逸らせるように展開したのだ。
見えない空間で突然、剣先を逸らされた『ガルム』の体が流れる。踏み込みの良さが仇になる。
「こんなもんか」
歩人の左に流れた『ガルム』の左足と左肘から下を一瞬で魔力を込めた刃で斬り飛ばす。
『がはあぁぁぁ』
左側の脚と手を失い、バランスを崩して石の床に倒れ込む『ガルム』。
そして……
「おててはお空にポーイ~♪」
一瞬で拾い上げた肘から先を窓の外に投げ飛ばす。
「はい、ここに坊ちゃんの左足があります。良く刻んでおきましょうね!」
魔銀の剣の切っ先で微塵切りでも作るように、トトトトと細かく刻んでいく。回復は出来るだろうが、その分余計な魔力を消費する。斬れたところを単純につなげるようにはいかない。時間もかかる。
『き、貴様ぁ!!』
「さっきから貴様ばかりですね坊ちゃん。そろそろ魔力切れで塵は塵へとお戻りになるのではありませんか?」
びくっとする『ガルム』。そういえば、先ほど首を繋げた時の回復より、足の復元に時間がかかっているようである。
『がアァァ……不死身の僕があぁぁぁ!!』
「ふん、アンデット風情が何言ってやがる。おい! これからは『セバス兄さん』
とよべ。そしたら、学院で虐められないようにしてやる」
『い、虐め……』
『ガルム』の悪い顔色が一層悪くなる。なにか、虐めにトラウマでもあるのだろう。知った事ではないが。
「さて、『ガルム』卿、あなたには選択肢があります」
彼女は勝負がつき、『ガルム』の心が折れたと判断し、話を進めることにした。
「幸い、城塞の外にいる『アルラウネ』は、私たちと共に王国へ移る事に同意しました。そこで、シャリブルさんは同行することになっています。既に、ドレさんとコンスさんは塵へと戻られましたが、あなたはどうしますか? このままでは、アルラウネの魔力を得ることができずに塵へと戻ることになると思いますが」
『ガルム』は他に選択肢はないのかと聞くが、今の時点で彼が選べるのは、同行するか塵へと返るかの二択である。頭だけでしばらく生き延びるつもりであれば、彼女たちが現れる前に逃げ出しておくべきだっただろう。
とは言え、頭だけで遠くへ逃げられるはずもなく、魔力走査であっけなく発見されただろうが。
『こ、降伏する。き、貴族としての待遇を要求する』
「構わないわよ。それでは、身代金が支払われるまで、あなたを拘束します」
『い、いいだろう。許可する』
貴族が戦争に負け降伏し捕虜となった場合、およそ、本人の年収にあたる金額の身代金を支払えば解放されるが、支払われる迄は何年でも虜囚となるのである。
つまり、既に死んだと思われている『ガルム』は実家から身代金が支払われる可能性はない。そもそも、戦争でもないのである。要は、リリアルに隷属させる為の方便である。
「セバス、『ガルム』卿の世話を頼みます」
「承知いたしました。無一文の捕虜ですから、適当でいいでしょうか」
「あなたに一任します」
『ガルム』に合わせてあげるのはこの程度でいいだろう。動く標的『ガルム』ゲットである。
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『あらあらぁ~♪ ガ・ル・ムちゃん、会えてうれしいわぁ♪』
『アルラウネ』がいつもの調子なのだろう、『頭』だけとなった『ガルム』に話しかけ、相手は嫌そうな顔をしているが無言である。無言であるのは、言えばさらに色々話しかけられるからだろう。
「あら、随分仲良しなのね」
『そうなのよぉ、ガルムちゃんはわたしのこと「草の御姉様」って呼んでくれて、良くおはなししたのよぉ♪』
『い、言うな!!』
『だってぇ~ ほんとうのことですもの~♪』
真正のシスコンなのかもしれない……『ガルム』、年上系の女性に依存の性癖があるのかもしれない。とはいえ、見た目は姉の旦那ほどの年齢だと思われる。リリアルにはそのような年齢の女性はいないので安心だろう。
『年齢不詳の灰色乙女あたりが、怪しいかもな』
オリヴィ=ラウスは二十代後半ほどに見える妙齢の美女である。その基準で考えると……王妃殿下や下手をすると彼女の祖母まで守備範囲かもしれない。
――― 『ガルム』危険な男
ガルムは頭だけとし、魔装網で包んで馬車の中に吊るす。多少、『アルラウネ』に魔力を与えてもらい、一月位は死なない程度に魔力を回復させる。
歩人の『土』魔術で『アルラウネ』の根の周りを掘削し、出来る限り根を痛めないように抜き取り、樽を加工した仮設の植木鉢へと移す。
『結構いい手際ねぇ~♪』
巨漢である『ゼン』に抱き留めて貰いながらの移植であったので、『アルラウネ』もまんざらではないようであった。「草」だけれども。