第448話 彼女は『副官』と対峙する
第448話 彼女は『副官』と対峙する
Ginn!
魔銀鍍金製の片手剣に魔力を軽く通した灰目藍髪は、自分の腕に叩きつけられ、一瞬動きの止まったガルムのレイピアの剣の付け根を、切っ先で斬り飛ばした。
『なっ! こんなタイミングで折れるとは!』
その言葉尻には「ついていない」とでもつくのだろうが、ツキではない。観察力不足だ。
レイピアの護拳を握り、灰目銀髪の胸を打ち付ける。
Gann !!
プレートアーマーを叩いたような響きがする。そして、びくともしないその体に二度驚愕する。
『お前、化け物かぁ……』
化け物に化け物呼ばわりされるとは、大変心外だ。
「別にぃ……どこにでもいる魔剣士です。王国には、掃いて捨てるほどいる手合いです」
かなりのハッタリだが、ガルムは顔を明らかに顰める。この中で一番下っ端と自ら名乗った女が、ノインテーターとなった自分より強いとは思いもしなかったのだろう。
結論から言えば、数分間だけなら互角以上に戦えるが、それ以上は、灰目藍髪が魔力不足になるということである。
剣を失い、左手の剣だけとなったガルムが「僕の負けだ」となぜか、決闘終了めいたジェスチャーを始める。
『負けを潔く認めよう!』
だから何だというのだろうか。
「魔物は討伐する」
『いや、ノインテーターは不死者だ。殺せないぞ』
ガルムが血相を変えて反論する。が、そんな言い訳に聞く耳を持つようなリリアルではない。
「さっき、コンスとか言う小太りの男を殺してきたわ。灰になって何も残らなかったのだから、安心して討滅されなさいガルム」
「あなたとはそもそも決闘したわけではありません。降参など認められるわけがないでしょう。何を勘違いしているのですかアンデット風情が」
「諦めて塵は塵にですよガルムさん」
『ゼン』は諦めたような笑顔を向け首横に振る。
剣を構え対峙している灰目藍髪が一瞬気を逸らせた瞬間、今までとは段違いの速さで踏み込んだガルムは、その左手に残ったマンゴーシュでは灰目藍髪の右脇腹を刺突する。
GONN……
大きな鐘を小突いたような音が響く。
『な……何なんだお前は』
左手のボスを握ったまま全力で身体強化を施してガルムの後頭部を握り込み、右手の剣の中ほどを使い、ゾリゾリと首を斬り落としていく。
「もらっとく」
「お願いします」
赤目銀髪が斬り離されたガルムの胴体を、一瞬で魔法袋に収納する。
『はっはっはっ。首を斬り落としたとしても、ノインテーターは不死身!』
胴体が消えている事に気が付かないガルムの首を思い切り壁に向け叩きつける。いい音がして、グシャッと潰れたようであるが、多少歪んだだけであり、問題はなさそうである。
また姉上がどうとか、ブツブツ独り言をつぶやいている元貴公子風アンデッドをどうするか、残りの二体を討伐してから考える事にしてこの場を去る事にする。
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「ガルムは面白い。生かして学院に持ち帰るべき」
「腹立たしいですが、法国か帝国の侯爵の息子ですから、情報を得る為には頭だけでも生かしておくのは良い考えかもしれません」
彼女はガルムから情報を引き出せるだけの駆け引きができるかどうかの思案をしていた。
『それこそ、お前の姉に丸投げすればいいだろう?』
「採用します。いい考えだわ」
『魔剣』の提案にここぞとばかりに彼女も同意する。姉は、めんどくさい男の相手も卒なくこなせる。そして、年齢的には少々若いが『姉』という立ち位置で話を聞き出す事も可能かもしれない。また、見た目の年齢で考えれば、オリヴィが最も適役かもしれない。
もっとも、帝国周辺の情報は独自に収集しているであろうから、貴族の坊やが知る程度の情報は既に把握済みかもしれない。ガルムと会話させることが何かの交換条件なり貸しになるのであればそれもありだろう。
中庭の木造構築物にはあらかた火が回り、派手に燃え上がっている。
「宝探ししたかった」
「……ありませんよ。ここはどちらかと言えば牢獄ですから」
『ゼン』の言う通りだろう。ノインテーターを収監しておく牢獄がこの小城塞の在り方だ。そして、その監視役は『奴隷』の魔剣士・戦士の類。恐らくは、逃げた黒い魔剣士と魔戦士が雇用主で、奴隷二人が看守として送り込まれていたのだろう。
「あと二人ですね」
一人は、元傭兵隊の副官、一人が技術者上りの弓銃兵だと聞いている。
「今度は、私がお相手します」
「ええ、順番は大切ですもの」
『ゼン』が今回は対峙することになる。魔力を相当消費した灰目藍髪は当然後衛に回る事になり、前衛は彼女と『ゼン』が担う事になる。ノインテーターと一対一で対峙する経験も糧にしたいのだろう。
北から西を経由していたる南の円塔二階。その扉は、最初から開け放たれていた。
『入ってくるが良い。遠慮はいらん』
ザックバランな物言いに『副官』ではないかと予想がつく。その中には、胸当に左右色違いの派手な衣装を着たハルバードを担いだ男が佇んでいた。
『俺の名前はドレ! 以前は人間で、傭兵隊の副官を長く勤めていた』
ドレは農民の子から冒険者となり、やがて帝国で傭兵になったという。傭兵隊ではだれよりも真面目に務め、兵の取りまとめや教育、物資の調達や交渉などにも堪能で、貴族出身の隊長の元で順当に出世していったのだという。
その装いは如何にも帝国傭兵なのであるが、立ち居振る舞いが歴戦の古強者であることを感じさせる。今までの二人とは全く異なる、優秀な冒険者であり、傭兵であったであろうことが想像できる。
『こいつなら、ノインテーターになっても上手に部下を御せたかもしれぇな』
魅了による支配ではなく、実際に指揮官として不死者の隊長が指揮をする恐れを知らない特殊な傭兵隊である。
「ですが、何故ノインテーターになったのですか?」
『ゼン』の問いに、ドレは気まずそうに答える。曰く、ようやく出世して小さな傭兵隊を任されるようになったのだという。任務は索敵を主とする役割で、今までの傭兵隊から分離していわば『のれん分け』された部隊であったという。
「……ようは、囮に使われたのね」
『ああ。そんなところだ』
寄せ集めの兵士に、間に合わせの武器を装備させ、少数の部隊で敵の有名な傭兵団を釣りだす為に『餌』にされたのだという。
『悔しくてな。無駄死にさせた部下も、俺をはめた元隊長たちにも、そして、それを上手く熟せず躱せずまんまと死んだ自分にも……』
「だからノインテーターになったのね……」
『死んでも死にきれなかった……だが、こんなものは俺の望んだ姿じゃない』
幾度かノインテーターとして戦場に立ち、部下を『狂戦士』化し、敵に突撃させた。自分は不死者だが、部下は不死者ではない。毎回ほぼ自分を残し全滅する。
それは、ドレを嵌めた元隊長たちと同じことをしているのだと気が付いたからだ。
『だからと言って、無駄に死ぬこともできない。いや、死ぬことすら許されない』
ドレは、だから、ここで潔く決着をつけたいと考えていたのだという。
『あんた、名のある騎士なんだろう? 最後の相手に申し分ない』
「……『ゼン』と言います」
剣を掲げ騎士の礼をする。
『いい面構えだ。お前さんぐらいの腕があれば、俺も隊長にさっさとなって部下を無駄に死なせない男に成れたかもしれんな』
ドレは帝国風のハルバードを構え前に出る。ハルバードは基本、槍の動きで刺突を仕掛けるのだが、斧刃の部分やフックの部分で相手を叩き斬り突き刺す変化を与えることができる。
槍よりヘッドが重い分、操練に時間がかかるが、槍と斧と戦槌の機能を兼ねる強力な武器である。マスケットの普及する前は、長槍で防壁を築き、ハルバードで討ち入る戦法が主であった。
『行くぞ!』
柄の中ほどと石突の部分に手をかけ、ゼンの顔にスピアヘッドが向くように構えるドレ。バインドされ、剣を摺り上げられカウンターを取られることを避けるため、『ゼン』は肩に掲げるように剣を構える。撃ち下ろしの構えだ。
剣を弾き上げ、刺突や振り下ろしでダメージを与えることを狙っているのだろう。胸は鎧で固めているので、顔面、フェイスガードの隙間を狙ってくるかもしれない。
「良い構え」
「……勉強になります」
戦斧の形に似ていると思い、荒っぽい力業を主に考える者も少なくないが、熟練したハルバード兵は傭兵隊の要であり、少数で多数を制圧することも可能な存在として知られる。ドレの持つその技術は、それを納得させるものであると感じた。
踏み込み、あえて振り回すように柄の末端を持ち『ゼン』に斧刃を叩きつけようとするドレ。間合いが変わり剣は届かないが、ハルバードだけが届くことになり、『ゼン』は横に逃げて躱す。
前後に逃げていれば、戻ってきたハルバードをそのまま突き出す形に移行したのであろうが、横に逃げたのでそれも行えない。
『基本は出来ているんだな』
「ええ。我々もハルバードを装備することはありますので。片手半剣でも相手をする訓練はしているのです」
熊のような姿かたちの割に、温厚な仕方をする『ゼン』に貴族っぽさを感じたのかドレが苦笑いする。
『育ちがいいってのは、相手をしていても気持ちがいいな』
「それはありがとうございます」
『だが、勝負は別だ!!』
ハルバードの連撃、振り降ろし、切り上げ、刺突を繰り出す。二度三度四度、狭い室内で回避するスペースは限られている。円塔の天井は半円形に石積みされているので、高さは十分、ハルバードを振り回しても問題のない空間が確保されている。
『どうした、逃げる一方か』
「そうですね」
剣より明らかに間合いが遠く、長柄の中心を軸に回転させることのできるハルバードは、剣を振り回すより容易に連撃を繰り出す事ができる。木製の柄を寸断できればこちらが有利になるだろうが、そんな隙を与えるような失敗をドレは起こさない。
『手詰まりか』
「いえ、まだ何もしていないじゃない」
『ゼン』は回避するだけで、ただの一度も剣を動かしていない。担いだまま、摺り足で前後左右に移動し、ハルバードを回避しているだけなのだ。
とはいえ、背後は壁、左右も壁が迫っている空間に『ゼン』は追い込まれている。
『決着か』
「ええ。只一振りで決めます」
『ゼン』が踏み込んでくる、振り降ろしからスピアヘッドが突き上げてくるのを一瞬前に出て躱す。ハルバードを握るドレと拳一つほどの距離まで一瞬で移動する。
『なっ!!』
ゼンは、剣の先端を右手で持ち、首に押し付けるように剣を叩きつける。ゴトンと音がし、ノインテーターの首は魔力を纏った剣の刃を受け斬り落とされ床に叩き落される。
「これを使うのかしら?」
彼女が差し出す銅貨を先端に付けたスピアヘッドを見て首を振る。
「自分の分がありますから」
銅貨を取り出し、ドレの開いた口へと押し込む。
『いい勝負だった』
「はい。最高のハルバード使いと……対戦しました」
煙を噴き出しながら塵へと変わるドレ。そのおぼろげな声がかすかに聞こえてくる。
『次は、お前の従者に生まれ変わりたい……ぞ……』
「ええ。よろしくお願いします隊長殿」
ノインテーターが塵へと変わった後に残された銅貨を、『ゼン』は大切に懐へとしまう。
後年、『ゼン』が親衛騎士団長となった際、小姓となった者に与える『従者の証』として、古びた一枚の銅貨を加工したドックタグを身に付けさせることにしたと風の噂で聞くことになる。
騎士団長は従者のことを『ドレ』と呼び、「私の隊長殿」と敬意を込めて話しかけたともいう。