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第444話 彼女は『全身鎧』と対峙する

第444話 彼女は『全身鎧』と対峙する


 北の円塔の下へと侵入する。螺旋階段があり、中央は高い天井となっている。


『主、この上にノインテーターが一体おります』


『猫』の助言に彼女は黙って頷く。確かに、微弱な魔力を感じる。それは、先ほどであった『アルラウネ』に似ていると感じる。


「ライラの魔力……感じる」

『貰いもんだろうから、同じ魔力だよな当然』


 ノインテーターは動いていないようだ。怠惰なのか、気が付いていないのかそれとも何らかの道具で拘束されているのか。ノインテーター自体の力はオーガと変わらない程度である。つまり、身体強化を行った騎士程度であり、拘束できないほどではない。


 力はあるが、技は生前のままであると考えれば、腕のある魔剣士ならば抵抗されたとしても拘束は容易だろう。だが、彼女は『無気力』ではないかと考えている。


 ある意味ここは、ノインテーターの住処であり、牢獄なのだ。用があるのは戦場だけであり、それも戦う瞬間だけにしか需要はない。


 訓練し、準備し、そして戦い、勝っても負けても命があればそれを喜ぶ。そして、傭兵の仕事は戦場を離れてからもある。強盗に強姦、人攫い等々……それが楽しくて傭兵をやっていたのであれば、そのすべてがない生活に耐えられないのかもしれないと思うのである。


『まあ、ある意味修行以上に修行めいているもんなここにいる奴らの生活』


 ノインテーターは魔力を消費しなければ、『アルラウネ』に会う必要もない。使うまでしまってある蝋燭のようなものだ。火をつければどんどん小さくなる存在だが、それまでは変わらないからだ。




 西二頭への階下へと向かう。通路の所々には中庭に出る出入り口があり、そこだけは明るい。そして、その先にある西の円塔の階下のスペースの暗がり。


「何かいるわ」


 彼女が後方から『ゼン』へと注意を促す。明るい先の暗がりは、一瞬視覚を迷わせられる。


「はっ!」


 回転させた三つの錘のうちの二つを振り回すと魔力を帯びた『ボーラ』が回転しつつその何か潜んでいる暗闇へと吸い込まれていく。


 Gann!


「!!っつ!!」


 石材ではなく、金属板に当たったような音が通路に響く。その瞬間、『ゼン』は暗がりに踏み込む。


 どうやら、暗闇になれる為、目をつぶっていたようだ。そして、音の鳴る場所に踏み込んで眼を見開いたのだ。


「はっ!」


 魔力を帯びて薄っすらと光る魔銀のバスタードソードの剣閃が薄暗い通路に見え隠れする。赤目銀髪は低い姿勢で前進、そして、最後に移動する彼女が中庭を見ると、こちらに音もなく進んでくる『気配隠蔽』をしたであろう、全身鈍く光る金属の鎧を着た大男が目に入る。


『何だかやべぇ奴が来た』

「だから燃やしておけばよかったのよ!!」


 魔力を纏っている感じは、『ビル』に近い感じがする。イーフリート並みの魔力を持つ魔剣士とはいったいどういう存在なのだろうか。背丈はビルよりも頭半分ほど大きいだろうか。


『魔銀の全身鎧かよ』

「手に持っているウォーハンマーもね」


 板金鎧越しにもダメージの入るピックとハンマーの付いたメイスのような形状の装備。片手で軽々と振るうようだが、大きさは彼女達からすれば両手持ちのショートスピアほどの長さがある。本体が大きいので、装備が小さく見える錯覚だ。


『受け止めてみるか一撃を!』

「っ! 他人事だとおもって!!」


 瞬間、中庭に飛び出し全身鎧の懐に詰める。魔力を詰めたスクラマサクスの形状の『魔剣』を振り抜く。が、あり得ない速度でバックステップをする。


『おいおい、中身は何が入っているんだこれ』

「まともな人間ではないわね」


 相手もそう思っているかもしれないと、否定出来ないのが悲しい所である。


 近寄る全身鎧、そして、敢えて今回はその振り下ろされるウォーハンマーを『魔力壁』で受止める事にした。その重ねは……四層。


 Bakinn !!


 Bakinn !!


 Bakinn !!


 Bakinn !!


 四層全てを貫き、彼女は魔力を重ねた左手で受止め、その小手の内を『魔剣』のスクラマサクスで斬りつける。今回は魔力纏いから、剣身を魔力で伸ばす技を重ねる。

 

『ガアッ!!』


 「中の人」から痛みを感じた声が聞こえる。骨までは斬れなかったが、肉は削ることができたようだ。


 背後でも『ゼン』が切り合う気配がしており、残り一人の魔剣士の警戒を赤目銀髪が行っている。


 魔剣士というよりも『魔戦士』であろうか。速度は剣士並みであるが、その装備と力任せの戦い方が『戦士』としか形容できない。


 だが、この古い城館の中庭の腐って湿った地面が彼女に味方する。


「ここまでおいでなさいな!」


 踏み込み足を滑らせた『魔戦士』のウォーハンマーを軽く回避すると、魔力壁で階段を形成し、半ば崩れた二階の木造構築物の上へと降り立つ。そして、熱油球を形成し、小火球を添えずに『魔戦士』の死角からぶち当たるように曲げて飛ばす。


 一瞬、狭い視界から消えた彼女を探す為、バイザーを上げた『魔戦士』の顔面目掛け、熱した油の塊が命中する。


『Gwaaaaa!!!』


 人とは思えない声を上げ、『魔戦士』が湿った地面を転げ回る。彼女はさりげなく降りると、魔銀のウォーハンマーを回収する。


『お宝発見か』

「姉さんが欲しがりそうだけれど、絶対にあげないわよ」


 剣より、メイスやフレイルが好きな彼女の姉である。ウォーハンマーも恐らく好みの内であろう。


 兜を脱ぎ、焼けただれた顔面がみるみる腫れ上がる。が、頭からポーションらしきものを掛けると、みるみるとその外傷が回復していく。


『見事なもんだな』

「ええ。誰が作ったのか、気になるところね」


 恐らくは高級なポーションであろう。多少の赤味は残るものの、焼けただれた皮膚は下から再生し、抜け落ちた髪も産毛ながら生え始めている。どこかのオオサンショウウオ並みの再生能力だ。


『長期戦か……いったん引くか』

「いいえ。足止めはしておかないと。それに、彼、素手よ」


 その焼けただれた皮膚の下から再生した顔は、強い意志を感じるごつごつしたものである。どこか、東の方の国の戦士なのだろう。サラセンに征服された大沼国あたりの戦士かもしれない。装備がこちらのものと若干違うのだ。


 とはいえ、一流の武具工房は法国に多いので、あのあたりの高位貴族は法国の有名職人に発注するのが常であるという。百年戦争の頃は王国も板金鎧の技術が低く、『救国の乙女』が身に着けた全身鎧は法国製である。


『ぎざま!! 許さん!!』

「それはこちらのセリフよ、殺し屋さん」


 暗殺ではなく、白昼堂々撲殺するタイプの暗殺者である。全身鎧に巨大なウォーハンマーで武装し、軽快に動き回り気配を消して突然現れる。惨い殺し方ができる。それは、見せしめにするには文句のない殺し方だ。


 処刑人と言った方が良いだろう。


 どうやら、魔銀製の板金鎧は何らかの加護でもかかっているのか、『魔力壁』を何枚か纏っているような硬さを感じる。ただし、機能としては『鎧』に過ぎないので開口部から通気がなされるし、油も入り込む。


「ならば……『メイス』!!」

『おうよ!!』


 剣で切裂くのは無理だが、打撃で内部にダメージは与えられるのかを試す。彼女の声に応じ、『魔剣』がメイスに姿を変える。スピアヘッドの付いた両手持ちも可能なフィン付きのそれは、赤毛娘の愛用するメイスである。


 そのまま、こちらを睨み付け掴みかかろうと前進してくる『魔戦士』の前に踏み込み薙ぎ払うように脇腹にメイスを叩き込む。


 DoGann!!


 分厚い鋳鉄の板を叩いたかのような衝撃。本来、ただの金属であれば、魔力を纏ったフィンで切裂かれるはずなのだが、その打撃を受け止めている。つまり、魔力でまともに切裂くのは相当難儀であるという事だ。


 二撃、三撃と、ステップインを繰り返し、腕をかいくぐり打撃を加えるがダメージはさほど入っているように見えはしない。


『どうした!! 非力よなぁ!!』


 彼女は魔力を通してなければ、か弱い貴族令嬢である。何の加護かは知らないが、これほど手強いのは『竜』並みであるとかのは感じていた。


『どうする、逃げるか』

「馬鹿言わないで……」


 彼女は再びステップバックし、距離を取る。そして、魔術を発動する。


雷刃(Tonitrus)(gladius)


 メイスに纏わせる『雷』の力。そして、そのまま鎧に向けて叩き込む。


『ふはあはは!! 同じことを何度Dodododododododododod!!!!!』


 打撃は逸らす事ができても、纏う『雷』を逸らすことは出来なかったようである。つまり、『神格』を持つ精霊ほどの力ではないという事だろう。


 一旦距離を取り、ダメージを観察する。命中した瞬間、鎧の表面を青白い火花がパシパシと弾けるのが見えていたが、数秒してその火花も消えた。何か焦げた匂いが漂い、鎧の隙間からは煙のようなものが立ち上る。


 そして、鎧から唯一剥き出している顔の表面には、青黒い筋がミミズばれのように浮き上がっており、グールのように見える。


『ぎぎぎぎざまぁ!!!』


 ダメージは相当入ったようだ。最初の頃の軽快な動きは鳴りを潜め、今は錆び着いた大門のようにギシギシと音がしそうな鈍い動きである。


「『ザグナル』」

『ほい来た!!』


 赤目蒼髪が一時期体が小さいころ使用していた変わったウォーピック。その刃は鎌のようにとがっており、切裂くことも叩きつける事で突き刺す事も可能だ。


 彼女は振りかぶり、今一度魔力をザグナルに纏わせ、魔術を発動する。


雷刃(Tonitrus)(gladius)


 踏み込んだ瞬間、体を捻って避けようとする『魔戦士』の小手先にザグナルをコツンと当てると、激しく痙攣し筋肉が硬直したのか動きを一瞬止める。


 脇を擦り抜け、そのまま背後に回り込みつつ再び……


雷刃(Tonitrus)(gladius)


 ザグナルのその切っ先を、左胸の後ろに叩き込む。


 GANN!!


 魔力が一点に集中したザグナルの切っ先が、板金鎧の背中を貫き、そのまま心臓に『雷』を纏ったまま叩きつけられる。


 激しく痙攣し、肉の焦げる臭いが中庭に漂う。先ほどより一層激しい煙が鎧の隙間から立ち上る。そして、『魔戦士』は大きな音を立て、うつぶせに地面に倒れ全く動かなくなったのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 不死者以外で、まるで不死者のように戦った男であった。が、そんなことより、『ゼン』がどうなったのかが気になる。


 彼女はサクリと首を刎ね、胴体を魔法袋に仕舞う。ノインテータであってもこれで問題ないだろうし、装備していた板金鎧は老土夫に診てもらい、素性を明らかにしたい。


 相手が彼女であったとしても、『魔剣』の変化する装備が使えなければ、かなり苦戦したであろうことは疑う余地もない。


「今回は助かったわ」

『今回も……な』

「ええ、そういう事にしておいてあげましょう」


 彼女は中庭をグルリと確認し、視線のありかを探す。あと一人、魔剣士が潜んでいるはずなのだ。観察されている気がする。が、どこにいるかまでは分からない。


 恐らく、公女マリアの襲撃計画を立てていた賊を討伐した際に取り逃がした『黒い魔剣士』であろうか。少なくとも、今まで見た三人の内には入っていないだろう。


 そして、中庭から『ゼン』と赤目銀髪のいるだろう西の円塔の下あたりへと移動する。


 日陰に急に入り、目が馴染まない。が、見慣れた二つの魔力の塊を見つけ安心する。


「無事かしら」

「一応。手こずったけど」

「強い相手でした。一対一では厳しかったかもしれません」


 二人がいうには、『ゼン』が正面から対峙し、死角に赤目銀髪が入り込み投矢を放ち意識を分散させたのだという。相手が軽装であった事が災いし、何度か脚にけがを負い、集中力が途切れ、魔力が不足してきたところを力押しで倒したのだという。


『また力押しかよ』


 『魔剣』は何が不満だというのだろうか。




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