第443話 彼女は『剣奴』と対峙する
第443話 彼女は『剣奴』と対峙する
「まじかよ」
『まじなのよぉ。よろしくねぇコロボックルゥ~♪』
「ふざけんな! そんなに小さくねぇぞ!!」
コロボックルとは、東方の島国に住む膝丈ほどの背丈の小人族を意味する。歩人は、人間の大人の半分ほどはある。ビト=セバスはそこそこ歩人族としては背が高いのである。
『アルラウネ』の元に六人は集合し、再び今後の対応を確認した。先ずは、小要塞の討伐。その後、アルラウネを『樽』を改造した『植木鉢』に植え替え、そのまま馬車に乗せ移動する。
『あんまり根を斬り過ぎると死んじゃうからぁ……』
「俺の土魔術と、お前の『草』魔術でなんとでもなるだろ」
アルラウネの魔術は『草』魔術と命名された。厳密には土に干渉しているとは言えない。樹木には干渉できていないので『草』限定の魔術である。落ち葉や枯れ木は『草』扱いで良いのかは謎だが。
「よろしくおねがいします!」
『ふふふ、こちらこそねぇ~♪』
草っぽい美女と仲良くなれて嬉しそうな孫娘である。灰目藍髪は少々距離を取る事にしたようで、余り近寄ってこない。警戒する人間も必要だ。魔物であることは半ば変わらないのであるから。
アルラウネの元を離れ、小城塞に近寄る。
『入口は川を挟んで裏手になります』
『猫』の解説曰く、北側にアプローチがあり、二階部分から内部に侵入できるようになっているという。剣士たちは二階のいずれかに、四か所ある尖塔の中にそれぞれ一体ずつのノインテーターがいるはずだ。
六人は、川を気配隠蔽を掛けたまま進み、彼女の作る魔力壁を踏んで渡り切る。そのまま北側へと回り込み、アプローチの手前で停止する。
「気配隠蔽を解除して、打合せの通り砦を築いてちょうだい」
馬車を出し、周りの土を掘り下げ壕とし、その土を用いて馬車の周辺を掩体で囲む。
「セバスさんの、ちょっといいとこ見てみたい!」
「「それそれそれそれ!!」」
宴会ではない。
「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する姿に整えよ……『土牢』」
からのぉ
『土壁』
『堅牢』
馬車の周りが三メートルほどの幅に渡り三メートルほど掘り下げられる。そして馬車の周囲を土壁が覆い、箱をひっくり返したように成型され、硬化される。
「いってらっしゃい」
「おみやげは魔剣士の首!」
「いらんわ!そんなもの!!」
銃眼から外をのぞきながら中に残る三人が声を掛ける。それを背中に再び気配隠蔽を掛けた彼女と赤目銀髪、『ゼン』が坂を上り始める。
二人には最初から、魔力纏い、身体強化を戦闘終了までかけっぱなしにするように指示を出している。その上、彼女自身は魔力壁の複数展開と魔力走査を全周に対して行っているのである。
『どのくらい持ちそうだお前の魔力』
「半日くらいかしらね」
『冗談はよせ』
魔装がなければ、魔力壁の六面展開を行う必要がある為、その魔力消費量は256倍となってしまう。魔装のお陰で、魔力壁は三面で済ませている。上下と前面である。これでも32倍。半日は不可能であるとしても、八時間程度は確保できる消費量だ。
「魔力大丈夫?」
「心配無用よ。自分のペースだけ心配しなさい」
前衛は彼女、中に『ゼン』を挟んで後方は赤目銀髪。罠対応より不意打ちの強襲を避けたいがための順番である。
攻め寄せる敵を防ぐための胸壁と小城塞の入り口前に続く坂を上る。入口前は胸壁で囲まれた、馬留・兵溜となっている。ここに騎士や兵士を集め、逆襲する際の集合場所にしている広場である。
下から覗く小城塞は、狭間が切られているものの、恐らく内部は薄暗いのだと思われる。外の石壁の外壁に対して、内部は居住空間を確保するために、中庭側に木製の住居区画が設置されてアーケードのようになっているのが普通だが、この建物の朽ち具合からすると、使用できるかどうか微妙である。
『猫』の情報によれば、二階部分は朽ちているが、一階の中庭にある食堂などは使用できるように補修されているという。ノインテーターはともかく、生身の体の『魔剣士』達は飲食もすれば排泄もするのだから、機能していなくては困るのであろう。
馬留の中央正面には、大きな金属板の補強がなされた扉が設置されており、当然しまっている。
「どうしましょう」
「開ける?」
「いいえ、こうするのよ」
彼女は『魔剣』を持ち、唱える。
「『バルディッシュ』」
『ほいきた!!』
魔銀の『魔剣』は知性のある剣であると同時に、彼女の持つ装備に姿を変えることができる。持ち替える手間が無いので、今回はこれで通すつもりだ。
魔力を通し、斜めに斬り下ろすように左右に刃を振るう。音もなく扉に切っ先が入り、スパッと扉が切裂かれる。ドンとばかりに柄で突けば、奥に向かって切裂かれた扉がはじけ飛ぶ。
『もっと大事に扱え』
「ええ、日頃はそうしているもの。あなたは特別よ」
何か嬉しくない特別感である。
「……素晴らしい『魔剣』ですね」
「我が家に伝わる家宝なの」
「果報は寝て待つ」
寝てまつではない。流石に、中庭部分には日が差し込んでいる。通路を進むと、左右に扉がある。見た所、左は竈の煙突があるので食堂であろうか。
『魔力を感じねぇな』
「ええ。でもいるわね」
派手に扉を破壊して侵入したのだから、待ち伏せしてもらわねば困る。幸い、日光の入る二階部分にはノインテーターはいないだろう。剣士の類だけがそこにいると考えられる。
食堂の前の扉を開こうと手を掛けると、背後の扉が音もなく開き、短刀が投げつけられた。何やら塗りつけられていたようで、ヌメヌメと刃が光っている。
「……毒……」
「なっ」
赤目銀髪が素早く回収、その声に『ゼン』が驚きの声を上げる。剣は用いる者が剣士だけとは限らない。リリアルの冒険者は、本来『魔術師』なのだから。
空いた扉の中に彼女が飛び込む。そして、その背後を固めるように『ゼン』が押し入り、赤目銀髪が続き扉を閉める。
中には、黒装束の者が一人。背は小柄だが、雰囲気は男である。
「なぜ……ナイフが……刺さらない……」
「さあね。余計な事は言わない主義なの」
彼女はすかさず『魔剣』をスクラマサクスの形状に替え、『飛燕』を放つ。二つ、三つと投げるが、ひらりひらりと躱されてしまう。
「近寄れば!!」
「暗器!!」
流石に赤目銀髪はこなれている。薄暗い場所、距離を取って対峙している理由。近寄れば、見えない位置からの暗器による奇襲や罠がある可能性がある。
「任せなさい」
彼女は全身に魔力壁を纏い、前進する。そして、『飛燕』を放ち続ける。
GINN!!
何かが足元に落ちる。どうやら、なにか円形の刃物が投げつけられたようだ。
『暗器あったな』
「当然でしょう」
倉庫であろうか、乱雑にはこのようなものが床に放置されている。そして、明り取りの窓のようなものはあまりない。むしろ、壁を作った板の隙間から所々差し込む光が、室内の視界を邪魔している。
相手は、敢えて光の差さない場所に立ち、こちらが見えにくい位置、目が慣れるまでの瞬間を利用して仕掛けて来たのだ。凡そ一分足らずのアドバンテージ。本来であれば、暗殺するのにはその程度の時間で十分なはずであった。
彼女は背後の赤目銀髪に指示を出す。
「……ゴブリンは!」
「消毒だぁ!!」
暗く狭い場所での奇襲、反撃は更なる奇襲をもって行う。熱油球に小火球の組合せ。燃えても別に構わない建物だ。再利用が困難なほどに破壊しても問題ない。
グツグツと煮え滾る油の球が声のする方向に飛来し、やがて絶叫が聞こえる。
『あ、あじぃいいいい!!!!』
そして、動きの止まった一瞬に小火球が命中、松明のように燃え上がる。
「『ゼン』止めを」
薄暗闇に青ざめた顔の『ゼン』が浮かび上がる。恐らく、彼女たちがこんな攻め方をすると予想していなかったのだろう。それは、相手の人間松明も同じであろう。
『ぎぃぃぃいいいい!!!』
既に、声にならない叫び声をあげ、床を転げ回る『暗殺者』に向かい、『ゼン』が駆け寄ると、魔銀剣のバスタードソードで止めを刺す。
「念入りにお願いね。首は必ず斬り落としてちょうだい」
「アンデッドでもそれでOK。ノインテーター以外」
『ゼン』は無言で言われたとおり、首を斬り落とし止めとした。
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かなり燃えてしまっているが、どうやらサラセン人か東方の人間のようである。首枷がはめられているところを見ると、戦闘奴隷の類かもしれない。
『剣奴ってやつか』
古帝国時代であれば、興行としての剣闘士の試合があり、その多くは戦争により身柄を拘束された帝国と戦った諸民族の戦士であった事もある。今では、その様な奴隷がいると聞いたことがないのだが。
「装備を回収した」
「……これが暗器ね」
円盤状の金属の外側に刃を付けた物である。
「これを投げつけたという事でしょうか」
「これ、内側に指を入れてクルクル回すのかも?」
危ない!! すっぽ抜けたらどうするの!! と彼女は内心焦る。
「それはこの後時間がある時にゆっくり検証しましょう。倉庫に何かないかどうかざっと確認した上で、改めて、向かいの部屋を探りましょう。今の騒ぎで、もうバレているでしょうから。堂々と押し込みましょう」
「……」
考えているようで、実は力押し大好きであることにそろそろ皆慣れて来る頃である。
しかし、内部に侵入して捜索するのも面倒な気がする。
「一気に燃やすべきかしら」
「いや、こちらの捜索が困難になるのではありませんか?」
「魔剣士はともかく、アンデッドは呼吸しないから、むしろ不利」
多数決であっけなく否定される。とはいうものもの、あきらめの悪い彼女は討伐完了後、この中庭の木造構造部物を燃やそうと心に決める。
倉庫の中には特に生活用品のようなものは見当たらず、討伐した『剣奴』はどこか別の場所で生活していたのかもしれない。
「では、向かいの扉を開けましょうか」
どう考えても待伏せされているのではないだろうか。『ゼン』は、この奥の回廊を捜索してからではどうかと提案する。
「間を開けてタイミングをずらす事も必要ではありませんか」
確かに、今すぐでは相手も張り詰めた状態でこちらに対するかもしれない。また、『猫』の情報だと残り魔剣士は三人いるはずである。全員が奥の部屋にいるとは思えない。
「では回廊を周りましょうか」
「早くしないと夜になる」
吸血鬼は存在しないとしても、ノインテーターも能力向上に多少は影響するだろうか。野戦では普通に暴れていたように記憶している。グールの上位互換レベルであれば、特に問題ないのだが。
「今回は私が前衛を務めます」
「……お願いするわ」
「真ん中希望」
剣と片手には……魔装糸と魔銀鍍金錘の『ボーラ』が握られている。剣士には拘束する武器も有効かもしれない。また、魔力を込めたダメージは有効だろう。
魔剣士の多くは、身体強化と魔力纏い程度しか扱う事はない。例えば、ルイダンあたりが典型であろうか。素早く動き、魔力を纏わせた装備で攻撃を行う事で、相手に致命的な打撃を只一撃で加える……というスタイルを好む。
故に、『ゼン』には「魔力壁」を上手に使い、剣を往なすように彼女は何度も訓練していたのである。