第42話 彼女は孤児院を訪問する
第42話 彼女は孤児院を訪問する
「では順番に、魔力があるかどうか調べるので、一人ずつ部屋に入って面接をします」
今日も彼女は孤児院で、魔力を持っている孤児の子を探している。
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孤児院、大抵が教会の付属施設である。王都にはおよそ2000人の孤児が収容されており、3分の1が捨て子だという。それ以外の場合、王都周辺の村落で親を亡くした子供が面倒を見る者もおらず王都に連れられてくるのだそうだ。そして、様々な問題がある。
まず、孤児院に子供の記録がきちんととられていない。全部で何人という程度の記録でしかないのである。収容された日・年齢・出身地など孤児が自立する際に必要な情報が欠落していることが多い。
時系列で成長の記録もなされていないし、性格や特徴なども記録されていない。いつの間にかいなくなったりする者もいる。多くは、先輩孤児に連れられてどこかへ行ってしまうのだろうが、あまりいい卒業先とは思えないのであるが、ここにいるよりましだと思うのだろう。
「これから、王都の孤児院は王家の管理となります」
いつぞやの宮中伯様と同行し、孤児院に命令を伝達することになっている。それは、見た目少女が話をしても、教会の責任者が納得も理解もしないと考えているからである。
「急なことで……」
「最近、王国内で人攫いが組織的に行われていることが発覚している。その中で、孤児は狙われやすいのだ。我が王国の民である者が、知らぬうちに他国で奴隷とされていることに、王妃様王女様は心を痛めておられる。
そこで、彼女たち王女様付きの侍女が孤児を面談し、魔力のある者、その他才能のあるものを王家の設立する専門の院に収容する。また、孤児が失踪したことが把握できるように、定期的に院の名簿を検めることにする」
「……それは……慈悲深いことでございますな……」
「案ずるな。魔力のある子供たちに薬師や魔術師として育てて、その子たちの作成したものを売却する益を各孤児院に還元することが決まっている。きちんと運営していることが分かれば、正しく予算が分配され、いま収容されている子供たちも幸せになれるであろう」
魔力のある子を供出して魔術師になると、お金になって戻ってくると理解した教会関係者である孤児院の院長は大いに笑顔になったのである。
「中々魔力のある子っていないのね」
「基本的に、貴族の血が混ざっていないとね。だから、捨て子の中に貴族の屋敷で働いていた奉公人の子供で、貴族が孕ませた……というような子供が沢山いれば、魔力持ちもたくさんなのだけれど……」
「早々いたら、それはそれで貴族のモラルを疑うわね」
魔力持ちと分かれば庶子でも家の子として預かろうとするから、それはそれで少ないだろうとは想定していたのである。
「この孤児院で、そこそこの子が一人、多少の子が三人だもんね」
「二百人から面接して……少々しんどいわね」
面接方法は簡単である。魔剣に協力してもらったのである。
「こんにちは、では魔力があるかどうか確認します。質問をするので答えてくださいね」
「は、はい」
10歳ほどの女の子だろうか、彼女が何か質問すると思い、黙って待っているのだが、質問が始まらない。
「あ、あの、質問は……」
「ええ、これで終了です。残念ながら、魔力は無いようです。お疲れ様でした」
「……ありがとうございました……」
トボトボと彼女は部屋を出て行き、次の女の子が入ってくる。彼女は、レンヌ系なのだろうか、赤毛の一寸骨太な感じの八歳くらいの娘だ。
「魔力があるかどうか確認するので、質問に答えてちょうだい」
『まずは、お前の年齢から聞こうか』
「え、えっ、だれなの!」
二人きりしかいないはず。目の前のお姉さんの声ではないおじさんの声。どこかに隠れているんだろうか。
『ああ、探しても無駄だ。早く答えろ』
「八歳。来月で」
『おおそうか。七歳以上なら連れて行けるからな。魔術師、なりたいか?』
「うん、なりたい。魔術師になったら、毎日おなか一杯食べられる?」
『魔術師は忙しいからな、おなか一杯食べていたら仕事にならねえ。でもまあ、食べるに困る事は無いし、あったかい布団できれいな服着て生活できる。自分でちゃんとすればだけどな』
「そうなんだ……」
「質問に答えられるのは魔力があるからなの。おめでとう、貴方には魔力があるわ。魔術師目指して頑張りましょうね」
「は、はい!! あたしがんばります!!」
赤毛の女の子はそういうとピョンピョンとその場で飛び跳ねたのである。
孤児院は七歳未満とそれ以上でかなり扱いが変わるのは、一般家庭と同じである。七歳以上の子供たちは男女で分けられ、男の子は大工、鍛冶、手工業といった職業教育、読み書き計算などの一般教育を受ける。女の子はいわゆるメイドとして家事労働の教育を受ける。裁縫、料理、洗濯に音楽や図画などの教養的なことも教わる。読み書き計算は希望者だけのようである。七歳未満は職業訓練はなく、読み書きに遊びを通じた運動、それに、御神子教について学ぶことになる。
「最低限の読み書きができる子じゃないと、薬師も魔術師も厳しいわね」
「院の方針で差が出ているもの。名前だけ書ければOKのところもあるわ」
なぜなら、契約書に自筆でサインさせたいからなのだろう。碌なことを考えていないと言える。
「教育に不熱心なところは……色々問題ありそうね」
「孤児院を出た後の、追跡調査までは……難しいわね」
孤児院出身であることを、隠しているものも多い。特に成功している者は口を噤むだろう。
「それでも、王妃様の庇護に入るということですもの、変わっていくのでしょうね」
「変わらないと、言い出しっぺのあなたが困るのではないかしら」
『まあ、最後は森で隠れて暮らせば何とかなるしな』
魔剣の言うことももっともなのだが、そうはいかないことも分かっている。
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孤児の子たちと、いろいろ話しながら一緒にお昼を食べたりする。勿論、差し入れを共にするのだ、たかっているわけではない。
「貴族も王族も食べるに困らないだけで、それなりに大変なのです」
「「「「……え?……」」」」
家のため、国のためにたくさん勉強しなければならないこと。その為に命もかけなければならないこと。
「私の場合、姉が後を継ぐので、役に立つお金持ちの嫁に行くのが決まり事でした」
令嬢らしい最低限のことを習った後は、商人の妻として必要な会計・法律の勉強、護身術に馬術に薬師の勉強……小さなころから大変だったことを説明した。
「王女様もですよ」
「……王女様も?」
「ええ、言葉も通じないよその国に嫁にいって、そのままその国の人になることもあります。幸い、王国の今の姫様はレンヌの大公妃様になるでしょうが、王都にはいられませんね」
「そうなんだ……」「大変……」
孤児たちが思うより、それなりに家の為に生きるのは大変なのだ。娘なら実家の役に立つ嫁ぎ先に嫁ぐため、息子なら長男以外は後を継げないので、官僚か聖職者か傭兵にでもなるしかない。上手くいけば令息のように婿の目もあるが、わずかである。
「孤児院は十五歳で成人するまでに出ていかねばなりませんね。その先、どうするのかを考えて不安なことでしょう」
家の跡を継ぐ、実家の仕事と同じ事をする。農民は難しいが、商工業者はわりとある選択肢だ。とはいえ、孤児にはそのつても縁もない。そうすると、あまり良い仕事にはつけないし、簡単に犯罪者になりかねない。あるいは、どこかで奴隷である。
「ここで学ぶべきことを王妃様が定めてくださいます。そして、毎年どのくらい身に着けることができたか、一人一人、王妃様のお使いの者が確認していきます。よく学んでいれば褒められ、学ぶことができなければ、より一層頑張るように励ます事でしょう」
それは、王妃様の知人友人の婦人たちが担うことになっている。一人、孤児院を一つか二つ、五十人くらいになるだろうか。そして、それぞれが王妃様に報告することになる。そこで、夫人同士が情報交換したり、工夫を共有し、王妃様もそれを認めていくことで、孤児院の子供たちが自分を認めてくれる存在を感じられるようになるだろう。
王妃様と、人を挟むことにはなるが、孤児がつながっていくことになる。王家を支える人が増えることにつながるのである。
さて、『リリアル学院』の準備も佳境のようだ。王都の南、馬車で3時間ほどの距離にあるその城館は、以前は狩りの為の別邸としてその昔の王により建てられているのであるが、いまの国王陛下は狩りは好きではないため、王妃様の別邸として任せているのである。
そばには川が流れ、池もあり、また葡萄畑なども設けられている。王妃様の飲むワインを育てているのだそうだ。
「部屋がとてもいいのよ。狩りに王国の名だたる貴族を呼ぶこともあるのでね」
部屋数が多いものの集団生活ができる形の寮のような内装に変えている最中だと聞いている。
「どうです、素晴らしい場所でしょう」
「……大変美しい城館でございますわ」
なぜか、王妃様に王子様と婚約者様に王女様……彼女と伯姪が馬車でやってきているのである。勿論、全てを孤児院に開放するのであるが、いくつかの部屋は王妃様方が泊まれるようにしつらえるのだそうだ。
「王女も共に学ぶものができて喜ばしいのではないかしら」
「もちろんですわ。わたしも励みになります!」
そして、なぜか馬車ではなく、騎乗する王子と彼女である。そういえば、一緒に馬に乗りたいと……言ってた気がする。公爵令嬢様がにらんでいるので、楽しそうに話しかけるのをやめてもらいたいと彼女は思うのである。
因みに、公爵令嬢は王国北部の出身で、ダークブロンドのスタイル抜群の美人であり、彼女の姉も身分さえ近ければ張り合えるほどである。勿論、彼女の姉がである。
敷地の中で薬草園は十分に整備できそうである。それに、城館の作りで周囲から堀で隔てられている、簡素な城塞のような作りであるのも好感がもてる。王都の周辺に魔物は出にくいものの、王都のように完全に城壁で囲まれているわけでもない。
とはいうものの、王妃様の城館であるから、警備の騎士と衛兵は常駐しているので問題ないだろう。むしろ、食事の準備など自前でする必要がなくなり、生活環境は良くなると思われる。
「遠くないのだけれど、来る理由もなかったので何もしていなかったのよ。でも、子供たちがここで生活するようになるのであれば、様子を見に来ることも増えるでしょう」
季節季節で変わる風景を楽しんだり、ここに住む子供たちと祝祭を共にする事も良いかもしれない。王妃様が来られないとしても、私は来ようと彼女は思うのである。
『警備は厳重にしねえとな。全員魔術師の卵だろ。人攫いからしたら宝の山だぜ』
『主、何か妙案はございますか』
「騎士の巡回所に加えてもらうのはどうかしら」
『いいんじゃねえか。もともと衛兵はいるんだからな』
騎士の駐屯所を設置するには微妙な王都からの距離ではあるものの、騎士が定期的に周りを巡回するのは安全確保のためによいであろう。
「それと、油球を飛ばすのを、早めに覚えてもらおうかしら」
『王女殿下の水魔法と同じでございますな』
『なら、お前がしばらくここに住むのがいいかもしれねえな』
孤児たちが魔術師見習い程度に育つまで、ここに住むのも悪くないだろう。薬師を育てるにも、周辺で薬草探しや、薬草園も作るのに人任せというわけにはいかないのだ。
「それと、庭師の方で薬草を育てるのが上手な方をお願いしないとでしょうね」
『王妃様案件だな』
薬草の見分け方、薬の作り方は教えられるものの、薬草を育てるのは彼女にとって専門外だからである。
「できれば、年配の優しい人がいいわね」
優秀な人は意外と優しくない。できないことを見下す癖がある。それは、孤児として育ってきた子供たちに、普通の子供以上に傷をつける可能性があるのだ。世界は優しさに包まれていると思えない彼ら彼女らに、傷つけることをしないでもらいたい。それは、いざという時に頑張ることができないからだと彼女は思うのである。
「上手くいかないとき、悩んだときに戻ってこれる場所になればいいのよね」
『孤児院は……そうもいかねえだろうしな。ここで一緒に頑張れる仲間が育つといいよな』
魔剣になる前、魔術師にはそういう人や場所があったのか聞いてみたい気もするのだが、たぶん何も言わないだろう。猫にもあるとは思えないし……彼女もそういえば、そう思える人も場所もなかった気がする。
実家は姉が継ぎ、自分は外で子爵家のためになるよう生きる。それが、少し前までの彼女に定められた生き方であったのだから。
「少しでも過ごしやすい場所にしましょう」
『ご飯がおいしいといいな』
『シーツはきれいなものにしてあげたいですね。よく日に当たった幸せな感じがするものに』
猫の言葉に、彼女は「その通りだわ」と思うのである。
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