第438話 彼女は包囲する傭兵の天幕を燃え上がらせる
第438話 彼女は包囲する傭兵の天幕を燃え上がらせる
侵入する六人、装備は鎧を外した魔装のみ。扱う武器は片手剣のみとする。
「殺す必要はないわ。気配を隠蔽し、膝から下への一撃を。動けなくし、傷を出来得る限り多くの人間に負わせることが目的よ」
「「「はい!!」」」
と返事をするものの、村長の孫娘はいたって弱気である。それはそうだろう。万を超す傭兵の野営地にたった六人で斬り込むのだから。
「びびってる?」
「び、び、び、びびってないですよぉ!! へ、平常心ですってばぁ」
「あはは、緊張するよね。でも大丈夫。あいつら油断しているし、夜の帳は皆を隠してくれる。炎に目を取られてパニックになれば目に入らないよ。
気にしないでもOK」
赤目銀髪に問われ、思い切りびびっている事が隠し切れない村長の孫娘は、姉に説明されなるほどと思う。
「最初は気配を消してついてきなさい。騒ぎが大きくなれば、転んだりぶつかりあったりする者も増えてくるでしょう。みな、鎧を外してくつろいでいるのでしょうから、斬りつけるのは簡単。それに、脚を斬りつけるだけでいいわ」
「慌てて兜だけ、胸鎧だけというものは多いでしょう。酔っている者がいれば、それも狙い目でしょう。斬りつけたら即離脱で、同じ場所に長居せずに」
彼女の言葉に『ゼン』が付け加える。
「同士討ちが始まる可能性もあるので、一気に突破して、大きく迂回してリジェには戻るようにしましょう。魔力壁さえあれば、どこからでも戻れるでしょう?」
階段になる魔力壁はとても便利である。今回のくみあわせであれば二人のうち、どちらかは使う事ができる。
「ケガをしたり危険と判断したら、直ちに野営地から離脱を。安全第一で」
「……安全第一なら、そもそも夜襲なんてするなよ……でございますお嬢様」
「訓練だから。安全はないけど、安全第一ってこと。セバスはここが死に場所」
「いや、俺は里に帰って幸せになるから。フラグじゃねぇから」
命を惜しむものが危険な状態になりやすいものである。自然体で斬り込むのがこの場合最良だと思われる。
「では、姉さん、スタートは任せるわ」
「そう、じゃあ、教会の鐘を合図にしようかな?」
『終課の鐘』を合図に七人は行動を開始することになった。
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そもそも、リジェには外に打って出るような戦力は存在しない。故に、包囲する傭兵とその指揮官たちは大いに油断している。かがり火をたくのは警戒の為ではなく酒宴の為。そして、まともに哨戒している兵士もいない。
所詮は寄せ集めであり、尚且つ質の低い貴族に雇われた野盗の集団である。
傭兵の恐ろしい所は、戦場で稼ぐ金よりも、戦場となった地域で略奪する事で得られる副収入に重きを置いていることである。ネデルの農村は都市を支える関係もあり、手工業による収入なので王国の農村より一段と豊かである。
つまり、奪えるモノが多いのだ。帝国傭兵からすれば、うはうはである。主な戦力はオラン公の遠征軍と対峙する為に向かっており、彼らを討伐する組織的な戦力は公式上存在しない。
「ひゃあぁぁあぁぁ!!」
「酒だぁ!! もっともってこい!!」
「なんだぁ! その顔わぁ!!」
殴りつける音とすすり泣く女性の声がする。
「ひ、酷すぎます」
「守るべき者が守らなければこうなるのよ。あなたの村でもね」
王国に大規模な傭兵が解き放たれることは今後はないと思われるが、百年戦争の頃には王国内でも多数見られた光景なのだろう。さらに、連合王国軍の『騎行』もあったのだ。
それ故、時の『賢明王』が都市を再構築し、主な都市はそれぞれの都市を領する貴族若しくは、自由都市は都市自身の手で城塞化された。領内の農村の住人を収容し、敵に食料や人を奪われないようにするためである。
これに逆らった都市は、破却され、王国軍の庇護を受けられない事となった。王権の確立は、近衛連隊の整備とそれを維持するための税制の整備を表裏とし『賢明王』の時代に確立されたといえるだろうか。
勿論、紆余曲折はあるものの、貴族と王が対等の関係から、王に従うべき存在としての貴族に王国内の力関係が変化した切っ掛けは「賢明王」の時代に始まるのである。
『終課』の鐘が鳴り、世の中は寝る時間となる。
だが、野営地は未だ饗宴の最中。警戒すべき敵もおらず、リジェの城門は固く閉ざされている。星明りの夜に、攻め寄せるような敵が存在するとはだれも考えていない。
すると、俄かにリジェの街壁の上に大きな火の玉が浮かび上がっている事に気が付いた幾人かの男たちが指をさし、声を上げる。
わざわざ魔力で強化した上で、詠唱の声が響き渡るようにした姉の声が野営地に、リジェの街並みに木魂する。
『心の奥の正義の炎が、
浄化の炎で滅せよ!!
悪を浄化せよと私に命ずる。
迸れ魔力、目の前の悪しき男たちを
大魔炎』
野営地を照らすような小さな太陽の如き火の玉が、流星のようにリジェの街壁の上から飛んでくる。
大声で叫び、走り去ろうとする者、硬直し動きを止める者、酔いが回り過ぎてはいずり回る者、何が起こっているのか分からずへらへらと笑い続ける者。だが、その炎の塊が野営地に落ちると、多くの絶叫となって響き渡った。
体が炎に包まれ、走り回る幾十人の男たちが四方八方へと走り回り始める。
『おいおい、思った以上に派手じゃねぇか!!』
『魔剣』も姉の無駄に大きな『大魔炎』の効果に正直に驚く。
「火をつけて回るのは、少々後回しね。斬り込みましょう」
「は、はい!」
剣を抜き、姿勢を低くして野営地に入り込む。火の付いていない天幕の中を確認し、魔力走査で魔力持ちの居所を探しつつ移動する。
覗いた天幕には、乱暴されている女性と複数の傭兵。こちらに気が付いた男がやおら立ち上がろうとする。どうやら、女性に暴行していることに集中し過ぎて、外の変化に気が付いていないようだ。
「なんだぁてめぇわぁ!!」
『燕雀』……すなわち、『飛燕』を誘導する技。狭い天幕内で確実に相手の首を飛ばす為に、敢えて使う。
Pann!!
首が刎ね飛ばされ、押さえつけていた男の首が前にごろりと落ち、男の体が押さえつけられていた女性に覆いかぶさるように倒れる。
「突き!」
背を向けて女性に覆いかぶさろうとしていた半裸の男の左側の胸を村長の孫娘が魔銀剣で突き刺す。剣を返し、背中を蹴り飛ばして剣を抜く。
二人の男の死体に覆いかぶさられ、女性は大声で絶叫している。
残りの一人がしゃがみ込んで完全に固まっているところを、首の横をちょこんと傷つけ蹴り倒す。首からは血が噴き出し、慌てて首を抑える男。
折り重なる死体を跳ねのけ、女性を表に引き摺りだす。
「野営地が襲われているわ。後ろの森に向かって走りなさい。逃げるのよ」
「!!!」
上半身を返り血で染めた女性が、一気に森に向かい走り出す。周りは火を消そうとする者、慌てて天幕から飛び出すものでごったがえしている。
「邪魔よ!」
魔銀剣を振るい、腹を割き、脛を削り、蹴り倒していく。後ろに続く村長の孫娘は剣を構えて恐る恐る彼女の後をついていく。
すれ違えば斬り、横切れば斬り、通り魔のように野営地を抜けている二人。斬っているのは主に彼女だが。
そして、炎の回っていない大き目の天幕には油球と小火球を『その中』に打ち込んでいく。一応、女性がいないかどうかは確認してからである。
「ひゃああ!!」
「あ、あっちいぃぃ!!」
飛び出してくる傭兵達に適当に斬りつけ、中を確認しよさげな物は回収していく。
「せ、先生」
「……火事場泥棒ではないのよ。活動資金を押さえて、回収しているだけよ」
どう考えても火事場泥棒である。が、このまま放置すれば明日にでも別の攻囲している傭兵に回収されるのであるから、これは押さえておくべきだ。
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「……燃えているわね」
「はい、しっかりと燃え広がっています……」
戦闘開始から小一時間。最初の頃は、一々天幕を確認してから斬り殺していたのだが、すでにパニックが広がり、天幕には次々炎が燃え広がっているので、彼女と村長の娘は、野営地を抜けリジェを野営地越しに望む草原から、未だ燃えていない天幕に油球と小火球による炎上攻撃を行うことにしていた。
既に、雑多なものが燃え広がり、暗闇の中に炎と煙とが入り混じり、大混乱の状況となっていた。
「あ、また来ます」
姉の『大魔炎』は十を越えたあたりから数えるのを止めたのだが、一二分おきに飛来しているので、多分、三十程度は投擲されているだろうか。さながら、歩く攻城砲である。
『魔力多いな……お前ら姉妹』
「姉さんは才能、私は弛まぬ努力の結果よ。一緒にしないで頂戴」
未だに、錬成で聖魔鉄を作らされたり、武器の補修で限界まで魔力を絞り出すことが珍しくない彼女からすれば、才能全振りで魔力量の豊富な姉と同じ扱いをされるのは不本意なのだろう。わからないでもない。
「先生、そろそろ戻りませんか?」
「ええ。一時間ほどでしょうから今日はここまでにしましょうか」
最初は大いに戸惑っていた村長の孫娘だが、最後の方は鎌で雑草を刈るように、首の後ろや膝の裏を剣でピッピと切裂いていた。
後に、その様子を伝え聞いた赤目銀髪から『切裂きピッピ』と呼ばれるかどうかはちょっと考えさせてもらいたい。
何人かの女性を救出し、多少のお金を渡して森に逃がし、あるいはポーションを与え治癒したりもしたが、全員を解放するには程遠かった。
「明日は、もう一工夫しましょう」
「……明日もあるんですか……」
彼女としては、撤退するまでにできる限りの嫌がらせと女性の救出をしたいと考えていた。明日は、警戒も厳重になるであろうし、野営地も城壁から離した場所に設置される可能性もある。
「警戒してくれると、女性が隔離されてよいと思うのよね」
「ああ。そんな暇ありませんものね」
好き勝手やっていた宴のような野営から、一応、夜襲を警戒した体制に切り替わるのであれば、今日のような隙もない代わりに騒げる余地も少ないだろう。襲撃や同士討ち、混乱によるテントなどでけが人も死人も続出しているであろうから、明日は一日後片付けで大変な事だろう。
そして、夜暗く成れば夜襲の警戒をしなければならない。考えただけで……気の毒ではなく『ざまぁ』である。
リジェに戻ると、街壁の上から一部始終を見ていた市民兵や衛兵たちから歓声が上がる。そして、人の輪の中心には……
『聖女様の姉上様』がいた。
「そうそう、いやー可愛い妹ちゃんの為に一肌脱ぐのもお姉ちゃんの大切なお仕事だからね」
「妹御は聖女、姉君は大魔導士様とは。姉妹揃って才媛であらせられる」
「そんなことないよ。まあ、妹ちゃんはちっちゃいころから頑張り屋さんだったからね。神様もその辺、ちゃんとご存知だってことなんだと思うよ」
何勝手なこと言ってるのかと怒鳴りたいことをぐっと飲みこみ、彼女は『聖女』として姉に感謝の言葉を述べる事にする。これも依頼の一環であると考え、諦める事にする。
「姉さん、今戻りました。『大魔炎』あれほど沢山放ってくれるとは思っていませんでした。とても感謝しているわ」
「なになに、それほどでもあるよ妹ちゃん。リジェの皆さんのお役に立ててお姉ちゃんも嬉しいよ」
と、何故かハグをしてくる。姉にハグされるのは大変『苦手』なのであるが、ここは黙ってされなければならない。
「明日も忙しくなるので、今日はこの辺りで解散しましょう。皆さんも、良くおやすみください。まだ、包囲は始まったばかりで、先は長いのですから」
「「「「おう!!」」」」
何故か、姉に肩を組まれる彼女であるが、顔には出さず笑顔をキープする。
「姉さん」
「なにかな妹ちゃん」
「あまり調子に乗らないで貰いたいのだけれど」
「明日もやるんでしょ?」
彼女のことをよく理解しているのは流石の「おねえちゃん」ではある。
「勿論よ。但し……」
「時間を変える。明日は、終課じゃなくて、讃課の時間かな?」
『讃課』とは、早朝まだ日が昇る前の時間。まだ、空も明らむ前の時間である。
「今度は静かに打ち込んで頂戴」
「そうだね、街壁の中で形成して、低い所を飛ばすようにするよ。まあ、どうせ今日より遠くに野営するんだろうけれど、見える範囲なら飛ばせるしね。問題ないよ」
姉の『大魔炎』は300mは飛ばせるそうで、角度を工夫すればその倍はいけるという。本格的に投石機並みである。