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第435話 彼女は『参事会』に参加する

第435話 彼女は『参事会』に参加する


 コロニアはコロニア大司教のお膝元でありながら、大司教の居館は隣の『バン』という街にあり、コロニアの市民参事会の許可が無ければ市内に入場することができない。


 そのくらい、市民に力があるということなのであろうが、実は、リジェはそれ以前から、二百年近く市民の自治が行われている都市であった。


 君主としてリジェ司教が君臨しているものの、リジェの街の運営自体は三十二の職人・商人ギルドの長が集まる『参事会』で話し合われ、その結果を持って運営される。


 ネデルの原神子教徒対策、三日以上の滞在を認めないという制限も、この参事会で決定されたものである。


『司教猊下も無茶振りするよな』


『魔剣』の呟きに彼女も内心同意するのだが、逃げられる物でもない。


 司教に同行し、灰色の修道女姿……聖都で吸血鬼退治をした際に仕立てたそれに身を包み、彼女は司教の付き人の態で参事会の場に立ち会う事になっていた。


 司教の入場は最後であり、非公式ながらすでに話し合いは進んでいたように彼女には思えた。


 どこかで見たような背の低いずんぐりとした髭ズラの男が、司教の着席後に話しかける。


「猊下、御覚悟は決まりましたでしょうか。我等、何とか金貨五万枚を割り当てる事ができそうです。残りを司教座からお支払いいただき、オラン公には納得してもらうように取り計らいたいのです。よろしいですね」


 既に、参議会のメンバーの中では身代金ならぬ軍資金をオラン公に支払い、軍を引いてもらうということで内諾ができているようである。それぞれの参加者の顔には不満が隠せていないが、リジェの戦力は精々市民兵で二千がよいところ。それも少年や老人を含めてである。


 三万の戦力と言えば、帝国最大の都市コロニアの人口に近く、それも成人男性の武装集団なのだ。まともに戦う事すら考えにくいというのが、『市民』の発想だろう。


「はぁ、誇り高きコルトの戦いを経験したネデルの民とは思えません」


 聞えよがしに彼女は呟く。コルトの戦いとは、ミアンの東にあるランドルの商業都市『コルト』に、王国の貴族・騎士を中心とする大軍が攻め寄せたのを、武装した市民兵が打ち破り、二人の王国元帥、伯爵家当主を含め二千に近い騎士を市民の歩兵が打ち破った歴史的勝利のことである。


 川の氾濫原の湿地におびき寄せられた重装騎士達がその足場の悪さと鎧の重さに耐えられず動き疲れた所を鈍器で撲殺された殺戮の記録でもある。そもそも、貴族は捕虜にして身代金を得るのが当時の戦争であり、貴族同士であれば命を奪うような戦い方をしなかったのであるから、百年戦争の連合王国との大敗以上に記憶に残る戦いであった。


 司教の供の修道女であると思われていた若い女性から、不意に「お前ら**ついてんのか!!」的な叱咤を受けたギルド長たちの顔が一気に強張り、ある者は恫喝の如き声を上げる。


「猊下!! その修道女は何者ですか!!」


 頭の禿げあがった顔の四角い髭面の男が顔を真っ赤にして声をあげた。


「ん、ああ。紹介しよう、冒険者のアリー殿だ」

「……冒険者……冒険者なら街壁の上で見張でもしていればいいだろう。

何故、供にされているのかと伺っているのだ!!」


 別のギルド長が重ねるように問いかける。


「猊下からの依頼です。流民に毛の生えたような痩せ傭兵に、一人頭金貨三枚も恵んでやる腰抜けたちの『盲』を見開かせろ……だそうです」


 三十二人の男たちは、『盲目』呼ばわりされて激昂する。説明しろと、司教と彼女に問いかける。


『説明しないと分からねぇとは……ロートルで良いから傭兵のベテランを顧問にでも置くべきだろうこの街は』


 衛兵でも守備隊でも構わないので、経験のある傭兵隊長が隠居でもしたのなら、顧問として呼び、指導を受けるべきだろうか。まともな傭兵は死んだ傭兵だけかもしれないが。


 彼女は、春のオラン公の南部遠征で攻囲するまでもなく退却せざるをえなかったロモンド(Romond)フリンゲン(Fringen)の例を出して説明する。


「春に攻め寄せたこのムーズ川の下流にあるロモンドは、軍資金の提供を拒否してオラン公軍を突き放しました。また、北部のフリンゲンも市民の一部は内応したものの、全体では入城を拒否しています」

「あの時とは戦力が違う。三万だぞ!」


 オラン公の思惑通り、戦争とは数による威嚇が良く効くようである。三万だろうが十万だろうが街壁や川を用いた濠が消えるわけではないのだが。


「そもそも、オラン公の軍は帝国の傭兵とムーズ諸侯の寄せ集めの軍です。そして、攻城兵器とくに大砲を装備していません」

「……」

「街を取り囲む壁を乗り越えることができなければ、そもそも攻め寄せることさえ困難なのです。サラセンの奴隷軍のように攻めねば殺されるわけでもありませんから、梯子で必死によじ登る兵士がどれだけいるか」

「「「……」」」


 川や水路で囲まれたところは筏ででも使い渡らなければならない。その上、数mはある街壁を鎧を着て武器を持って登らなければならない。


 西側のかなりの部分は陸地に面している。それなりに街壁も大きく高い。そして、壁も厚みが十分あり兵を配置できる。


「この街は銃製造の街なのですよね」

「ああ、世界一の銃の街だ!!」


 顔に火薬の火の粉で出来たであろうか、そばかすのようなシミをもつ男が声を出す。火薬職人か銃の職人か。とにかく、火縄銃の使い手なのであろう。


「寄せては大砲も持たない寄せ集めの傭兵。銃だって碌に持ち合わせないでしょうし、仮に持っていたとしても、城壁の上から狙う銃兵にとってはまず当たりませんでしょう。少なくとも、ミアンにおいて銃はとても活躍しました。この地には世界に誇るほどの銃が揃っているのに、何故、乞食同然の傭兵に金貨を渡さねばならないのでしょうか? 商人にとってお金は命より大切なものなのでは?」


 命を金で買えると思えば安いものなのかもしれないが、その金に命を賭けるからこその商人であろう。新大陸に向かう、あるいは東方に新しい商材を探しに向かう冒険商人の心意気は、命より金なのではないか。


 攻城兵器はなく、実際、春の遠征で都市を攻めるのに失敗しているオラン公の軍を思い出す。そして、数が多くとも、簡単に街壁を陥落させることは難しい。サラセンのように大都市を攻略することに長けている軍でさえ三ケ月、半年と時間を掛けるのであるから、オラン公にその様な資金も時間もないのだ。冷静に考えて不可能だと思わなければならない。


 強気なようでいて、内心の混乱を隠せず、臆して金を払おうとしていた街の幹部たちに冷静さが戻って来る。


「ミアンがどうとか言うが……」


 先ほどの彼女の言葉を捕らえ、一人が問う。彼女の代わりに、ここぞとばかりに司教が答える。


「アリー殿は『ミアンの聖女』だ。幸いなことに、たまたま旅の途中で立ち寄られたのだ。一行の方々には冒険者ギルドを通じて防衛に参加してもらう事を依頼した。これが、私の切るカードだ。金は払わん。が、弾丸はくれてやろう」


 司教はそう宣言し、その場にいる全員に向け威圧するように視線を向ける。


「ミアンの聖女様……」

「ほ、本当か……」

「こ、これなら、助かる? いや、勝てる!!」


 そんなわけがない。何より考えねばならないことを伝える。


「皆様、仮にオラン公に軍資金を提供し抵抗しなかった場合、ネデル総督府から皆様に召喚状が届くのではありませんか?」

「「「「……異端審問所……」」」」


 異端審問所は教皇庁の神国への委託業務であり、リジェの司教程度では市民をかばうことは出来ない。オラン公とその諸侯軍に参加している者たちは当然、異端の徒であり、それに脅されたとはいえ協力することは間違いなく問題視される。


 異端と判断されれば、財産も身分も没収される。つまり、つっぱねれば街の壁が守り通せる可能性もあるし、人生やり直せることも可能だ。少なくとも、家族が路頭に迷う事はない。異端になれば、全て神国総督府に取り上げられる。確実な不幸と不確実な不幸。選ぶべきなのは不確実な方である。


「我等武器を取り戦おう」

「火薬も銃もタンマリある。防具も食料もだ」

「乞食に盗まれるくらいなら、自分たちで出来る限りのことをするまでだ!!」

「リジェを守るぞ!!!」

「「「「「おう!!」」」」」


 彼女の横に座るリジェ司教の横顔がにんまりと笑う。どうやら「俺は何もしなくて

良くなった」とでも考えているのだろう。大層腹立たしい。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 彼女とリリアル一行は、銃砲ギルドにやってきていた。ギルド長から、是非とも聖女様一向に自分たちの銃を使ってほしいというのである。火薬を使う銃は苦手なのだがと断るも、貰うだけ貰ってくれという。


「渡りに船」

「日頃の行いが良いからでしょうか?」

「セバスはおかしい」

「いや、俺日頃からメチャ仕事してるだろ!!」


 ギルド長の営む商店兼工房を訪れ、皆ワイワイと騒いでいる。


「全員銃兵なのか?」

「訓練はしているけれど、使うのはこの二人。ミアンでも銃兵してたから」

「ほぉ、ミアンの戦士か」

「「「ミアンの戦士?」」」


 ミアン防衛に参加したリリアル生と騎士学校の生徒たちは、叙勲者を中心に『ミアンの戦士』と称されているのだという。確かに、半月ほどではあるが、休む間もなくアンデットと戦った経験は、見習薬師に過ぎなかった一期生たちをも『戦士』の顔に変えたかもしれない。


「それ、私、参加していません」

「今回の遠征でお釣りが来るわよ」


 村長の孫娘は残念ながら二期生。とは言え、ここまでの遠征で、何人かの盗賊を仕留めている。所謂『処女を捨てる』という経験はしている。


「一発必中ですよ!」

「練習あるのみ。魔力は使わなければ意味がない」

「全員魔力持ちか……」


 リリアルでは鍛冶師も魔力持ちである。なければ『魔銀』『魔鉛』の加工ができないからなのだが、一般的には魔力持ちの鍛冶師は珍しい存在だ。仮にあったとしても、魔装鍛冶の真似事は出来ない。


「あんたらの銃を見せて貰ってもいいか?」


 職人魂に火が付いているのか、王国のそれも土夫の鍛冶師による魔装銃を是非見てみたいというのである。


「こりゃ、フリントロック銃か」

「火打石の代わりに、火と水の魔術を魔水晶に刻んであります」

「その爆発で火薬の燃焼の代わりにして弾を飛ばすのか」


 火薬の管理も不要であり、筒の中の清掃もいらないため発射速度と天候による運用制限がない。火縄にしろ火打石にしろ、雨に濡れれば点火しないからだ。


「マズルフラッシュもないのは、狙撃向きですね」

「……そりゃそうだな。いや、弓銃以上に使いやすそうだ」


 弓銃はある程度の距離、200mを越えると矢が失速し威力を大きく損なう。また、連射することが難しい。魔装銃であれば長弓並みの射程・威力・発射速度を維持できる。そして、左右の腕の長さが変わるほどの訓練は不要であり、魔力さえあればその日から使える。


「これ……」

「お教えできません。機密事項ですので」

「それはそうだろうな。いや、職人として自分で工夫して生み出してこそだからな。そういう物があるという事を知れただけで、感謝すべきだろうな。みな、好きな銃を一丁ずつ貰ってくれ。俺と、リジェの市民の感謝の証だ」


 うぇーい!! とばかりに喜ぶリリアル生。いや、それほど馬鹿っぽくはない。


「しかし、何故、リジェにここまで肩入れをされるのですか」


『ゼン』は彼女の決定に従うつもりであったが、その理由が今一つ理解できないでいた。冒険者として依頼を受けるとは言え、参事会にまで何故顔をだし、オラン公軍の問題点迄指摘したのかという事にである。


 彼女はリジェに限らずオラン公にも中立的に接するべきであると考えていた。それぞれが、それぞれの理由で存在する故にである。


「オラン公の軍はこの戦争で一先ず解散になります。オラン公のネデルの領地は既に異端審問の結果接収されています。オラン公にはネデル領内に失うものは残っていません。ですが、協力した諸侯軍はどうでしょう」


 恐らくは、オラン公に与した諸侯はこの後、総督府により爵位を奪われ、領地も財産も失う事になる。つまり、オラン公と同じである。


「それでは、何故そのようなことをオラン公はするのでしょう。大事な味方ではありませんか」


 恐らくは潜在的なライバル潰しであろう。ネデル総督府も元々帝国貴族であったネデルの貴族達を排除し、植民地支配を一元化したいのだ。例えば、マストリカはネデル貴族の代官から神国の代官に変わるという噂が流れている。恐らくはその通りとなるだろう。


 ネデルの貴族の半分は原神子派信徒であり、単純に言えば総督府は異端審問を行う事で、ネデル貴族の半分を処分できるのだ。オラン公の影響力を高めるには、残った原神子派貴族がネデルにいない方が良い。


「それに、私とリジェ司教、リジェの参事会が繋がることで、王国にも王家にも。そして王弟殿下にもメリットが生まれます」

「……それは……いえ、その通りかもしれません」


 リジェ司教領というのは、デンヌの森の西側一帯に領地をもち、帝国の君主として認知されており帝国議会に議席も有している。しかしながら、政治的には局外中立であり、ネデルの総督府とも協力関係を維持しながら一線を引いている。


 元々、帝国と王国の間に残された緩衝地としての意味があった場所である。


「今後、ネデルの神国軍が王国へ影響力を与えるとする動きがあるならば、リジェ司教領もその支配下に収めることになるでしょう。緩衝地帯としての意味がなくなり、むしろ、前線基地として武器工場として押さえたい都市ですから」

「それを司教側も認識していると」

「故に、私とリジェの友好関係を、王家と王弟殿下につなげていくつもりです」


 彼女は神国・帝国に対抗するために、リジェも王国との協力関係を求めていると推測している。可能であれば、王弟殿下が一度リジェを訪問し、司教猊下と参事会のメンバーと顔合わせすると良いと考えている。


「それと、ダンボア卿の存在です」


 ルイダンは今回オラン公との関係を深めているはずである。リジェとしても積極的な関係を構築するには、遠征軍の要求は課題であり、総督府との関係を考慮して否定したが、敵対したいわけではない。そこに関係を繋げる余地があると彼女は考えていた。


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