第431話 彼女は遠征軍と並走する
第431話 彼女は遠征軍と並走する
『ゼン』の突撃。それは、騎兵槍の刺突ではなく、魔力壁をも加えた『壁』を神国の斥候にぶち当てるものであった。
ミアンで彼女が見せたそれとは異なる……完全に塊を愚直に叩きつけるだけの存在であった。
ドン! と、最も前方にいた騎兵が二人、馬ごとなぎ倒される。神国の騎乗銃兵は、兜は銃兵と同じもの、胴衣も所謂、ブリガンダインという革胴衣の裏側に鉄板をリベット止めしたもので、革の長靴を履いた程度でガントレットや脛当ての類は装備していない。
つまり、槍で馬上から突き刺せば、簡単に戦闘能力を失わせることができる。そもそも、接近しての戦闘など考えておらず、距離を保った接敵、そして、銃を用いた遠距離からの牽制攻撃……程度しか考えていないのだ。
「こ、後退!!」
「隊長を守れ!!」
馬上から鎧のない脚の部分を何度か突き刺され、出血し身動きの取れなくなる同僚を見つつ、余りの迫力に肝が冷え、すっかり逃げ腰になっている。
「リリアル推参!」
「リ・アトリエね」
赤目銀髪は倒れた騎兵に矢を撃ち込み、灰目藍髪が片手剣を突き刺し、止めを刺していく。既に四人が戦闘不能か死亡しており、残り六名来た道を引き返す勢いだ。
「セバス!!」
「はいはい……今日はちょっと大きめに作りますよぉと!!
『土牢』」
歩人の『土』魔術、その発動先は、六騎の足元の地面の陥没。馬から放り出され穴の底で馬に踏みつけられ、手足の骨を折る斥候の軽騎兵たち。その中でも、隊長と副官らしき二名は『魔力持ち』のようで、身体強化を活用した素早い回避を行い、穴から飛び出してくる。
残り二名。
「隊長は私がお相手しましょう」
「では、副官は私が」
『ゼン』は隊長に向け、魔銀のバスタードソードを構え剣を向ける。そして、副官には灰目藍髪が相対する。
「セバス」
「はいはい。埋めちゃいましょうね……『土壁』」
馬と四人の落ちた陥没した穴を囲うようにセバスが土塁を形成する。不意に脚もとが崩れて穴に落ちる危険はなくなった。
『ゼン』と比べ、隊長は小柄だが、青目藍髪程の体格。副官は茶目栗毛に近い背格好である。灰目藍髪も体格的なハンディはあまり感じなくていい。
副官は典型的な片手曲剣。灰目藍髪も護拳のデザインこそ異なるものの、似た形の剣を持っている。
『馬失くした時点で……こいつら終わりなんだけどな』
『魔剣』の呟く通りである。斥候として持ち帰るべき情報も、馬を失ってしまったからには、もはや任務続行不可能である。彼女達から馬を奪えば可能かもしれないが……現実味は薄い。
隊長は、籠型の護拳の付いたレイピアを短くしたようなショートソードを突き出すように構える。
「こい!!」
だが、相手が悪かった。
ふん! とばかりに踏み込んだ『ゼン』は放り出すように片手持ちで刺突を繰り出すが、隊長は剣を跳ね上げ、踏み込んでくる。本来なら、これで刺突がカウンターで決まって勝利となるのだろうが、残念ながらリリアル製の装備だ。
Pashu!!
隊長のショートソードの切っ先は『ゼン』の腕の付け根の部分に突き刺さらず、氷の上を滑るように流されていく。
「げえぇぇ……」
左手を投げ出すように刺突を繰り出した『ゼン』の右手は……空いていた。その右手が隊長の左脇腹にめり込んでいる。身長差もある為、やや上から叩き付けるように殴りつけられたため、吹き飛ぶ事もなく地面へと崩れ落ちるように倒れる。
『メチャクチャ痛そうだな』
脇腹の痛み、筋肉が硬直し呼吸困難となったのだろうか。『ゼン』は剣を取上げ地面に押し付けるように隊長を拘束する。
「これ」
「ありがとう。ついでに縛り上げて貰えるか」
赤目銀髪は親指同士を引き絞るように縛り、更に胴体を拘束するように縛り上げた。
「女か」
「……剣の腕前に性差は関係ないです」
副官の徴発を受け、灰目藍髪は面白くなさそうに言葉を返す。半身になってカットラスのように斬り下ろす副官。こちらは、刺突ではなく力とバランスで斬りかかる剣士タイプのようである。もしかすると、海上での戦闘経験が豊富なのかもしれない。
騎士との対戦が多い灰目藍髪とはあまり相性が良くない。伯姪に近い剣筋のように思えるが……
「くっ!」
バランスを崩させるような剣を押し当てるような捌き方をする。体を寄せてくるので、躱し難いということもある。
「隊長だめだろ!」
既に『ゼン』に倒され、自分ひとりとなった副官は、どうやら林間に逃走する気なのか、周りの様子を視界に収めるように円を描いて足運びを変える。
「逃がしません!!」
二度のフェイントからの渾身の一撃。が、力み過ぎたのか相手に読まれ、タイミングを外され体が泳ぐ。
「試合に負けても、勝負には勝たせてもらいますよ」
剣を投げつけ、灰目藍髪が躱している隙に背後の林間へと逃げ込む。
「ああぁっ! 待て!!」
追いかけようとする灰目藍髪を彼女は押しとどめる。逃がしても構わないという
ことなのだろう。
「逃げた」
「逃がした?」
「誰ひとり戻ってこなければ、そこに強力な敵が存在すると暗に示す事になるのだから同じ事よ。むしろ、情報を持ち帰ってもらって勘違いしてもらった方がいいのよ」
リ・アトリエの存在は北部遠征でそれなりに知られているはずなのである。特に、『魔鰐』を投入したにもかかわらず、かなりの損失を発生させた魔物使いにとって、彼女たちが南部遠征に加わっているという情報は、今後の活動を考えると悩ましい所だろう。
魔物とはいえ、一朝一夕に用意できるわけではない。既に、数匹の魔鰐を討伐されており、恐らく大赤字となっているだろう。途中で依頼を放棄する事も考えるくらいの損失だと思われる。
ネデル駐留の神国軍も、別動隊の存在を意識することになる。オラン公の本隊二万数千の他に、数千の部隊が別途行動している可能性である。
僅か六人の別行動であったとしても、十人の斥候、さらに魔力持ち二人を有する有力な偵察騎兵(尚且つ銃を装備している)をほぼ壊滅させた集団である。その背後に、更なる戦力がいてもおかしくはない。
「また来るんでしょうか」
不安げなのは、初めての遠征かつ戦場に連れてこられる村長の孫娘。
「来るか来ないなら……来い!」
「縁起でもねぇ。帰りたいよ俺は……」
今一つ活躍できなかった赤目銀髪は消化不良。そして、歩人はこれからも『土』魔術を酷使されそうで不安しかない。
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穴に落ちた騎兵に止めを刺す。その上で、神国軍の装備を剥ぎ取り、今後はネデルで行動する際に着用する機会もあるだろうと洗浄する。無事な馬は四頭。怪我をし瀕死の馬は……スタッフが後でおいしくいただくことになるだろうか。
「先ずは血抜きを……」
「ああ、手伝います私も!」
狩人の血が騒ぐ赤目銀髪、村での暮らしで自然に身に付く狩りの獲物の下処理作業を村長の娘が進んで引き受ける。
「死体は土牢の中で埋め戻していいよな……でございますお嬢様」
「それでお願い。『ゼン』、オラン公の陣にこの隊長を引き渡したいの。あなたも同行してもらえるかしら」
「はい、喜んで」
一頭の馬の上に縛り上げた『騎乗銃兵』の斥候隊長を固定する。暴れても馬から落ちないように、鞍に木の支柱を固定し縛り上げる。
「ついでに肩の骨でも砕いておきましょうか?」
『ゼン』の申し出に彼女は首を横に振る。先ほどの立ち合いで、既に内臓や肋骨に大きなダメージを与えているだろう。治療が必要なほどにである。
「ここの近くで野営をして待機。馬車を出して休息を許可します。炊煙と灯火には十分注意して。今日の間は、新しい斥候は来ないと思うけれど、デンヌの森の東端であることを忘れずに。交代で見張りを」
「「「はい!!」」」
『ゼン』を連れていく理由、それはオラン公への面会を伝える際、騎士らしい騎士がいるかいないかで周囲の対応が違うと考えたからである。ディルブルク城であれば、門衛も使用人も彼女を見知っているであろうし、『リ・アトリエ』でも『リリアル男爵』でも彼女の外見から本物だと理解してくれるだろう。
が、多数の傭兵を抱えた行軍中にリリアルメンバーがオラン公へと面会を依頼したとして、傍まで近寄るのは手間であろう。相手をするのが面倒だ。どう考えても、冒険者ギルドでの対応を思い返さざるを得ない。
見た目が厳つく、なおかつ騎士の振舞いが板についている『ゼン』に応対を任せるのが面倒でないと彼女は考えていた。
道すがら、斥候隊長への尋問を繰り返す。神国の騎士である隊長は、彼女が王国人であり、尚且つ原神子教徒ではなく御神子教の信徒であると伝えると、少し心を許した。
「傷に悪いので、少しだけ」
「ああ、すまない。……ん、良いワインだな」
「姉が仕事で扱っているのよ。王国のワインよ」
「ワインはボルデュのものが一番かと思ったが、これはこれですっきりしていて美味いな」
などと、姉からの差し入れ兼売り込み用のワインを口に含ませてやると、隊長は自分の身の上話を始めた。
曰く、散々内海でサラセンや神国と対立する軍と戦い、新大陸へも遠征したのだが、ネデルでは住民の反感もあり、また、新規雇用の傭兵達の素行も悪く食事などの待遇も悪いので兵士の士気は下がり気味であるという。
「オラン公の軍と戦って手柄を立てれば、少しは待遇も良くなると思っていたんだが……」
捕虜となりその目も無くなった。
彼らの分隊はマストリカ駐留の『騎乗銃兵』の部隊であり、王国であれば『竜騎兵』と呼ばれる槍ではなく銃で武装した騎乗兵のことになる。『騎士』ではなく、あくまで騎乗で移動する『銃兵』であり、リリアル生もこれに近い存在だ。騎乗はあくまで移動の手段であり、騎兵により突撃は……彼女以外経験していない。
「既に把握されているということなのね」
「それはそうでしょう。二万を超える募兵は、隠密裏に行うという事は不可能でしょうから」
マストリカのムース川の線を抑える戦力だけでなく、ネデル各地域からオラン公遠征軍を攻撃するための戦力が抽出されている最中であろうか。恐らく、ネデル南部の幾つかの都市をオラン公は包囲するか、協力者として訪れることになるのだろう。
一月かかるか二月かかるか分からないが、その間に、ネデル総督府軍は容易に戦力を集めることができる。そして、オラン公軍が向かう先に、十分な戦力を展開し迎えうつことができるだろう。
川を渡り谷を登り、オラン公の陣営に近づく。誰何されたものの、協力者の冒険者であること、マストリカから派遣された斥候騎兵を捕らえ、その情報をオラン公の本営に伝える為に向かっていることを伝える。
その手柄を横取りしようと口をさ挟むものが現れるが、貴族であれば彼女が一喝し、傭兵であれば『ゼン』が拳で答えて道を開けさせることになる。
「如何にも寄せ集めね」
「包囲するには数が必要ですし、包囲するだけならば能力はさほど重視されませんから仕方ありません」
春の遠征においては、南部も北部も野戦を経験し、それに対応できるほどの技能を持つ戦力であったが寡兵でもあった。それ故、包囲を恐れず都市はその開城要求を突っぱねることができた。
秋の遠征には大軍を率いて包囲の用意は万全であるが、ネデル総督府の神国軍の精兵相手では鎧袖一触となりかねない。混乱する自軍兵士の波に飲み込まれて、オラン公が討たれる危険性もある。
「大軍も良し悪しね」
『一番いいのは戦争しない事だが、そうもいかねぇからな』
『魔剣』に言われる迄もなく、この遠征は勝利を目指すものではなく、神国軍を疲弊させ、ネデルに不満の種をまく事が目的なのだから妥協が必要なのだ。
「あちらですね」
流石に、一軍を率いる公爵の幕舎である。これまでの遠征の際に見たものより一段と豪華な天幕が広げられていた。
『まるでサラセンの皇帝みたいだな』
移動・遊牧を生業とするサラセン人は、その為自宅とも言える野営用のテントも宮殿のように豪華なものを用意するという。流石にそこまでではないが、リリアル謹製の狼皮のテントとは雲泥の差であると彼女は感じていた。
これにて第三幕終了となります。お付き合いいただいた方、ありがとうございました☆
第四幕『司教領リジェ』投稿開始いたします。
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