第41話 彼女は女男爵になりそう
第41話 彼女は女男爵になりそう
王都でのルーティンも一段落したところ、王宮から茶会の案内が届いた。
「これって……」
「もう、貴方も逃げられないと思うわ。覚悟してちょうだい」
彼女は伯姪に宣言する。王女殿下が大公妃となるのは恐らく、成人して数年後だろう。あと十年弱の間、王都で様々な王家の子女としての教育を受けることになる。その中で、二人は「用心棒枠」として採用されるのだろう。不本意ではあるが。
「国王陛下のお目見えではないから、そこまで結婚相手の制限はないと思うのだけれど、王妃様と直接知己があるというのは、貴族の令嬢としてはそれなりの権威になるわよ」
「王女様のお相手……務まるかしら……」
「できるかできないかではないわ、やるのよ」
なんだか、干からびた笑顔の社員がいそうな会社の経営者のようなことを言う彼女である。
「あらあら、新しいドレスも何着か用意しなくてはね~」
「既製品も何着か見ておきましょう。さあ、二人とも、お店に行くわよ!」
子爵家に過ぎない彼女の家には、お抱えのクチュリエなどいないので、祖母の古くからの付き合いのある職人のいる店に足を運ぶのである。
さて、数日後、彼女は……清楚な白系統のドレス、ラティーナな伯姪は明るい黄色のドレスに身を包み、王宮にやってきたのである。既製品である程度調整すればいいドレスがたくさん売られていることに伯姪は驚いていたが、下位の貴族にとっては日常的に新しいドレスを仕立てる事は無いので、王都ではそれなりに商売として成り立つのである。
「さすが王都と思ったわ」
「法国と比べれば大したことないのではないのかしら」
「うーん、一寸違うのよね……」
法国はこちらでいうところの、公爵伯爵がいまだ独自の宮廷を持っているようなものであり、法都といえども、そこまで巨大ではないのだという。
「それぞれの領都が宮廷を持っていて、それぞれに活発な社交をしている。領をまたいでね」
「それで、様々な流行が生み出されているのかしらね」
発信する場が多く、それを受信する者同士が切磋する中で、アイデアが洗練されていくとでも言うのだろうか。
「商業が盛んで、お金持ちが多い分、その人たちは芸術家にお金を払い、いろんなものを作らせる。絵画や彫刻だけでなく、ファッションもね」
お金が回り、そのお金が諸外国へと流れていく。流れたお金は、法国にまた戻ってくる。法国でしか買えない最先端の流行を買うためにだ。
「オペラも盛んなのよ。演奏、演技、舞台衣装、全てが芸術よ」
オペラはその舞台の上だけでなく、鑑賞する人たちのファッションまで含め芸術であり、巨大な社交装置なのだという。
「そういう意味では、様々な文化が交錯する場所として、法国は他の追従を許さないでしょうね。他の国は相手にならないわ」
ドレスやブルゾンの襟元を丸いヒダヒダで飾るのがはやり始めているらしいのだが……何のためなのだろうと彼女は思ったりする。余計な飾りを付けねば保てない自尊心など不要だと思ってしまうのである。
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「今度は男爵様ね~。あなたは、騎士爵よ。名実ともに『姫騎士』ちゃんね~」
レンヌへの護衛の件、礼が言いたいと王妃様の茶会に呼ばれた二人は、あいさつの後、王妃様にいきなり言われたのである。彼女はため息交じりに、伯姪は喜色も鮮明にお礼を言う。
男爵位を女性が受ける場合、『バロネス』と呼ばれる。騎士の場合、男性はサーから、男爵以上は「ロード」と呼ばれるようになる。彼女もロードと呼ばれるのだろうか。夫人の場合、騎士も男爵も「レディ」なのであるが。
「「ありがとうございます」」
あまりうれしくない彼女なのであるが、勲章とかの方がうれしいんだけど……あと年金などと思ってしまうのである。勲章というのは、与える爵位がない場合の代替であり、どこかの魔王の茶器みたいなものである。
「それだけの事を二人は成し遂げてくれたのよ~」
どうやら、エントの襲撃と公都での人攫い事件の解決は護衛の範囲内に含まれるのだそうだが……
「連合王国のガレオン船をたったお二人で制圧したと聞いております。ぜひ詳しくお話しください!」
「ええ、わたくしも聞きたいですわー!」
「……そうですね……」
王妃様に王女様は何時もの事であるのだが、今回は久しぶりに王子様と婚約者である公爵令嬢も参加している。王妃様と王女様を中央に、左右に彼女・伯姪、公爵令嬢・王子と並んでいる。お見合いのようである。
どうやら、ガレオン船を占領するのは、城を落とすに等しい功績なのだそうだ。つまり、十三歳の少女二人(と猫)で小なりとはいえ城を無傷で制圧する手柄を立てたという評価になる。
「ふふ、騎士から『女男爵』になるわね。武勲で叙爵できるのは子爵までだと思うの。あなたならその上も可能でしょうね」
連合王国や帝国では男爵と騎士爵の間に『准男爵』という階級があり、ここまでは貴族扱いにならない。王国の場合、騎士も貴族であるので、不要な階級なのだろうか。
王妃様は大変うれしそうである。子爵までは領地も特に持たず、爵位だけの場合もあり、彼女の実家と同じ王家の騎士の延長である。騎士爵も貴族とはいえ、男爵以上とは扱いに差があるので、その辺も配慮だろう。
「大公妃になっても、女男爵なら会うのも割と簡単だもの。レンヌ大公からも、よろしくって言われてるのよ~」
ああ、そういうことなのかと彼女は悟ったのである。姫の相談者としてこれからも付き合えということなのだろう。人攫いやエントの件も解決できたわけではないのだから。
「さて、あなたの武勇伝を聞かせてもらいましょう」
「……恐れながら……」
と、彼女は水馬を用意していたこと、船の反対舷から海面に降り、ガレオン船の反対舷まで海面を移動したこと。鍵縄をかけ、二人で身体強化を用いて船に乗り移ったこと。熱油球を用いて、甲板にいた私掠船の船員である連合王国の水兵を攻撃し無力化したことを説明する。
「魔力の使い方の工夫が……すばらしいわね~」
「用意周到ですね。騎士の鑑と言えましょう」
「エントの時も、わたくし習ったお湯魔法で撃退しましたの!!!」
「……すばらしい……ですわね……」
王女様は既に、王妃様と王子様にエンドレス報告をしているようで、令嬢は思い出しゲンナリしているのだと彼女は推測した。
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さて、王女様には既に腹案を伝えているのであるが、孤児や教会といった事は、王妃様の担当なので、今回の孤児を王国と王家と民を支える組織の基幹要員とする話をする。
「……それは思いもよりませんでした……」
伯姪か姉かと思うほどの(側は)楽天家の王妃様が真剣な表情になる。王子も居住まいを正すのだが、公爵令嬢が反論する。
「身分の卑しきものを、どうしようというのですか」
そう、とはいえ正直、元他の王家である公爵家より、よほど信用できる。なぜなら、家族がいないのだから、孤児院の仲間と庇護してくれる王家に忠誠を誓うのが当然なのだ。貴族ども、特に伯爵以上は王家とはあくまでご近所の有力者に過ぎない。メリットがあり、力があるから靡くだけなのだ。連合王国との百年戦争中、王家に従わない王国貴族は沢山いたのだから。
「恐れながら、他国ではあえて孤児を引き取り、親衛隊とも呼べる組織を築いている強国がございます」
「……なんですって……」
彼女は辺境伯家に滞在したときに、異教徒の国、サラセンの王国には孤児を集めて国王陛下のために働かせる制度があると聞いている。名前は……「新しい」「兵隊」……『新兵団』だった気がする。
才能ある孤児を王家の孤児院で育てる。魔力の有無、騎士・兵士になりうるもの、官吏や聖職者を目指すもの、商人に職人、もちろん、御者や薬師に様々な者を孤児で育てていく。彼らは、王家を親とする『家族』として育てていく。中でも……密偵を兼ねて育成していくのはどうだろう。
町の中に潜んでいる敵国に通じているものや、犯罪を犯しているものを彼らが見つけ出し、ネットワークを使い捉えていくのだ。まあ、時間もかかるのだが、少なくとも、将来の仕事に不安を持つ必要はなくなる。
男ばかりではなく、女もそこに入り込んでいけるようにするのだ。とはいえ、その中で本当に夫婦になり家族になる者たちがいてもいいかとは思う。
「最初は……薬草園を運営するところあたりから……始めましょうか」
薬草も全部が全部採取しなければならないというわけでもない。薬草の菜園を維持管理する未成年の孤児の仕事があってもいいだろう。また、7歳である程度、本人の希望と能力を加味して見習いとして送り込むような仕組みがあってもいい。
とはいえ、普通は、親の知人友人のところに住み込みで見習いに入る事になる。孤児の職人が育てば、そこに弟子入りするのもありだろうが、最初の一人目は困難が伴うだろう。
「王妃様、この提案いかがでしょう。父の都市計画にも関係するかもしれませんし、王家のため、か弱き民の為にも成ると存じます」
一定数生まれる親のない子供。死なない程度に食べ物を与え、成人したら自己責任というのは片手落ちな仕事だろう。孤児を組織化し、錬成し、王家を支える集団にする……というのは、悪くない提案だと彼女は思うのである。
彼女は内心考える。国を富ませ王家と民を幸せにするのには人が大切だと。
「王女様の孤児院巡りだって、意味が出てくるもの。家族に会いにいくという名分が立つわね」
『国のために死んでも、子供が孤児じゃな。やっぱ、そういう姿勢って王家にとって大切だろうな』
『主の作成するほどではなくとも、薬草で薬やポーションが作れれば、さらに、ある程度王国の騎士団などで買い取ることができれば、孤児院の自給自足も可能やもしれません』
大多数の男の子は、王国を守る兵士となるだろう。それを支える魔術師や騎士、役人や商人・職人になる子たち。その中で、王国と民を害するものを探し出す密偵も兼ねる集団……中々素晴らしいと彼女は思うのである。
王妃様はしばらく沈黙ののち、「考えましょう」と言われた。
「最初からすべての孤児……とはいかないわよね」
「そこで、全ての孤児院に私たちが調査に行きます。名目は、魔力を持つ孤児を王家で育てる……でしょうか」
「素敵ね! 一緒にわたくしも勉強いたしますわ!」
王女様の発言に前向きになる王妃様。しばらく考えた後、こう伝える。
「いま、私の離宮で使われていない場所があります。そこを『王家の為の魔術師を育てる孤児院』として転用しましょう。そうね、希望者には薬師もいれてもいいわね」
ある程度、薬草の見分け方、煎じ方を教え、優秀な子を選抜して魔術師以外にも加えるというのだ。
「その子たちの面倒を見る孤児院を出た若い女の子も採用するわ。恐らく、王家の侍女や使用人は行きたがらないでしょうし、職場を提供することにもなるもの」
そして、王妃様はその場所を『リリアル学院』と名付けることにした。リリアルの意味は『百合のように白い』であり、王家の紋章である百合の花と、無垢な存在としての孤児を意味している。つまり、王家の育てる孤児の学ぶ場所という想いがこもった命名である。
「最初は、十人くらいで共同生活から始めましょう」
「教えるのは、私たちでよろしいでしょうか?」
「ええ。それに、貴族の子女で子供の教育に熱心な女性を私が選んで派遣するようにします。子育てを終えた婦人たちの有志のグループから特に慈愛に満ちている方を選びましょう」
王妃様の友人であれば、孤児を侮ったり、虐待する者もいないだろうと彼女は感じている。
「そうね、学園の成果も定期的に公表し、王家を支えるものとして王都の民にも紹介していくこともいいわね」
という事で、王妃様の肝いりの施設であれば、ある程度問題ないだろう。定期的に孤児院を慰問することで、魔力のある子供を確保するとともに、孤児を奴隷にしたり、犯罪行為を強要する孤児院を洗い出すこともできるだろう。
孤児院出身の売春婦や犯罪組織の構成員はとても多いのだ。
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『仕事増やしてるなお前』
「仕方ないでしょう。王都と民を守る組織を考えたら、孤児を育てて藩屏にするのが良いのではと思ってしまったのだから」
『王都が破壊されたとき、子爵家はまだ男爵家でしたが、孤児の中から優秀な者を育てて、街づくりに協力させたと……聞いております。主の考えは、子爵家の行いに沿うものです』
魔剣が言うことも尤もであるが、猫の言う子爵家の祖と同じことをしているという言葉に彼女は勇気づけられたのである。家族のいないものに家族を作ることになるのであれば、その居場所を守るため、必死にならざるを得ない。
『とはいえ、ポーションの値段下がるかもな』
「多少は仕方ないでしょうけれど、連合王国、帝国、法国に高値で売り付ける事だってできるわ。人助けにもなり、敵国から富を収奪する。悪くないわ」
『孤児が自立して生きていける環境づくりを王家が支援するということは、
周りもそれを阻害できないことになります。孤児たちも、自らの後見が王家であることを誇りに思うでしょう』
この世で最も弱い立場である孤児。彼らが王家の最強の盾となり鉾になるのは考えただけでワクワクするのである。人攫いの組織や傭兵崩れの盗賊にならず、胸を張って王国で生きていけるのであれば、とてもいいことだ。
『そこに、王女様や王子様も巻き込むつもりなんだろ?』
「王族ってのはそういうものなのではないかしら。ノブレス・オブリージュってご存じ?」
この言葉は、《高貴さは義務を強制する》とでもいう意味である。《義務感を持って依頼に応じる》《誰かのために尽力する》《願いをかなえる》というほどの意味もオブリージュには存在する。
『なんだ、妖精騎士様そのものじゃねえか』
『主にふさわしい言葉です』
魔剣と猫の言葉に、彼女は臍を噛むのである。こんなはずではなかったと。
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