第428話 彼女は三度遠征に加わる
第428話 彼女は三度遠征に加わる
ネデルに駐留する神国軍の脱走兵である、元傭兵隊長の山賊を引き渡した際、オラン公配下の騎士達は「流石、リリアル閣下」と彼女を持ち上げた。北部遠征でオラン公は弟を失い、少なからず彼女達も関わりがあったものの、これまでのリリアルの寄与を考えれば、まだプラスの貢献度だと思われているのだろう。
「そして、今回、観戦武官として同行させていただきます。ルイ・ダンボアです」
「オラン公爵閣下、はじめてお目に掛かります。王国近衛騎士を務めております、ルイ・ダンボアです。お見知りおきを」
オラン公、その弟であるナッツ伯と挨拶を交わす。
一先ず言葉を交わし、席を勧められる。
「それに、彼も初めての顔合わせだな」
『ゼン』を見て、オラン公が彼女に問いかける。同室にいるのは、彼女とルイダンと『ゼン』の三人。他のリリアル生は先に客間に案内してもらっている。
「リリアルで預かっているレンヌの親衛騎士で『ゼン』と申します」
「……レンヌ……随分と遠くから来られたのだな」
普通はそう考えるが、魔装馬車だと王都から二日かからない。ディルブルクからなら一週間弱だろうか。普通なら……六週間くらいかかるだろうか。
「親衛騎士ね……腕はかなりたつのだろうな」
ナッツ伯は、頭一つ大きな『ゼン』を見て大いに頷く。だが、今回の遠征はリリアルと同行し『冒険者』として魔物を狩ることになる。装いもルイダンとは事なり、冒険者風となっている。が、その立ち居振る舞いは公太子側近の高位貴族の子弟であることが偲ばれる。
「腕試しは次の機会にお願いいたします閣下」
「ああ、それどころではないからな。リリアル男爵は、このまま遠征の軍の野営に加わるのだろうか?」
彼女は一旦、メインツに戻り、アジトで情報収集と整理を行う予定だと答える。オラン公軍の出撃は八月末を予定しており、侵入はトリエルから南下し、春の遠征で開城を拒んだロモンドを攻略すると見せかけて、実際はムース川を遡行しマストリカを経由した後、ロックシェルに向かうという。
「二万は大軍ですが、ネデルの神国軍からすればかなり少ない戦力ですね」
ネデル駐留軍は七万を超える。
「だが、一箇所に集められる戦力は七万ではない。相手の主力が近寄ればこちらは移動する。ムース川沿いの都市のいくつかがこちらに好意的であるから、その内幾つかを味方に出来れば、一先ずの成果だと言えるだろう」
内応してくれる都市に短期間でも駐留できれば、今すぐネデルから神国軍を追い出す事ができなかったとしても、今後の展望が開ける。今回の遠征は、神国軍に勝つ事よりも、神国軍に反発する勢力がこれだけいるという示威行動に近しいものなのだろう。
二万の軍に囲まれた小規模の都市であれば、一時降るのは仕方がないと総督府も認めてくれる可能性が高い。そこで、補給や資金提供を受け、包囲された街としては総督府の顔を立てつつオラン公にも協力をするという両立が可能となる。その為の大軍だと彼女は理解した。
『つまり、まともに戦う気がねぇ奴らの寄せ集めって事だな』
『魔剣』の呟きに、彼女も内心同意するのであった。
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「ルイダン、王都に帰ったら一緒に飯食おうな!!」
「ルイダンのこと、忘れない……」
「ダンボア卿、この戦争が終わったら、手合わせ願いますね」
「!!! 縁起でもねぇこと言うんじゃねぇ!!!」
所謂、フラグを立てるリリアル生。歩人、赤目銀髪、灰目藍髪である。
「ダンボア卿。観戦武官の報告を楽しみにしております」
「書類になるだろうから、レンヌ大公殿下の手元にも届くように手配しよう」
「ご配慮ありがとうございます」
ルイダン、報告書を書けるのかどうか……近衛騎士団で誰か面倒を見るなり監修するのだろう。そもそも、王弟殿下の株を上げる為に側近である近衛騎士のルイダンに観戦武官を任じたのである。それなりに、成果を報告してもらわねばならない。
「では、遠征先でまた会いましょう。ダンボア卿」
「……閣下も御壮健であられますように!」
珍しく、意外にも彼女はルイダンに騎士の礼を受けた。ルイダンなりに、これまでの行脚で思う事があったのかもしれない。もしくは、どこかで監視されていると考え、近衛騎士らしい挨拶を試みている……と考える方が理にかなっている。
遠征軍はディルブルクから西進し、ネデル南部に入った後、北に進路を変え、ムーズ川へと至る経路を選択している。コロニアから接近する方が行程が楽なのだが、発見されやすい事を考えネデルに入る場所を選んだ結果なのだろう。
彼女達は、遠征軍が動き出してから追いかけても十分に間に合う。大軍の移動を考えると、春の遠征の倍ほどもかかるのではないだろうか。一日の移動距離はニ十キロを超える事はないだろう。リリアルなら、一時間で移動する距離である。
「魔物、沢山出てくるかな?」
「出てこないでほしいです……」
「そうもいかないでしょうけれど……大軍で移動する上で出てくるのは、ゴブリンやオークの類ではありませんね。また、魔鰐が現れなければ良いのですけれど」
「あれはヤバい」
「……それほどですか……」
北部遠征に参加していない『ゼン』はピンとこないようだ。
「以前に、南都に現れたタラスクスという鰐に似た形の竜に似ているわね」
「確かに」
「……え……」
村長の孫娘が絶句する。『ゼン』にしても、同様だろうが顔色は変わらない。
「不意打ちは厳しい」
「魔物使いに使役されているでしょうから……今回も苦戦するかもしれませんね」
魔鰐自体がかなり強力な魔物であることに加え、複数で現れる上に使役されていることから、戦術も侮れない。
「敵討ちね」
「そう……ですね……」
「確かに。悪い魔鰐は皆殺し」
ネデルと王国は隣り合わせであり、王国の北東部はネデルと隣接している。デンヌの森から魔鰐が遡上してきたとしたら、大きな街壁のある都市でなければ一日と掛からず廃墟と化すであろう。住人にも大きな被害が出かねない。
「『ゼン』のいい所見てみたい!!」
「『ゼン』に任せる」
村長の孫娘がおだてるように話し、それを受けて赤目銀髪がサムズアップで答える。
「一人じゃありませんよね」
「大丈夫。先生なら一人で倒せたから。『ゼン』も行けるはず」
全身で「そんなわけあるか!」と声にならない声で反論しているようだが、皆は知らぬふりをしていた。
魔導船で移動すること半日、メインツに到着する。今回は冒険者ギルドに顔を出すかどうか迷ったのだが、オリヴィからの伝言などあると困るので、彼女と『ゼン』の二人で顔を出す事にする。
他のメンバーは食料を調達し、その後アジトで食事の準備をするという。
メインツの冒険者ギルドは、以前訪れた時よりいささか閑散としていた。やはり、オラン公の遠征に参加する兼業冒険者(本業傭兵)が不在な為なのだろう。
受付に声をかけ、『リ・アトリエ』当てに手紙など届いていないかと問い合わせる。一瞬凍り付くように動きを止めた受付だが、「少々お待ちくださいませぇ」と堅い笑顔で答えると、奥の部屋へと移動する。
「あの……」
「アリーで構いません」
「アリーはここで何かなさったのでしょうか」
空気がピリピリしている事を察した『ゼン』が、何が要因なのかと彼女に質問したのだ。
「一言で言えば」
「……言えば」
「様式美ね」
そう、冒険者ギルドに見かけない新人がやってきて偉そうに(特にしていない場合でも)声を掛けるので、先輩冒険者が腕試しをしてくれるのである。
「騎士団でも新人にそういう行為をするのではないのかしら」
「……平民上りの騎士にはありがちでしょうか。イジメまではいきませんが、力を見る、見せるという意味でですね」
力関係、上下関係をはっきりさせるという意味では正しい行為かもしれない。それが、先輩や年上が後輩や年下より確実に実力が上であればである。
「それで、ちょっと力を出しすぎてしまって」
「しまって……」
「メインツの大司教様の前でも試合をして見せたのよ」
「それは……ちょっと一般冒険者の枠ではなさそうですね」
「お陰様で、メインツの居心地は改善されたのよ。力こそ正義ね」
多分そうではないと思われる。君子危うきに近寄らずが近いのではないだろうか。
人が少ないというだけではなく、今回同行した『ゼン』の外見も大いに影響している。本人は性格も温厚で真面目で善良な男なのだが、見た目は巨大な熊の如き男である。三年前にレンヌであった時はまだ少年の面影があったが、今回は完全に……ごついオッサンである。だが、婚約者はいる。
「あなたが良い虫除けになってくれているのだと思うわ」
「なるほど。護衛としては一番大切ですね」
護衛がいるとはっきりわかる存在であるべき護衛と、それと知られないように守るべき護衛が存在する。親衛騎士や近衛は前者であり、リリアルは後者なのだ。
「た、たたたた大変お待たせいたしました。お預かりしているお手紙が……」
大慌てであることを隠す事もなく、職員が戻って来る。何も取って食おうというわけではないのだが。差出人は「オリヴィ」の記名のモノが三通、そして……
「姉さん……」
姉のモノが……一、二、三、たくさんである。
「随分と多くあるんですね」
「……姉からのものよ……」
「お姉さまからの……ですか」
『ゼン』はレンヌの貴族の子息であるから、王都民のルイダン程彼女の姉について見知っていない。故の反応だろうか。
「随分と筆まめな方なのですね」
「そういう類の人ではないの。かまってちゃんなのよ姉は」
姉を一言で説明するなら、これが適切であると彼女は考えている。
職員に念のため確認をする。
「オリヴィ=ラウスさんは最近、メインツにお見えでしょうか?」
ここ何か月かは見かけていないという。手紙が出されたのは……ロックシェルの商業ギルド。冒険者ギルドに関しては、ネデル領内は閉鎖状態であるという。
「戒厳令がしかれているようね」
「そうですね。冒険者ギルドへの依頼は、帝国内に出されているんです。その影響もあって、冒険者の皆さんが出払ってしまっています」
なるほど、ネデルの依頼も商業ギルドか代理人経由で帝国内の冒険者ギルドに出さざるを得ない故に、手が足らないということなのか。
「ネデルの冒険者はどうなってるんでしょうね?」
『ゼン』の疑問は当然だが、ここ数年で万単位の神国軍の雇用が発生しているのだ。住人相手の神国傭兵の方が、水物商売の冒険者より割が良いと考え、商売替えしたものも多いのだろう。腕のある中堅の冒険者は傭兵に転職し、駆け出しと高位冒険者以外、かなり手薄になっているのではと推測される。
薬草採取のような依頼と、指名依頼の中間に位置する依頼が滞留している事が容易に推測できる。
「稼ぎ時ですよ。如何でしょうか……」
「ごめんなさいね。今、指名依頼を受けている最中なの」
「……そうですか……残念です。またの機会にお願いします」
「ええ。検討させて頂くわ」
検討するが実際は不可能だろう。王都ならともかく、メインツで細かな依頼を受ける理由がないからである。
アジトに戻ると、流石に入口のトラップに掛かっている『魔物』は存在していなかった。
「先生、丁度いいところに。食事の準備が終わったところです」
「気になるケーキを買っておいた。食後にどう?」
「勿論みんなでいただきましょう」
簡単なスープとパン、それにソーセージの類。如何にも帝国なメニューである。それに……エールが少々。ソーセージにはエールが合うので仕方がない。
食後に出されてきたケーキは、王国のそれとはかなり異なっている。
「これもケーキなのね」
「『シュトレン』という名前。主に、クリスマスの頃に食べるらしい」
砂糖がけの細長いパンのような外観だが、赤目銀髪曰くクリスマスケーキの一種なのだという。
「まあ、今は真夏なんですけどね……」
「それで、砂糖が解けかかっています」
その名の由来は『坑道』にちなんでいるという。形がホラアナように幅広で長いからであるという。
「この中に、胡桃やイチジク、オレンジピールやレモンピールが入っているんだそうです」
「本来は、生地にフルーツ味がしみこむのを楽しむために、長く保存する方が美味しいのだと言いますが、夏場では砂糖がとけてしまうので難しいようですね」
村長の孫娘に灰目藍髪も前のめりである。
「砂糖……かけ過ぎだってこれ」
「セバスは文句があるなら食べなくていい」
「いや、文句じゃないって。絶対食べるから俺」
どうやら、四人とも楽しみにして購入したようで何よりだと彼女は考えた。