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第423話 彼女は村長の娘の射撃に満足する

第423話 彼女は村長の娘の射撃に満足する


王都を経由せず、今回は騎士学校の前を通りシャンパー経由で聖都に向かうことにした。王都の北側は、ミアン防衛戦以来、近衛連隊や騎士団の往来が増え、治安が改善した半面、シャンパー・ブルグンドに向かう街道に賊が移動したと思われるからである。


 ブルグンドからトラスブルを経由するルートは問題ないが、聖都からトリエルに向かうルートはネデルの騒乱の影響で、治安は更に悪化しているという。一度、メインツの拠点に入り情報収集をするつもりであるので、少々遠回りとなるものの、ディルブルクに直接向かわず、トリエル・メインツを経由するつもりなのだ。


「ケツが痛てぇ……」

「日頃から騎士としての鍛錬不足」

「ぐぅ……やっぱそうだな。恥かかないようにもう少し鍛えねぇとな」


 最近、折れ無くなりつつあるルイダンに、赤目銀髪は少々物足らなさを感じる。


「閣下、今回のネデル南部への侵攻作戦ですが、騎士学校の教授内容から推察すると、どのような結果を想定されるでしょうか」


 馬車の中では『ゼン』からの質問が彼女へしばしばなされる。馭者台には歩人と村長の娘、馬車後方には見張を兼ねた赤目銀髪、馬車の内部には彼女と『ゼン』、それに灰目藍髪が並ぶ。


「百年戦争の頃と、先年行われている法国戦争で、最も大きく変化したのは火砲の使い方でしょう」


 東の古帝国の首都やドロス島の聖母騎士団要塞が陥落したのは、一つにはサラセン軍が用意した巨砲による城壁の破壊効果がある。百年ほど前であれば、巨砲は日に数発を発射するだけでも熱の影響で砲身が裂けることもあり、決定的な能力を持つとはいえなかった。


 しかるに、近年では馬車程の大きさの馬匹で牽くことも出来る小型の砲が増え、移動、展開が容易となった。それまでであれば、数か月を擁して移動・据え付ける必要があった大砲が素早く移動し射撃できるようになった。


 大砲の影響は城壁を盾に立て籠もる城塞都市と市民兵の集団に対して有効な攻撃力をもたらすに至った。射撃間隔も短く、人の拳や頭ほどもある金属の塊を水平に近い角度で発射し、直接、若しくはバウンドさせて壁や門に命中させることで、それを破壊することができるようになった。


 射程距離は弓や銃がせいぜい200m程のところを、その当たらない0.5-1㎞のの距離から攻撃を加えることができるようになった。


 それまで、騎兵の突撃を無効化する柵と弓・銃の対策も、長槍を備えた歩兵の戦列も、戦争の九割は都市を包囲し攻撃することであることを考えると、大砲に対してどのように都市を守るかということに至るのだ。


「それで、新しい大都市ほど城外に堡塁を築き濠を備え大砲の据え付けられる位置を城壁から遠ざけようとしているわけなんですね」


 灰目藍髪が相槌を打つ。ミアン防衛戦に参加したので良く解っているのだが、ミアンは東側……即ちネデルに面している側だけに城塔門と外郭を設けていた。ネデルの神国軍の砲兵に対抗する為である。


「大砲を備え付ける前に、都市に近づく前に追い払うというのが、今の時代の戦争の流れなのだけれど……」


 彼女が理解できているのは、都市を包囲するほどの資金も、その都市を攻略するほどの砲門もオラン公の遠征軍は用意できないということである。


 野戦においても、歩兵の密集陣に会戦に先立ち砲撃を加えるのは当然であり、移動城塞である『テルシオ』はその戦列の中央に大砲を並べ、射撃を行い、戦列の左右には移動と攻防に優れた騎兵を配置することになる。


 大砲で戦列を乱し、堅固な密集陣形をぶつけ銃と槍で相手を傷つけ、最後に騎兵を送り込んで混乱させて突き崩す……という戦いになるのだが、そのバランスをネデル公の遠征軍に望むのは難しい。


 ネデル総督府軍の神国兵・法国兵らはその訓練を十分に積んだ精鋭であり、オラン公軍と同程度の練度のネデル・ランドル・帝国の傭兵は補助戦力であるからだ。相手の主戦力を、補助戦力以下の軍で抑えるのは相当に難しい。勝てるとすれば、策略であろうが、総督府軍にとってはホームに迎えるのであるから、どこで待ち受けるか先に選ぶ事すらできる。


「勝ち目は相当薄い。皆無に近いでしょう」

「ではなぜ……」


 思わず質問を口にした『ゼン』が押し黙る。仮にオラン公が何も動かなければ、原神子派のネデル民は拠り所を失い、早々にネデル総督府に服従してしまうかもしれない。国内では異端審問の嵐が吹き荒れ、多くの血が流れる状況で傍観していては『盟主』として担がれる事も無くなってしまう。


 既に、弟であるアゾル卿を失い、またネデルに残った幾人かの盟友たちも総督府に捕えられたのち、先ごろ異端として処刑されている。


「負けると分かっていても、戦わなければならない時もある……ということでしょうか」

「ええ。意地も張れないようでは、貴族としての存在意義を疑われるわね。ここは、無謀と非難されても……引けないところなのでしょうね」


 都市は恐らくオラン公につく者はいないだろう。野戦においても、よほどの事がない限り、歴戦のネデル総督府軍には勝てない。それは既に北部遠征軍の敗北で証明されてしまった。


「空気が重そうです」

「間違いないな」


 オラン公陣営が今どのような雰囲気なのか想像するだけで、彼女たちは気が重くなるのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 それから二日ほどかけて王国領ローヌから帝国に差し掛かる、ここはデンヌの森の南端辺り。街道横の野営地で野営をしていると、周囲に何か魔力を持つ者が集まって来るのを彼女をはじめ、リリアル生が捉える。


「ゴブリン?」

「……コボルドかもしれないとは思わない?」

「数が少ないですからそれはないでしょう」


 魔力の大きさはゴブリンより大きい。数は……三つ。しかしながら、二十三十なら七人の人間を襲う可能性はあるが、僅か三匹で襲う事はまずない。


「では、魔力持ちの人間が三……でしょうか」

「その可能性が高いわね」

「……落ち着いてんな……」


 彼女とリリアル生の会話に、落ち着かなさげなルイダンが口を挟む。いつものカラ元気はどこへ行った!


「小隊規模の山賊」

「可能性は高いわね。二三十人の山賊……命乞いも捕虜も認めないわ」

「それで問題ないでしょう」

「……皆殺しかよぉ」


 いつもであれば、捕縛して近隣の街で引き渡すのだが、暗闇の中で数も多い。加減をする事は難しいと判断した結果でもある。


 リリアルで過ごした期間、『ゼン』とルイダンは、午後の時間の最後から夜に掛けて、二期生及び薬師組の女子たちと魔力錬成を兼ねて『魔装糸紡ぎ』を行っていた。魔装糸は、紡いだ糸に魔力を流し込んだ魔銀を紡ぎこむ作業で、微量な魔力を絶えず流しつつ、糸に魔銀を馴染ませていかなければならない。


 短い時間で体にいかに多くの魔力を纏わせるかで勝負をする魔剣士とは正反対の魔力の使い方。気配を隠蔽し、周囲の魔力を探り、常時魔装を生かして活動するには、魔力の操練度を上げ魔力量を増やし、効率よく魔力を体から発動し続けなければならない。


 リリアルの強さとは、魔術師・魔剣士の短期的な大出力の魔力運用とは正反対の運用と、瞬間的な魔力の大出力を生かす装備の活用にあると言えるだろう。


 過不足なく魔力を与えた装備でなければ、装備も十全に活用できない。魔装銃なら魔石が破損することになるであろうし、銃口の摩耗も発生する。剣や槍においても、過度魔力は損耗度を上げる。


 魔力を適切に適量用いる為には、魔力の操練度を上げる鍛錬が必要であり、リリアルにおいてそれは『魔装糸紡ぎ』なのである。


 いーとーまきまきするおっさん……『ゼン』は優しそうな熊だが、ルイダンは歪な狼のように見え、幼い少女たちからは当然……まあ、過ぎた事である。





 彼女は先鋒を二人に委ねる事にする。互いに背中を任せるツーマンセルだ。


「人間を仕留めるのに、カッコよくする必要はないの。首か腹を魔力を纏わせてチョコんと削れば無力化できるわ。いい、躊躇せず斬りなさい。決闘でも試合でもないのだから」

「「……」」

 

 散々人型の魔物や賊を狩っているリリアルメンバーからすれば、当然の選択。首を斬れば数秒、腹を斬れば内臓が腹から飛び出し、どの道長くはない。試合で致命傷を与える寸止めなんて必要ない。足の先、指の先が少し削れただけでも人は痛みで体が硬直する。


 馬車を守るように赤目銀髪が後方で弓を構える。恐らくは前方で足止めが数人、背後に同数、左右の林間には飛び道具を持った伏兵が隠れている可能性が高い。


「せ、先生! どどどどどうすればいいでしう!!」


 村長の娘がガタガタ震え始める。数十人の山賊に襲われるのだから、それは怖ろしく感じて当然だ。場慣れしている彼女たちの方がおかしい。


「大丈夫。銃を構えて、馭者台から前方を狙う役ね。馬車は魔導で守られているから、大丈夫。あなたは、標的を撃つようにあの二人を躱してこちらに向かってくる賊を撃てばいいの」

「は、はい! やってみます」


 馬車の前方は彼女と村長の孫娘、後方は薬師娘二人。碧目金髪が銃手、そのサポート役が灰目藍髪で剣を構える。


「俺はどうすれば?」

「適当に伏兵を炙り出してちょうだい。殺して構わないわ」

「了解」


 歩人は剣を抜き、姿勢を低くして馬車から飛び降りると森の中へと駈け入った。伏兵を狩るためだろう。


「来た」


 赤目銀髪が林間からこちらを狙う弓兵に向け、自らの魔装複合弓を用いて矢を放つ。大きさこそ短弓並みだが、その威力は梃子で弦を巻き上げる弓銃並の威力を持つ。


 Pashu! Pashu!


 軽やかに連射、そしてその矢は弧を描き、木の陰に隠れている賊に突き刺さる。


 林間に二つの悲鳴が木霊し、包囲する賊たちに緊張が走るのが分かる。


「女子供が多いぞ!! 怯むな、まぐれだ!!」

「「「おう!!」」」


 どうやら、指揮する山賊の頭は魔力持ちでそこそこ経験豊かな雰囲気をまとっている。二人まぐれで怪我をしたとしても、数で圧倒している自分たちの優位は揺るがないと判断しているのだろう。声も落ち着いており、魔力を込めた発声なのか、自然、賊が落ち着きを取り戻すのが分かる。


『やっかいなのがいるな』

「それはこっちも同じよ。『勇者』の加護持ちは伊達ではないでしょう」


 この程度の戦力差では、加護の影響を受けるほどではないのだが、ルイ・ダンボアの加護は劣勢な時ほど周囲に影響を与える。実際、全員魔力持ちのリリアル生からすれば、百人に囲まれても問題ないくらいなのだが。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 馭者台から前方を眺める彼女の面前で、二人の騎士が賊と斬り合いを始める。


「はあぁ!!」


 巨漢ながら、素早く機敏な剣筋で、ちょんちょんと手足を斬り飛ばしていく『ゼン』。公太子の側近であり護衛として身に付いた操法がしっかりと生きている。相手を斬り伏せるのではなく、無力化するには少しでも体のどこかに傷をつければ効果が表れる。


 力を込めて剣を振り回す必要はなく、簡素な動作で素早く剣を振るう方が隙もなく、無駄な動きを生み出し、護衛対象を危険にさらさない。動くのは一瞬、直線的に相手の動きを制し、斬り飛ばす。それが、腕か脚か首か槍の穂先かはわからないが。


 槍を斬り飛ばされた場合、一瞬、驚き動きが止まる。その瞬間、手首や踏み込んで首を斬り飛ばすのが『ゼン』にはなれた手法なのだろう。


『早いし無駄な回避で時間をとられないのはいいな』


『魔剣』の言葉に彼女も頷く。ルイダンは……剣を躱してよろけた所を斬り払う動作が好みのようで、相手に槍なり剣の攻撃を受けるのを一瞬待っているように見える。


「あれ、混戦だと問題よね」

『多分、囲まれたら判断できなくなるだろうな』


 一対一、一対二程度であれば、動きを観察しながら躱す事は難しくない。囲まれたならそれは別になる。『ゼン』が無駄な動作を排除し、シンプルに斬り倒せているから、背後から囲まれる危険性がない故に成り立っているだけだと彼女には見えていた。


「せ、せんせい……撃っても良いですか?」


 村長の孫娘の問いに「撃てると思ったらいつでも」と答える。


Pow!


 火薬と比べれば小さな発砲音、乱戦に加わろうと遠巻きにしている賊に向け魔装銃の弾丸が放たれ、一人の賊の胸に大きな穴をあける。発射速度もそうだが、命中した場合の鎧を粉砕しその破片も体の中に食い込ませる魔装銃のダメージは剣とは比較にならない。


 的の大きな胴体を狙って放つことで、どこに当たっても致命傷となる。頭のような小さな部位よりも、大きな的である胴体を狙うのが基本だ。


「あ、当たりました!!」


 距離は50mほどだろうか。魔装銃も銃弾の弾道の変化は火薬の銃と大きく変わらない。命中が期待できるのは70m程度で半分程度と考えられる。それでも、人の大きさは握りこぶし程度の大きさに見えているのだが。その程度の範囲に弾がぶれるのだ。


「次弾装填。こちらに向かってくるものを狙って」

「はい! こいつめ!!」


Pow!


 ゼン&ルイダンを避け馬車に駆け寄ろうとする賊の一人に、銃弾が命中、弾丸が命中した威力で叩き落された虫のように後ろにはねとばされる賊の一人。


「ま、また当たりました!!」

「ええ、さあ、次もよ」


 村長の孫娘は彼女に声を掛けられながら、落ち着いて次々と弾丸を放っていく。賊の悲鳴と地面に倒れる人影が一人、また一人と増えていく。馬車の後方でも赤目銀髪と歩人が林間の伏兵を狩り取り、背後の賊を薬師娘二人が銃と剣とで倒していく。


 三十人ほどの山賊が討伐されるのに、時間は三十分と掛からなかった。



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[気になる点] まだちょっと残ってますね。 決闘でも試合でも/ないのだから」 一瞬待っているように/見える。
[気になる点] 首か腹を魔力を纏わせて/チョコんと削れば無力化できるわ。 決闘でも試合でも/ないのだから」 指の先が少し削れた/だけでも人は痛みで体が硬直する。 恐らくは前方で足止めが/数人、 持った…
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