第421話 彼女はネデルの報告を聞く
第421話 彼女はネデルの報告を聞く
「完成したぞ」
「……なにこれ? へんなメイスだね」
「メイスじゃねぇ。小さすぎんだろ!!」
棒の先端に塊が付いているモノを全て『メイス』にしたがる赤毛娘。これは魔法の杖『ワンド』の先端に銅貨を装飾したものである。つまり、メイスではない!!
「これね、あなたが依頼していた物は」
「ええ。冒険者組……ノインテーターの討伐を直接行えるメンバーに支給することになるわね」
彼女と伯姪、歩人に癖毛、茶目栗毛に赤目銀髪、赤毛娘に黒目黒髪、藍髪ペアあたりがその該当者となる。
「閣下、このワンドは何に使うのでしょうか?」
『ゼン』はノインテーターについてそれほど細かく説明を受けていない。ネデル軍に潜む新種の吸血鬼「ノインテーター」は、今のところアルラウネという半魔物の妖精種により死んだ者が生まれ変わる存在であり、一般のアンデッドのように、首を刎ねる事だけでは討伐が成立しないという事を説明する。
「口の中に銅貨がある状態で首を刎ねる手順が必要なのよ」
「刎ねた首で銅貨を押し込んでも死んだのよね?」
オラン公に預けたノインテーターは首だけの状態で渡したので、恐らくは銅貨を咥えさせて処分したと思われる。
「首だけでも生きているって元気!」
元気ではなく病気である。さらに、周りの影響下にある人間を『狂戦士』化させる。痛みに鈍感になり、恐怖心を失い、命を惜しまなくなる。また、所謂火事場の馬鹿力を発揮し、オーガのように戦うようになる。
「誰でも?」
「一般の吸血鬼の『魅了』に近いかしら。魔力量が多ければ、掛かりにくいでしょうけれど、精神的に弱っていたり不安であると掛かりやすいみたいね」
戦場では常に生死に不安を感じる。その時に、ノインテーターが支配下に置きやすい環境が生み出される。暗殺者養成所の子供たちも同様であろう。日々、過酷な訓練、そして訓練を重ねるたびに生死の感覚がマヒし、仲間を失っていく。影響下に置かれるのなら、戦場に向かう兵士同様好都合な存在である。
「助けてあげたいね」
「そうだよ! 王都の孤児院はその何倍もマシだもの」
「フィナンシェも貰える」
「偶にね。いつもなのはリリアルくらいだよ」
黒目黒髪と赤毛娘の会話に割り込む赤目銀髪。突っ込むのは碧目栗毛。碧目栗毛は魔力小組=薬師組だが、積極的に冒険者の仕事も覚え、二期生の善き先輩として活躍している。言う時はガツンと言うタイプでもある。魔力量こそ少ないものの、副官候補として育てたいメンバーでもある。
「兎に角、これを……」
一本を手に取り、目の前の癖毛の口に不意に突っ込む伯姪。
「わっ、きったねー」
「綺麗だろ? 銅には殺菌効果もあるんだぞ」
銅の容器は腐食しにくく長期の保存に向いているという。流石に高価で普通のワイン程度には用いることは出来ないが、水が長期間腐らないという事が分っている。
「ほら、あんまり馬鹿なこと言わないの。これで、吸血鬼退治するんでしょ!」
「そうそう。でも、まあ、院長先生たちが先に使って効果検証してからになるんだろうけどさ」
先に小城塞に潜む、実行部隊のノインテーターを、暗殺者ギルド・裏冒険者ギルドのメンバー共々討伐することになる。その時、使いでに関しては実際に確認することになるだろうか。
「柄を魔銀鍍金するとか?」
「何でも鍍金させんな!」
「え、でも、魔力を通せば、ダガーの代わりにならないかな」
長さは指先から肘まで程の長さのワンドである。仮に、そのような形で加工することができるのならば、口の中に直接魔力を流し込んで確実に死滅させることができるかもしれない。
「手間はかかりそう?」
「一部だけ試しにやろう。お前たちの分だけとかだな」
老土夫曰く、彼女と伯姪の装備の分だけ鍍金をするという裁定案を提示される。
「それで願いします」
「口に入ったのは止めてね」
「なんだよそれ!! どの道吸血鬼の口ン中入るだろぉ!!」
癖毛、相変わらずの弄られキャラである。
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戦馬車を用いた築城の練習など、リリアル残留組を中心に訓練は続けられていたのだが、ようやく歩人と『猫』が戻って来たのは、模擬戦からさらに二週間後のことであった。
「遅いわよ」
「いやそこは、いま来たとこって言うべきじゃないのかよ」
「……それは『待った?』と聞かれた時の返事でしょう。待たされたのだから、あなたがいま来たところは明白ではないのかしら」
歩人、待つ事もまたされる事もない人生なので、その辺りが微妙である。
先ずは、二つの目的地が確定できたのかどうかの確認からだ。
「地図は割と正確だった。この大きな川のそれぞれの合流点に街がある支流を遡ってだな……」
南ネデルを流れるムーズ川は王国のローヌ地方を源流とし、北に向かったのち聖都とミアンの中間ほどで東にながれを変えデンヌの森の中を抜けて行く。デンヌの森の中の都市は、南から北に抜ける幾つかの街道とムーズ川が交差する場所、もしくは、ムーズ川とその支流が交差する場所に開けていることが多い。
「小要塞は、ナムルの南、ザンブル川の二股に別れた支流を遡った
場所にある。大体……」
距離は20㎞ほど。ザンブル川はムーズ川とリジェで交わる大きな支流であり、水源は王国との境にほど近いデンヌの森にある。
「王国にかなり近いじゃない」
「ああ。その分、ちょっと分け入った場所にあったな。ここに、あれだ、草の魔物……」
「アルラウネかしら?」
「いたな……」
『おりました。ただ、少々訳アリのようです』
『猫』は精霊の要素を持つ存在であるがゆえに、半精霊とも妖精とも取れるアルラウネとある程度やり取りができたようだ。その報告は後程聞くことにする。
「それで、どんな感じなのよ」
「あ、お嬢様方皆さんに聞かせた方がよろしいでしょうか?」
「……特に問題ないのであれば」
歩人は彼女に確認した上で、特に問題はないと判断した上で話を進める。
小城塞は四つの円塔を城壁で囲んだ物で、その昔、支流に沿って脇街道が利用されていた時代に、街道を制するために設けられたものであるという。今ではその街道が廃れてしまい、放棄された要塞だと……思われている。
「勝手に住み着いている?」
「いや、そうじゃねぇだろうな。正式に借り受けていると思うぞ。内装がわりと豪華だったからな」
一応、全部ではないが、魔力走査での確認と、直接魔力壁を用いて窓から中をのぞいて目視での確認を行ったという。『猫』も調査内容に不備はないということで、そのまま歩人の報告を聞くことにする。
「二階に魔剣士が四人。四つの塔の中ほどに部屋を貰って住んでいる。三階のには一人ずつそれぞれの塔にノインテーターか? 出来損ないの吸血鬼どもが半ば軟禁されているな」
二階の魔剣士は監視役を兼ねているという。活動時には、吸血鬼一体に魔剣士が監視役兼護衛として参加することになっているように見えたらしい。
「公女マリア様を攫ったノインテーターと魔剣士はその組み合わせの一つだったということね」
『一体のノインテーターは主が討伐した後、補充されたもののようです』
『猫』が追跡した時点では、魔剣士四、ノインテーター三であったものが補充されたということか。
「まあ、あれだ、お嬢様が一体ずつ狩る分には問題なさそうでございます」
「……あなたも同行するのよセバス」
「……はぁ! え、マジですか」
「マジよ。大マジ」
狭い室内に複数で突入するのは難しい。外で警戒するメンバーと、突入組を分けるべきである。魔力量からして彼女と歩人、若しくは赤目銀髪であるが、今回は偵察をした歩人を参加させることにする。何かあっても自己責任という事だ。
「あー もうちょっとしっかり調べておけばよかったかぁ……」
「聞き捨てならないわね」
「いや、俺はちゃんと調べた。何かあっても、俺のせいじゃない!でございます」
汚れたおじさんはこれだからなどと、周りに言われる歩人である。
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「それと、ガキどもが集められている緑灰色の壁の街な……」
暗殺者養成所、その昔茶目栗毛が仲間と友に訓練を受けた場所。そこは、ザンブル川を西にさらに遡行した場所にある、王国との境目と目と鼻の先であるデンヌの森の中にあったという。
「かなり近いじゃない?」
「ああ。聖都から魔装馬車なら半日くらいだろうな」
「それは……聖都が荒らされるわけね。王都に来るのもさほど苦にならないわ」
シャンパーやミアン、王都にも三日か四日で到達する距離である。小城塞と緑灰の街の距離は40㎞程離れている。ザンブル川沿いなので、魔導船を用いればさほどの時間はかからず合流できるだろう。
「船旅は優雅で良いわよね」
「変わりましょうか?」
「遠慮するわ。また今度お願いしたいわね」
魔導船を用いれば、南都からニースまで馬車より余程快適に移動できるに違いない。そう考えると、ニース辺境伯家に一艘二艘は提供しても良い気がする。多分、ジジマッチョと姉が掻っ攫うのであろうが。
「一周1,000mくらいの外壁だったな。高さは5mくらいで、望楼は四方と正門・裏門に二箇所づつ」
川に面した側が正門、背後の丘に面している側が裏門であるという。望楼には見張の衛兵らしきものが数人ずつおり、日中はともかく夜間はかなりしっかりと警戒している……内部の脱走者を。
「教官らしき奴らが二十人くらい。半分くらいが魔力持ちの一流冒険者クラス。後の奴らは、商人とか聖職者みたいな職業の教官。その下に、倍くらいの人数の助教がいる。年齢的には、孤児たちの先輩だろうな」
即仕事に関われるわけではなく、合格した暗殺者枠の見習を教官の助手としてプールしつつ、適時ベテランと組ませて経験を積ませるような形なのかもしれない。
「助教の腕はどの程度か分かる?」
「……魔力抜きならリリアルのガキどもと変わらない。けど、魔力持ちはいなかったな」
恐らく、魔力持ちは既に実務に付かされているのだろう。力不足を技術で補えるレベルか、魔力を必要としない潜入工作員などが残っているとも考えられる。
「ガキどもは大体七歳から十歳くらいだな。言葉は、王国語、帝国語、ネデル語がほとんどだった」
「……魔力持ちは?」
「百人弱いて、その内二十人くらいだな。あんまりおおくなかったぞ」
魔力に関しては『猫』の見立てであるという。歩人にはそれほど魔力の多寡ははっきりわからなかったようだが、気配隠蔽を行いつつ望楼の屋根などの上から訓練風景を見る限りにおいては、身体強化程度の魔力の使い方しか指導しておらず、魔力有と無では訓練メニューを分けているようであったという。
「……何を考えているか当ててみましょうか?」
彼女の顔を見た伯姪がそう声を掛ける。
「王国人の魔力持ちは、全員リリアルで貰い受ける……でしょ?」
「いいえ、孤児の魔力持ちと王国人の希望者は全員よ。家に帰りたい、帰れる場所がある子達までは望まないわ。それに、それぞれの家まで送り届けられる子供達は送り届けたいもの」
それぞれの国がどこからなのかはわからないが、攫われたのでなければ親に売られた子供たちは戻っても再び売られるだけであろう。ならば、孤児として王都で学べる環境を選んだ方がいい。
「王国人以外なら、文化や言葉の違いも身に付いているから、今後の密偵対策にもいいかもしれねぇよな」
「王国人とは違う毛色の人に気づきやすいということよね。可能であれば、
ニース商会の対外支店に配属してもらえば、現地採用より安心かもしれないわね」
訓練を受けてきた子供たちは全員無事に確保したいというのが、彼女を始めとするリリアルの総意でもある。子供たちの将来は、無事に戻れてから考えれば良い事だと、話はそこで区切る事にする。
「衛兵の総数は?」
「部屋の数から割り出すと、大体五十人くらいだな。これが、子供たちの出入りの際に教官と一緒に何人かついていくので、常時少し少なくなる。けど、四十は下回らねぇ」
「二交代?」
「大体な。二十四時間勤務で一日休みの繰り返しだ」
「なら、夜中は隙だらけね」
「いや、いつも隙だらけだ」
衛兵に教官、助教を合わせれば百人以上の戦力が存在する。数百人規模で攻め寄せなければ、簡単には攻略できないことは明白だ。子供たちも役に立てると考えれば、それ以上の戦力が必要となる。
「水源は?」
「川から水を汲んでいるが、井戸もある。あんま使ってないみたいだけどな」
「食料は?」
「貯蔵施設もあるが、週に一度くらいの頻度で出入りの商人が運んでくる。これ待っている時間が結構かかってな。それで戻る時間もかかったんだよ。嘘じゃねぇぞ」
嘘ではないというほど疑われる歩人であるが、『猫』もその事を正すことはなかったのでその通りなのであろう。
「衛兵と教官に助教で百人……」「結構大変そうだけれど、上手くやりましょう。時間を掛けて逃げ出せないように
包囲して、そのまま刈りつくせばいいんじゃない?」
「そうね。子供たち以外の降伏は認めない……とすれば問題ないわね」
暗殺者の育成施設全てを人ごと破壊する。そう割り切る事で、リリアル生の安全を確保することを彼女は強く誓った。