第40話 彼女は王都に戻る
第六幕『孤児院』
彼女はレンヌへの旅の間に考えていたある計画を王妃様に提案する。王都の孤児を王家の藩屏として育てる『新兵団』計画。その最初の一歩として、孤児院で魔力を持つ子供を集め、王妃様の別邸で『リリアル学院』を開校する。
第40話 彼女は王都に戻る
十日ほど滞在した公都で、王女殿下の侍女をしつつ、人攫いの情報と「ソレハ伯爵」に対する情報収集を彼女たちは行っていた。
どうやら公都の旧都と繋がる経済圏と、ソレハからブレスの経済圏は別のエリアであり、現在は、ソレハ伯が「副大公」のようにふるまっているのだそうである。大公よりやや若いものの、前伯爵である大公の大叔父が健在で、その人脈を生かしてソレハ伯家の力を高めているのだという。
「前辺境伯様みたいな感じかしら」
「いや、老獪な政治家だな。連合王国とも、王都の貴族とも繋がりがある。利益誘導も上手だし、何をしたかは後からの推測でしかわからないような人らしい」
薄赤戦士が酒場や冒険者ギルドで聴きだした情報を組み合わせると、人攫いの組織を壊滅させる程度では、どうもなりそうもないと判断できるのだった。
因みに、海賊船の一行はその伯爵家が間に入り、それなりの金額を払い、船共々連合王国に引き渡すことにしたそうだ。大公家では扱えない外海用の船であり、売却することが最良と判断したためだ。
その際、回収した書類に関しては一切返却をしなかったのである。その書類は王女殿下の侍女が回収したものであるとして、宮中伯が王国に戻る際に持っていくことになった。連合王国の犯罪の証拠とでもいえばいいのだろうか。
侍女と警護の仕事って……意外と大変だと彼女は思ったのである。
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更に五日後、彼女たちは王都に帰還した。アジェンまでは船で移動したが、そこからは陸路馬車を利用した。とても辛かったとだけ言いたい。それでも、荷馬車と違い、衝撃をバネで吸収する王家の馬車(魔石利用)であったのだから、本当に、馬車で旅をするものではないと考えるのである。
「王都からブレスやソレハに行くなら、ローレ川を下る方がいいでしょう」
侍女頭がそう教えてくれた。いやいや行かないから、しばらく王都でゆっくり薬草でも採取するんだからと彼女は誓うのである。
『色々考えねぇとだな……お前の方向性とかな』
『主は、王女殿下と民を守るためにまたもや活躍されたのです。誇るべきであり、迷うべきところはございません!』
魔剣の嫌味も、猫の褒め殺しも……痛し痒しである。仕事を引き受けると、新しい事件がついてくるのだ。自分のせいではないと彼女は思うのだ。
帰りの旅は、それはそれは大人しく、薬草採取などしつつポーションを補充しながら戻る。流石に、整備された街道に魔物は出てくる事もなく、安全安心の旅であった。
問題と言えば……王女様が油球と水馬にとても興味を持たれたことにある。確かに、あのサイズの海賊船をほぼ一人で制圧するのは……出来過ぎである。とはいえ、『猫』の脛斬りがあってこその短時間の制圧なのだ。
「ビジュアル的に、王女様が煮えたぎる油を撒き散らすのは良くないわよね」
『子爵令嬢でもだな!』
魔剣の答えにその通りと内心思いつつも、どうしても魔物退治の感覚で対応してしまうのが彼女の心理的な問題なのだ。
例えば、眠らせて無力化するとした場合、掛りに個人差が発生する。その場合、眠らせた後、縛り上げるか息の根を止める必要がある。油を撒くより時間がかかる。火球だって、金属の鎧や盾、土や岩を遮蔽物にされると効果がない。指先でランプの炎をつまんで消すことに似ている。
「油……効果あるのよね……ダメかしら……」
『いや、そのまま火をつけて焼き殺すんならありだろうな』
本来は、そんな使い方なのだろう。熱湯ではダメな場合も考えての高温の油なのだが……検討の余地があるだろうか。
さて、一か月振りにギルドに寄り、ポーションを納める。買取おじさんも「おお、無事に戻ってきて何よりだ。また、活躍したんだってな!」と悪気なく声を掛けられるのは良いのだが、正直微妙なのである。
「一人でガレオン船制圧したらしいじゃねえか」
「……二人よ。私と辺境伯家の令嬢とね。侍女同士で組んでいたのよ」
「ほおぅ、辺境最強の騎士の孫娘……とかなんだろうな」
前辺境伯のジジマッチョ、やはり有名人である。彼女は姉の婚約者の親族として親しくしており、今後、冒険者としてパーティーを組むかもしれないと話をする。すると、顔なじみの受付嬢が「アリーさん、ギルマスがお会いしたいそうです!」と声を掛けられる。
2階のギルマスルームに入ると、「おお、待っていたぞ」とばかりに声がかけられる。あまりいい予感がしない、厄介ごとに違いないのである。
「レンヌでも活躍したようで何よりだな」
「……海賊退治ですか……たまたま舟遊びの最中に殿下の乗る船が私掠船に狙われただけです」
「それでも、一方的に制圧したと聞くが」
「運が良かっただけです」
これ以上口を開くのは得策ではないと、彼女は口を閉ざす。話を進めるようギルマスに促した。
「興味があるかと思ってな」
指名では無いものの、他の支部で持て余された案件が王都に回される事があるという。その一つなのだそうである。
「……ブルグントの山賊。人攫いですか……」
「辺境伯領へ行く時にも山賊退治したと聞いているが、丁度、ブルグントとシャンパー領の境目辺りに出没してな、どうやらヌーベに逃げ込んでいるんだそうだ。本来は、それぞれの騎士団が取り締まるべきなんだがな、越境するわけにいかないんで、話がこっちに回ってきたんだ」
あの一団だけがヌーベの傭兵ではないのは当然だろう。少なくとも百人単位で雇われているはずなのだ。私掠船のように、免状でも発行しているのだろうか。彼女はレンヌでの出来事を思い出し、心がざわついたのである。
「準備をして……少し時間をもらえますか。一人でというわけにもいかないので、パーティーを募ります」
「そうだな。薄赤のメンバーだけじゃ、心もとないだろうしな」
伯姪と薄赤三人に、できれば女僧も加わってもらいたいものだ。二人より大人の女性を入れた三人の方が攫う方も乗り気になるだろう。
「薄赤パーティーが揃った段階で動くのではどうでしょうか」
「二月くらい先になるよな。他に受ける者がいなければ……構わないな」
「それでは、準備を進めてまいりますね」
という事で、彼女は人攫い退治を引き受けるつもりでギルドを後にした。
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伯姪とヌーベ領の山賊・人攫いの件について依頼を一緒に受けないか話をするのである。
「なら、装備を調達しなきゃね」
「……あの剣を注文するのよね」
「ええ、それに、今回の報酬がちょっと良かったから、追加で注文したいのよね」
パレードの際に身につけた彼女の胸鎧が気に入ったので、同じ仕様で胸鎧にティアラを装備したいのだそうだ。それに……
「バックラーの持ち手の部分を剣と同じ素材にするのよ。殴った時に、魔力が入るようにしたいの」
「剣と小楯のスタイルにするわけね」
小楯は殴ることもできるので、使い勝手がよく、彼女は装備したいのだそうだ。
「盾を投擲することもできるのよね。それなりに効果あるわ」
「……何でもありと思えてくるわね……」
王都に戻ってくると、既に伯姪の部屋がしつらえられており、母と姉からは「自分の家だと思ってね」と言われて正直驚いた次第である。
「こっちの別邸も手配できたみたいだし、商会の仕事も少しずつ始めているんだってさ」
令息は、別邸という名の新居を用意しており、姉の知人を中心にガーデンパーティーを開いたり、夜会に呼んでもらいながら交友関係を広げている最中なのだそうだ。既に、婚約者としての話は広がっているのだが、辺境伯が王都に来るのは半月ほど先のようなのである。
「前伯爵様夫妻も……来られるのよね」
「そう聞いているわ。子爵様ご夫妻にもお会いしたいし、王都の友人ともこの機会に交流するつもりみたいね」
ジジマッチョが王都で大人しくしているとは……全く思えないし、巻き込む気満々なのではと思うのである。そして、王妃様との茶会には絶対揃って呼ばれると彼女は確信するのである。
「王妃様のお母様とおばあ様は古くからの友人なのだそうよ」
確かに、王都でも相当有名な美人姉妹であったと祖母に聞いている。姉の付き添いで辺境伯領に移り住んだのだが、前辺境伯の弟と結婚し、生まれた息子の娘が伯姪なのだそうだ。
「なら、貴方と王女殿下が仲良くなるのは当然かもしれないわね」
「あなたもその仲間なのだから、逃げられないわよ!」
子爵家の次女に過ぎない彼女にとって、国王陛下に気にいられているという事象はかなり気が重いのである。
「あなたが王都で過ごせるように、王妃様が婚約者を考えてくれるのではないかしらね」
「それなりの家の子息は、物心つく頃には婚約者がいるのよ。そう考えると、家柄はともかく、性格に難ありの人でも宛がわれたら断れない分、嫌だわ」
とは言え、陪臣の娘なのだから贅沢言えないと思わないところが、伯姪らしいと彼女は思った。
伯姪とパーティー登録を冒険者ギルドで行い、名実ともに相方となった二人であるが、その足でいつもの武具屋に行くことにした。
「ああ、お久しぶりですね。どうですか、装備の調子は」
「特に問題はありません。今日は、私の装備ではなくって……」
伯姪の装備を更新したい旨、伝えたのである。
「剣はともかく、他の装備でミスリルの合金を使用するのは、あなたにはお勧めしません」
伯姪の魔力量では、むしろ剣だけに魔力を使用し、身体強化くらいでそれ以上は難しいだろうというのである。
「価格もかなり高くなりますし、消耗して買い替える時に検討する方が利巧でしょうね」
「……わかったわ。それでお願い」
ティアラは流石にミスリル合金を使用したが、胸鎧と小楯は既製のものを購入することにした。ミスリルの曲剣は一か月ほどかかるとのことであった。それと、伯姪はスローイングダガーを数本装備に加えることにした。
「あなたの油球の代わりね。悪くないでしょ?」
「使えるならいい装備ね。得意なのかしら?」
投げナイフも辺境伯領の騎士では使いこなすのが基本なのだそうである。小楯の裏に仕込んだり、ベルトやブーツの中に仕込むのも普通なのだそうだ。
「鎧を着て正々堂々みたいなものは傭兵や野盗には意味がないのよ。相手も普通に使うから、こちらも同じ装備をするの」
彼女はなるほどと思うのである。
因みに、伯姪の部屋は今のところ客室を使用しているのだが、姉が家をでた場合、そのまま姉の部屋を使用することになりそうなのだ。この辺りも、姉の処世術なのだろう。
今現在、姉と母と彼女と伯姪でお茶会中なのである。
「もう一人娘が増えたみたいで嬉しいわー」
「わたくしもですわ。王都のお母様とお呼びしたいですわー」
「私も、もう一人妹ができたみたいで嬉しいよ。それに、我が実の妹様は社交が苦手だしねー」
「それは、いままで求められていなかったのだからしょうがないのではないかしら」
彼女と姉は役割が違うのだからと、社交にかかわることは今まで避けられていたのに、手のひら返しされても困ると彼女は思うのである。理不尽すぎると。
「いえいえ、皆が我も我もと話をする中、聞き上手なことは立派な社交術ですわよ」
「そうね。姉妹で話し続けるのも鬱陶しいかもしれないわ。今のままでも十分ということよね」
「少なくとも、王女様の侍女としては問題ありませんでしたわ」
一か月ほぼつきっきりで侍女をした伯姪から言われれば、母も姉も納得せざるを得ないだろう。
「そろそろ、王妃様から呼ばれるかもしれないわね。きっと、レンヌでのお話を楽しみにされているでしょうね」
「多分、辺境伯様ご一家もでしょうね。彼がそういっていたわ、おじい様が根掘り葉掘り聞きだすだろうって」
ジジマッチョだけで済むならダメージは半分か。伯姪もいるので、問題ないだろう。騎士団長次男が来れば二倍鬱陶しい可能性もあったが、今回は伯爵、前伯爵、次期伯爵が揃って王都に来るので、彼は残らざるをえない。
「でもあなた、この前騎士爵になったばかりなのに、男爵にすぐなるかもしれないとは……最近の夜会でも茶会でも、貴方の噂を聞かない日はないのよね」
「……えっ……」
「最新鋭のガレオン船を無傷で手に入れて、連合王国の裏帳簿まで手にいれたんですってね。まるで冒険活劇の主人公、騎士物語の主役ね」
「そうそう、『妖精騎士の物語』レント公領編というのが、舞台にかけられているんだよね」
商魂たくましい吟遊詩人に脚本家に小説家が、今回の旅での出来事を早くも題材にしているのだそうだ。
「ねえねえ、エントってまるで『木』なの?」
「ええ、その通り。木が夜中城の中庭を暴れまわるのよ。ちょっとした恐怖よ姉さん」
「あはは、見てみたかったなー。でも、木だから火で燃えるよね」
「お城ごと燃やすつもりならね。残念ながら、王女殿下と私で熱湯の塊を魔力で生成して、根元をしばらく煮えさせたわ。植物って熱に弱いから、それで逃げて行ったわね」
「……王女様、魔術が使えるのね……」
「まだまだ制御は苦手だけれど、魔力はとても多いの。多分、化けるでしょうね」
魔力と魔術に自信がある姉からすると、その話はちょっと悔しかったらしい。彼女は内心ニヤリとするのであった。




