第420話 彼女はルイダンと対峙する
第420話 彼女はルイダンと対峙する
「こんな動きをする魔物も、世の中に居るという事ね」
「あんた魔物かよ……」
『妖精騎士』の前半だけで言えば、魔物の範疇でもおかしくはない。
立体的に高速で動き、背後に回り込んだとしても狙うのは首から下の胴体のみ。本来の彼女であれば、魔力纏いの魔銀剣でどこでも切断する事が可能であるし、魔力で剣身を延長したり、『飛燕』『雷燕』を用いて魔力による攻撃を行う事も出来る。
模擬戦では魔力を用いた攻撃は不可とされるため、日頃の彼女の戦い方からすれば、まるで手も足も出ないように思われる。
『決め手に欠けるじゃねぇか』
「ふふ、見せるのも勉強じゃない?」
魔力が多ければ、空も飛べる……空駆けるといったイメージだろうか。リリアルの魔術師が魔力の量を増やし、操練度を上げる動機づけになれば良いと思い、日頃は好ましく思わないパフォーマンスを行っているつもりなのである。その思惑は半分は当たっていると思われるが、半分は「目立ちたがり?」という疑惑を持たれるに至る。
姉と同類と思われるのは、彼女にとって甚だ遺憾である。
ルイダンの魔力操作の練度を上げる為、彼女は加減をしながら相手を務める事にした。
「なかなか上手になって来たのではないかしら」
「……くっ、まあな……」
剣の操作も直線的ではなく、緩急をつけ連続した刺突と斬撃の繰り返し、時にバインドを絡ませ近接戦も狙っているが、やはり付け焼刃。決め手になるほどではない。
とは言え、最初の刺突に特化した狙い丸見えの戦闘よりは、複数の選択肢がある分、一瞬一瞬の判断が油断できない物になって来る。特に……
「「あっぶねぇ!」」
鍔を用いた刺突。剣の鍔元を握り、本来は顔を狙う技だが今回は反則となるので、首元を狙った刺突技。
Giiinn !
魔力壁で弾き、前蹴りでルイダンを蹴り飛ばし距離を取る。どうやら……ちょっとエズいているのは鳩尾にでも足が入ったのかもしれない。
「どうしますか?」
「もう少し……頼む……」
彼女はいい加減飽きてきたこともあり、いつもの得意技を使う事にする。魔術を攻撃に用いるのは不可。攻撃でなければ構わない。
ルイダンの周りに形成される三枚の『魔力壁』。その魔力壁に閉じ込められ、手も足も……文字通り出なくなる。
「なっ、これはなんだ!!」
「魔物相手にはよく使う手よ。魔力壁で閉じ込めて、動きを封じるの」
彼女は容赦なくルイダンに剣を突きつける。本来なら魔力を纏わせ『魔力壁』を貫き致命的な一撃を入れるのだが、魔力纏いは不可。故に……
「なんだか……首から下が動かねぇ!!」
『魔力壁』を首から下だけ覆うように展開。そして、首筋に剣を突きつけ試合終了。
「それまで!!」
本来であれば、これだけで試合終了となるのだ。彼女の場合、剣技も何もあったものではない。俎板の上の鯉ならぬ、魔力壁の中の魔物なのであるから。
「くっ、汚ったねぇぞ……」
「あらあら、子爵令息である近衛騎士様らしからぬ言葉遣いですわよ」
彼女の姉が挑発するように言葉を掛ける。
「姉さん、やめてちょうだい」
「何で? 決闘だってルイダン有利なルールだったじゃない。そもそも、妹ちゃん達はルール無用の悪党に、正義の剣を叩きつける為に存在しているんだよ」
「……聞いたことないわよそんな設定」
設定言うな。彼女たちは『魔術師』であり、安全に危険な因子を排除する為に有効な手段が『剣』『槍』『戦槌』であるというだけなのだ。少数で多数の敵と斬り結ぶ際、魔術で攻撃するよりも、魔力を纏わせた武器で斬りつける方が魔力の損耗が少ない。自衛の手段ともなる。なにより、冒険者として活動することで、存在を隠蔽することもできる。まして子供だ。
「剣技に頼る必要のないように進めればよいだけなのよね」
「私個人としては残念だけれど、全員が剣に覚えがあるという必要はリリアルの場合ないわね。そもそも、戦争では剣で戦う前に、銃と槍で戦うでしょう。パイク&ショットだっけ?」
近年の兵士の装備は数mにもなる長槍「パイク」で槍の壁を作り、相手を寄せ付けない移動城壁を作り、その間から銃撃するという戦い方が主流だ。騎士の突撃を防ぐための長槍装備を一歩進め、長槍の外から銃撃を加え戦力を削ぐことを狙う戦い方だ。
お陰で、弓銃兵は銃兵に置き換えられ、多くの未熟な兵士は長槍を持つ『生きた壁』の役割りを担わされることになる。また、槍の壁同士がぶつかりあった場合、相手の壁を崩す為の『剣』『戦槌』を装備した白兵になれた戦士の部隊も存在する。が、多くは、槍と銃で十分となっている。それぞれが剣を装備し、銃兵の中から剣で斬りかかる場合もある。
「だ・か・ら レイピアって平服用の剣じゃない? 平服用の自衛用・決闘用の剣に特化した剣技って、『勇者』の加護持ちの戦い方じゃないと思うけど?」
「斬り合いならば、ブロードソードのような物が好ましいでしょうね。馬上でも反りのある剣を持つのが一般的でしょう」
「あなたの義兄も『勇者』の加護持ちなんだから、その辺は良く解っているんじゃないの?」
「お、我が夫登場! いやー 夜の勇者ってわけじゃないんだよ妹ちゃん」
誰もそんな話は聞いていない。彼女の義兄であるニースの三男坊は聖騎士にして『勇者』の加護持ち。全員が戦闘員になる船上の戦いにおいて、勇者の加護を持つ指揮官の存在はとても大きな差となる。
常に圧倒的な戦いとなるニース辺境伯領に所属する『聖エゼル騎士団海軍』の軍船の存在は、内海において特に神国・サラセン海軍の間で有名な存在と言える。
「ルイダンも『勇者』なら、近衛連隊に入らないとね。そこで、指揮官を目指すのが妥当じゃない?」
「素行が悪いから蹴られているらしいわ。王弟殿下は、ネデル観戦武官の役割を果たせば、王宮推薦で騎士学校に捩じ込めると判断していると思うわ」
「ルイダン……いい主を持ったね」
「……ルイダン言うな……」
魔力を用いた優位な戦い方は、身体強化に限らない。相手を仕留めることを前提とするなら、もっと多種多様な戦い方がある。その辺りは、実際帝国内で……山賊狩りでもして体験してもらおうかと彼女は思うのである。
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模擬戦を終えた彼女と伯姪、ルイダンは院長室でしばし歓談中……というよりは、この先のルイダンの身の振り方について再度確認をする時間をとる事にしたのだ。王弟殿下の想いがどれほどルイダンに伝わっているのか、彼女は把握できていなかったからとも言える。
そこで彼女は、彼女自身が今に至る過程をルイダンに聞かせる事にした。名声の為でも、自分の利益の為にでもない彼女のリリアル男爵としての立ち位置を誤解のないように伝えておきたかったという事もある。
リリアル学院を開いた目的。思いもよらぬ騎士叙爵と男爵位の内定。彼女は生き方を変えざるを得なくなった。とは言え、王家と王都と王国の為に何を為すべきかはそれほど迷う事は無かったと言える。
多くの人を抱える王都において、周辺地域も含めた孤児が数千人単位で集められているという問題。孤児院を出ても、正業に就くことは難しい。男なら最下層の力仕事か誰もが厭う仕事に付かざるを得ない。それは、女も同じ事。
最初から、孤児になっただけで個人の可能性など何もない人生が決まってしまう。子供から大人になれば、もう救わなくていいのかという疑問がある。
子供を殺さないために育て、大人になった後は自己責任と言うには、王都の孤児院だけでなく、あらゆる場所においてお粗末な環境しか与えられていないのが現実であった。
彼女も全てを救えるなどとは思っていなかった。魔力を持つ男子なら、騎士や貴族にもらわれている事もある。では同じような魔力を持つ女子はどうなのか? 女では騎士にはなれないし、宮廷魔術師に孤児がなれる
はずもない。
まずは、魔力を持つ女の子から助ける。その結果生み出される利益を孤児院に還元し、孤児たちが学べる環境を作る。幼い頃から仕事をしなければ生きていけない環境を改善し、最低限、読み書き計算ができるようにしてから孤児院を巣立てるようにする。
孤児には狭き門である職人や商人の使用人となる為の職業訓練も行う。その先鞭は、リリアルの使用人組の教育から始める。孤児にも信用が置かれる、孤児だから信用されるとなれば、王都の商会・職人の規模も大きくなり、王国内に広く商売を広げることができるようになる
かもしれない。
その昔、帝国には『遍歴職人』という制度があった。師匠の下を出て、旅をしながら各地で腕を磨く……と言えば聞こえがいいが、育てた職人が増えれば自分の住む街のパイが減る。だから、余所の世界へ棄民するということを綺麗に言い換えたに過ぎない。
王国で育てた人材が王国の外に出て行く事は、大きな損失でしかない。まして、個人ではなく王都が保護した孤児たちである。正業を持ち、家族を作り子を成せば、王国を支える民が増える事になる。
使い道のない身分と財産を王国に還元するために始めた学院が、いつのまにやら大した国防組織となってしまっているのは想定外なのだが、彼女の立っている場所は、常に王都にある。
「そういうことなのよダンボア卿」
「お説ごもっとも。高説賜り恐悦至極です、リリアル閣下」
「で、あんたはどうなのよルイダン」
「俺かぁ……王弟殿下の面子を潰さないよう、死力を尽くして……生きて騎士学校に入校し、近衛連隊で指揮官としての腕を磨くさ」
ルイダン、王弟殿下の心を知り奮い立つといったところだろうか。
「その後はどうする?」
「……王弟殿下の騎士団を育てる……というのはどうだろう?」
「ああ、コネリー提督のようになりたいのね」
コネリー提督とは、神国・帝国との戦争で活躍した大英雄にして、王国海軍提督(陸軍元帥に相当)する武人である。今から十年ほど前、聖都近くのサン・タランティノに王都を目指すネデル神国軍六万が迫った際、僅か五百の兵を率いて入城。一ケ月に渡り包囲戦を生き延び、最後は降伏し神国軍の捕虜となったものの、そのお陰で王都侵攻は頓挫することになったのである。
「僅かな兵士でも、大軍を跳ねのけることができるほどの精強な部隊を育てるという事ね」
「ああ。王弟殿下がその任を賜るのなら、俺がその役割を果たす存在でありたい。だから……これからもよろしく頼むよリリアル閣下、それにニース卿」
「構わないわよ。厳しく指導するわね」
「心が折れない程度に頑張りましょうね。あんた、加護が使いこなせていないことが大問題なんだから」
伯姪の言う『勇者』の加護遣いは、彼女の義兄でもある。そして、既にその加護を用いて名を成した存在でもある。
「ねえ、姉の夫であるところの……」
「ああ、お兄ね。剣の腕は私よりうえだし、視野の広さとか悪辣さも中々のものよ。お爺様も、『あ奴が辺境伯となれば、恐らく相当の力を発揮するだろう』って仰ってたわ」
では、何故三男坊ではなく長男が跡を継ぐとこになったのか。それは、既に法国における、王国と帝国・神国・教皇猊下の戦争が終結し、いらぬ戦禍をもたらしかねない『勇者』より、堅実で長子である長男が嫡子である方が周囲の国々、特に現国王陛下の心に叶う……ということであったという。
「遅れてきた英雄……とでも言えばいいのかしら」
「ふふ、そうでもないと思うわよ」
一国を差配するよりも、彼女の姉と彼女を巻込んで、王国を後ろ楯に自分の在り様を追及する方が楽しいと零しているとかいないとか。
「迷惑な義兄ね」
「そうそう、あなたの姉と釣り合うほどの迷惑な男よ」
彼女も、姉や義兄のように立場を楽しめればと思わないでもないのだが、それは性格からして難しい。細かいことが気になる心配性でもあるからだ。
「それでは、俺はこれで」
「魔力操作、操練度を重点的に上げて欲しいわね」
「魔力壁は一期生の冒険者組なら大体扱えると思うわ。魔力の少ないメンバーに聞いた方がいいわね」
該当者は茶目栗毛だろうか。他のメンバーでは魔力量と感覚で発動
させている傾向が強いので、ルイダンが聞いても「練習すればできる」
「エイって感じ」と教えられそうである。
ルイダンが部屋を出た後、二人は今後の相談に入る事になる。そろそろ、歩人たちがネデルの調査から戻るころあいだからだ。
「私がオラン公軍に参加するので、学院生を任せる事になるのは心苦しいわ」
「なに言ってるの。あなたが行かないと、ダンボア卿とオラン公の対面だって難しいじゃない?ネデルでこれから起こる原神子教徒の騒乱が王国に悪影響を与えないようにするのが大切でしょう」
オラン公は遠征の後、王国内に留まることを望んでいるが、王宮はこれを拒んでいる。武装解除した上で、近衛連隊の一部と王太子が同行し、ローヌを通過しトラスブルへと案内する予定なのだ。
先ほど話に出たコネリー提督の元に集まる、反神国原神子派貴族の動向も影響してくる。彼女が介在することで、武闘派原神子貴族の暴発を抑える事にもつながる。護国の聖女とされる彼女の存在を否定してまで強引に戦端を開くほど、コネリー卿は愚かではない。
「編成は進んでいるわよね」
「まあね。一期生が中心だし、ミアンの時と同じ感じの編成になりそうね」
一期生冒険者組に薬師組、二期生を加えた分隊を三隊編成し、一台の戦馬車に六人程度配置する予定である。指揮官は伯姪、副官は茶目栗毛。藍髪ペアと黒目黒髪・赤毛娘を分隊長と副官に任命する予定だ。
馬車で正門を封鎖し、癖毛に土塁を築かせて出てくる暗殺者養成所の職員を討伐する。恐らく、子供たちを盾にするか若しくは……
「ノインテーター狩りの手順を詰めないとね」
「ええ。子供たちを従属させてこちらに差し向ける可能性が高いもの。その時は……」
「ゴブリンの村塞の時みたいに、少数で斬り込んで、ノインテーターと大人の職員を先に討伐する」
「その通りよ。あの道具も出来上がっているようだし、皆に配布できるように手配を進めないとね」
ノインテーターを討伐するには、口の中に『銅貨』を加えさせた後、首を刎ねなければならない。その銅貨をどうやって口に放り込むか……老土夫に依頼した道具の仕上がりに彼女は期待していた。
これにて第二幕終了となります。お付き合いいただいた方、ありがとうございました☆
第三幕『秋の遠征』投稿開始いたします。
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