第411話 彼女は王弟殿下の使者と会う
第411話 彼女は王弟殿下の使者と会う
さて、あまり乗り気ではないとはいえ、一度正式に顔合わせをしなければならない王弟殿下と彼女である。それは、唐突に成されたのである。
「せ、先生。王弟? 殿下っておじさんの御供が学院に来ています」
「……応接室にご案内を。それと、お茶をお願いするわね」
次いで、伯姪と茶目栗毛を呼ぶように伝える。先に使いの者を応接室で饗応してもらい、三人で入室するつもりだからだ。
彼女の元にやってきた伯姪は、少々ニヤニヤとしていたのが大変に腹立たしく思われる。
「ついに来たわね!」
「……ええ。やれやれよ……」
院長室ではなく、一階にある来客用の応接室へと移動。既にそこにはふんぞりかえって茶をすする目つきの悪く浅黒い肌の男がいた。
「お待たせしました」
「ふん、王弟殿下の使者を待たせるとはいい度胸だな」
王弟殿下を先触れがあった上で待たせるのは不敬かもしれないが、使いッパシリが待たされるのはアポなしなら当然だろう。そこを指摘せず、彼女は話の先を促した。
「それで、ご用件は」
「これを先ずよめ!」
投げるように差し出す書状を茶目栗毛が受け取り、彼女に封を開けて差し出す。今日の役目は『従者兼側近』といったころろか。
「では、改めてご挨拶を。私が、王国副元帥リリアル男爵。こちらは、ニース騎士爵です。名前を名乗ることを許します」
神経質そうな表情の男が忌々しげに名乗る。
「近衛騎士ルイ・ダンボアだ」
ぞんざいな口調で名乗りを上げる。彼女は微笑んで隣の伯姪に話かける。
「ねえ、私これでも王国副元帥で男爵なのだけれど、いつから王国はたかが近衛騎士が副元帥に敬意を表さずとも良くなったのかしら?」
心得たとばかりに伯姪が頷く。
「そうね。王弟殿下の使者と名乗っているようだけれど、王弟殿下の代理だから偉そうに振舞って良いとでも思っているとしたら滑稽ね。言わないと分からないから教えてあげるけれど、王弟殿下は無役の穀潰し。王国副元帥は正式に陛下に認められた、元帥王太子殿下に匹敵するお立場なのよね。それに、いくつもの叙勲もされている本物の英雄なのにね。コネと家柄で選抜された王弟殿下の使いッパシリがこんな態度とったら、王弟殿下が身の程知らずと馬鹿にされると思わないのかしらね」
王都総監という役職は、本来は戦時に国王陛下が大元帥として軍を率いて王都を離れる際の代理人としての臨時職務であり、役目は彼女の実家である子爵家が代々務めることになっていた。
実際、平時の実務は『王都総監』を必要としていない。必要な決済は陛下が王宮にて行えるからである。つまり、三十過ぎの世間知らずの王弟に職務経験をさせる為の名目として与えた役職であるという事は誰もが……王弟殿下本人すら理解していると思われる。
ダンボは顔を怒りで赤黒くすると、何か喚き出しそうになるのだが、面倒なので彼女は魔力壁で三角錐を作り閉じ込める事にした。
「しばらくその中でお静かに。これから手紙を読みますので」
何か大声を出しているようだが、魔力の壁に塞がれ何も外には聞こえない。静かで便利である。手紙の内容は、一度リリアルに訪問し彼女の仕事を見学したい……と言った内容と、今後、公務としてリリアルに滞在中は王弟のパートナー兼護衛として社交に参加してもらう事になるという内容であった。
「いよいよあなたも社交界デビューね」
「デビューはしているのよあなたも私も。実がないだけで」
「私も少しは顔を出そうかしら」
「王弟殿下に招待状を出させるわよ。誰がエスコートするのかはわからないのだけれど」
「お兄様はニースから離れらんないし、お爺様か……あなたの義兄に頼もうかしら」
ジジマッチョ夫妻は王都に滞在する夏の時期に社交に参加するようだが、夜会は隠居の身という事もありあまり参加しないという。エスコートなら、協力してもらえるかもしれない。
「委細承知いたしました。返書は改めてこちらからしたため……」
「ふぃー ふぅー……い、いや、今いただこう。それと、この王妃様からお預かりした素晴らしい建物に見苦しい孤児どもが暮らしているようだが、多少は遣えると聞いている」
いきなり何を言い出したのかと思ったが、どうやら意趣返しをしたいようだと彼女たちは察した。
「手紙の返書を書く間に……そうだな、そこのお前。お前もリリアルの孤児だな」
茶目栗毛を指さすダンボ。彼女がその通りですと答える。
「なら、近衛騎士であるこのルイ・ダンボアが手ほどきをしてやろう。外に出て、剣を構えろ」
光栄であろう……くらいの勢いである。茶目栗毛が彼女と伯姪の指示を待っている。
「面白いじゃない。リリアルの聖騎士と近衛のダンボの決闘でしょ?」
「……決闘じゃないわよね。模範試合とか模擬戦ではないかしら」
「大丈夫よねダンボア卿。腕に自信があるのなら、孤児上りの騎士の剣で怪我なんてしないわよね」
勝手に模擬戦を挑んだのは当然勝算があり、意趣返ししたいからなのだが、伯姪がそこに輪をかけて煽ることで、『真剣勝負』という事が決まる。
「も、勿論だ! だが、腕の一本程度は覚悟しろよ」
「大丈夫大丈夫! リリアルのポーションがあるから、ちょっとくらい千切れても問題ないと思うよ」
「……思わないわよ。千切れたら駄目よ……」
ということで、中庭の演習場で二人が剣技で対戦することになったのは
言うまでもない。
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『決闘士』であるとか『勇者ルイ』などと呼ばれ、王宮や社交界で顔を売るルイ・ダンボアだが、実際戦場に立ったことがあるわけでもなく、所謂稽古の剣術が上手なタイプである。
『勇者』の加護の影響により、周りの空気を味方に付けることで常に「ホーム」の空気を作り出し相手を威圧・萎縮させる効果が有利に働いている故に、決闘では負けなしを謳っている。
彼女は返書をさっとしたため、準備が整った中庭へと向かう。
そしてそこには、何故か二本の旗を持った姉が審判然と立っている。
「姉さん……またお邪魔虫ね……」
「あ、ひどいんだ妹ちゃん。ほら、この中で一番リリアルの関係者から遠いのは私だろうと思って、この試合の審判に立候補しました。偉いでしょ!」
彼女は頭を横に振りつつ、「騎士団にお願いすればいいでしょう」と駐屯地に遣いを出そうかと言いかけると、姉が審判やらせろとうるさいので黙って引き受けさせることにする。
茶目栗毛は魔銀鍍金製の片手剣。これは、遠征時に新しく誂えた護拳のしっかりしたものだ。対するルイ・ダンボアの剣はレイピアである。長さで30㎝は有利であり、身長差も10㎝以上有利だろう。
「いつもの調子でやんなさいよ!!」
伯姪から指示が飛び、ワラワラと学院生が周りに集まって来る。
「見学! 見学!」
「次は私が相手をする」
「だ、だめだよ。近衛騎士様だって聞いたよ」
「あなたも私も王国の騎士爵様。むしろ、勲章貰っている分立場が上」
確かにその通りである。体格的には青目藍髪とルイ・ダンボアは近いかもしれないが、身長や武器の長さの差がどの程度影響するかは決定的な差とはならない。
体格の良い、武器の間合いも大きな青目蒼髪が茶目栗毛に圧倒される事も少なくない。特に、長期戦では基本的にじり貧で負けるのがいつもの事である。
「術の発動速度と組合せが上手いのよね」
「相手を混乱させる方法をよく理解しているのでしょうね」
決闘よろしく剣を構え、挨拶をする二人。姉の「始め!」の掛け声で凡そ10m程離れた距離から向かい合ってジリジリと円を描くように
距離を縮めていく。
ダンボは右手でレイピアを構え、前傾姿勢で半身の構え。刺突するタイミングを計っている。茶目栗毛は護拳を頭の前に置き、剣先を下に向けてやや防御の構えをとる。
「あれやられると、斬りつけたくなるのよね」
「そうね。頭を防御して半身で構えているから、実際攻撃できるところなんてないのだけれど」
刺突してきたレイピアを剣の腹で受け流し、そのまま斬り上げる返しを想定した構えと言えるだろうか。
そして、ここにはルイ・ダンボの仲間や王弟の取り巻き達もいない。『勇者』の加護で回りが自分の味方をしてくれることも起こらない。むしろ、圧倒的アウェイを初めて経験している。
「まあ、喧嘩って個人的な強さもあるけれど、周りを味方に出来るかって所も大事なのよね」
「そうなのね」
「そうっすね。あいつ喧嘩強いっすよ」
しれっと横に来た青目藍髪が、茶目栗毛を「見た目は大人しそうだが、相手の嫌がることを地道にやる」という点で高く評価する。
「例えば……」
自分の間合いに入ったと感じたダンボが、鋭い刺突に入るのだが、狙いは点である為容易に攻撃の軌道が読まれる。剣の腹で受け流し、出足の甲を思い切り踏みつけ後退する茶目栗毛。
「……ねえ」
「あ、ああいうの得意なんですよ。それに、今日はかなり切れてますね」
「キレているのね……」
剣士が踏み込む足を痛めるというのは、剣の速度を低下させることになる。特に、脚を止めて斬り合う戦い方と違い、レイピアは斬撃もあるが、基本は長い間合いと先端を利用した刺突が剣技の基本だ。
「普通のブロードソードか何かにしておけば痛い思いも少なく済んだのにね」
次に茶目栗毛は、踏み込んできたレイピアを自らの剣の腹で逸らしつつ、踏み込んで自分の膝を相手の膝の皿に思い切りぶつける。膝と膝をぶつけたので本人にダメージがあるものの、前傾で前に体重が掛かった状態で膝をぶつけられたルイ・ダンボが思わぬ痛みで剣を取り落とし膝を抱える。
「ちょ、君君、脚をぶつけたり踏んだりしないように気を付けなきゃ駄目だぞ!」
「そうですね。注意します」
真面目な顔で審判姉の注意を聞いている茶目栗毛。
「ですが……戦場ではこんなこと当り前ですよ近衛騎士様」
「き、きっさまぁ!!」
悪い笑顔で挑発気味のセリフ。痛みをこらえていたルイ・ダンボがその挑発に乗り、スイング気味に剣を振り下ろし、力技を振るおうとする。剣で受ければ踏み込まれ護拳で刺突されたり掴まれる可能性もある。
「膝が死んだから刺突ではなく力業」
「でも、それって……」
「追い込まれたのはおっさん」
レイピアの柄は長いものの、あくまで片手で操練する為の工夫であり、重心も片手剣やロングソードのように鍔元にあるわけではないので、細かく振り回すより、スピアのような用法になる。
相手が不慣れな斬撃を繰り出してきたと見た茶目栗毛は、魔力をルイ・ダンボの顔面に向け飛ばし、同時に気配隠蔽を行う。一瞬、顔面に衝撃、そして目の前から相手が消える。そして……
「があぁ!」
護拳でのボディーブローが脇腹やや後ろに突き刺さる。思わず脇に手を当てしゃがみ込むルイ・ダンボ。
「ね、容赦ないからあいつ」
「本当に、澄ました顔でよくやるわよね」
リリアルでも彼女に対して狂信的な忠誠心を持つ一人が茶目栗毛である。そもそも、中年オヤジの婚約者……候補というだけでも腹立たしいことに加え、その取り巻きの使い走りが王国の英雄であるリリアル男爵に対して横柄な態度を取った事自体が許せないという気持ちが相当強い。
そして、赤毛娘や冒険者での同行歴の長い蒼髪ペアあたりも同類である。赤毛娘は何故か彼女の姉に感化され、年長者の彼女を姉目線で心配する謎な状態になっている。
「どうする。まだできる?」
脇腹を抑え、足元もおぼつかないルイ・ダンボに審判である姉が継続の意思を確認する。この手の試合の場合、先に剣を当てた方が勝利と認定されるのだが、先ほどから茶目栗毛は足を踏み抜く、膝をぶつける、護拳で殴る……一向に剣を当てていない! つまり、試合続行中なのだ。
「やる、やるぞ!」
剣を再び構え、震える膝に力を込める。そして、今度は魔力飛ばしと気配隠蔽を組み合わせた四方からの茶目栗毛の剣戟に、防戦一方となるルイ・ダンボ。ここでも剣を当てず、今度はひたすら守りを固めたレイピアを一方的に叩き続ける。
「太鼓みたいだね」
「キンキンいってるから、どっちかというと鐘?」
キンキンキンキンキンキン……である。
適度な身体強化と魔力飛ばしと気配隠蔽のフェイント、恐らく、今までの決闘とやらは長くとも数分で終わったであろうし、ルイ・ダンボが一方的に相手を痛めつけて終わったと想像できる。
それがどうであろう。自分より年下の小柄な『孤児』と侮った少年に、一方的に打ちのめされているのである。
「うわあぁぁぁ!!」
めくらめっぽう斬りつけたルイ・ダンボアの剣が茶目栗毛を掠る。いや、意図的に掠らせたのだろう。
「剣が触れました。僕の負けです」
「うん、勝負あり。勝者ルイ・ダンボア!!」
崩れ落ち地面に這いつくばる勝者と、一礼し息も切らせず剣を納める敗者がそこには存在した。