第39話 彼女は海賊船長に会う
第39話 彼女は海賊船長に会う
その男は、いかにも連合王国の貴族であると主張するような男であった。足を斬られ転倒しているにもかかわらず、尊大で身の程知らず……とでも言えばいいのだろうか。
「お前、こんなことをして生きて帰れると思っているのか!!」
恐らく、彼には甲板の絶叫地獄が聞こえていないのだろう。武器も握れず、歩くのにも呼吸するのにも困難な男しかいないのだというのに。
「いまのところ、近づく者はいないから」
「ええ、そうでしょうね。みな動けないはずですもの」
「……どういうことだ……」
彼女は「説明しましょうか?」とばかりに、1つの獣脂を取り出し、魔力を込めて熱し始める。
「魔力で熱した油を彼らは頭からかぶりました。多分、呼吸をすることも困難ではないでしょうか」
「……なんてことを……」
「あなたも同罪です」
熱した油を下半身にぶちまける。船長室も絶叫地獄となった。
「油で汚れたら、あとで再利用しにくいじゃない」
「いいのよ、連合王国の家具なんて使わないでしょう。それに、冷めれば固まるもの」
泣き叫ぶ船長に猿轡をはめ、伯姪が甲板に引きずり出して放り投げる。結構手加減がない。
『主、船内に何人か残っております』
「無力化しておいてちょうだい。足でも斬っておいて」
『承知しました』
甲板には呻き声が溢れているが、気にせず、舷側に立ち、殿下に声をかける。
「もう大丈夫です、甲板の海賊どもは制圧しました。冒険者をこちらに移乗させて、縛り上げるように伝えてください。それと、船を曳航するかそちらの何人かで操作して港に移動させられるよう、手配をお願いします!!」
向こうの甲板はどよめきが上がる。そして、薄赤の三人がやれやれとばかりにひっかけられた鉤縄を伝い、こちらに移ってくるのである。
甲板の惨状を見た三人は異口同音に「ゴブリンと同じ目にあわされてるな」とつぶやくのであるが、首をはねていないのであるから、ゴブリン扱いではない。
「死なない程度にポーションで回復させます」
「そうだな。死なない程度にな」
調書を取り、犯罪を起こしているようであれば、それ相応の処罰を与える。奴隷か公開処刑かは知らないが、そういうことである。
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さて、甲板の片づけは薄赤冒険者と大公船の船員に委ねるとして、船長室に戻り、彼女は早急に尋問を開始することにした。恐らく、港に戻れば船長の身柄は騎士団預かりになり、彼女の尋問をする権利は与えられないだろう。
「さて、質問にいくつか答えてくれるなら、その火傷治してあげましょう」
魔法袋からポーションを取り出し火傷にかけると、痛みが和らいだようで船長が驚いている。
「では、話ができるようにしますから、大声で喚かないでくださいね。また、油をかけなければならなくなりますからね」
船長は涙目で何度も頷くのである。
「海賊の船長さん。あなたは連合王国の私掠船の船長ですか?」
「そ、そうだ。国王陛下の許可をいただき行動している」
「ええ、船の上は国家だと聞いておりますのでそれでよろしいのでしょうね。とはいえ、国旗を掲揚せず、尚且つ私たちに制圧・占領された時点で、ここは連合王国ではなく王国の領土ですね」
あははと、伯姪が笑い声をあげる。許可証は……船長の机にある鍵付きの引き出しにしまわれていた。確認して元に戻す。
「さて、私掠するとは、どのようなことなのか説明していただけますでしょうか」
船長曰くには、合法的な戦争行為であり、奪い取った財産のうち、三割を国と国王に収めることで残りを自分のものにできる制度なのだそうだ。海の上での略奪行為だと彼女は思った。要するに傭兵なのである。
「奪った財産の中には当然、人も含まれるわけですわね」
「そうだ……」
船員なら自らの部下になるように説得し、売れそうなものは連合王国で奴隷として処分するのだという。
「……それは、王国の浮浪者に対する処罰を利用するものですか?」
「ああ、詳しいんだな。その通りだ」
三日働かなければ奴隷にする制度を利用して、民を縛り付けているのが連合王国なのだと彼女は理解した。そこには、攫われた王国の子供たちや若い女たちもいるだろう。
「あなたが知る範囲で、王国からさらわれた人が奴隷にされていることはありましたか?」
「……」
船長はダンマリである。
「沈黙は肯定と見なします。それに……『あったわよ』……そうですか。良かったです、貴方も王国の民を攫っている一味と分かって」
帳簿を見ていた伯姪が、それらしき記述を発見したのである。どうやら、家畜扱いで運んでいたようである。
「短い距離ね。ブレスから……連合王国までの積荷に含まれているわ」
ブレスとは公領北部にあるにある大きな港である。連合王国と王国の百年戦争と、その後、公国と王国が対立していた時期、この場所は大公家の居城であり、港の入口にある岬の先端に巨大な要塞であるブレス城が構築されている。
ブレスでの大公家の歴史は、現在の公都で過ごした時期よりはるかに長い。王国と連合王国に、神国や帝国とも渡り合った時代の都なのである。とはいえ、いまは新大陸との貿易が盛んな港湾都市となっている。つまり、他国の船が出入りすることに全く違和感がない場所であり、大公の目も届きにくい場所であるのだ。
「ふふ、これはこれは、貴方も人攫いの一味でしたか……本当に困った人達が王国の周りには多いのですね」
彼女は少々苛立ったようだが、大公閣下の領民と領地の出来事であるので、状況把握するだけに努めるのである。
「この件、あなたどう扱うつもり?」
「王家の民と言えばそうでしょうけれど、私の範囲は王都周辺だけよ。王国の騎士ではなく、王家の騎士ですもの。それに、解決すべきは大公家とその臣下でしょう。これ以上は越権行為だわ」
伯姪は、今でも十分越権行為だと思うのだが、口に出す事はなかったのである。
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大公家の船に戻ると、王女殿下はホッとした様子であった。今回の旅は、彼女の人生の中でも大きな……しこりになるのか糧になるのかは分からないが、思い出深いものとなったであろうと彼女は思った。
「海賊船でしたの?」
「はい。連合王国の国王の私掠許可証を持っておりました。それに……」
人攫いの一味である証拠の帳簿も発見されたというのである。王女殿下はショックを受けたようである。連合王国の奴隷について、知り得た範囲での情報から、連れ去られた王国の民が『浮浪者』として処罰され、奴隷にされ焼き印までされている可能性があることまで話すと王女殿下は涙を流し始めた。
「……公太子様……」
「……はい」
「大公閣下のお力で、人攫いどもを捕まえてくださいませ」
「も、もちろんです。父上と私たちの仕事は、民を守る事です!」
大公閣下が民を売り小銭を稼ぐとも思えないのではあるが、例えば、ブレスの代官あたりが目溢ししている可能性もあると彼女が感じていた。それは言わぬが花である。
連合王国のガレオン船をキャラベルで拿捕したということはかなりの話題となる。殿下と侍女は別の場所で晩餐を過ごしている。そして……
「『妖精騎士』の活躍で、悪い海賊が捕まったんだということになっているわね」
「……あなたの活躍だってあるじゃない」
「ええ、私は妖精騎士様のお仲間の『姫騎士』ということになっているわね」
彼女の外見は、エキゾチックな美女なので、『姫騎士』でもいい気がする。姫と呼べる家格ではないのだが、辺境伯家の養女になれば、そう呼ばれてもおかしくはないかもしれない。胸のサイズは姫である。
「あの船捕縛したって、報奨金とか出るのかしらね」
「……どうでしょうね。殿下の護衛の延長だから業務範囲内ではないかしら」
「つまらないわ!」
海賊船に襲われたという一報で、大公城は騒然としたのであるが、その後、護衛の者たちが海賊を一掃しガレオン船を拿捕したということが伝わると、一転祝杯ムードとなったのである。
ところが、ガレオン船を制圧したのが大公家の護衛ではなく、王女殿下の侍女たちであると判明すると、ちょっと残念な空気に変わってしまったのは致し方ないのではないだろうか。
魔道具のことは説明せずに、「魔力を用いて海面を移動した」と説明したところ、「流石妖精騎士様、水の上も歩いて渡られるとは、まるでニンフのようですな」と言われ……フェアリーからニンフになるかもしれないと彼女は思っているのである。ニンフの方が人間に近いので、まだましな気がするのである。
「『水馬』だっけ。あれ、内海なら、結構歩けちゃうんじゃないかな」
「そうね。王女殿下ほど魔力があれば、スケートするくらいの勢いで、水面を移動できるでしょうね。湖でも川面でも問題なく移動できるわ」
「……魔力欲しいわね」
「すこしずつふえているのだから、継続するしかないわねあなたは」
今回、魔力を使って身体強化をした結果、縄のぼりも非常に速い速度で出来たのは本人も驚いていたのである。
「これなら、城壁を乗り越えるのも難しくないかもしれないわね」
「あまり、そういうことをする必要はないのが望ましいのだけれど……あなたには無駄よね」
魔剣士の道を追求する伯姪は、魔力を活用した身体操作で、軽業の様な動きを求めている。目標は前辺境伯こと「おじい様」なのだそうだ。いやだ、ソンナ姫騎士!
「王都に戻ったら、あの武具屋でミスリル合金の片刃剣をオーダーしたいわね。魔力の操作も少し進めたいし」
「そうね、順調なら斬撃を強化することも視野に入れていいでしょう。水馬は無理でしょうけれどね」
「小さなことからコツコツとよね。それに……」
「それに?」
「あの水馬を付けて水上を歩く姿は……『姫騎士』 とは言いにくいわよね」
「それなら、剣もレイピアのように細い剣にすればいいのに」
「魔力で斬撃力が上がるのに、刺突剣にする理由がないじゃない。嫌よ」
騎士を目指すのに、曲剣はだめだと彼女は思うのである。
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その後、侍女としての仕事を過ごしつつ、レンヌ公領の情報を薄赤のメンバーに収集してもらい、大公家と対立する伯爵家が存在することを把握することになったのである。
「ソレハ伯爵ね」
「ソレハを領地とする大公家の分家筋なのよね」
親戚で本家分家というのはあまり仲が良くないのが当然だ。最初は兄弟であったのが、代を重ねるうえで他人が強くなる。仕える側からすれば、同じ血筋なのに面白くないと考えるものも出てくる。当代のソレハ伯は脳筋で王国王家と友好な関係を築こうとする大公家の方針が気に入らない。
「ソレハは北の外海に面する都市と距離も近く、商業圏的に影響があるのだそうよ」
「商人同士のつながりもあれば、人攫いもはかどるということね」
自分たちの領地ではなく、大公家もしくは王国の領地から人を攫い、自分の領内もしくは友好的な商人のネットワークを通じて移動させる。それは、ブレスの港に集められ、連合王国へ私掠船で運ばれる。それは、王国の民ではなく、略奪した正当な財産として売り買いの対象となるのである。
「とてもふざけたお話ではないかしら」
王国の一部となったレンヌ公領の民も、また、王国の民であり、王家の民であるという思いもある。大公家の親族が大公家の勢力をそぐためにその民を不幸にするのは……貴族としての意識に欠けると彼女は思うのである。
古い家柄ほど、自分たちが元王家で支配者であるという意識から、下の者に対する義務を忘れがちである。ロマン人の貴族など特にそうなのだろう。
「貴族、それも、大公家の縁戚が絡むとなれば……王家も見過ごせないかもしれないわね。依頼になるかしら?」
分からないとばかりに彼女は首を振るのである。冒険者として、もしくは騎士爵として依頼を受ければ、捜査をすることになる。簡単だ、捕まればいいのだ。
とはいうものの、レンヌ領は、元々レンヌ公国であり、レンヌ人という民族が住んでいた場所であり、地域ごとに独自性の高い王国の中でも、レンヌ語という王国語とは別の言語まである半独立国なのだ。統一されたのはいまの大公の祖父の時代であり、大公殿下が少年の頃は別の国であったのだ。その時代、大公家は公王であり、王家と対等の立場であった。今でもその名残はあるため、王女殿下の嫁ぎ先と第一に考えられているのである。
「人攫いと連合王国に協力する大公家の親戚の伯爵家ね。一筋縄では行かないわね」
「ふふ、子爵令嬢で王国騎士爵の立場を使えることもあるでしょう。いつか私を助けてね」
彼女は伯姪に思わせぶりに話しかけるのである。伯姪は……自力でなんとでも切り抜けられるでしょと思いつつも「ええ、もちろんよ」と答えたのである。
これにて第五幕終了となります。お付き合いいただいた方、ありがとうございました☆
第六幕『孤児院』は数日後に投稿開始いたします。
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