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第409話 彼女はようやくたどり着く

第409話 彼女はようやくたどり着く


 『ゼン』は貪欲にリリアルのノウハウの中で、自分が知らなかったことで有益なことを一つ一つ身に着けていった。


「『魔力壁』を発動するのも維持するのも難しい」

「まあな。俺も一枚で一瞬が限界だ。まあ、盾代わりに使えれば十分だ」

「そうそう。何枚も同時展開しながら、他の魔術も使って討伐する先生が異常な……異常に素晴らしいだけだから」


 今、異常だ!と言い切りそうになった赤目蒼髪セーフ。


 彼女の場合、十程度は同時発動する。発動の瞬間はタイムラグが必要だが、維持したままという意味だが。


 魔術の同時発動は、魔力量の消費を倍々で増加させることになる。二つであれば二倍で変わらないが、三つなら四倍と消費量が33%増加する。これが四つで八倍100%増加、五つで十六倍220%増と魔力の消費効率は指数関数的に悪化していく。


 十個同時起動の場合、五百十二倍の魔力消費量となる。一つの魔術に対する魔力の消費量は五十倍強。


 これは魔力量を増やす事に加え、一つ一つの魔術の消費魔力を減らす操練度を上げる事、また、同時発動時間を短く済ませることができるよう、術の発動速度を高めることにより実現できる。


 身体強化と魔力纏いは切らせることがないだろうが、気配隠蔽以下、他の術は必要な時だけ発動させればよい。この段階で、『気配隠蔽』自体に主たる価値がある術者ではないのだから。


「どうかしら?」

「……身体強化と魔力纏いを行いながら、一瞬で『魔力壁』を必要な位置に現出させ位置を固定させることが難しいですね」


 魔術を主に用いるということは、頭の中で並列に物事を処理することができなければならない。しかし、実際人間の頭の中で同時に二つのことを考えることは出来ないのであるから、思考の速度を上げ、一瞬一瞬で適切に判断し対応できる訓練を行う他ない。


 加えて、相手の出方に対する予測も大切になるだろう。体の可動範囲と相手の思考パターンから、何を仕掛けてくるか想定し、その範囲に一瞬でも速く魔術を展開できれば、効果はさらに顕著になる。


 魔力の消費を抑え、相手には奇襲を受けたような効果をもたらすからだ。


「ワンパターンだけどね」

「魔力壁でゴリ押し」

「……オホン、勝てる方法が確立しているのであれば、それを変える必要はないのよ。勝ち易きに勝つというのは大切な事ですもの」

『まあな。まともに魔力の練成に力を入れているのは、お前らくらいのもんだ』


 魔剣士に類する騎士や兵士が魔力の練成を行うかというと、その必要性はあまりない。元々、魔力を用いずとも優秀な戦士が、魔力で強化されているだけなのだから、衆を圧倒するのが当然であり、周りの誰もが認める『勇者』足り得るのだ。


 そこから、魔力の消費量を減らそうとか、発動時間を短くして同時に幾つか組合せて発動しようなどとは思いもよらない。精々、身体強化と魔力纏いの同時発動で十分なのだ。


 リリアルのように魔力走査と気配隠蔽まで用いれば、それは既に兵士や戦士・騎士の仕事ではなくなってしまう。リリアルの魔術師の行う行動は、斥候職のように接近し、魔剣士のように戦うというハイブリッドな戦い方に価値があると言えるだろう。


 相手が強ければ気配を消して逃走、勝算があれば気配を消して接近し奇襲、魔剣士の能力を生かして一方的に強力な打撃を与える。もしくは、隠蔽や気配飛ばしを使い、翻弄する。


 魔術の複数発動が選択肢を増やし、柔軟な戦術的活動を行う事ができるという点が、他の『魔術師』『魔剣士』と異なるといえるだろう。


「親衛騎士には不要じゃないのとは思わない?」


 伯姪の率直な物言いに『ゼン』は首を横に振る。


「主の周りに自然に侍ることができます。いざという時に、敵を先に発見し、奇襲し、相手の奇襲を魔力壁で防ぐことができます。自分自身を守る為ではなく、騎士として仕える相手を守るためにも、リリアルの術は意味深いと思います。少なくとも自分は」


 合理的、冒険者的に魔術を活用してきた彼女にとって、貴族として騎士として育ってきた男性に肯定されるのは正直嬉しい気持ちになる。『魔術師』として彼女は姉のような派手な一発芸的魔術の運用を否定し、効率よく継続して戦う『術』を考え、今のスタイルとなった。リリアルのスタイルの肯定は、成果を上げているとはいえ、騎士団含め周囲から余り真似しよう学ぼうと思われていない事もあり、彼女の耳にはさほど届いたことが無かった。


「そう言っていただけると、招いた甲斐がありました」

「それでも、誰もが学べることでも学んでよい事でもないから。ちょうどいいのよ」


 誰もがマネできてしまえば、リリアルの優位性が揺らいでしまう。伯姪はその事を踏まえているのだろう。


「そもそも、魔力が有効に使える人間は最初から『魔術師』を選ぶでしょうから、変則的な運用をしようとは思わないわ」

「その通りです。騎士になる身分の人間は、魔力が多くても騎士となり、精々、身体強化の時間が長くなり有利程度の認識ですから」


 『ゼン』の言う通り、魔力の多いものは貴族に多く、魔力量が多ければ騎士にならずに『魔術師』として王や大領主の側近として仕える事が多い。魔力の多い騎士は、多少稼働時間の長い身体強化で有利といった程度のメリットしか感じていない場合が多い。


 そもそも、騎士団・騎士に魔力を主に考える発想はないからとも言える。


 『魔術師』『騎士』と棲み分けされ、其々が別々に活動することが前提となっているから、魔術を生かした騎士、戦士の能力を持つ魔術師という発想は既存の組織からは生まれにくいし、生まれたとしても組織の中で潰れてしまうだろう。


「騎士でも魔術師でもない貴族の娘が作った組織だからね」

「そうね。私と貴女で作ったリリアルですもの」


 彼女一人では始めようと思えなかった。それは伯姪とて同じだろう。二人で作ってきたリリアルが少しずつ公に認められるようになってきたことは、二人にとってとても嬉しい事であり、友情の証でもあった。


 とはいえ、伯姪はそう遠からぬ時期に叙爵してニースに近い領地を賜り独立し去っていくことだろう。その時に、彼女だけで学院を維持できるよう、一期生を中心に育てていかねばならない。


 一期生のうち、何人かは伯姪についていく可能性もある。騎士となったメンバーは難しいだろうが、それでも一人二人は国王陛下が許可するかもしれない。子供すぎて今は考えられないのだが。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 王都に帰還し、不在の間に溜まった仕事を片付け、関係各位にも報告を行い、ようやく彼女の課題に進むことができた。一つは、遠征する『小城塞』と『緑灰色壁の街』の場所を示す地図を探す事。


 今一つは、その場所に関して帝国内に情報を持つ人物に心当たりを聞く事である。


 地図は王宮の書庫及び、騎士団の情報室で探すことができた。ネデル遠征を試みた過去の戦争好きの王様に感謝したいと思う。


 現在の地図は、五十年ほど前の物だが、二百年近く前の物と比べると幾つか消えていたり、『廃墟』と記されている物がある。


『川沿いのうんぬん、って話だが、大抵川沿いじゃねぇか』

「そうね。でも、聖都にほど近いとなると数が絞り込まれるわ」


 一つは、『ダムシェル』という地名。これは、リジェを流れるムース川を更に西に遡り、ザンブル川岸の街ナムルの先にあるデンヌの森の中にある街の名前。


 今一つは、『ヴェノ』と呼ばれるナムルで合流するムース川の南からの本流を遡った支流の傍らにある、デンヌの森を通るいくつかの主要道の一つを抑える位置にある古い城塞である。


 この城塞は、ランドル伯とローヌ公が争っていた時代には領境という事で意味があったが、婚姻により同じ領主の支配下となった事で意味がなくなり、放棄されたとされている記録が見られた。


「候補と言ったところかしらね」

『他にもいくつかある。デンヌの森は今は全て神国領だが、その昔は王国やランドル伯、ローヌ公が争った場所でもあるから、廃墟は少なくないと思うぞ』


 王国の中にも、そのような城塞は多数ある。百年戦争やその前の時代に建造された城塞で放棄されたものの方が少なくない。以前にもブルグントで見かけた山賊の巣となっていた砦跡などが、ブルグントが王家と異なる君主を頂いていた時代の領境の城塞であった事など思い出される。


「王国内であれば、石材を街の壁や修道院の建築に転用することもあるでしょうけれど、ネデルの森の中の城塞では運び出すのも大変でしょうね」

『だからそのまま放置なんだろうな。知っててその地の領主貴族が対価を貰って貸している可能性もあるしな』


 彼女はセバスが書き写した五十年前の地図にチェックを入れ、調査すべき廃墟を丁寧に記して行く事にした。




 地図が完成し、二つ目の目的である『伯爵』にご機嫌伺いついでに、暗殺者組織についての情報や、ネデルの廃墟についての情報を貰う事にしたのだ。


 既に先触れは前日伝えており、問題ないと訪問を受ける旨の返事は貰っている。ちょうど、昼食後の時間でもあるから問題ないだろう。


 レヴナントなのかエルダーリッチなのかは不明だが、顔色の悪いメイドに案内され、二階のいつもの書斎へと案内される。書斎だと思うが、定かではない。


「久しぶりだね男爵。帝国から戻ってきたのだね」

「……随分と上達されたのです。帝国訛りが随分と抜けたようにお見受けします」

「はは、まあそのようなものだ。旧友とも再会したしね。彼女と幾度か食事をする機会もあって、なかなかいい店を紹介してもらえた」


 旧友とはオリヴィのことを指すのだろうかと彼女は思いを巡らせる。確か、暫く彼女の姉にあちらこちらの王都の店を案内されたことがあった。恐らく、帝国人の舌に会う店に案内したのだろう。塩気が弱いのは駄目なのだ。


 少しの間、帝国に滞在した話をする。メインツに拠点を構え、ほぼその周辺でしか活動していないので狭い話になる。


「では、ネデル遠征に参加して『ノインテーター』に遭遇したんだ」

「その通りです。吸血鬼としては劣った存在で特に脅威ではありませんが、戦場で狂戦士を引き連れて暴れ回られると、相手は相当苦戦するようです」

「確かにね。『勢い』というものが支配する世界で、死に物狂いの一団の威力というのは、戦場の空気を変えるから。少数でも脅威だね」


 アゾルの件は触れず、ノインテーターの話を主にする彼女である。


 秋の遠征という前提を伏せて、今日の訪問の目的であるネデルの『廃墟』の話をする。『小城塞』は確定として、放棄された都市で緑灰色の街壁を持つ都市の心当たりを聞きたいのだ。


 王国に危害を加える組織がネデルの森の中に拠点を作っている……という事までは伝え、その場所を捜索していると率直に告げる。


「……そんな話しても良いのかい?」

「王都での快適な生活を守りたければ、話してよいかどうかがお分かりではありませんか?」


 それはそうかと『伯爵』は頷く。暫く、廃墟となって消えた都市を上げていく。特に反応が無かったのだが、『ダムシェル』という名前に反応がある。


「ん、この街はやっぱり放棄されたんだね」

「……やっぱりとはどういう意味でしょうか」


『伯爵』曰く、ネデル貴族の所有する裕福な街であったそうなのだが、一つは枯黒病が流行した事、その結果、住民の中で『魔女』騒動が発生し、幾人かが処刑され、また疑心暗鬼となり街を離れる住民が増え、結果として街が放棄されたという噂を帝国時代に耳にしたことがあるのだという。


「私が聞いたのはもう、百年近く前だけどね」

「五十年前の地図には『廃墟』とされておりますから、そのくらいの時期に放棄されたのかもしれません」


 ローヌ公家から皇帝領に変わる時代だろうか。ネデルの森の中にある幾つかの小さな街は街道の重要性が代わり、衰退したと言われている。特に、住民が離散した街をあえて再建させる必要性を領主は感じなかった結果かもしれない。




 彼女は調査すべき土地の話を粗方聞くと、改めて『ノインテーター』対策について、伯爵に聞く事にした。


 曰く、吸血鬼は神に見放された存在であるというのは共通した点なのだという。ノインテーターの方が在地の吸血鬼であり、彼女たちが王国内で討伐した吸血鬼の系統は東方由来の存在なのだという。


「レヴナントに近いのがノインテーターだね。力も隔絶した能力ではないし、埋葬方法の不備や、本人のこの世への未練や恨みなどで簡単に発生してしまう」

「それを、アルラウネの力を利用し発生確率を高めているということでしょうか」

「推測だが、正しいと思うよ。自分自身がノインテーターとして復活させるという意思は無かったから、私は研究不足だし、確かなことは言えないがね」


 ノインテーターでは『伯爵』の望む、生前の魔力や知識が持ち越せないという点がネックであったのだろう。そもそも、『伯爵』の生前住んでいた地域にはノインテーターが存在しなかったのかもしれない。


「私としては、所謂『吸血鬼』にしても『ノインテーター』にしても、他者の力をかりて、従属する存在に思えるからね。エルダーリッチは、自らの力で変化したものだから、その方が私に性に合っている……ということだよ」


 東方の君主であったとされる『伯爵』からすれば、異教徒も魔物にも頭を下げるという選択肢はあり得ないのだろう。




『伯爵』の元を辞した彼女は、早々に学院へと戻り、歩人と『猫』を呼び、改めて調査についての打ち合わせを始める。この時点で、調査する箇所は絞り込まれ、ある程度有力であると思われる箇所も明確になったのだから、この情報を持って、歩人たちをネデルに向かわせることにした。


「この地図の写しをとってちょうだい」

「……写しはもうとってあるぞ。あとは、書き加えた情報だけ足すだけだ」


 こんなこともあろうかと、というよりも印刷された地図は多く流布しておらず、特に、正確な位置情報を記したものではなく、凡その位置が分かる程度の物しか存在しない。故に、山や川、具体的街の名前や人口規模、街道やその街間の距離など記入されたものは極秘情報であると言える。


「今回は、遠征に必要な王国の外に関する情報も書き加えてちょうだい」

「距離や高低差、道幅に交通量なんかもだろ?」

「ええそうよ。今回、リリアルは初めて『外征』をおこなうのだから、あなたの役割りはとても重要よ」

「わ、わかってるって。俺だって、ガキどもが無事にたどり着けなきゃ……」


 現地集合である今回のリリアル残留メンバーと彼女と歩人たちオラン公軍追随冒険者組は、文字通り『緑灰色の街』の郊外で合流することになっているのだから。待ち合わせ失敗では、歩人自身の命がやばい!


「一人で囮とか……やりたくねぇしな」

「ええ。そうならないように、しっかり情報収集をお願い。……休暇ではないのよ」

『主、私が同行するのですから、適度に働いてもらいます』


 いざとなれば、黒い獅子の如きサイズまで拡大することができる『猫』が威嚇するだけでさぼろうという気は起きなくなるだろうと、彼女も考えた。



これにて第一幕終了となります。お付き合いいただいた方、ありがとうございました☆


第二幕『ルイ・ダンボア』投稿開始いたします。


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