第408話 彼女は『ゼン』の希望に戸惑う
第408話 彼女は『ゼン』の希望に戸惑う
「も、もういっちょ!!」
「どうぞ」
学院の午後はそれぞれの役割別に実習の時間である。二期生はルーティンが定まっているが、一期生はそれぞれ二期生の助教を務めたり、自身の鍛錬や学院の運営の補助など、それぞれの役割を果たしている。
鍛錬場という名の中庭では、『ゼン』と青目蒼髪がベク・ド・コルバンを用いた模擬戦を行っている。ようは腕試し兼自己紹介でもある。
「かぁ、上手いな」
「……流石正統派の近衛騎士ね」
王国ではグレイブから鎧が板金化する際にベク・ド・コルバンへと歩兵の武器が移行した経緯がある。ヴォージェも山国兵の傭兵は用いていたのだが、王国兵はこの歩兵用戦槌を好んで使っている。
ピアスヘッドにピック、そして引っ掛け馬上から引きずり降ろすフックか三つの鋭い突起であるスパイクを持つ。力任せに叩きつけるピックが王国好みであるのかもしれない。
つまり、戦槌であるこの武器は技より力の部分が大きい。しかしながら、駆け引きや三か所の攻撃点を上手に使えるか否かは大切なことだ。
先ほどから転がされ、叩き伏せられるのは専ら青目蒼髪ばかりであり、『ゼン』にはさほどダメージが入っていない。とは言え、大きな体を絶え間なく動かすのは日頃から鍛えているとはいえ、時間の経過とともに不利になっていく。
「一撃の巧緻さは騎士に、継続して戦うのは冒険者に利があるといったところかしらね」
『いや、単純に魔力の使い方の精度の差だろ』
少数で継続して数日戦い続ける前提のリリアル生は、前衛を主に担う青目蒼髪ですらこのペースで数時間闘い続けられる程、魔力の量と消耗が効率的である。
一方、騎士は継続して甲冑を付けて数時間も戦い続ける事はそもそも不可能である。精々、一時間程度であろう。これは、身体強化を用いた魔力の消費量もその程度と規定されることになる。
「魔装衣を装備してしまえば、防御の有利不利は逆転するでしょう。それに、あの手の完全鎧は体の動きをかなり制約するから、私たちみたいにはそもそも動けないしね」
完全鎧を布の服と大して変わらないリリアルの魔装衣・魔装鎧と比較することが間違っている。重量は二三十キロはあるし、着脱だって一苦労だ。手入れも持ち運びも専門の従者が必要である。
魔装衣は鎧下の形をしており、若しくは胴衣や手袋や頭巾形状のものを含め、他の装備の下に着こんだり普段着に偽装して着用する事も出来る。それでいて、魔力を通せば板金鎧並みの強度であり、終始気配隠蔽や身体強化を使い続ける前提のリリアル一期生たち、とくに冒険者を務める者たちは、何の問題もなく魔力を魔装鎧に供給し続けることができる。
「だんだん動きが怪しくなってきました!」
「まあほら、最後に正義は勝つ! って感じだよね!」
正義ではないが、『ゼン』の動きは鈍くなってきている。鎧下だけの着用でも、身体強化を使い続ける経験のない一般的な騎士にとっては、リリアル生と対峙してこういう結果になるのは当然でもある。
しばらくすると『ゼン』の魔力切れで失速が明らかになり、模擬戦的鍛錬はこれまでとなる。
魔力切れと体力の損耗でしゃがみ込み肩で息をする『ゼン』に対して、青目蒼髪は涼しげな顔……というわけではなく……
「あんた、もっとシャキッとしなさいよね!! こんなもんだと思われたらこのあと、やりにくいじゃない」
「非常に不本意かつ嘆かわしい」
「まあ、兄さんも頑張ったと思います。たぶん」
年下の一期生から青目蒼髪は『兄さん』と呼ばれている。ちな、茶目栗毛は『お兄様』である。差は立ち居振る舞いにある。
「だがしかし、奴はリリアル四天王の中でも最弱!!」
「誰と誰が四天王なのさ。聞いたことないよそんなの」
因みに、赤目蒼髪、赤目銀髪、茶目栗毛の三人が他の四天王となる。赤毛娘は「三人娘」に立候補しているので除外。三人娘は伯姪、黒目黒髪、赤毛娘の一期生魔力大組で構成されている。
「最弱で……これほどとは……」
「いや、俺別に最弱じゃねぇし!」
「最弱じゃない? なんで気配隠蔽とか魔力飛ばしとか魔力壁を平行運用しないのよ。それだけで圧勝じゃない」
赤目蒼髪が『リリアル流』の模範試合になっていないと指摘する。それを聞いた青目蒼髪は反論するが……
「……それ、模擬戦にならないよな……」
「リリアルなら必須」
赤目銀髪が即否定。横で赤毛娘が『次はあたしとメイスで対戦だぁ!』と騒いでいるが、そういうことではありません。
彼女と伯姪は相変わらずしゃがみ込んでいる『ゼン』に話しかける。
「ご感想は?」
「……じ、持久力が……違いますね……」
「護衛として一番大切なことは、護衛対象を継続して守る事ではありませんか」
彼女の言葉に『ゼン』が頷く。
「であれば、存在を消す事や、周囲に魔力を持つ存在が潜んでいないか確認したり、必要な瞬間に魔力の壁で護衛対象を守れるのであれば、大いに役に立ちますね」
「……仰る通りだと思います」
彼女が王女殿下の護衛として委ねられたのは、侍女として近侍し、魔力を使い王女殿下を守れるという面があった。護衛騎士であれば、同じく有用な考え方ではないかと思われる。
「『気配隠蔽』『魔力纏い』『魔力走査』『魔力壁』、これに『身体強化』が任意に使えて、リリアルではやっと一人前です。その為の訓練を、これから開始します」
「久しぶりにやりましょう!」
「例のアレ」
「全員参加でしょうか?」
例のアレとは、リリアル初期に一期生が皆で参加した『隠れん坊』のことである。常時気配隠蔽を行い、探す鬼は魔力走査を行い皆を探すことを延々と繰り返すゲームである。
「鬼は誰がしますか」
「……院長以外……」
「確かにね。簡単に見つけて追いつめられるもの」
「この敷地内だったら、魔力壁の牢に全員ぶち込まれますね……」
彼女の場合、色々ズルいスペックで勝負にならない。今回は伯姪の鬼でスタートになるようだ。
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久しぶりに本気の一期生全員参加の『隠れん坊』である。鬼ごっこというのは見つけられてからが勝負でもある。
「見つけたぁ!!」
「む、逃げるが勝ち」
伯姪の魔力走査で気配隠蔽を見破られた赤目銀髪が身体強化を全力でかけ逃走を開始する。逃げられる範囲は学院の敷地内。すなわち……
「くっ、もう少し近寄ってから……」
元狩猟用の城館であり、王妃様も離宮であったリリアルの敷地はかなり広い森を含んでいる。そこには魔猪軍団も生活しているのだ。
最近は寮も増え、また小さな街も街道とリリアルの離宮を囲む濠と石壁の間に立ち並んでいる。流石に騎士団の駐屯所内には立ち入らないが。伯姪を尻目に、赤目銀髪は樹上に掛け上り再び気配隠蔽を行う。
「あー また一から探さなきゃ」
気配隠蔽は姿かたちが見えなくなるわけではなく、そこにいる気配を消すということでしかない。気が付かなければ居ないと同じ……といったものに近い感覚だ。目で見えないわけでもない。
伯姪の背後を何かが駆け抜ける気配がする。
「鈍ったんじゃないっすかね」
「机での仕事が多いから仕方ないんじゃない?」
蒼髪ペアがこれ見よがしに身体強化を見せびらかせながら逃げ切れる距離で声をかけ走り抜けていく。魔剣士の『魔』の部分において、二人は伯姪を素質で上回る。二人も成人である十五歳を迎えるにそう時間はかからない。
「舐めてんじゃないわよ!!」
「「おーこわ!!」」
冒険者組はこういった仕掛けをしながら挑発しては逃げる。薬師組は気配隠蔽でこっそり敷地内に隠れる一択だ。体も小さく、魔力も少なめで、荒事が苦手な女子たちはひっそりと石の下に隠れる小さな生き物のように嵐の過ぎ去るのを待っている……射撃演習場の片隅とかで。
『おいおい、俺達いい加減……』
「しっ! うるさいです。また的にしますよ」
『静かにしてても的になるでしょ……ううぅぅ……』
捕まった吸血鬼と人狼の『達磨』の世話は、銃手も兼ねる彼女達が面倒を見ている。的にもしているのだが。
「……いるでしょ!!」
「「「「(いませんよ~)」」」」
吸血鬼のそばで気配を消す四人……碧目栗毛、碧目赤毛、灰目赤毛、の魔力小組と藍目水髪。特に、魔力小組は気配隠しに命を懸けている節がある。というよりも、他に手がない。
「みーつけたぁぁ」
「「「「きゃあああ!!!」」」」
四人は見つかった時はそれぞれ別方向に全力で逃げることを最初から打合せしている。一瞬、誰を追うか迷った伯姪は、結局誰も捕まえることができなかった。
「み、みんな、成長著しいじゃない……」
昔はまだほんの子供であり、孤児院から来たばかりで魔力も練れていなかった。故に、隠れん坊で不覚をとる事は無かった伯姪だが、実戦ならともかく、遊びに関してはもう互角以上の関係になりつつあった。嬉しくもあり、寂しくもある。
そのうち、「可哀想」とばかりに赤目銀髪が伯姪につかまり、伯姪はゲームを離脱。赤目銀髪が次々と皆を捕まえていきゲームは終了することになった。
「捕まった人は、日曜日のデザートを寄進する決まり」
「「「「えー」」」」
その昔、そんなルールがあった気がするが俄かに復活……
「わ、私達もやらないとじゃん!」
「……多分、あなたとられる方ですわ……」
二期生達もちょっとヤル気になったようだ。主にデザートを賭ける方面で。
因みに、『ゼン』は今回はいわゆる味噌っかすであった。それは、最初に即捕まり、そのまま鬼を続けて日が暮れそうだったからだ。
彼女は『ゼン』に参加の感想を聞いてみたが、かなり萎れているようでたかが遊びとはいえ、リリアル一期生の『本気』を見て、魔力の操練度の違いに格差を感じたようだ。
「正直、けっこう遣えていると思っていたのですが……」
「ふっ、まだまだという事を知れただけで前進でしょ」
「……自分で反省しているわけね」
伯姪は強く否定したが、一期生の成長は本人が考えていた以上に顕著なのだと感じていた。
「ミアンの討伐とか、二期生への教育とか今まで以上に成長する機会が最近増えているから当然なのかもね」
負け惜しみではなく、成長を素直に賞賛する伯姪。
『これから、あいつらも学院の外で仕事しなきゃならなくなるだろうから、死なないためにも成長してもらわないとな』
『魔剣』の言葉に縁起でもないと思いつつ、彼女も同意せざるを得ない。身体能力や武器の操練で敵わない存在と遭遇した場合、相手に気づかれずやり過ごし、仲間に伝えることができれば対応策はある。
戦闘力の低い魔力小組は、単独であれば逃げの一手で構わない。生き残れば果たせる役割も沢山あるのだから。
彼女と伯姪の話を横で聞いていた『ゼン』は思うところがあったようだ。少なくとも、親衛騎士の一員として、また次期大公の側近として「必要であれば逃げて生き残れ」という教育は受ける事はないだろう。
「騎士だって逃げていいのよ。逃げて果たせる役割があるのであれば、逃げ切れずに死ぬことの方が忠義を尽くしたと言えないのではないかしら」
「……仰る通りです。ただ……」
「逃げる機会に恵まれていないだけ……でしょ?」
意地悪く聞く伯姪。ニースの騎士団は勇猛果敢である事は有名だが、不利と悟った時の逃げっぷりにも定評があるとか。ジジマッチョ自身に逃げる機会が不足しているからということもあるが、異教徒相手に死ぬことを至上とした聖王国の騎士団とは少々異なるようだ。
『隠れん坊』でリリアルの姿の片鱗を見た『ゼン』は、仲良くなった一期生とつるむ様になった。主に青目藍髪近辺とだが。そこで気が付いた事、気になったことをメモしたり、周りに質問するようなことが増えた。
「行動中は常に気配隠蔽」
「常に気配隠蔽……」
「そう」
赤目銀髪に何か聞いているようだが、言葉少ない中で中々聞きたいことが聞き出せないようだ。
「魔術の発動は一度に一つ。魔力を割く事で継続して発動し続けることはできる」
「……なるほど」
「気配隠蔽と身体強化に魔力纏いを使って討伐をする事が多い」
「すると、魔力は二倍四倍と消費量が増えていきますね」
「……そう。でも、二つなら二倍で済む。気配隠蔽から身体強化を発動、その後、一瞬気配隠蔽を切って魔力纏いを発動する」
「それは……」
「気配隠蔽が切れて相手の目の前に突然現れると相手は驚く。フェイントになる」
「なるほど」
魔力消費を抑制し、魔術を切り替えフェイントにもなるので一石二鳥だと赤目銀髪は『ゼン』に得意げに話したりする。リリアルでは常識だし、別段、自分で考えたわけではないのだが。