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第404話 彼女は旧交を温める

第404話 彼女は旧交を温める


 遠征の件がある程度まとまり、本命とばかりにカトリナが口を開く。


「そういえば、そちらの婚約の件はどうなっているのだ?」


 彼女に問いかけるカトリナの話の意図が今一つわからないのだが、彼女も伯姪も今のところ婚約の話はないと伝える。


「ですから申し上げたではないですか」

「そうか……いや、アリーが王弟殿下と婚姻すれば、私とアリーが縁戚になり、既に二人はニース家を通じて縁戚となっているから、三人ともつながると考えたのだ。少々先走り過ぎたようだな!!」

「「……あー……」」


 彼女と伯姪は、彼女の姉から聞いた『ちょうどいい婚約者候補』という彼女の存在の話を思い出す。


「王宮から『婚約者候補』の打診があったのよね。けれど、王弟殿下の思惑もあるでしょうし、連合王国の女王陛下との婚姻の可能性もまだ残っているので、あくまでも国内向けの『候補』として私を据えるという意味のようね」

「なるほど。では、祝う必要はないのだな」

「辺境の下級貴族の私には王弟殿下なんて雲の上の存在なんだけれど、カトリナは王弟殿下のことよく知ってるんでしょうね」


 伯姪の言葉に、カトリナはウっと声を詰まらせる。


「……その反応、気になるのだけれど」

「あ、ああ。まあ、悪い人ではないが、血筋が良い反面色々軽率なところがあるようだな。年齢的に離れている事と、私自身はあまり夜会などで会う事がないのであくまでも噂だ」


 王弟殿下の周りには、自分自身の家系では出世が難しい爵位の低い家柄の近衛騎士の難あり物件が多く集まっているのだという。


「同じ近衛とはいえ、私は王妃様や王女様の後宮担当なのであまり接点がないのだ。それでも、腕に覚えのある者たちが周りに侍り、王弟殿下の威を借りて難癖付けて、『決闘』騒ぎを良く起こしているのだ」


 強盗騎士の決闘(フェーデ)と同じ内容だ。ただ、その内容はずっとささやかな示威行動と小遣い稼ぎのような内容だという。


「特に、腕の立つ者がいる。『ルイ・ダンボア』という近衛騎士の中でも魔剣士として優秀な男だ」


 ルイ・ダンボアはとある伯爵家に連なる子爵家の息子だが、その家系は枢機卿のような宗教者や学者・法律家の多い文官の家系なのだという。ところが、本人は幼少の頃から剣を好み、学問はからっきしであったという。


「変わり種だったのね」

「それは『勇者』の加護が確認されたことも影響しているようだ」


『勇者ルイ』というのが、ルイ・ダンボアの通り名だという。『勇者』の加護というのは、本人に対して影響を与えないではないが、本質は分隊・小隊程度の規模の人間を指揮する時に発揮される。


 ノインテーターの持つ『狂戦士化』に近い能力で、効果はその劣化版といったところだ。つまり、自分の指揮下にある騎士・兵士の意欲を高め、疲労を軽減し、危機的状況でもその能力を出し切らせることができる。


「迷惑な扇動者になっているわけね」

「当たらずとも遠からずだ。殿下の傍近くに側近然と仕えていることから、奴の『勇者』の加護の影響が、王弟殿下のカリスマと錯覚する者もいてな。陛下も王太子殿下も外征には積極的ではないので、王弟殿下の周りには軍でも好戦的な将軍や騎士が集まり、気炎を上げているというな」

「モテなさそうね」

「そうだな。貴族の女性は避ける。集まってくるのは王弟殿下の身分に目のくらんだ女か、戦争で一儲け企んでいる商人の手の者だな」


 武具や火薬、軍馬や糧秣を扱う商人と、その商人から手数料をピンハネする軍の幹部が取り巻きに多いという。


「それなら、騒ぎを消して回っているリリアルは、商売敵みたいなものじゃない? 仲良くできそうにもないわね」

「その通りだ。今は泳がせているが、王弟殿下が失脚するのはその辺りの存在が炙り出されて逃げられなくなった状態でだろう。それだから、婚約者になっていたら少々心配であったというのが本音だ」


 自分だけ婚約が決まって気まずい……ということではなかったようだ。恐らく姉ならば王弟殿下自身の問題と、その側近たちが生み出している問題も両方知っていただろうが、彼女にあえて何も言わないでいたのは、黙って様子を見ようと考えていたからだろう。


「姉さんは当てにならないわね。お婆様と母さんに確認しなければ」

「私も、情報集めるわよ。社交なら、ニース家も多少知り得る情報でしょうからね」

「助かるわ。どうしても、王家の周辺に子爵家ではわからない事も少なくないでしょうからね」


 国王陛下周辺であれば、父子爵が詳しいであろうし、王宮に関してもそれはある程度耳に入るだろう。名目上の上司に急になった王弟殿下と父が王都の件に関してどのように話をしているのか、彼女は気になるのだが、恐らくその事は話題にしてくれないだろうと思われる。


「王都総監だそうだな」

「ええ。俄かに父の上司となったようね」

「立場的にはともかく、一応『部下の娘』って立場になるのよね」


 伯姪の指摘はもっともなのだが、彼女は少々違う解釈をしている。


「名目的なものだそうよ。実務経験の乏しい殿下に、王都で治政の経験を積ませる狙いがあるとか。部下というより教導役でしょうね」

「確か、先代子爵夫人になるのか……彼の女傑は、国王陛下だけでなく、王弟殿下に苦言を呈することができる数少ない存在だという。父上だけでなく、そちらの教導が陛下の思惑なのかもしれんな」


 伯姪が副院長となり、王宮関係の折衝以外、彼女の祖母は今はリリアルに関わっていない。おそらく、そのタイミングで王都総監の職を国王陛下が与えたのだろう。


「大変そうね」


 伯姪が何気なくそう口にする。実体験のある者同士、思うところがある。


「実に大変だと思うわ」

「羨ましいのではないか。王都の生き字引であり、王家のことにも精通している方だからな」

「それはそれで、太刀打ちが一切できないのだから……厳しいでしょうね」


 祖母は、叱るのでも怒るのでもなく問い詰めるので逃げられないのだ。これは、常に頭を動かし続ける必要がある為、慣れないと体調を崩すほどのプレッシャーを感じたりする。


「勇者ルイも手出しできない内容だしな」

「手出ししたなら、色々本人が大変な目に合うと思うわ」

「王都では、あの方に逆らうものは国王陛下以下誰もいないでしょうからね。身の破滅だわ」


 直接的な魔力を行使した攻撃以外に、祖母は様々な人間関係と情報を駆使して人を追い詰めることができる。王都の中で最も強力なのは、国王陛下ではなく、彼女の祖母であったりする。


「王弟殿下の周りの害虫を大人しくさせる効果を狙っているのかもしれぬ」

「まだ、処分する時期ではないのでしょうね。王太子殿下のお仕事が一段落するまで、このまま現状維持するつもりなのかしら」


 彼女の姉と同世代の王太子は、実務経験を今少し積み、結婚し次代を残さねばならない。そうなれば、王弟の役割りは無くなってしまう。あと数年、遅くとも十年以内には役割を終えるだろう。


「そこまであなたが『婚約者候補』なのかしらね」

「……勘弁していただきたいわ。精々ニ三年にして頂きたいものね」


 後三年すると、彼女も二十歳となる。結婚は少々遅いくらいだが、まだ間にあうだろう。全然問題ない。そう自分に言い聞かせる。どの道、リリアルの育成が三期四期と進まねば、手を離せないのだから。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 カトリナ主従がリリアルを去る頃には、すっかり夕食の時間となっていた。学院生と同じ夕食を取らせるわけにもいかない公爵令嬢には、夕食前に帰宅していただいたのである。


 伯姪と彼女の間で、歩人に『猫』を付けて詳細に二箇所のデンヌの森の中にある『暗部』の拠点を調査する確認を進めたのだが、とりあえず、王宮に保管されているであろう、ネデルの古い地図の写しを確保した上で、彼女と伯姪と歩人で打合せすることにする。


「明日にでも先触れを出して伺いましょうか」

「それはお願いするわね。私も、聖エゼルに手紙を出したり、物資の手配の見直しを進めるわ」


 遠征に参加する人数が変われば、食料や予備の武具の手当ても変わる。そもそも、どこで合流するのかから打合せしなければならない。


「最初に、セバスに調査任務について説明しなければね」

「あいつ、逃げ出さないかしら」

「……大丈夫でしょう。大丈夫よね?」


 遣い程度なら単身向かわせたこともあるが、今回は敵地潜入の上に詳細な情報収集をしなければならない。


「そうね……なにか報償を考えるわ」

「それ、難しいわよね」


 歩人は正式な王国民ではないので、何か功労があったとしても王家としてまた王国として与えるわけにはいかない。騎士の叙任やその他の社会的身分を与えるわけにもいかない。


 そもそも、そんなものであのおじさんが釣れるとも思えない。


「休暇と報奨金を与える……というのはどうかしら」

「……いけるかもしれないわね。暇なときはあっても休みが無いから」


 リリアルも日曜日は御神子教の休日であり、神に祈りを捧げる安息日……というわけではないが仕事をしない。だが、歩人が自由にしてよいということでもなく、これは学院生を含め全員が同様だ。つまり、「休む」という課業をしていると言えば良いだろう。


 孤児院育ちの学院生はともかく、追放生活……放浪生活も長く、陽気で自由な生活を楽しんできた歩人にとって、リリアルでの生活は窮屈であることは疑いない。


「それに……」

「なに?」


 歩人がリリアルに来て三年。最初はほんの気まぐれに拾った存在に過ぎなかった。ただただ子供しかいない環境で、猫の手ならぬ『歩人の手』も借りたかったという事がある。

 

 従者として茶目栗毛も相応しい容姿となり、歩人の役割りを肩代わりするメンバーも育ってきた。


「そろそろ、セバスも里に戻れるのではないかと思ったの」

「あー 一生独身も可哀そうだものね」


 彼女は「ふぅ」と溜息をつき同意した。





 二人は改めて院長室に歩人を呼び、特命任務を与える事を説明した。


「一人で潜入活動かよ……でございます」

「既に『猫』が場所を特定しているのよ。あなたは、そこに向かって実際の経路を地図に書き起こしたり、調べた情報を書き記して持ち帰って欲しいの」

「まあ、小要塞は危険かもだけれど、あんたは同行して『猫』ちゃんが抑えた内部情報を記録するのが主任務だから、侵入する必要はないのよ」

「お、おう……」


 単独の任務、危険が伴うネデル・デンヌの森内の秘匿された施設。歩人の緊張感が高まっていく。


「今一つの放棄された街を利用した『暗殺者養成所』の調査。ここには、多数の孤児や捨て子が集められ、暗殺者となる訓練を受けさせられているわ。

この施設の討伐と子供たちの保護がメインの遠征になるわ」

「出入りの商人や、内部の施設の利用状況、子供たちの生活パターンに、どこにどのように収監されているかまで……討伐と救出に必要なあらゆる情報を集めるのが本命よ」

「……なんだ、大命だな。お、俺には荷が重そうだ……」


 プライドは高いが自己評価の低い歩人である。


「そうね。責任重大だわ」

「大丈夫でしょ? 『猫』ちゃんもアドバイスしてくれるだろうし」

「あ? なんでネコにお伺い立てるんだよ。確かに……まあ、そうか。分かった。出来る限りの調査をする。それでいいんだろ?」


 歩人は逡巡しながらも役割を果たすと頷く。


「それでね」

「三年の御勤めを終えたセバス君には、任務達成後……まあ遠征終了後だけれど、一ケ月の休暇と金貨三枚の報奨金をだすことにしたの」

「そ、それと……もし、希望するのなら、里に戻るのも良い時期かと思うわ。あなたも随分と見られるようになったのだし、里長としての役目も立派に果たせると思うから」


 歩人をリリアルに誘ったときの理由付け。それは、里に戻り、父親のあとをついで里長となることができるよう教導するということであった。


「まだ頼りないけど、でも、ここにいつまでも……」

「いるぞ俺は」

「「へ?」」

「おいおい、俺がいなきゃ、誰がガキどもの我儘を聞いてやるんだよ。言っとくが、お前らには気を使って良い子になってるんだからな。ひでぇもんだぜ、俺には容赦なくて……でございますよお嬢様方」


 おっさんだ、ポンコツだと揶揄われながらも、歩人は歩人として彼なりにリリアルでの居場所を確保していたのだという事だ。


「オヤジもまだまだ現役だし、お前達が嫁に行くまでは頑張るつもりだ」

「……婚期が遠のいたわね」

「縁起でもないわ。私達のどちらかが結婚しなかったら、ずっとここにいるってことじゃない」

「いや、せいぜい十年以内くらいでお願いします……」


 あはは、うふふと笑い合い、少なくともこの関係が今しばらく続くのだと三人は確認し少々安心したのである。





 セバスの出発は出来るだけ速やかにと言う事が決まった。なぜなら、移動に魔導馬車が使えるとしても王国内だけであり、往復と調査の期間を考えればさほど余裕がないという事は明白だからだ。


「一先ず、ネデルの新しい地図をできる限り求めましょう」

「古い地図の模写も必要よね」

「模写なら俺得意だから、羊皮紙と書く物さえ用意してもらえれば、できるぞ」

「「……意外ね……」」


 思わず声が重なる二人であった。


「歩人はそういう古文書の模写とか得意なんだよ。精巧な複製品を作ってだな……」

「あんたの偽造業者としての経験話は今度にして」

「ええ。明らかな犯罪者を匿うわけにはいかないのだから……大人しく縛につきなさい」

「相変わらず俺への対応がひでぇ……」


 リリアルにはその辺りの道具は無い為、王都の子爵邸に手紙を書き、用意を願いする。加えて、騎士団と王宮に『副元帥』名でネデル南部の古地図と現在の地図の閲覧申請を行う事にした。


 事前準備は着々と進んでいくのである。


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