第403話 彼女は『猫』の報告を聞く
第403話 彼女は『猫』の報告を聞く
『主、ただいま戻りました』
「心配したわ。無事に戻れて安心ね。ところで……」
『猫』が彼女の元に帰還するのに思いの外時間の掛かった理由。
『拠点は二箇所になります』
「……なんですって……」
あの後、魔剣士をつけた『猫』は、数日かけて拠点へと至るのを確認した。そこは、小さな要塞のようなものであり、四隅に尖塔を持つ緑灰色の石壁を有していたという。
『この場所のそばには川が流れておりました』
「そこには何がいたのかしら?」
森の中にひっそりと佇む城塞に、魔剣士と同程度の魔力を有する男達が数人と、『ノインテーター』である元傭兵が幾人か確認できたという。
『ノインテーターは、拘束の魔導具を付けられ、魔力持ちの者たちには危害を加えられないようにされておりました』
見て取った様子では、ノインテーターと化してすぐに総督府軍の部隊に加えるわけにいかないため、兵士と混ざって活動することが可能なように教育をする魔術師がいたという。
「高位の魔術師なのかしら」
『……死霊術師なのではないかと思われます。もしくは、精霊術師でしょうか』
『猫』には魔術師の能力の区別はつかず、なんらかの施術もしくは魔法契約でノインテーターを拘束しているのではないかと推察していた。
『俺も死霊術は専門外だし、知り合いはいないな……』
『魔剣』の知り合いと言えば、とうの昔に人間ではなくなっている年齢の者だろう。オリヴィにも聞いてみる価値はあるが、一人、心当たりを思い出す。
「『伯爵』に聞いてみましょうか」
エルダー・リッチと自らを化した『伯爵』であれば、当人に関しての情報が無かったとしても、死霊術の知識はある可能性が高い。他に知り合いがいるわけでもない為、後日、帝国からの帰還報告と久しぶりにポーションを持って訪問することを検討する。
「その城塞は、どの辺りか見当はつくかしら?」
『……リジェから西に向かい、南から流れ込む支流を遡ったところです』
「ありがとう。それは……凡その見当はつくわね」
彼女は頭の中に第一の襲撃場所としてその位置を記録した。この拠点の数人の魔剣士と死霊術師と思われる魔術師、そして数体のノインテーターを討伐するのに、彼女と歩人、赤目銀髪……で襲撃を行わねばおそらくならないだろう。二人の銃手は援護が精いっぱいであろうし、誰が出てきても一人で逃げ切れるとは思えない戦力だ。
『仕切り直しもありか……』
「逃げられると探し出すのが厄介でしょう? オラン公の軍に従軍している間に襲撃して終わらせたいのよね。これは、殺せばいいだけだから、人数は問題ないと思うのよ」
魔剣士の数人程度であれば、彼女だけで討伐可能だろう。死霊術師も、何らかの強力なアンデッドを自分の護衛として召喚している可能性もあるが、『ワイト』も『レイス』も騎士学校時代に討伐経験をしており、魔銀と聖女の効果がある彼女にとってさして困難な相手ではないだろう。
弾丸も、彼女の魔力を帯びているものを使うので、アンデッドに対する効果は通常のマスケットよりリリアルの装備は効果がある。
「その小要塞は、早急に場所を確認するわね。必要であるなら、一度斥候に出ましょう」
『主、私が』
『いや、歩人あたりに行かせればいいだろう。あいつも相応の仕事を与えるのもいいんじゃねぇの』
「……不安だわ……」
学院生を単独で向かわせるわけにもいかず、他に適切なメンバーもいない為、歩人に依頼することにする。
今一つの場所は、恐らくは茶目栗毛が話をした「暗殺者養成所」である可能性が高かった。
『リジェの前の川を西に向かい、ネデルの森の王国に近い場所にある緑灰色の街壁を持つ街の廃墟……に見せかけた施設であるという。
「アルラウネの存在は確認できなかったのよね」
『……はい。存在するという事を念頭に置いておりませんでした』
「あなたとセバスでもう一度詳細に調べる……というのはどうかしら」
歩人に『猫』を改まって紹介したことはないが、『半精霊』であるということは薄々理解しているだろう。歩人単独なら不安だが、既に場所を突き止めている『猫』を水先案内人兼監視役とするのであれば、問題なく役割を与える事ができそうではある。
学院の運営は、彼女と茶目栗毛がいれば問題なく歩人の穴は埋まるであろうし、ことさら必要という事もない……残念ながら事実だ。
「規模としてはどの程度か分かる?」
『……ノーブルの街に近いと思われます』
ノーブルは水晶の村を有する元伯爵領の領都である。大山脈へ向かう街道の一つと接続しているが、サボア程栄えてはいない。かなり小型な街である。外周はニ三キロだろうか。程々に小さい。
「中は確認できたかしら」
『リリアルに似た感じです。教会に鍛冶屋や道具屋があり、一見町として機能しているように見えますが、外部から訪れる人間がほぼおりません』
『街ごと研修施設って事か』
実際に、商人、職人として活動して『見習』の仕事を覚え、潜入しても違和感の無いように訓練しているのだろう。商人や馭者、聖職者に冒険者……様々な職業に就けるように訓練しているのだろうと推測される。
廃墟を街の形で運営しているとしても、食料は外部から調達しているのであろう。本来、都市というのは周辺の農村の交易の場も兼ねており、やり取りは不可欠だ。だが、この偽物の街にはそれはないのだから、見た目の良い牢獄のようなものに過ぎない。どこかから食料を定期的に持ち込んでいるのなら、それに紛れ込む、そのタイミングで襲撃するなどタイミングを計るのに良いだろう。
「どちらにしても、詳しい調査が必要ね。地図を起して、警備の体制や責任者の所在、外部との連絡方法や囚われている子供の数と場所。
それと……」
『暗殺者となっている教官・監視者の数と居場所もだ』
『……承知しました。出来る限り詳しく調べてまいります』
そして最後に彼女は念を押すように「アルラウネ」の所在について告げた。
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彼女はネデル南部の地図を書き写させておいたものを取り寄せる。地図は貴重品であり、誰もが簡単に目に出来る情報ではない。戦争する際に、最も敵が欲し、与えたくない情報だからである。
幸い、百年戦争の後の時代ではあるが、王国がランドルへ影響を与えていた時代、ネデル周辺の地図・地勢の資料は騎士団か王宮に保管されているはずである。彼女が許可を求めれば問題なく閲覧できるであろう。
こんな時こそ『王国副元帥』という地位を生かさねばと思う。
秋の遠征に向けての具体的な方向性が『猫』のもたらした情報ではっきり組立てられるようになってきた。
一つ目の小要塞に関しては、遠征軍に帯同する彼女達五人で討伐を行う。そして、二つ目の『養成所』の制圧は、リリアルの勢力を全て用いてオラン公のネデル遠征のどさくさに紛れて実行する。
オラン公軍の一部隊による強襲と判断されれば、王国やリリアルが余計な後始末に追われずに済むだろう。そして、強制的に訓練を受けさせられている子供たちの救出までがワンセットである。
「魔装馬車も子供たちを退避させる分を確保しなければならないかしら」
『いや。恐らくその訓練施設にも馬車や馬は存在するだろう。その辺も調査の対象だな。出入りしている商人もできれば押さえておいて、協力させられると良いと思うぞ』
ただ殲滅すればよい小要塞と違い、『緑灰の街』に関しては少々難儀しそうな案件である。
そんなことを思考していると、伯姪が『あなたに来客よ』と院長室に顔を出した。
「先触れもなしに急ね」
「何を言うか! 私との仲ではないか!!」
伯姪の後ろから顔を出したのはカトリナと、頭イターポーズのカミラである。そう言えば、前回の遠征からの戻った後も色々あって顔合わせができていなかった。
「もしかして、ご迷惑でしたでしょうか」
「……いいえ。カミラさんなら歓迎いたします」
「む、では、私なら『大歓迎』ということになるのだろうな!」
相変わらず脳筋ッぽい空気をまき散らす、王国の中でも上から数えて何番目かの高貴な身分の女性である。血筋だけで言えば、王妃様より上なのがカトリナである。ギュイエ公女というのは、そういう高貴な身分だ。
行いはあまり高貴とは言えないが。
「帰国のご挨拶にもうかがえなくて申し訳ないわね」
「いや、それは構わないのだ。それより……」
カトリナはサボア公国に大公妃として嫁ぐ事が決まったという報告をしたくてわざわざ突撃訪問をしたのだという。
「それはおめでとう」
「うむ。顔合わせはこの先になるが、どうやら新しい館の建設などあってな。実際に向こうで暮らすのは何年か先のようなのだ。だが、大公妃としての政務には徐々に学んでいかねばならない」
カトリナとしては、王都で学べることや準備すべき事を済ませてからサボア公国に向かうつもりなのだという。幸い、聖エゼル騎士団の修道女達がカトリナの近衛のような役割を交代で果たしてくれるという話が進んでおり、今の段階では顔合わせと手紙での交流を進めているのだという。
「皆気の良い連中のようであるし、聖エゼルはリリアルで学んだことをサボア公国で生かすという点において、私と基盤が同じだからな。恐らく上手くやれるだろう」
「……あまり迷惑を掛けないで欲しいわね。あの方たちはあの方たちで為すべき事があるのだから」
「そうね。リリアルは王妃様の手前、公爵令嬢にはそれなりに対応したけれど、教皇猊下と大公殿下に仕える聖騎士団を、カトリナの我儘につき合わせるとなれば、周りも大目に見てはくれないわよね」
背後でカミラが深く頷く。恐らく、『冒険者カリナ』としてこっそり王宮を抜け出して活動しようなどと考えているのだろう。
「ば、ばっかもの!! 聖王国王位をもつサボア公の妃が、ぼ、冒険者の真似事などするわけが……」
「ありありで図星で言い訳している!」
「そうよね。あなたの考えている事……とても分かりやすいわ」
「な、何を言うか。サボアには温泉もあるしな。王宮も法国風でなかなか豪華だという。私にピッタリの居場所になると思うぞ」
黙っていればゴージャス美人であるカトリナにとって、社交さえ無難にこなせれば、恐らく大公殿下にとって、カトリナの存在は政治的基盤を堅固にする事に繋がるだろう。
王家の親族であるギュイエ家の公女を娶るわけであるから、正式に、レンヌ同様、王国に属する姿勢を明示することになる。
「王都も静かに……寂しくなるわね」
「今静かになって清々すると言いかけなかったか」
「思ってはいたけれど、言葉にしていないわよ」
「む、しかしな、アイネ殿がノーブル伯となればお隣さんではないか。それに、ニース辺境伯家とは親しい関係に既にある。まあ、これからは遠い親戚だと思って、気楽に付き合ってもらいたいのだ」
彼女と伯姪は、これ以上どのように気楽に付き合えというのかと思わないでもない。少なくとも、冒険者同士、騎士学校の同窓としてかなり距離感がない関係だと考えている。
「まあ、義理の姉妹のようなものだと思えばいい。勿論、私が姉だ」
「謹んでお断りします」
「……うっとおしい姉は一人で十分ヨ。ご遠慮させて頂くわ」
「何故だ!! 我等もう姉妹同然ではないかぁ!!」
クスクスと笑う彼女、あははと声を上げる伯姪。そして、やれやれと言った空気を醸し出すカミラ。姉は一人賑やかだが、カトリナは周りを巻込んで賑やかにしようとする困った存在である。
お茶の用意をし、帝国での出来事をつらつらと説明していく。ネデルの南部への秋の遠征。そこで行うべき事を話していると、カトリナが前のめりで話に参加してくる。
カトリナの思わぬ訪問を受け少々戸惑う彼女であったし、相変わらず公女殿下であるにもかかわらず、気の置けない雰囲気を纏うカトリナである。暗殺者養成所の討伐のところで俄かに関心が高まる。
カトリナ自身は近衛を退いており、また、カミラも同様に職を辞している。既にサボア公国の大公妃として嫁ぐ事が決まっており、今は嫁入り前で忙しい時期……という事は無く、暇を持て余していると母や姉からも伝え聞いていたのだ。
「勿論、私も行くぞ」
「……カトリナ様……いえ、殿下……」
止めようとするカミラを手で制し、カトリナは告げる。
「たとえこの身はサボアの公妃となろうとも、王国を安んずることに心を砕く我が心根は変わらない。それに……」
一呼吸置くと、カトリナは思わせぶりにニヤリと笑う。
「なんでございましょう」
「ミアンの続きを見てみたい。あれもどうせ、その辺りの者どもの策謀なのであろう?」
震源地の一つではあると彼女も考えている。何かのきっかけが無ければ、ネデル領内で何かを為す事も難しいだろうし、この機会を逃したくはないことは伝わっているのだろう。
なにより、魔力を多く持ち、潜入と戦闘ができるメンバーは一人でも多く欲しい。とは言え、カトリナには身分も立場もある。
「遠慮は無用」
「遠慮ではないわ。でも……手が足らないことも確か。あなたがいてくれれば……」
「私が楽できるわ!」
伯姪の思わぬ本音暴露に、彼女とカトリナがクスリと笑ってしまう。
「そうか。そうか」
「……殿下、差し出がましいようですが……」
カミラが事が進みそうなので口を差し挟む。怪訝そうに反応するカトリナ。
「何だカミラ。反対なのか」
「いえ。これは聖エゼルの皆様にも協力いただきましょう。そちらは、殿下が取り持てばよいのではありませんか」
「む、最高ではないか。聖エゼルと聖リリアルの合同作戦。そこに私が要として入るわけだな。つまり、私が主役だ!!」
そういうものではないと思いながら、カトリナ主従に聖エゼルの修道女達が加わってくれることは有り難くもある。
「調整は……あなたにお願いしてもいいかしら」
「ええ。オラン公の軍に参加する貴方には難しいでしょうからね。連絡だけ密にしましょう」
副院長としてすっかり実務も板についた伯姪は、任せておきなさいとばかりに自らの胸を叩くのである。