第401話 彼女はワゴンブルグを試してみる
第401話 彼女はワゴンブルグを試してみる
秋の遠征に向け、二期生の年長組もしくはサボア組の三人と男子二人は一期生の補助要員として参加することを彼女は早々に通達した。
「……戦争へGo!!」
「戦争ではないわ。私とオラン公軍に参加する子達は戦争になると思うのだけれど」
「私たちはセーフ?」
セーフではない。今回のオラン公軍に参加する冒険者チーム『リ・アトリエ』には、彼女と赤目銀髪、歩人、灰目藍髪の他……
「え、わたしですか……」
「二期生も一人こちらに加わってもらいたいの。冒険者としての年齢的に問題ないのはあなたくらいなの。よろしくね」
冒険者組に割り当てられたのは村長の娘こと『ジョヌ』である。秋の遠征には十五歳を越えるので、帝国の冒険者登録を行う……ことはないが、銃兵として参加してもらう事になる。
「馬上からの射撃も行う事になるので、二人乗りの後ろから、鐙の上に立っての射撃練習もお願いね」
「うえぇぇぇ……死なないですよね……」
「大丈夫よ。セバス、あなたは死んでもいいからお願いね」
「いや、どう考えても俺が死んだら後ろの奴も死んでるだろ……でございますお嬢様」
遠征メンバー五人の中で騎乗が出来ないのは村長の娘だけであるので、歩人の後ろの席で決まりとなる。他は、弓か銃を扱う前提の装備でこれまでの遠征を熟しているので問題ないと考えたためだ。
「セバスおじさん、若い女の子を後ろに乗せたからって変な気おこしちゃだめなのです!」
「セバスおじさんも次期村長? ジョヌっちも次期次期村長だから、良い感じなのだ!!」
「……なわけねぇだろお前ら」
サボア組の灰目黒髪『セイ』と茶目灰髪『ターニャ』が一応弄ってみたりするが、友達の『ジョヌ』はそれどころではない。
「村長に将来なるのであれば、魔物討伐だって先頭に立たねば村人はついてこないでしょう。冒険者に依頼するにしたとしても、何から何まで任せることは出来ないと考えて、ある程度討伐も出来ないとね」
「……が、がんばります。じっちゃんの名にかけて!!」
じっちゃんである村長の名を彼女はまだ知らない。
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今回の遠征において戦馬車の城を形成することが一つのポイントでもある。その防御力を高める為に、土魔術を用いた築城も必要となる。
彼女の魔力を用いれば、ある程度の工作は可能だが、幸いリリアルには二人の『土』の精霊の加護持ちが存在する。
「おし、久しぶりの出番だ」
「……疲れるからホント勘弁……でございますお嬢様」
「いいから交互に試してみなさい」
「「おう(うぃーす……)」」
リリアルの敷地の外周にある野原。厳密に言えばここも王妃様の離宮の敷地の範囲であり、学院であるとも言える場所である。
最初に試みるのは癖毛。馬車三台を三角形に並べた後、『土』魔術を行使する。
「土の精霊ノームよ、我の欲する土の牢獄を築け……『土牢』」
馬車の周囲が3m程の深さに幅2mほどに渡ってグルリと掘り下げられていく。その彫り上げた土を用いて次の工程がはじまる。
「そして我が働きかけに応え、欲する土の土塁を築け……『土壁』」
馬車の荷台の高さと掘り下げた壕の間は、土の壁で補強される。遠目には小さな要塞のように見えるだろう。ここまで僅かニ三分である。
「我の欲する土の槍で敵に備えよ……『土槍』」
残土を用いた壕の底への土の逆茂木が形成される。当然先は尖っているのだが、このままでは少々堅めの土に過ぎない。そこで……
『堅牢』
壕の外側全周に張り巡らされる 1m程の長さの槍状の逆茂木が硬化する。さらに、土塁も硬化し、砂岩程度の強度となる。岩としては砕けやすいが土や砂を固めたものより相当に硬い。
「や、やるじゃねぇか……」
「魔力の操作も魔装鍛冶で鍛えられてるからな。土や石、金属の加工なんかは自信がある」
思えば癖毛も随分と立派になったモノである。魔力が多いだけの捻くれ者であったのは今は昔である。鍛冶師であって騎士ではないのだけれど。
内部を確認し、実際、壕に落ちてみて下からワゴンブルクに反撃しようとするものの、相当の身体強化をしなければ逆茂木やワゴンの前の土塁で上手く動き回ることができず、銃眼を乗り越え馬車の中に入りこむ為には5m以上垂直に飛び上がるか、壕の手前から数m斜め上に飛ばなければ超える事は
できない。
「もう少し壕の幅を広げる事は可能かしら?」
「あまり広げると崩れやすくならないかと思って……」
幅の広さと崩れやすさにはそれほど関係性がないのではないかと思うが、馬車の車輪ギリギリまで壕を近づけるのは崩れる原因になるかもしれない。
「土塁と馬車の間をもう少し広くとって、馬車本体に飛び移れないように壕の手前から距離を取るのはどうかしら」
「……それならできると思う。ちょっとやり直してみる」
元の地面に戻すと、再び魔術を展開し、今度は少し幅を広く取り馬車と土塁の縁の距離を開けた事もあり、斜めに傾斜の付いた壁となった。
「……どうだ?」
「いいわね。この土壁の強度……かなりあるわね。これなら、壁に穴を穿ってよじ登る事も難しそうだわ」
「だろ? そこそこ魔力を使うけど、この程度なら数回は問題ない」
「だそうよ、セバス」
土を元に戻す癖毛と入れ替わりに、次は『歩人』のセバスがチャレンジする。
「まさか、『歩人』が普通の人間に負ける事はないわよね」
「いや、そいつ、半分土夫だろ!!」
「……そうだったかしら……」
知っていてあくまでも煽るスタイル。「ちくしょう!」などと小声でいいつつ、歩人は詠唱に入る。
「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する土の牢獄を築け……おねしゃす!!『土牢』」
じわじわと壕が築かれていく。この手の呪文は、魔力量を投入する速度も影響する。魔力量が『中』程度で、展開も遅い故に癖毛程変化が速やかに進んでいない。
「おっさん、もしかして」
「口にしては駄目よ。真実は時に人を深く傷つけるのだから」
良い事を言っている風でありながら、しっかり貶めている気がする。要は、魔術の行使が頻繁でなく、精霊との付き合いが希薄な分、影響を与える能力が低いという事なのだ。
鍛冶師として日頃から魔力を行使している癖毛は、展開に過不足がない故に、速やかに精霊が反応してくれるのだ。とは言え、急ぐべき状況でなければ、十分使用に耐えうる。
「つ、次いくぞ」
すっかり疲れたおじさん歩人が術を展開する。
「そして土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する土の土塁を築け……てか、築いてくださいませ!!『土壁』」
低姿勢が光る歩人の魔術。先ほどよりもいっそうゆっくりと土が成形され、土塁へと変化していくが、ゆっくり故に盛り上がる前に崩れ始めてしまう箇所も散見される。
「……あらら……」
「あなたには難しかったかしら?」
鬼の形相で魔力を込めていくが、ぽろぽろと土塁の先端が崩れてしまうのは防げなかった。
「は、はぁはぁ……」
肩で息をし、汗を袖で拭う歩人。かなり魔力を消耗していると見える。
「……息が荒いわよ。気持ち悪いわね」
「……きついならこの辺で辞めとくか?」
「う、うっせぇ! 俺にも意地ってのがあるんだよ!!}
これは虐めではない。繰り返す、これは決して虐めではない。
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硬化の魔術までで魔力が厳しくなった故、逆茂木の形成などは実行する事は出来なかった。
「あなたは今回、オラン公軍に同行する冒険者枠だから構わないけれど、
今後の運営を考えると、もう少し土魔術はスムーズに展開できないと困るわね」
「……鋭意努力します……」
歩人であることに慢心した結果なのか、癖毛がハイスペックすぎるのか若しくはその両方なのかは何とも言えないが、このままでは不味いと流石に三人とも理解する。居場所がなくなる危機感を持つ歩人・セバスである。
遠くの射撃場ではPow Powとやや気の抜ける魔装銃の発砲音が絶え間なく聞こえる。魔水晶の予備も十分にあり、この二ケ月で十分な射撃練習が熟せると考えられる。
この射撃練習には、遠征に参加する予定のない二期生のメンバーも参加させている。今回機会を与えるには時期尚早であるとしても、いつ、全員を動員する事態が発生しないとも限らないからである。
二期生は森の探索なので、狼やゴブリンを狩ることを推奨しているが、今回遠征に参加するメンバーである年長者と男子が主にその役割を担っているため、不在時に全く武力行使ができない可能性も否定できない。
「あれ、結構撃ってるけど……」
「大丈夫よ。私が弾丸を作ればいいだけなのだから」
「……れ、練習用なら精錬だけで良いぞ。院長が全部弾丸作るなんて時間と魔力の無駄だからな!」
遠征中は、彼女以外に弾丸を作ることのできるメンバーがおらず必然自分の仕事と考えていたが、鍛冶は鍛冶屋に任せるべきか。
「大人女子は自分で弾丸くらい作れるようにしようぜ」
「それは有り難いわね。この期間にお願いするわ」
薬師娘二人に弾丸作りを癖毛が教えてくれるという事だろうか。二人が銃兵を指揮することも将来的にはあり得るので、二人が弾丸作りを覚える事で、必然、その下に着く学院生にも弾丸作りを教える事ができるようになるだろう。
「あのちびっ子猟師と俺にも教えてくれ」
「ああ、ついでだ。任せておけ」
魔装銃が標準装備化していく過程で、魔装銃用の魔水晶と魔鉛を用いた弾丸の消費量が大きく拡大して行く事も考慮しなければならないだろう。『水晶の村』以外にも、サボア領などで魔水晶が産出する場所と取引をする必要が出てくるかもしれない。
彼女が顔を出せば、二期生達にいらぬプレッシャーがかかるかも知れないと思い、見学を断念する。
『気配隠蔽使えばいいだろ』
「必要ないわ。あの子達が見せたいと思う程度に腕を磨いてからでも
十分ですもの。遠征直前に一度くらい確認させてもらうつもりだけれども」
一期生の魔力小組は小柄な女子が多い。二期生の女性も似たようなものだ。冒険者として前衛を熟せるメンバーは魔力が無くとも採用する必要があるかもしれない。
中等孤児院の卒院生の中から、冒険者希望の男のメンバーを何人か募集する必要があるかも知れない。とは言え、多くは兵士や騎士団の見習などを希望することが考えられるので、あまり人材的には期待できない可能性が高い。
魔力が少なくともリリアルに所属することにメリットを感じる人間を、中途若しくは中等孤児院卒院後の『専科』としてニ三年を目途に預かる事も良いかもしれない。
そんな前衛不足を検討していると、にわかに敷地の入口が騒がしくなる。門前には騎士団から交代で見習がリリアルの門衛として待機してる。これは、リリアルと騎士団の関係を友好であると示す一助となっている。ポーションや素材・武具など騎士団に優先して融通している経緯もある。
『お前が行った方がよさそうだぞ』
『魔剣』に言われる迄もなく、彼女の王都帰還を待っていた者に幾人か心当りがある。
見ると、茶目栗毛が急ぎ走り寄って来る。どうやら、本館にいて騎士団の門衛に彼女を呼ぶように頼まれたようである。
「先生、門までお越しくださいとのことです」
「了解よ」
茶目栗毛を伴い門へと向かう。そこには若い男が二人立ち、どうやら彼女への面会を求めているようである。
「先触れなしに伺ったのは失礼だとは思うが。こちらもリリアル卿に家族の事でぜひとも伺いたいのだ!!」
そこには、オラン公の末弟エンリが従者と共に立っていた。
彼女は心を落ち着かせるように深く息を吸い込み吐き出すと、姿勢を正しエンリに話しかける事にした。
「エンリ卿、御部沙汰しております」
「……これはリリアル閣下。不躾とは承知なのだが……」
「構いません。こちらもお手紙を預かっておりましたので、伺う予定でもありました」
オラン公と三男ルイからエンリ宛の手紙を預かっている。どの道彼女は、近日中にエンリと会うつもりであったのだ。とは言え、雑務を片付けアポイントをとってと先延ばしにしていたこともある。
「どうぞ、こちらへ」
茶目栗毛に院長室に人数分のお茶を頼み、また、アゾルの最期に立ち会った赤目銀髪も同席するように依頼し、彼女はエンリ主従を連れ院長室へと案内することにした。