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第399話 彼女は『婚約者』の話を聞く

第399話 彼女は『婚約者』の話を聞く


「そのお話が私にどう関係するのかしら」

「だって、今日会ったんでしょ? 王都総監がネデルの話なんて関係ないじゃない? 別の目的があったんだよね」


 姉は一体、今日王都に戻ってきたはずなのに、どこから話を聞きつけてきたのだろうと彼女は訝しく思っている。


「あの『蛙君』はさ、いろいろ問題を起すタネだからね。観察しているのだよ」


 王宮においても、王太子の向こうを張るような『王弟殿下』として振舞おうとしており、国王に近寄れない存在が王弟の周りに蝟集しているのだという。それは、あまり良い存在とは言えない守旧派?ともいえる、国王の力を弱め貴族の権利を強化しようとする集団なのだそうだ。


「あんま数はいないんだろうけど、でも無視できるほどじゃない」

「陛下はそれを見据えて、敢えて放置して炙り出しているわけね」

「まあ、ガス抜きだね。ギュイエもニースもレンヌも落ち着いて、南都も王太子殿下中心に再編成されて、お父さんはそのうち南都の総督とか総監とかにされちゃって、王国内がしっかりしてくると、行き場のない奴らが連合王国や帝国と手を結んで……なんて始めかねないじゃない」

「その旗印を王弟殿下にやらせて、囮にしたいのね」


 姉は多分そんなところだという。それと、彼女はどう関係するのだろうか。


「それは……夜にでもゆっくり話そう。今はみんなが待っているからね☆」


 既に、ネデルでの話は先に戻った四人が話をしているのだろうから問題ないのだが……


「お帰りなさい」

「只今戻りました」

「……大変だったわね」

「ええ……今回は少しだけ……ね」


 伯姪は既にアゾフの事も聞いているのだろう。そして、ノインテーターと暗殺者養成所のことも。


「お風呂にする、食事にする?」

「それとも、わ・た・し!! お帰りなさい院長先生!!」

「あ、あの、新しいお酒の用意がありますので……食前酒に味を見てください。お疲れ様でした」


 伯姪の会話に、赤毛娘と黒目黒髪が割り込んできたが、たぶん彼女の顔が疲れ切っているので元気づけたかったのだろう。


「ええ、楽しみにしているわ。お風呂をいただいてから食事にします」


 二期生達から直接声が掛からないのは……まだちょっと距離があるからだろう。彼女は人を寄せ付けにくい雰囲気を持っている。それに、孤児たちからすれば、貴族であり王国の有名人でもあるのだ。


『まあ、垣根高いよなお前』

「誰からも親しくされるような性格ではないもの、仕方ないわ」


 秋口のネデル遠征に関わるメンバーが二期生に増えれば、彼女との関係も少しづつ変わるかもしれない。今は、距離を感じているとしても。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 夕食の内容は豪華に……というわけでもなく、いつもの内容であったが、慣れ親しんだ食事の方が却って美味しく感じたりする。


 食前酒は新しいワインで神国から連合王国が輸入している『シェリー』というワインらしい。これは、姉がロックシェルで買い求めて来たものだという。


「……とても甘いわ」

「辛口から極甘まであるんだけどね。これは極甘にしました。王国のワインにはない種類だからね」


 神国の内海側は乾燥した土地も多く、古の帝国時代以前からワインの生産が盛んであったという。


「サボアもトレノの周りはまだ古い品種で、甘いワインが多いんだよね。食事の時に困る感じの甘さ」

「これはそれ以上じゃない?」

「デザートっぽく使った方がいいかな。まあ、でも嫌いじゃないでしょ?」


 甘いものが嫌いな女性はいないと思われる。


「炭酸水で割ったりすると、甘みも押さえられて良いのではないかしら」

「いいね! それで今度の夜会で振舞ってみましょう」


 これから暖かくなる季節に夜会で振舞うには、炭酸水割は悪くないだろう。少々アルコール度数が高めのようなので、味わいも良くなると思われる。




 食事も無事に終わり、ネデルの報告会は明日以降に持ち越すとして、姉が先ほど中断した話の続きをしたいと待ち構えていた。


「いやー タッチの差で昨日の家族のだんらんに参加できずにお姉ちゃん残念だったよ」

「それは良いのだけれど、マリアさんは無事なのかしら」

「妹ちゃんが冷たいぞ!」

「前からよ」


 公女マリアは無事ロックシェルのゲイン修道会で『修道女見習』として活動しつつ、面会に訪れる知人と話をしたりしているという。一先ず、総督府からの監視や調査は入っていないという。


「今後は分からないけどね」

「そうね。本腰入れてオラン公を討伐するつもりが総督府にあるのなら、ゲイン会も危険かもしれないわね」


 公女がロックシェルに潜伏しているということは、原神子派にとっては士気を上げる効果があるだろうが、万が一捕まればその反対に大いに問題となるだろう。


「一応修道女枠だから、拘束されたりはないだろうけれどね」

「そうね。どうせ、何か手を打っているんでしょう?」

「わかる?」


 彼女は、ロックシェルでオリヴィ達と会うことができたのだという。その際、オリヴィの知り合いで不思議なポーションを作る少女を知ったのだという。


「これなんだけどね」

「……拝見するわ」


 姉曰く、『ストレングゼロ』という名前のポーションで、経口することで無力化させることができるのだという。


「昏倒するとか」

「ううん。単に、力が出なくなる感じだね。暴れてもケガしなくなるみたいな感じ。体から力が抜けるってのが近いかな」


 どうやら、ロックシェルの一部の酒場で「格安で酔える」という触れ込みで販売されていた蒸留酒なのだという。


「アルコールと言えばアルコールね」

「スピリッツって言うのかな。アルコール成分だけだね」

「でも、その子が作ると……」

「力の入らなくなる不思議なお酒になるんだよねー」


 経口する必要はあるので、襲われた際に即座に無力化できるわけではないというのだが、口に入れさえすれば効果があるので、何らかの形で口に放り込めないか検討中なのだという。


「剣を持って敵対している最中に『一杯どうぞ』とはいかないもの」

「飲んだらそれはそれですごいよね」


 効果は確実にあるのだという。姉は自分自身で確かめてみたという。


「その時は、酔いが醒めるまで力を失う事になるのかしら」

「そうだね。でも、身体強化を使えば別口だから大丈夫だよ」


 魔力による強化で身体を動かす事は可能なのだ。そう考えると、リリアルのメンバーは多かれ少なかれ問題なく活動できるかもしれない。


「効果は普通のお酒と同じで、体質によるけれど、数時間から半日くらい持続するね。あと、二日酔いもなくすっきり酔いが醒めます。おすすめ!」

「……飲まないわよ……」


 姉曰く、ロックシェルでは『ストレングゼロ』が一時密造酒扱いされ、取り扱いができなくなったのだという。


「今ではね、調味料とか添加物扱いにしてお酒に入れてるんだって」

「……安くて酔えて……暴れても困らないのなら悪くないわね」

「そうそう。だから、王都でも流行らせたいんだけど、色々問題があるから、今は止めておこうかと思ってるんだよ」


 無力化する効果を考えれば、誘拐や婦女暴行などに利用されかねない。管理ができないような「商品」として販売することは止めるべきだろう。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 ロックシェルでの出来事を考えていると、『猫』が戻ってこない事が気になるのだが、遠征から王都に帰還しているので、所在の確認に時間がかかっているのかもしれない。そろそろ、帰還するだろう。


「それでさ、妹ちゃん、落ち着くんだよ」

「何かしら。いつも落ち着いていないのは姉さんの方でしょう」

「そうそう。でも、この話を聞いたら落ち着かないと思うよ」


 姉が家によって顔を出したところ、母から彼女の婚約者候補の打診が王宮からあったと説明されたという。


「……朝、実家を出るまでは何もなかったわよ」

「入れ違いみたいだよ。妹ちゃん宛に王宮から使者が来てね……」


 王宮の使者には「既に王宮に向かった」と伝えた所、口上だけ述べ手紙を渡して去ったという。


「それで、婚約者……候補の打診というのは……どういう意味かしら」

「ほら、落ち着かない」

「王宮から婚約者候補って落ち着けるわけないでしょう」


 会議の場で国王陛下からも宮中伯からも何もアプローチはなかったことを考えると、王妃様主体で動いている可能性がある。陛下らには事後報告でもするつもりなのだろう。


「相手はね……『蛙君』です」

「……そう。連合王国の件は断念されたのかしらね」

「そうでもないみたい。だから婚約ではなく婚約者候補なんだよね」


 婚約者……となってしまえば完全に目がなくなるので、それは避けたいということもあるらしい。候補がいるというのは、相手にとってあまりいい感じはしないのではないのかとも思うが。


「あの人、王太子殿下のスペアとして飼い殺しじゃない?」

「そうなのね」

「かといって、王国内の高位貴族の娘と婚姻させれば派閥が生まれかねないし、甘やかされて世間知らずのままおっさんになった王子様だからさ……」


 下手な相手と婚約させると、国内が荒れる火種にもなりかねない。王太子は国外の王家かそれに準ずる家の娘を王太子妃とするべく宮中伯らを中心に当たっているのだというが、王弟は国内の政治的影響力の少ない家柄の娘を王弟妃にしたいと考えている勢力がいるのだそうだ。


「でも、何故私なのかしら。子爵の娘よ」

「当て馬だね。それと、王弟殿下の政治家としての評価はかなり低いんだよ。それを妹ちゃんの『聖女パワー』で補完させたいって目論見と、妹ちゃんを王家に抱き込みたいという思惑の延長線だよね」


 王太子妃であれば、王妃となり、その後国母となるかもしれない。その間、リリアル男爵としての仕事は恐らく今のようにはできなくなる。王弟妃は王妃のような立場ではないが王族であり、尚且つ、子供がいない方が後々王国の事を考えれば問題がなくなる。


 王妃より王弟妃(子無)の方が、王国としてのメリットが大きいという判断だろう。


「それと、王国北部のカルディ周辺を大公領にして、ミアンから東のランドルを王国に編入しちゃおうかって思惑もあるみたいね」

「……ネデルの内紛に漬けこんで、ランドルを回収するつもりなのね……」

「そうそう。大昔の話だけれど、うちの初代男爵様の奥方はランドル伯の庶子でしょう? 一応、ランドルの姫の子孫だからね」


 ランドル伯の直系は随分前に途切れている。王国の王弟の家系がローヌ公となりランドル伯の娘を娶って版図に組み込み、そのローヌ公家も最後の総領娘が帝国皇帝に嫁いだ結果、帝国領となった経緯がある。


 ランドル伯の娘は王国や連合王国の王家に嫁いだり、その逆も発生しているため、縁戚関係に事を欠くことはない。だが、五百年も前の庶子の血統を主張するのはいかがなものなのだろう。


「政治的理由なんだけど、王弟殿下が『ランドル大公(仮)』を名乗って、その公妃に妹ちゃんがなればさ、血脈的にも軍事的にも、地元民の人気取り的にも都合がいいんだよね」

「……思い切り利用されているわね」

「しょうがないよ。ミアンを救った『護国の聖女』様なんだからさ」


 アンデッドの軍勢に囲まれたミアンに入城し、市民の先頭に立ち戦った騎士学校生・リリアル学院生を率いたのは紛れもなくリリアル男爵であったわけであり、王国の北辺において、彼女の名声は王都以上のものがあるのだ。


「政治的にもネデルの異端審問の影響を受けているし、不安定になっているところに、王弟と妹ちゃんのカップルがばばん!! と登場すれば、それは皆も安心するってものだよね」

「リリアル学院の活動はどうするのよ」

「それは、今まで通りで良いんじゃない?」


 姉曰く、『婚約者候補』となった事が大切であり、実態はそこまで必要とされていないのだという。


「王都総監を蛙君にしたってのも『大公』を名乗らせる前の下地作りだし。妹ちゃんを候補にするのも権威付けみたいなものだしね。大体、三十過ぎのおっさんに、可憐な妹ちゃんを妻にする権利なんて名目上だけでも十分過ぎるくらいだよね」

「……そうね。早々に未亡人になって再婚して市井で幸せになるなんていいかもしれないわね」

「それは無理!」


 彼女の希望は未だ揺らいではいない。バツイチ再婚、そして市井で子育てしながらルリリア商会を切り盛りする……とう夢がある。少なくとも、商会はそこに存在するのだから! 不可能ではない。


「妹ちゃん、王国副元帥とリリアル学院の件をどうにかしないと、そんなの無理だってわかってるよね」

「……真に遺憾ながら承知しているわ」


 リリアルが一期生達が後輩を指導できるようになり、ある程度体制が整うのに数年はかかるだろう。その後の婚姻となると……二十代半ばにはなると思われる。


「まあまあ、王族になるかもって……候補でもなかなか体験できないと思うんだよね」

「良ければ替わるわよ」

「えー それはいいんだけどね。だって、今だって色々肩書付いちゃって『聖女』様扱いされているわけだから、王弟妃だって大して変わらないと思うよ。笑顔で手を振るだけの簡単なお仕事だよね!」


 失礼である。公務だって大変なんだろうと思わないでもない。訪れた土地の有力者の話を聞いたり、その話が理解できる程度に事前に資料を読み込んだり適切な質問ができるようになるのに、簡単なわけがないのだ。


「とりあえず、正式な呼び出しが王家からあると思うので、心積もりと……ドレスの用意ね!!」


 姉は「今回はこっちにドレス屋さん呼ぶからね」と何やら「お揃いで……」と不穏なことを言いながら部屋を出て行ったのである。


第四部(了)






これにて第四部終了となります。お付き合いいただいた方、ありがとうございました☆


第五部 『ネデル』  明日から投稿開始いたします。引き続きお付き合いください。


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― 新着の感想 ―
[一言] 英雄にあんまり不良債権押し付けると国外に逃亡したり良い条件で他国に引っこ抜かれたり
[良い点] ついに本編でもアンネの話題が出てきましたね♪ ストレングゼロよりヤバい方のポーションの話題は流石に二人だけの時に話す感じかな?
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