第398話 彼女は学院へと久しぶりに帰還する
第398話 彼女は学院へと久しぶりに帰還する
報告会の参加者は、騎士団長以下騎士団幹部、宮中伯アルマン、そして国王陛下に王太子殿下、何故か王弟エブロ公フランツも出席していた。王弟殿下との対面は初めてであり、宮中伯から簡単に紹介され互いに自己紹介をした。
加えて、オブザーバーとしてオラン公の弟エンリも意見を述べることは出来ないが席を用意されていた。
彼女が帝国へ至った経緯、そして、『吸血鬼』との接触が不発に終わり、代わりにネデル貴族の反攻作戦に『冒険者』として加わり、新種の吸血鬼『ノインテーター』と接触することになったことを報告する。
「新種……」
「新種と言えますが、別系統という意味でもあります」
彼女は簡単に吸血鬼の系統の話を説明する。
所謂『真祖』から始まる吸血鬼は、カナンの地において『悪霊』と地の精霊の一種である樹木の精霊『ドライアド』が結びつき生まれたと思われる存在であり、ドライアドの性格を反映した『人の生命力を吸取る』という行為を血液の摂取として行うようになったこと。
また、魔力を有する者の魂を取り込み、『吸血鬼』としての『格』を上げる事ができ、長く生きる者はその魂の吸収により、他の魔力持ちを吸血鬼化させることができ、その際、自らが取り込んだ魂を原資とすること。
取り込んだ魂の量が多くなればなるほど、能力が高まる結果、変化やその他特殊な能力が強化される。
「これらの能力を持つ『吸血鬼』は、ネデルにはおらず、主な協力者は帝国の東方大公家とその所領内に潜伏しているという情報も得る事ができました」
「……東方大公……現在の皇帝家ではないか……」
「そうすると、サラセンとの和平もこの辺りに理由があるかも知れません」
「今は休戦中に過ぎないがな。下手に関われば吸血鬼の下僕になる高位の魔術師や戦士がいたという事かもしれぬ」
宮中伯の発言を王太子が継いで納得する。戦争において、魔力を多く持つ魔剣士や魔術師が前線に出てくるということは、吸血鬼は労せずして魂を集められることになり、皇帝の対サラセン戦争に協力する意味が大きい。
「以前は神国と帝国は同君であったのですが、先代からは帝国と神国は別々の君主となりました。故に、本来の『吸血鬼』は『帝国』の特に皇帝領に関わる案件以外には手を出さなくなり、不足する戦力を新種である『ノインテーター』で補っているようです」
「では、それは何なのだリリアル副元帥?」
王弟殿下が話を進めろとばかりに話を催促する。
「これは、ノインテーターとなった当事者から聞き出した事なのですが……」
「……ちょっと待て。生きたまま捕らえて……協力させたのか?」
彼女は同意するように頷き、今まで四体のノインテーターと接触し確保したことを報告する。二体はオラン公の元で情報収集後処分されたが、ジローとサブローは彼女の姉と彼女が確保している。
「『ノインテーター』になる場合、植物の魔物である『アルラウネ』により衰弱死する必要があります」
アルラウネはマンドラゴの亜種であり、人を誘い衰弱死させ取り込むという性質を持っている。その性質が死に戻りの吸血鬼『ノインテーター』を生み出すように利用されているというのが彼女の見解である。
「本来は、死に戻りの『レヴナント』のような存在ですが、適切な埋葬をしない場合、家族を衰弱死させる死に戻りとなるというのです」
「……なるほど。自分だけではなく家族も自分の死に付き合わせたいということなのだろうな」
一人の死をきっかけに家族が全滅する……というような展開となるのだが、『ノインテーター』は更に周りを巻込んで暴れる事になる。
「本体は人の心を操り血を吸おうとします。また、操られた人間は人を襲い、喰死鬼のように振舞いますが、本体であるノインテーターを討伐する事で人に戻すことができます」
「……簡単に手下を増やせるという事か……」
本来は、縁者を巻込むのだが、今のところ「傭兵仲間」を手下にしたケースしかないため、その過程がどのようなものかは不明である。しかしながら、吸血鬼の『魅了』もしくは洗脳に近い支配の効果があるのではないかと推測される。
「ノインテーター支配下の人間はノインテーターが死滅するまでグール状態が継続するわけだな」
「はい。数は一体当たり二十から三十の配下を持てると考えられます。遠征時に遭遇したノインテーターは二体で約五十の部隊を指揮していました」
二体の完全討伐はオラン公引き渡し後であった事を考えると、指揮下の兵士は暫く狂戦士状態が続いていたことになる。恐らく討伐されているだろうが。
「ノインテーター自身の能力は『隷属種』の吸血鬼を下回るオーガ程度ですが、配下の兵士は『狂戦士』状態となる為、即戦力としては『隷属種』を越える戦力となりえます。その上……」
戦場に現れた『ノインテーター』は不具となった元傭兵を変化させたもので、相応の能力と知識を持った優秀な遊撃部隊であった。
「死に掛けているベテラン傭兵を不死者として再利用しているというところです」
「「「……」」」
その上、その背後には商人同盟ギルドが差配する『帝国冒険者ギルド』の『暗部』と思われる組織が関わっているという推測を加える。
「王国の冒険者ギルドとは違う組織なのだな」
「外見はよく似ていますが、帝国は多くの領邦にまたがっておりますし、自由都市の数も多く、その多くが商人同盟ギルドに加盟しており、冒険者ギルドはその下部組織として多くの傭兵達に仕事を与え管理している組織になります」
王国の冒険者ギルドは独立した王国認定のギルドであり、どちらかといえば、各領主の統治機構の外郭団体という位置づけである。騎士・兵士・衛兵といった公的な存在が間に合わない仕事に関して、受益者が対価を支払い「冒険者」と呼ばれる臨時雇いの傭兵に仕事を依頼する。
故に、能力のある者は役人や騎士や衛兵、大規模商会の専業護衛など採用されていくことになる。
「『暗部』組織を持っている冒険者ギルドか……」
王国にも『暗部』と呼ばれる秘密活動・諜報を担う存在はあるが、それは王宮や高位貴族が統治の為に用いる存在であり、賃雇いするような存在とは思われていない。
「確かに、多くの領邦が争いつつ併存する帝国なら、使い捨ての『暗部』の需要も多いだろう」
暗殺や誘拐、破壊工作などを行うのであれば、身内の暗部では手が足らず、雇われを使う必要もある。只の冒険者ではそれは務まらないだろう。彼女は気配隠蔽や魔力走査を当たり前に行うリリアルの魔術師たちもそのような仕事を依頼されるなら、大きな戦力になると思い至る。受けるつもりは毛頭ないが。
「その冒険者ギルドの『暗部』組織が『ノインテーター』を供給していると考えているのだろうか」
「はい。それ以外にも……孤児や売られた子供を集め、暗殺者育成所を運営している可能性がとても高いと考えています」
彼女は、王都にて保護された孤児の中に、暗殺者養成所から逃げ出した子供が存在し、その場所は『デンヌ』の森の中にある放棄された城塞都市であると説明する。
「場所はデンヌか」
「はい。聖都やミアンからもそれほど離れていないと考えられます」
「それで……オラン公に従って遠征したいわけだな」
遠征が開始される秋口までに場所を特定し、遠征の最中にどさくさにまぎれて暗殺者育成所を破壊したいと彼女は考えている。当然そこには『ノインテーター』のプールもあるのではないかと睨んでいる。
エンリには知られてしまったが、何の見返りもなく協力していると思うはずもない。彼女にとって王国に干渉するネデルの手先となる可能性の高い『暗部』組織とその戦力の供給先である『暗殺者養成所』を破壊することは優先されるべきことである。
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その後は、『ノインテーター』対策として、首を刎ね、銅貨を口に入れることで死滅させられるという対応策を説明し、「どうやって銅貨を口に入れるか」という話になったので、「銅貨を金属の棒の先に溶接した物を用意し、首を刎ねた後、口の中に押し込めばよい」という対応が決まった。
『銅貨って、鋳造してもいいのか?』
「だめでしょう。でも、銅貨状の何かであればいいわよね。別に銅貨そのものである必要はないもの」
円形の銅貨に似たモノで、彼女の魔力で精錬した銅を用いる方が効果があるのではないだろうか。『魔剣』はそんな事を考えたりする。おそらく、老土夫に頼めば、ノインテーターの処理に適した装備を考えてくれるだろう。
そんな事を考えつつ、会議室を後にしようとすると背後から声が掛かる。
「リリアル男爵。少しいいだろうか?」
その声は『蛙君』こと、王弟殿下であった。顔立ちは悪くないのだろうが、蛙というよりはおでこが出ているので『イルカ』に似ていると彼女は感じた。
「王弟殿下……何用でございましょうか」
「その……き、君は……あ、アイネ嬢の妹君になるのか?」
そういえば、彼女の姉に執心していたという話を思い出し少々警戒心を高める。
「はい。確かに姉になります」
「そ、そうか。……アイネ嬢は元気かな」
「はい。昨年、ようやく婚約者と成婚いたしまして、今はニース子爵夫人……となっております」
「……え……」
ニース辺境伯の三男坊は、父親の持つ爵位の中で『ニース子爵』をしばらく名乗る事にしたようである。本来は後継者である長男が名乗る爵位なのだが、王都での仕事上、その爵位を名乗る方が何かと誤解されにくいという事で、『子爵』を名乗る事にしたという。
「ほ、本当に?」
「はい。ですので、最近王都の社交は母に任せ、本人はニース商会頭夫人として、王国内を飛び回っているようですわ」
「そうなのか……それは知らなかった……」
蛙君は連合王国の女王陛下とまだ完全に切れたわけではないはずなので、他の女性と浮名を流すのは王家としてもよろしくないはずである。既婚の市井の女性……多くは富裕層の夫人あたりを愛妾とすることはありがちだが、新婚早々の辺境伯家の息子の嫁であり、王都を差配する子爵家の次期当主を愛人に望むのは難しいだろう。
「では、これで失礼いたします」
「よ、呼び留めてすまなかった……だが……妹君だけあって姉によく似ている」
「……御前失礼いたしますわ」
彼女はこれまで「姉に似ている」と言われたことがほとんどない。似ていないとは数えきれないほどあるのだが。王弟殿下の言は、単に目鼻立ちが姉妹故に似ているという程度の意味だろう。
姉とでさえ十歳近く年が離れている。彼女とはそれこそ親子に近い年齢差である事を考えると、どういう意味なのか考えたくもなかった。
王宮を出て、彼女は一先ずリリアルに戻る事にした。歩人の言もあったが、どのような状態なのか気にならないはずがない。
「急ぎましょう」
「先生、問題ありませんよ。前回も、しっかり運営されていましたし、問題があるというのは、院長の専断事項が処理できないという事だけでしょう」
「だといいのだけれど」
茶目栗毛は前回居残り組であり、副院長の伯姪と、院長代理の祖母の秘書官のような仕事をしていたので、ただの従者に過ぎない歩人よりもよほど仕事に関しては理解度が高い。そう考えると、歩人の話というのは良く解らないからゆえの言葉かもしれない。いいや!! そうに違いない。
「サブローは先にリリアルに向かわせたけれど大丈夫かしらね」
「適度に水やりをすれば問題ないと思います」
水耕栽培の球根のような扱いをされるのだろうか。
あっという間にリリアル学院が見えてきた。いまなら夕食前に到着することになるだろうか。既に、四人は前日に先着しているので、二人の分の夕食も用意してもらえているだろう。
馬車が学院の敷地内に入って来ると、ワラワラと見知った顔が集まってくる。
「おかえり妹ちゃん!!」
「……姉さん……何故実家ではなくこちらにいるのかしら」
「私も今日、ロックシェルから戻ってさー。なんか大変なことになりそうだよ妹ちゃん」
姉曰く、北部遠征の結果、彼女は早々に離脱したので知らなかったのだが、フリジア総督であるベンソン男爵ヤンが、あの追撃戦で戦死するだけではなく、フリジア総督軍三千のうち二千が戦死しているというのだ。
「……大戦果じゃない」
「そう。州総督迄戦死しちゃってさ、総督であるお爺ちゃんの将軍が激怒して、自ら征伐軍を派遣するみたい。ロックシェル近郊で精兵を抽出中でさ、恐らく、神国・法国のベテラン兵を中心に編成することになるんだって」
南部のオラン公遠征を成功させる為、北部遠征軍はルイを中心にフリジアで粘ると言っていたが、このタイミングで編成し、夏には北部遠征軍と戦い、返す刀で秋の遠征軍に立ち向かうという事なのだろうか。老将軍健在なりというところである。
「それだけではありません。今日、王宮に行ったんだよね? もしかして、『蛙君』に会ったりした」
「……王弟殿下なら報告会に出席されていたわ。初めてお会いしたのでご挨拶したのだけれど……」
帰り際、声を掛けられた件は藪蛇になりそうなので彼女は特に言わなかった。
「あいつさ、お父さんの名目上の上司なんだよね。最近なったんだけど、『王都総監』になったんだよ」
『王都総監』というのは、王都における国王陛下の代理人のようなものであり、彼女の祖母の代は祖母が一時期務めていたこともある。父は有事の際にはその代理となる予定だが、平時においては単なる名誉職であることもあり、その辞令を受ける事は無かった。
「それがどうしたのかしら?」
「私の頃は、ほら、行かず後家女王陛下と蛙君はお見合いの最中だったからダーリンとさっさと婚約して難を逃れたんだけど、あの話が今宙ぶらりんからお流れの方向でさ……」
連合王国は教会を独自の『国教会』という組織に改編し、教皇猊下の影響を排除しようとしている。宗派も独自の物を連合王国内では認めており、原神子派と御神子派とも異なる第三の『国教会派』というものを立ち上げている。
教皇猊下から王国内も独立した存在になろうと、教会勢力から教皇の影響を受けないように努めているが、それよりさらに先を行く状態なのだ。連合王国内において、国王が教会の上に立つという宗派だからだ。
その辺りを踏まえ連合王国は王国の王子を婿に向かえることに反対する存在が増えているという。三十過ぎの女王の気持ちも考えてもらいたいものだ。